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建国記念祭

 さて、目覚めは陰鬱なおれの気分から始まったわけだが、少し外を歩いただけで晴れよりも晴れている空や街の雰囲気はおれの気分を多少紛らわせてくれた。


 クリティアス帝国の首都――結晶の都【エーテル】。そこはいつ見ても素晴らしい造形をした結晶都市だ。クラシック調を表現するために抑えるところはしっかりと抑える落ち着いた結晶のハーモニー。その色使いもさることながら、太陽の光を利用した反射や反射させる色と色の使い方も全体的に混乱をさせないでいる。明るくなり過ぎず暗くなり過ぎず、そして目にも優しいとこれば眺められずにはいられない――絶景都市エーテル。


「見慣れた街であり、住み慣れた街だ」そう言ってもエーテルのエクステリアやインテリアは帝国三大都市と比べても磨きに磨きを加えたデザインになっている。だからおれは長く住んでいても何度見ても飽きもしないのだ。


 寝させてくれない都市は朝もパレードなら昼も夜もパレード、そして今年もやってきた建国記念祭の大パレード。エーテルに初めて来た子供たちが『寝たくない』と駄々をこね、次の日には人間の子供が熱を出して楽しい旅行が台無しになってしまう最大のイベント。年中病気に気をつけている人間たちでも、この時期だけは最も病気に気をつけていること間違いなしだ。


『病原菌を持ってくるな』て? いやいや、どんな生物でも病原菌みたいなものだ。結晶の土地でも神々の土地でも、土地を汚染しているのは物質や生物や神秘なのだから。


(――今日のエーテルも異常なし、異常なのはおれだけ。うむ、フラットな日常だ)


//そして現在のおれは露店巡りに忙しいため、新しい仕事を探すところではない。


 そう。今日はクリティアス帝国建国記念祭、そしてクリティアス帝国がセカイの半分の土地を支配した記念式典だ。このような素晴らしい日に仕事なんぞを見つけている暇はないだろ。


「そろそろだけど、あなたは見に行かないの……」


 と露店で働いている結晶人の女はおれに向かって訊いてきた。座り食い出来る露店でひとりゆっくり飯を食っている、という現在進行形のおれに話をかけないでほしいものだが、おれがイケてるのが悪いな。


「ん、何を見に……」


「そろそろ式典に大英雄が登場するんだって」


 なるほど、この露店の結晶女はおれの顔ではなくニレンの顔を見たくて仕方ないようだ。つまり先ほどの言葉には、「早く食って失せろ」という意味が含まれているのだろう……まあ、この結晶女にはそんな考えはないだろうけど、おれの頭蓋の中は勝手に深読みしてしまう。


「おれは式典に招待されていない結晶人だ」


「そりゃあ招待席は縁のあるヒトで埋まっているけれど、すぐそこで見られるよ」


 そう紹介された方向には中型の公共スクリーンがあった。式典の場ではなく映像越しに見ればいいということだそうだ。自称大英雄の兄であり、大英雄と同じ第五世代生まれであり、大英雄と同じ部隊だったおれが式典の場ではなく「スクリーンで見ればいい」だとさ、言ってくれるではないか第二世代よ。


「あんな小さいスクリーンじゃなくてもっと高画質の大画面で見る予定だ」


「ふーん。でも今頃大通りはヒトで溢れているよ」


「だろうな、なんたって神様を超える大英雄様は帝国唯一の神様だからな。そんな凄い結晶人を生で見たいところではあるが、窮屈な大通りで見た方が窮屈じゃないさ」


 おれは残っているスープを全て飲み干し、静かに席を立ち、代金を払わず足早で立ち去ろうとする。『お客さん代金!』って? 大昔なら硬貨やら紙幣やらカードやらを手渡ししていただろうけど、今の時代は消費した分を自動的に口座から抜き取られるようになっているから安心だ……うん、何が安心だか分からんが安心なのだろう。


「ねぇ」と、先ほどの露店の結晶女はおれを呼び止めてくる。まさか、サービス料(チップ)を要求しようというのか? おれは銅貨一枚すら持って歩かない現代っ子なんだぞ、だからかさばる物なんて持ち歩かないし、購入品は飛行ドローンで自宅に届ける。現金が何億年前の常識だか知らんが、価値あるヒトが価値ある金品を持ち歩くなんて原始人もびっくりしてしまうぞ。


「何かご用ですかな……」おれは結晶女へと振り返る。


「自称大英雄の兄のくせに、嘘ばかりついて逃げる奴ってかなり目立つよね」


 そう言われて、おれは何となくスクリーンに目をやった。


「ああ……異常に目立つな」


 というおれの音は、口から谷へと落ちる。木霊のように音が反響することもなく、おれの音は底なしの谷へと落ちていった。


「誰かが助けてくれるってわけでもないのに自分の無能さを神棚のそばに置いているなんて――結晶人の中どころか帝国民の恥だよ」


「だな……」


 スクリーンに映っていたのは式典の最前列席だ。ニレンと部隊を共にし、共に聖戦を生き残ってきたケントやリジーやその他の結晶人が映っていた。そこで、前列に誰も座っていない席が一つ見えるわけで、間違いなくケントがおれを座らせるために用意した席だと分かる。


「あの席に座るはずの奴ってさ、今頃どんな顔しているんだろうね」


「たぶんヒトに見せられないような顔でへらへらしているさ」


「ほんと、一度でいいから戦場の負け犬(ランナー)の素顔を見てみたい」


 目立つように一つ空けられた席は、結晶人にも人間にも忘れられた第五世代のおれの席……空いていても誰も気にかけないだろうけど、負け犬を罵り曝すような映され方をしているからなのか、「あの空いている席は負け犬の席だ」とか「あの席は失敗作の席だ」とか、そんな感じで短期間の噂話になったり伝説的話にされたりしている。


「その負け犬は人々の記憶から完全に消えたがっているだろうよ」


「そうでしょうけど、忘れたくても忘れられない事したうえに忘れられているからね。これからの未来のために、結晶人の教訓にも人間の教訓にも役立ってもらわなくちゃ」


 忘れられた結晶人であり忘れるべきではない結晶人――(悪いがその伝説的人物は目の前にいる結晶人なんだぞ。役立たずで無気力で本当に何も出来ない『おれ』なんだよ)


「ああ……おれもそう思う」と、おれは結晶女に微笑んで見せた。


「呼び止めてごめんなさいね――それでは、毎度ありがとうございました」


 これがおれの日常。街に出れば悪い気分は紛れ、誰かと話すと良い気分は紛れる。良くもなく悪くもないおれの日常というのは、誰よりもフラットな日常で間違いない。


 この露店の本店料理は好きだったが、今後通えなくなると好きだった物は自然と好きでも嫌いでもなくなる。秋の空も似合わなければどんな色をした空も似合わない、そんな感じで女心も男心も同じように出来ているのだろう。


<一つ訊かせてくれ。お前たちはどんな虚無(そら)を見ているんだ……>

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