表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/88

第1部 第31話

「さいてー」

「コン坊・・・他に言うことはないのか」

「さいてー」

「・・・」


今日、もう何回目の「さいてー」だろう。

俺はビールをテーブルに置いてため息をついた。




昨日、月島が帰ってから、俺なりに頭を整理した。

いや、整理するまでもないか。


月島は俺のことを好きらしい。

藍原のように。


嬉しいには嬉しいけど、同じくらいむなしい。




「藍原さんとはちょっと違うんじゃない?」

「どこが?同じだろ」

「藍原さんは、本城君に憧れてたって感じだけど、月島さんはちょっと違う気がする」

「そーかー?生徒が教師を好きなんて、憧れ以外の何物でもないだろ」

「それはともかく。本城君、鈍すぎ。そこまで言わされるなんて月島さんがかわいそう」

「・・・」

「ほんと、本城君て、遊び人のくせに鈍いってゆーか、バカってゆーか」

「遊び人じゃない」

「昨日、また和田君と会ったんだー」


おい、宏。

またなんか吹き込んだな?


「で、どうするの?」

「どうするって何が?」

「好きな女の子から告白されたんでしょ?どうするの?付き合うの?」

「まさか」


俺はビールを一口飲んだ。

この居酒屋は学校から結構離れてるから、こんな会話をしても

知り合いに聞かれることはないだろう。


こんな状態になったからこそ改めて思うけど、

坂本先生と杉崎はよく付き合うことになったよな。

かなり勇気と思い切りがいったはずだ。

色々気を回すだろうから、疲れるだろうし。

俺なんて、たった今日1日でクタクタだぞ。

状況は違うけど。


そう、今日は疲れた。

気まずいこと気まずいこと。

俺は授業中も月島を気にし、でも目が合いそうになると慌てて逸らしてしまう始末。

挙動不審もいいところ。


月島も月島で、俺に全く近寄ってこない。


放課後の戸締りも、月島と教室で二人きりになるのがなんだか怖くて、

サボってしまった。



「何それ?中学生じゃあるまいし」

「はい・・・」

「大人で教師の本城君がそんなんじゃ、子供で生徒の月島さんはどうしたらいいかわからないじゃない」

「はい・・・」

「本城君は学校では普通にしてればいいのよ、普通に。藍原さんにしてるみたいに」

「はい・・・」

「まあ、学校外ではどれだけ気まずかろうが、仲良くしようがどうでもいいけど」

「・・・教師のセリフじゃねーな」

「生徒にあんな酷い告白させる方が教師として、さいてー」

「はい・・・」



はあ。参った。

どうする?

このまま何事もなかったように月島に接したらいいのか?



「ふふふ」

「・・・なんだよ」

「いい解決方法があるわよ」

「え?」

「知りたい?」

「・・・うん」

「じゃあ、今日は奢りね」

「・・・はい」

「簡単よ。正直に全部話しちゃうの」

「話す?」

「そう。自分も月島さんを好きだけど、教師と生徒だから付き合えない、ってね。ただし、今は」

「今は?」

「そう、今は。月島さんが卒業してから付き合えばいいじゃない。

だから今のうちに、想いだけ伝えとくの」


なるほど。


「って、俺が月島に告白するのか!?無理!!!」

「月島さんには告白させといて?しかもあんな酷い告白を」


えー?

ありえない・・・

教師が生徒に告白するのか?


