第1部 第5話
「本城、まだ食ってんの?」
「まだって・・・」
俺はコンビニ弁当から顔を上げて時計を見る。
「昼休みに入って、マダ15分だぞ」
弁当は朝買ってきたものの、4限目の授業から戻ってきて、
今ようやくコン坊と一緒に「いただきます」と言ったところだ。
「バスケしよーぜ、バスケ」
「おお。新米教師をバスケに誘ってくれるなんてお前らいい奴だな」
「だろ?もう三日目だし、俺達の名前覚えた?」
「えーっと、お前はツンツン」
「本名は?」
「さあ」
「・・・遠藤」
「冗談だって、わかってるって。遠藤な、遠藤・・・そうそう、遠藤だった」
「・・・」
えーっと、後の3人は。
「出席番号15と23と28」
「さすが数学教師。数字に強いな。ってちゃんと名前覚えろよ」
一応指定で名札はあるけど、つけていない生徒も多い。
こいつらもそうだ。
ちっ。ちょっとは教師のことも考えろよ。
「山田」
「田中」
「中山」
「うわー、単純すぎて逆に覚えにくいぞ、お前ら。
山田、田中、中山・・・おお、見事にシリトリになってるな。山田中山。
しかも最後と最初も繋がってる。スバラシイ」
山田中山の3人組は顔を見合わせた。
おお、なんかこいつら顔も似てるぞ。
「言われてみれば確かに」
「だろ?よし、お前らはこれからヤマタナカヤマ3人組だ」
「言いにくいぞ、本城」
その時、愛妻弁当組の山下先生が口を挟んだ。
「お前達。先生を呼び捨てにするんじゃない。ちゃんと本城先生と呼びなさい」
そうだぞ、その通りだぞ、ツンツンとヤマタナカヤマ。
「山下先生のことはちゃんと山下先生って呼んでますよ」
「そうそう。本城もちゃんと先生らしくなったら先生って呼んでやるよ」
うわー、何年後だ?
お前ら間違いなく卒業してるぞ。
卒業後もしばらくは「本城」だな。
「じゃ、本城。体育館で待ってるからな。5分以内に来いよ」
「5分?そんな早く食えるかよ!」
「オジンだなー」
「オジンー」
お前らどこのガキだ。
それでも俺は頑張って弁当を掻き込んだ。
昼休みに生徒に誘われるってのはいいことだ。
少なくとも嫌われてない証拠だ。
ここで交流を深めておかないと。
「頑張って。バテないようにね、本城君」
「俺、そんな年じゃねーし」
「私達もう22歳よ?16、17くらいの子にはかなわないわよ」
まあコン坊の言うことはもっともだ。
でも、これでも一応、中高6年間はバスケ部だったんだ。
負けねーぞ。
「ちょい、タイム。横腹痛い・・・」
「おい、本城、頑張れよー」
「お前らみたいに若くないんだよ!こっちは!」
「そんな情けないこと言ってていいのかよ?ほら、女子生徒が見てるぞ」
「どーでもいい・・・」
「あ。篠原先生」
「お前ら、何やってるんだ。ほら!再開!」
「・・・」
篠原先生の前でバテてる場合じゃない!
それにしても、こいつら本当に若いな。
遠藤みたいなバスケ部の奴はもちろんのこと、
バスケ部じゃない奴も走る走る。
22歳になっても、俺って高校生の頃と何も変わらずガキだなー、
と思ってたけど、体力だけはしっかり年を取ってたようだ。
なんとかテクニックでカバーして、引き分けに持ち込み昼休み終了となった。
「俺、5限ってどのクラスで授業だっけ・・・」
「おいおい、5組だろ。自分のクラスの授業時間くらい覚えとけよ」
「よし。自習。俺ちょっと昼寝するわ」
「こんくらいでバテてら女子の人気が落ちるぞ。明日は昼飯10分で食い終えとけよ」
「明日もやるのかよ!?」
「毎日に決まってるだろー?」
「・・・」
「メタボ対策にいいだろ?本城も年だし」
「お前ら内申書って知ってるか?」
「なんでしたっけー?」
それ以来、俺は本当に毎日ツンツン達とバスケをすることになった。
体力はさすがにかなわないが、テクニックのある教師とバスケをやるのは生徒も楽しいらしく、
少しずつ人数も増え、なかなか本格的に試合もできる。
ギャラリーも増えていき、俺はともかく、男子生徒は張り切りまくりだ。
中でも毎日見学に来るのは、藍原とその友達の女子生徒二人。
えーっと、浜口と谷田だ。
女子生徒は覚えやすい・・・いやいや、さすがにそろそろ自分のクラスの生徒くらい覚えないと。
浜口と谷田はいかにも藍原の友達らしく、二人ともお洒落だ。
この3人はクラスでも、というか、学年の中でも男子生徒に人気で、
3人目当てで昼休みのバスケを張り切る奴も多い。
5限の授業に響かない程度の張り切りにしといてくれよ。
そう言う俺が、一番響いてるんだけど。
「ちぇっ。ほとんどの女子は本城目当てかよ」
「そうだな」
「うわ、嫌味な奴」
「ははは、いいじゃないか、ツンツン。藍原が来てるんだから」
「・・・だから?」
ちょっと赤くなってふてくされる遠藤。
ふふん。
教師の目を舐めるんじゃない。
「ま、生徒に騒がれるのは新米教師の特権だ。すぐに飽きるって。
それにいくら騒いだところで、教師とどうにかなろうって本気で思ってる訳じゃないだろうし」
「そうだけどさー。本城なんて誘うんじゃなかった」
遠藤はそう言って意地悪そうに俺を睨む。
「そう言えば、なんで俺を誘ってくれたんだ?自己紹介の時にバスケやってるって言ったから?」
「それもあるけど」
「けど?」
「俺達にとって一番大事なのは大学進学だからさ。勉強面でアテにならない教師には、
みんな近寄らないよ」
「・・・俺はアテになるのか?」
「うーん、まだわからなけど、取りあえず月島が認めたから、悪くはないんじゃない?」
月島が認めた?なんだ、それ?
「ほら、最初の授業の時、月島が本城の説明聞いて『よくわかりました』って言っただろ?」
「そういえば、そんなことあったな」
「あの月島が教師を褒めるようなこと言うの珍しいからさ。
みんな、『本城はアテになるな』って思ったんだよ」
なるほど。
この学校の生徒にとって「いい教師」の基準は、自分達を希望大学に導いてくれるかどうかだ。
もちろんそれだけじゃないだろうけど、最重要要素はそれ。
だから授業内容や教師の頭のレベルはこいつらにとって、とても大事なんだ。
そして勉強のデキる月島は、他の生徒からするとある種のバロメーター。
しかもかなり厳し目の。
月島が認めた教師は「いい教師」な訳だ。
月島が「今の説明でよくわかりました」と言った後の、
生徒達の目配せはそういうことだったんだ。
この辺、やっぱりレベルの高い高校だよな。
俺が通ってた高校なんて、「いい教師」イコール「面白い教師」とか「優しい教師」、
だったもんな。
ここじゃ、それだけじゃダメってことか。
果たして俺が本当に「いい教師」かどうかは、
俺自身、疑わしいところだけど。
でも、なんで月島は認めてくれたんだろう?
そんな初日だったし、そんな気のきいた授業でもなかったと思うけど・・・