第3部 第11話
俺と月島は、言葉もなく床に座り込んでいた。
なんであんなところに・・・こんな俺の家の近くのコンビニに、
篠原先生と門脇先生がいたんだ?
いや、別にいてもいいけど、どうしてこうタイミング良く(悪く?)出くわすんだ?
坂本先生の言葉を思い出す。
『間違ってもコンビニに手を繋いで行ったりしちゃダメよ』
手を繋いでなくてもダメでしたよ、坂本先生。
篠原先生達とコンビニで、意味不明な挨拶を交わした後、
俺と月島は、あまりのショックで言い訳も口止めもせず、
「じゃあ」と言って別れてしまった。
これじゃ、「付き合ってます」と言ってるようなもんだ。
それにしても、何から何まで坂本先生と杉崎と出くわした時と同じだ。
しかも、ご丁寧に俺は、坂本先生同様「おつかれさまです」なんて言っちゃったし。
うん。あの時の坂本先生の気持ち、よくわかるよ。
なんか、言っちゃうよな。
月島が左胸に手をあてて、大きくため息をついた。
俺はそんな月島を見て、思わず笑ってしまった。
「・・・どうして、笑うんですか?」
「大丈夫だよ、そんな心配しなくても」
「でも・・・」
「生徒や保護者に見つかったなら最悪だけどさ。俺の同僚なら、言いふらしたりしないよ」
「・・・そうですか?」
「俺も坂本先生と杉崎のこと知っても、言いふらそうとは思わなかったし」
坂本先生は言いふらすと思ってかなり焦ってたみたいだけど。
「・・・そうですよね」
「うん。だから心配ない。お盆休みが明けたら、一応篠原先生と門脇先生には話しておくから」
「はい」
月島は安心したのか、ようやく笑顔になった。
「さあ、さっさと飯食って、寝ようぜ。明日からまた勉強がんばらないとな」
「はい!」
ベッドの中で、眠った月島を抱きしめながら、
しかし俺の心中は穏やかではなかった。
よりによって、
俺が以前振った篠原先生と、
俺を毛嫌いしている門脇先生。
どうだろう?
上に話すだろうか?
もし話したら、保志校長や山下教頭はどう思うだろうか?
俺が「付き合ってない」と言い張れば、信じてくれるだろうか?
とにかく、月島には害を及ぼしたくない。
自分の好きな女だから、というのももちろんだけど、
それより何より、月島は生徒だ。
しかも受験生だ。
余計なことに気を取られて欲しくない。
俺達を信じてくれてる月島母にも申し訳ない。
俺はギュッと目を閉じたが、結局朝まで眠れなかった。
俺は月島の前では平気な振りをしながら実は凄く不安だったし、
月島は一応安心はしているようだったが、
やはり状況が状況だ。
お盆休みの間、俺と月島はそれ以降一度も会わなかった。
会わないでおこう、と話したわけじゃなかったけど、
なんとなく会いたい気分になれなかった。
今までは、良くないことだとはわかっていながらも、
俺も月島も、罪悪感は胸の中にしまっていた。
別に誰にも迷惑はかけていない。
学校では、俺は月島を他の生徒と差をつけて扱ったりしていない。
だから、いいじゃないか。
そんな風に自分を正当化してた。
だけど、いざ見つかって、ここまで不安になるということは、
自分で思っていた以上に、後ろめたさがあったということか。
俺はこんな後ろめたさを感じながら、
月島と付き合ってきたのか。
これじゃ・・・月島に申し訳ない。
お盆休みの間中、こんな感じで俺は一人悶々としていた。
実家にでも帰れば少しは気が晴れるかもしれない。
でも、幸太の一件以来、俺はますます実家に帰りづらくなっていた。
幸太が家を出て、怒る父さんと焦る母さんをなだめたのは俺だ。
もう、用もなく帰ろうとは思えない。
誰かと飲もうという気にもなれなかった。
いっそ、篠原先生と門脇先生に連絡を取ろうかとも思ったけど、
それじゃあまりにも二人を信用していない気がしてできなかった。
そして、長いお盆休みがようやく終り、
俺は、不安と焦る気持ちを抑え、学校へ向かった。
月島も今日から学校で自習をするらしい。
でも、学校でも会わない方がいいかもしれない。
「おはようございます」
できるだけいつも通り、普通にみんなに挨拶した。
全ての教師がいつも通り、俺に挨拶を返してくれた。
・・・よかった。
正直、既に全員が知っているという最悪の事態も考えていた。
でもそれはなかったようだ。
篠原先生と門脇先生も特段変わった様子もない。
もしかしたら、俺と月島が付き合っている、とは思わなかったのかもない。
実際、その日は何も起こらなかった。
次の日も、その次の日も何もなかった。
だけど。
いい加減俺も月島も胸をなでおろしていた4日目の昼前、
それは突然やってきた。
「月島。ちょっと」
「はい」
月島はもちろん、他にも何人かの生徒が補習がないにも関わらず、
学校に来て教室で勉強していた。
だからさすがに教室で話す訳にはいかない。
俺は月島を教室から呼びだした。
廊下を歩きながら、月島が不安そうに俺を見上げた。
「・・・何かあったんですか?」
「うん」
「・・・そうですか」
今朝来て、俺はすぐに山下教頭に呼ばれた。
しかも、理事長室に。
だから俺は最初、何の用件かわかならなかった。
月島とのことがばれたとしても、いきなり理事長室はないだろう。
だけど理事長室の中に、理事長と校長はもちろん、
篠原先生と門脇先生の姿を見たとき、ようやく事態を理解した。