「拒絶されたらどうするんだよ」

「・・・月島さんって本城君のこと好きなのよね?」


そうでした。


「わ、わかった・・・ちょっと考える・・・」

「はいはい。考えてちょうだい」


コン坊は一人美味そうにビールを飲む。


「ま、月島さんはどう見ても前から本城君のこと好きそうだったけどね」

「・・・またそういうビックリ発言をする」

「見てりゃわかるわよ。他にも本城君のこと好きそうな女子生徒、いるわよ」

「誰だよ?」

「秘密。バレンタインあたり、楽しみにしてたら?」

「月島一人でいっぱい、いっぱい」

「・・・のろけてくれるわね」


のろけって言うのか、これ。


「それよりコン坊こそ宏とどうなんだよ」

「別に。仲のいいお友達よ」

「宏は本気みたいだぞ」

「そうね。付き合おうって言われたら付き合ってみようかな」


大人ですね、近藤さん。




翌日の金曜日。

コン坊からのアドバイスをありがたく拝聴した俺は、

放課後、いつも通り戸締りをしに教室へ向かった。


そうだよな。

教師の俺が生徒の月島を避けててどうする。

ドンと構えときゃいいんだ。

藍原の時だって余裕だったじゃないか。


そうだぞ、俺は大人なんだぞ、大人。

うんうん。



ちょっと暗くなりかけた教室には、

やっぱり月島が一人、勉強して残っていた。


「・・・先生」

「・・・」


だから、大人なんだってばー。


俺の自己暗示の努力も虚しく、

月島を見た瞬間、「うわ!気まずい!」って表情をしてしまった。


月島はちょっと俺を見た後、

すぐに机に視線を戻し、また勉強しだした。


・・・普通だ。普通にするんだ。

いつも俺はどうしてた?

そう、月島に気軽に話かけたり、

横に座って勉強の邪魔したりしてたじゃないか。


でも足が動かず、教卓の少し前で俺は突っ立っていた。


そんな俺を不憫に(?)思ったのか、

勉強の手は止めないままに月島が言った。


「先生・・・すみません」

「・・・何が?」

「あんなこと言って・・・。忘れてください」

「・・・」


月島はいつも通りの無表情で机に向かう。

でも心なしか寂しそうに見える。

俺の気のせいか?

いや、違うよな。


俺は覚悟を決めて、月島の隣に座った。


「そう言うんだったら、月島も普通にしててくれよ」



昨日、コン坊にああは言われたけど、

やっぱり俺は月島に気持ちを伝えるつもりはない。


言うだけ言って、関係は今まで通りで、って自信もないし、

卒業まで月島を変に束縛したくない。


できれば、月島も藍原みたいに、俺への気持ちは憧れだと踏ん切りをつけてほしい。

そりゃ、月島が誰かと付き合うのは面白くないけどさ。

それは仕方がない。




月島が手を止めた。

でも視線は机の上のノートから離さないままだ。


「・・・わかりました」

「うん」


俺も、何となく月島を直視できなくて、

月島のノートを眺めた。


「ん?なんだ、それ?」

「え?」


俺の視線の先に気づいた月島は、慌ててノートを閉じた。


「ちょっと見せろよ」

「いやです!」


俺は月島から無理矢理ノートを取り上げると、さっきのページを開いた。

そこには小さな絵の落書きがあった。


「これ・・・篠原先生?」

「・・・」


そう。その絵は間違いなく篠原先生だった。

見間違いようがないくらいそっくりだ。


「これ、月島が書いたのか?」

「・・・はい」

「すげー・・・」


上手い。

本当に上手い。

プロが書いた似顔絵みたいだ。


「今日、音楽の時間、歌のテストがあって、生徒が一人ずつ順番に歌ったんですけど・・・

待ってる間、暇でつい・・・すみません」

「いや、そんなことはいいんだけどさ。すごい上手いな。ビックリした」

「はあ」

「もしかして、前言ってた、月島の趣味ってこれ?」

「はい。絵を描くのが好きなんです。そんな感じのリアルな似顔絵も好きですけど、

コミカルに描くのも好きです。あと、写生とか。最近はパソコンで描いたりもします」

「へえー・・・」


俺はマジマジと篠原先生の絵に見入った。

月島にこんな特技があるとは意外だ。



「今度、俺も描いてくれよ」


俺がそう言うと月島は少し赤くなって、

はい、と言った。


・・・だから、そーゆーのやめてくれよな。



「あ、でも授業中はダメだぞ。ちゃんと聞いとけよ」

「はい。でも・・・」

「でも?」

「なんか最近、先生の授業、簡単過ぎるかも・・・」

「・・・」


相変わらず正直な奴だ。


「月島のレベルが高すぎるんだよ。月島レベルで授業してたら遠藤とかが寝る」

「・・・」

「じゃあ、月島には別に何かいい問題集でも探しとくよ」

「ほんとですか?」

「・・・問題集でそんな喜ぶ生徒ってのも珍しいな」



照れくさそうに微笑む月島。


うん。そうそう、こんな感じだよな、いっつも。

大丈夫。


今まで通りやっていける。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