第1部 第24話
「いやー!やっぱ、楽しいな!合コンって!!」
「なんだよ真弥。乗り気じゃなかったくせに。もしかして、例の女子生徒には振られたのか?」
「おい!」
俺は慌てて隣の席の宏の口を塞いだ。
「しっ!!コン坊に聞こえたらどうするんだよ!?」
俺は、俺とは反対側の宏の隣に座っているコン坊を見た。
コン坊は、そのまた反対隣の男と話している。
「なんだ、近藤さんには言ってないのか?」
「言える訳ねーだろ!?誰にも言ってねーよ!」
「ふーん・・・」
「・・・おい、なんだよ、その目は?」
「真弥、来月の合コンもよろしくな」
「・・・もう、こない」
「そんなこと言っていいのか?近藤さんにバラすぞ」
「お、お前!それでも友達かよ!?」
「ビジネスは甘くないっつったろ?」
なんてヤローだ。
俺は恨めしい目で宏とその奥のコン坊を見た。
H駅から徒歩10分くらいのちょっとお洒落な感じの居酒屋が、
今日の合コンの会場だ。
男5人、女5人。
ちなみに、コン坊は「女5人」に含まれる(当然か)。
女はもちろんコン坊以外は知らないが、
男も、宏以外は俺の知らない奴らだ。
Sビールの宏の同期らしい。
宏は俺を「女寄せ」だと言ったけど、
この歳になると、さすがに女も男を見た目だけでは選ばない。
中身はもちろん、ステータス、っていうか、
ぶっちゃけ年収も重要な要素だ。
そこを行くと、Sビールのエリート社員4人に、
しがない高校の教師がかなう訳もなく。
という訳で、今日の合コンは俺は端っこで大人しくコン坊と飲もうと思ってたのに、
何故か宏が俺とコン坊の間に割り込んできやがった。
おい、合コンなのに、旧友の男と話してる場合じゃねーだろ!
それとも、もしやコン坊狙いか?
ダメだぞ、コン坊は。
俺が許さん。
ところが意外なことに、俺にも人が群がってきた。
ただし、女ではなく、男。
みんな社会人になり数ヶ月、そろそろ会社にも慣れると同時に疲れが出てきているようだ。
やれ、嫌な上司がいるだの、やれ、資料作りばっかりでつまらないだの、
やれ、営業が大変だの・・・
そこに、「高校教師」という異業種の人間が一人。
みんな、「先生って楽しい?」「最近の高校生ってどんな感じ?」
「残業ってどれくらいしてる?」「生徒のクラス分けってどうやってやるんだ?」
と、興味津々。
一方俺も、普通のサラリーマンってどんなのかわからないので、
色々質問を返した。
こうして、冒頭の通り、予想外に楽しい合コンとなった。
しかし・・・
「おい!王様ゲームやろうぜ!」
「・・・俺、パス」
「真弥、ノリ悪いぞ!ほら!」
「嫌な予感がする・・・」
その予感は的中し、結局俺は一度も王様にはならなかった。
なんだよ、こんな時は、俺に赤い割り箸は回ってこないのかよ。
「本城君!起きて!そろそろ帰らないと、学校に遅れるよ!」
「うーん・・・もうちょっと・・・」
「ほら!!!」
頭をゴンっと殴られ、俺はようやく目を覚ました。
ん?ここは?
