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第2部 第2話

クリスマスとは言え、平日。

世間の社会人は今日も仕事に精を出している。

むしろ、年末・月末で忙しいくらい。


でも、俺は久しぶりの有給だ。


朝から月島も来る。



何をしよう?

・・・アレはダメなんだよな、やっぱり。

くそう。


で、考えた結果、いい事を思いついた。




月島が来る約束の時間に、俺は部屋から出て、

マンションの前で月島が来るのを待った。


いつも通り、月島は時間きっちりに現れた。


「あれ?先生?外で待っててくれたんですか?」

「うん。よかった、暖かそうな格好してるな」

「え?」


月島が自分を見下ろす。

相変わらずのジーパン姿。

それにブーツとダウン。

マフラーもしている。


「帽子持ってる?」

「はい。ニット帽が鞄の中に」


そう言って、可愛らしいモコモコしたニット帽を取り出す。


「いこーぜ」

「どこにですか?」


俺は月島の手を引いて、マンションの裏の駐車場へ向かった。

それだけで月島は驚いたような、でも嬉しそうな目をした。


「でかけるんですか?」

「うん。車で遠出しよう。それなら人目も気にならないだろ?」

「はい!」


左胸あたりの服を握って、月島はニコニコしている。

・・・こんなことで喜んでくれるのか。


でも、確かにずっと会う時は俺の部屋だったから、

こうやって外出するだけでも凄いことだ。

俺もなんかワクワクする。



高速を走る車の中でも、月島はずっとニコニコした感じだった。

こんなに機嫌のいい月島は初めてだ。


そういえば・・・藍原もデートした時もこんな感じだったな。


でもあの時俺は、とにかく藍原を楽しませようって思ってただけだけど、

今は、月島を楽しませよう・・・ってゆーか、喜ばせよう、ってだけじゃなく、

俺も一緒に楽しみたい、って気分だ。



「どこにいくんですか?」

「どこだと思う?」


月島は「うーん」と考え込みながら、カーナビを見る。

目的地は入ってないけど、向かってる方向を確認しているようだ。


「後、どれくらいですか?」

「1時間くらいかな」


月島はさっぱり分からないようだ。

どうせなら隠しておこうと思い、俺は話題を変えた。


「そういや月島はこの冬休み、何してるんだ?」

「宿題です」

「・・・」


いや、いいぞ。いいことだぞ、うん。


「あ。明日はちゃんとした予定があるんです」


ちゃんとした、って何だそれ。


「どっか行くのか?」

「いえ。フルマラソンするんです」

「ふーん、そっか。頑張れ・・・って、はあ?フルマラソン!?」

「走るって言うか、歩くんですけどね。目一杯ケーキ食べてから、42.195キロ歩くんです。

去年初めてやったけど、結構いけるもんですよ?穂波も一緒です」

「・・・ほお」


痩せたいのか?太りたいのか?

