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第2部 第3話

一度深呼吸してからインターホンを鳴らす。


すぐに中から反応があった。


「・・・真弥さん?」

「はい」

「お帰りなさい。すぐ、開けますね」


そういい終わらないうちに、門のロックが解除される機械音がした。

俺はちょっと緊張しながら門をくぐった。


中には大きな庭と駐車場、そして一番奥には大きな2階建ての白い家。



俺の実家だ。




ここに住んでた時は、家が広いと感じたことはなかった。

むしろ友達の家と比べると小さいと思っていたくらいだ。


でも一人暮らしを始めて、ようやく自分の家のデカさに気づいた。



「ただいま」

「お帰りなさい、真弥さん」


そう言って玄関で出迎えてくれたのは、お手伝いさんの直美さん。

50歳位のやさしいおばさんだ。

俺が20歳の時からうちで働いてくれている。


そして、直美さんのすぐ後を追いかけるようにして、母さんが出てきた。

今年45歳になったはずの母さんだけど、普段家事とかはしないから、

まだまだ若々しい、というか、お嬢様って感じだ。

フワフワした髪に、長いスカート。

昔っからこのスタイルは変わらない。


母さんは俺を見ると、ちょっとホッとしたような顔をして言った。


「おかえり、真弥」

「ただいま」


俺と母さんは居間に向かった。


俺は就職してから一度も実家には帰っていなかった。

だから約9ヶ月ぶりに母さんとも会うことになる。

そして・・・


「父さんは?」

「まだ仕事よ。明日一杯あるの」

「そっか」





俺の実家はじいちゃんの代から弁護士事務所をしている。

弁護士事務所、と言っても、ドラマとかでよく出てくるアットホームな少人数の事務所ではなく、

多数の弁護士を抱える、一つの会社のような感じだ。

父さんはそこの弁護士であり所長である。


当然、長男である俺はそこを継ぐことを期待されてたけど、

どうにもこうにも興味が持てず、教師になった。

元々文系の頭してないんだよな。

司法試験を受けろなんて、とてもじゃないけど無理な相談だ。


だから俺が教師の道を選んで以来、父さんとは上手く行ってない。

父さんは俺に、子供の頃から「お前は事務所を継ぐんだ」と言い続けてきたのに、

俺はそれに逆らったんだもんな。

父さんとしては面白くないだろう。


もっとも前所長のじいちゃんは昔ながらの頭で、教師ってのは凄い職業だと思っているので、

俺が教師になったことを喜んでくれたし、

車だって買ってくれた。


母さんも、少し残念がったものの、俺が自分のやりたいことをやるなら、と、

後押ししてくれた。



でも、やっぱり家を出てからは、実家には帰りづらかった。


だけど、正月くらいは顔ださなきゃな。

それに、もう一つ、実家に帰ってきた理由がある。


ちょうど「それ」が居間に入ってきた。



「兄ちゃん!」

「幸太、元気だったか?背、伸びたな」

「うん。もう160センチあるよ」


そう言って微笑みながら俺に近づいてきたのは、

10歳下の弟の幸太だ。


まだ中学生になったばかりの幸太は、背こそ伸びたものの、

その表情には幼さが残る。

俺から見れば、歩と大差ない。



「真弥。あなた、ちゃんと食べてるの?」

「ほんとだ。痩せたんじゃない?」

「そうかな。まあ忙しいからさ」


麻里さんに貰ったレトルトが大活躍してるとは言えない。


「兄ちゃん、高校教師ってどう?楽しい?」


幸太が興味津々と言った感じで聞いてくる。


「うん。楽しいよ。面白い奴もたくさんいるし」

「へえー」



その後、しばらく母さんと幸太と3人で居間のソファーに座り、

俺の近況報告や、家であったことなんかを話したりしていた。


それにしても、幸太。

なんかちょっと変わったかも。

前は本当に歩みたいな「元気の塊」って感じだったけど、

ちょっと落ち着いたように思う。

よく言えば大人になったんだろうけど、

悪く言えば元気がない。


いつも一緒に遊んでた俺が家を出たから、

家での遊び相手がいなくなったせいか?


もうちょっと頻繁に帰ってきた方がいいかな?



そんなことを考えていると、玄関のチャイムがなった。


「あ。あの人だわ」


そう言って母さんが居間を出て行く。

俺は幸太と顔を見合わせて、少し緊張した。


「大丈夫だよ、兄ちゃん。父さんは怒ってないし」


幸太は無表情で言った。


「うん・・・」


父さんも、俺が今日帰ってくるのは知っているはずだ。

さすがに「帰れ」とは言われないだろうけど・・・




「なんだ、真弥。もう来てたのか」


懐かしくも、緊張感を与える声がした。


「うん。ただいま」


居間をちょっと覗いて、そのまま立ち去ろうとした父さんだったが、

俺を見つけると思い直したのか、居間に入ってきた。


「元気にやってるか?」

「うん」



父さんは俺と変わらないくらい背が高い。

しかも仕事上、「所長」なんてやってるせいか、ちょっとした威圧感がある。


父さんが家にいるだけで、空気が少し変わる。


父さんは嫌いじゃないけど、この微妙な緊張感が嫌で、

俺は子供の頃から家を出たいという願望が強かった。



でも、まだまだ新人とはいえ、俺も一応社会人になって、

改めて父さんとこうやって向かい合うと、

子供の頃抱いていた父さんに対する畏怖の念は全くない。


社会に出て働くことで、

父さんの背負ってる物がちょっとわかったのかもしれない。


逆に、継いでやれなかったことに対する申し訳なさがわいてくる。



父さんは俺に、ちゃんと食べてるか、とか、仕事はどうだ、とかを聞いてから、

居間を出て行った。


はあ・・・


俺はなんだか脱力してしまい、ソファーに沈み込んだ。


「ね。大丈夫だったでしょ?」


ずっと黙って父さんと俺のやり取りを聞いていた幸太が言った。


「ああ。意外と普通だったな。よかった・・・」


俺はため息をついて笑った。




それから俺は実家で3泊ほどして、年末年始を過ごした。

年が明けてからは、すぐに宏や大学の友達とボードにも行った。


宏はコン坊を連れてきて、自分の彼女だと紹介し、みんなを驚かせた。

宏がこんな風に彼女を友達に紹介することなんて今まで1度もなかったからな。

いよいよ本気らしい。


当のコン坊は余り深く考えていないようで、「こんにちはー」とか軽く挨拶してたけど。


去年、一緒にボードに行きたがってた幸太も誘ったけど、

行かないと言った。

思春期なのか、知らないお兄さん・お姉さん達と出かけるのは億劫なようだ。


こうやって幸太も大人になっていくんだな、

いっつも俺の後ろを追い掛け回していた頃が懐かしいな、

なんて、ちょっと寂しい気持ちになったりもする。




こうして、俺の中で鬼門だった「実家訪問」は無事終わった。


と、この時は思っていた。


後々あんなことになるとは、この時は夢にも思わなかった。



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