「やっと起きた。おはよう、本城君」
「おはよう、コン坊・・・ここは?」
「私の家よ」
「へ?」
俺は起き上がり、辺りを見回す。
白い壁には服がかけられてあり、
天井には可愛らしい照明がぶら下がっていた。
そして俺が寝ているのは、大きめの布地のソファー。
確かに俺の部屋じゃない。
ちなみに、誤解がないように言っておくが、
俺もコン坊もちゃんと服を着ている。
もっとも、コン坊はジャージで俺は昨日と同じ服だけど。
「えーっと・・・」
「覚えてないの?昨日の合コンの後、結局3次会までやって、二人して私の家に押しかけたんじゃない」
「二人?」
嫌な予感がして、ソファーの下を見ると、宏が転がっていた。
「・・・おお。思い出したぞ」
そうだ。男同士ですげー盛り上がっちゃって、
女達を放置し(ごめんなさい)、男だけで2次会3次会と行ったのだ。
ちなみにこの場合の「男」にはコン坊も含まれる。
「どうして私が男5人と飲まないといけないのよ・・・」
「逆ハーレムみたいでよかったろ?」
「あの面子じゃあねえ」
言ってくれるじゃねーか。
「それにしても・・・宏、なんつーバカ面して寝てるんだ」
コン坊も宏を覗き込む。
「面白い人よね、和田君て。Sビールの次期社長とは思えない」
「だよなー・・・って、え!?」
俺は驚いて、コン坊を見た。
「何?」
「なんで宏がSビールの次期社長って知ってるんだよ!?」
「なんでって・・・本人に聞いたに決まってるじゃない」
訝しそうな顔のコン坊の前で、俺は唖然とした。
しゃべった?宏が?コン坊に?
「お、おい!起きろ!!宏!!!」
「ほえ~?」
「ほえ~?じゃねーよ!」
俺は宏の脇腹を思いっきり蹴飛ばした。
「いってえええ!」
「ほら!!!起きろ!!!帰るぞ!!!お前も会社だろ!?」
ポカンとするコン坊を残し、
俺は目をこすっている宏を引っ張ってコン坊の家を飛び出した。
「宏!これ、飲め!」
俺は駅の近くのスタバに宏を連れ込み、
俺が知っている限りで一番苦いコーヒーを買って宏に渡した。
「うげー、にげー!なんだよこれ!」
「さっさと飲んで目を覚ませ!」
「俺はブルーマウンテンしか飲まないんだよ」
「インスタント専門のくせに何言ってんだ!」
ようやく昨日のことを思い出した宏に俺は詰問した。
「なんでコン坊に、お前の身分明かしたんだよ?」
「なんでって・・・いいだろ、別に」
「そりゃお前の勝手だけどさ。お前今まで、絶対にそんなこと合コン相手に言わなかっただろ?」
そう、宏は昔から、自分の肩書き目当てに近寄ってくる人間にうんざりしていた。
だから学校内では隠せないが、合コン相手とかには自分の身分を伏せていた。
必要がなければ学校名も言わなかったくらいだ。
会社でも秘密にしているらしい。
宏が次期社長であることを知っているのは、父親である現社長と人事部のトップくらいだ。
昨日の奴らも知らないだろう。
それなのに、なんで昨日会ったばかりのコン坊に簡単に話しちゃうんだよ。
「さてはコン坊に惚れたな?」
「・・・」
「で、肩書きでコン坊を釣ろうとしたな?」
宏は俺をジロっと睨んだ。
「近藤さんはそんなもんになびくタイプじゃないだろ」
確かに。
「だから、いいな、と思ったんだよ。後から、実はSビールの次期社長です、って言うより、
最初から俺のことちゃんと知っといて欲しかったんだよ・・・」
「・・・」
おい、マジだな、宏。
宏はイケメンって訳じゃないが、
その人の良さで昔からモテる。
でも、宏がこんなにちゃんと女を好きになってるのを見たことがない。
やるなあ、コン坊。
「・・・コン坊の携帯、聞いた?」
「いや・・・」
「何やってるんだよ、お前らしくない」
「なんか、緊張して聞けなかった」
おいおい。
俺は仕方なく自分の携帯を開いて、
宏にコン坊の番号とアドレスを教えた。
「勝手にいいのかよ?」
「コン坊も、いくら押しかけられたとは言え、携帯を教えたくもない奴を泊めたりしないだろ」
「・・・そうだな」
「後は勝手に頑張れよ」
「おう、ありがと。お前も頑張れよ」
「どう頑張れってゆーんだよ」
俺は苦笑しながら立ち上がった。
時計を見ると、6時半。
急いで帰って風呂に入らないと。
今日は朝から、面白いもんが見れたな。