女の考えることは、よくわからん。


「先生もやります?」

「やりません」



そうこうしているうちに、車が高速の出口にさしかかった。


「え、鎌倉、ですか?」

「うん。遊ぶようなとこじゃないけど・・・外でブラブラ歩くってのもいいかなと思って」

「はい!」


部屋ばかりの俺達には「出歩く」ってことに意味がある。

場所とかすることは重要じゃない。

でも、せっかく出歩くなら、ちょっと観光できるとこがいいじゃないか。


クリスマスに鎌倉まで来る知り合いもいないだろうし。


「ありがとうございます。嬉しいです」

「・・・うん」


月島はいつも素直だ。

嬉しい時は嬉しいって言うし、嫌な時は嫌って言う。

だから、今日も額面どおり受け取っていいだろう。



適当な駐車場に車を止めて、

スタスタと歩く俺の横で月島が不思議そうな顔をした。


「先生、なれてますね。よく来るんですか?」

「大学時代、友達とよく写真撮りにきたりしてたんだよ」

「へえ・・・写真ですか・・・私も描きたいなあ」


そう言って、鎌倉のシンボルの大仏を見上げる。

俺は思わず笑ってしまった。

予想を裏切らない奴だなあ。


「そう言うと思った。スケッチブック持ってるんだろ?いいよ、描いて」

「でも・・・」


申し訳なさそうにしてるが、好奇心に勝てなかったようだ。


「じゃあ、1枚だけ」

「うん。ここにする?」

「ちょっと離れたところがいいかな。大仏がチラッと見えるくらいのとこがいいです」

「わかった」


俺達は大仏のある高徳院から少し歩き、

小高い丘の公園に来た。

木々の間から大仏が見え、紅葉の季節にはベストスポットだけど、

この季節にはさすがに人もいない。


月島はベンチで早速描き出した。


描きたい景色を見つけたらすぐに描けるように、と、

月島はいつもスケッチブックとクレパスを持ち歩いてる。

あと、デジカメ。

描けない場所や時間が無い時は、カメラで撮って後で描くそうだ。


本当に描くのが好きなんだな。



今日は、前のディズニーランドの時とは違い、

目の前の景色が画用紙に切り取られたような写生だ。


でも、実物でも写真でもなく、絵ならではの温か味がある。



「・・・先生」


月島が画用紙から目を話さずに言う。


「ん?」

「風邪、ひかないでくださいね」

「・・・はい」



たまに散歩で公園に入ってくる人たちが、

月島の絵を覗き込んで、感嘆のため息をもらすのが、

なんだか嬉しい。


1時間以上かけて絵を仕上げた月島は、

寒そうにしながらも、満足気だ。



それから一緒に色んな寺をブラブラと歩きながら話をした。


「そういえば、月島っていつから俺のこと好きだったんだ?なんで好きになったんだ?」


月島は、ちょっとムスっとして、つっけんどんに返事をした。


「今更そんなこと、どうでもいいじゃないですか。先生こそ・・・」

「うーん。俺はよくわからないんだけど・・・初めて月島と牛丼食べた時に、

嬉しそうに食うなー、って思いながら見てたら好きになってた」

「な、なんですか!?それ!」


月島はたださえでも赤くなっている頬を更に赤くさせて叫んだ。


「ひどい!」

「なんで?」

「なんで、って・・・先生、デリカシーがなさ過ぎです」

「そんなこと初めて言われた」

「・・・」

「女心がわかってない、とはよく言われるけど」

「同じです」


同じなのか。


「で、月島は俺のどこを好きになったんだよ」


月島は不貞腐れながら言った。


「顔」

「うわ。顔が好きって言われてこんなに嬉しくないの初めてだな」

「冗談ですよ」


冗談なのか。

それはそれで複雑だぞ。


「先生が初めて教室に来た時、山下先生に下の名前聞かれましたよね」

「そうだっけ?」

「その時、先生が『しんや、です。真実の弥生時代です』って言ったの聞いて、

いい人だなって思ったんです」

「へ?」


意味がわからん。

名前が好き、ってことか?


「山下先生が日本史の教師だから、ああいう説明をしたんですよね?

相手のことを考えてあげられる人なんだって思って、ちょっと気になったんです」

「ふーん・・・そんな初めの頃から気にかけてくれてたんだな。

だから初めての授業の時に、質問取り下げたり、俺の授業を褒めてくれたのか?」


俺は月島の手を取って、目の前の階段を上がり始めた。

この上にも大きな寺がある。


「それもありますけど。先生の職員室の机に、色んな大学の過去問置いてありますよね?

しかもかなり勉強してるみたいだったから、感心したんです」

「生徒に感心される教師ってどうなんだ」

「ふふ、そうですね。偉そうですね、私。すみません」



やっぱり月島って色々見てるんだな。

しかも頭が良い。

勉強ができるって言う頭の良さだけではなく、

本当の意味での頭の良さだ。


なんか、俺にはもったいないんじゃないか?




帰りの車の中。

月島は暗くなった外の景色をぼんやりと眺めていた。


「眠かったら眠っていいぞ」

「大丈夫です」


そう言って首を振る月島。

でも眠そうだ。


俺はオーディオの音量を下げて、それから何も話さなかった。

すると、案の定、5分も経たないうちに、月島はウトウトし始めた。

またじっくり寝顔を見たいとこだけど、

さすがに高速を運転中では、フロントガラスから目を離せない。


高速をおりて、月島の家の近くのバッティングセンターの駐車場に車を停めても、

月島はまだ眠っている。



キスしていいかな?

いいよな?


俺は自分のシートベルトを外すと、

ちょっと人目を気にしつつ、ぐっすりと眠っている月島にキスをした。


すると月島はビックリして目を開けた。


「着いたぞ」

「は、はい・・ビックリした・・・。誰かに見られたらどうするんですか」

「大丈夫だって。人いないから」


俺はもう一度、少し長いキスをした。


顔を離すと、月島は真っ赤だった。

何回してもこんな感じ。


いい加減慣れてくれよナ。

俺まで照れくさいだろ・・・






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