第1部 第22話
「真弥ー!!!持ってきてくれたか!?」
「おう。持ってきたぞ」
俺は、袋からWiiを取り出した。
なんとなく、そうかなと思ってたけど、
やはり麻里さんは、教育方針上、歩にテレビゲームを買い与えてなかったようだ。
だけど歩の必死の説得で、
「じゃあ、おじいちゃんの家にいる時だけ、本城さんに借りなさい」
という条件付お許しを取り付けた。
で、今日は早速、Wii大会となったのだが・・・
「おお、これ、結構楽しいですね!」
そう言ってはまったのが、おじいちゃんとおばあちゃん。
軽く2時間以上、4人でバーチャルボーリング大会を楽しんだ。
こりゃ、Wiiは当分ここに置いといた方がよさそうだな。
おじいちゃんとおばあちゃんにも楽しんでもらおう。
すっかり腹ペコになった俺は、結局この日はカレーをご馳走になった。
「歩。食べる前に、これ、仏壇にお供えしてきなさい」
「はーい」
歩はおばあちゃんからカレーの入った小皿を受け取ると、
仏壇の前に置いて、俺が水を噴出しそうになるくらい大きな音で、
チーン!!!と鐘を打った。
それにしても、仏前にカレーって・・・
その時、歩が大きな声で言った。
「お父さん。どうぞ、食べてください!」
・・・え?
俺が驚いた顔をしていると、おじいちゃんが笑顔で説明してくれた。
「歩の父親は・・・私達の息子なんですがね、歩が1歳の時、亡くなったんですよ」
「亡くなった?」
「くも膜下出血でね。まだ30ちょっとだったんですが。
最近は若くてもそんな病気になるんですね」
「・・・そうだったんですか」
俺はここが、麻里さんの実家だと思っていたが、
歩の父親の実家だったのか。
それで、同居はしていないんだ。
さすがに父親なしで、父親の実家に住むのは気が引けるんだろう。
歩が1歳の時に亡くなったと言うことは、
歩は父親の記憶はまるでないのか・・・
そして麻里さんは一人で歩を育ててきたんだ・・・
俺は、仏壇の前にちょこんと座る、歩の小さな背中を眺めた。
「カレーにはラッキョウだろ」
「うわ!真弥!おっさんくせー!ラッキョウなんて乗せるなあ!!」
強引に歩のカレーにラッキョウを入れようとする俺を、歩が必死に阻止する。
「カレーと言えば、コレだろ!!」
「・・・コレ?」
そう言って歩が取り出したは、ソース。
「邪道だぞ、歩!」
「カレーには、ソースと卵!しかも、黄身だけ!これがカレーの王様だ!」
「うわー!邪道すぎ!!!」
俺達はお互いのカレーを覗き込みながら非難の嵐。
「えい、卵の黄身潰してやろ」
「あああ!ひでー!!俺の楽しみを!!!バカ真弥!!!」
「へへん。いつまでもこんなお子様カレー食ってんじゃねーよ」
「うるさい!いーってやろ、いってやろ、せーんせいにいってやろー♪」
「残念でした。俺が先生だもんね」
「じゃあ。いーってやろ、いってやろ、こうちょうせんせいにいってやろー♪」
「うわ。ごめんなさい。てゆーか、今時そんな歌、小学生でも歌わないだろ」
「歌うぞ」
「ホントかよ?」
「真弥のにも卵入れてやろ」
そう言うと、歩は間髪入れずに俺のカレーに卵を入れやがった。
しかも白身ごと。
「おい!何するんだよ!黄身だけってこだわりはどうした!?」
「真弥のカレーなんてどーでもいー」
「お前・・・もうWiiやらせない」
俺は卵でグチャグチャになったカレーを仕方なく食べた。
・・・おお、なかなかいけるな、これ。
歩も、俺に黄身を潰されたことに文句を言いながらカレーを口に運ぶ。
カレーと卵を混ぜてるとき、ふとあることが閃いた。
あれだ。
溝口に対して抱いた違和感の正体。
そうか・・・・
そういうことだったんだ・・・
「真弥、何ブツブツ言ってるんだ?気持ち悪い」
「うっさい」
盆休み明け、俺は夕方いつも通り教室へ向かった。
俺の願いが通じたのか、月島は教室にいた。
「月島」
「あ。先生。こんにちは」
「・・・ちょっと、いいか?」
「はい。なんですか?」
月島がシャーペンをノートの上に置いた。
「お盆前の話だけど・・・」
「ああ・・・溝口君、謝りにきてくれました」
「そうか。あ、いや、そうじゃなくて」
「え?」
俺は月島の隣に座った。
意識して、ちょっと距離を取った。
「月島、お前、中学2年の時、イタズラされたって言ってたよな?」
「・・・はい」
「それって、もしかして・・・相手は教師か?」
「・・・」
「担任?」
「・・・はい」
やっぱり、な。
俺はなんとも言いようがなくなった。
溝口は、「俺、月島に、校長先生に話そうか?って言ったんですけど」と言った。
俺は無意識のうちに、そこに違和感を覚えたのだ。
歩のトンチンカンな歌でようやく分かった。
もし犯人が生徒なら、溝口は「先生に話そうか」と言うはずだ。
その「先生」とは、普通は「担任の先生」の意味だろう。
だけど、溝口は「校長先生」と言った。
「担任の先生」には相談できなかった。
だからいきなり、「校長先生」だったわけだ。
つまり・・・
犯人は、月島と溝口の担任の教師だったのだ。
そういえば、月島も犯人のことを「クラスの人」と言った。
「担任」と言わなかったのは、今の担任の俺に気を使ってくれたのだろう。
俺はため息を我慢しながら月島を見つめた。
月島は気まずそうに机に目を落とした。
そりゃ・・・怖いよな。
大人の男に、しかも、教師・・・一番身近な担任の教師にそんなことされたら。
その後の中学校生活を月島はどんな思いで過ごしたんだろう。
「大したことない」と月島は言ってたけど、
月曜のあの怯え方からして、とてもそうとは思えない。
月島が年上の男より年下の男がいいと言ったのも、
そのそのせいかもしれない。
月島は・・・
俺のことをどう思ってるんだろう?
やっぱり怖いんだろうか?
それとも、中学の時の担任とは全然別だと考えてくれてるんだろうか?
「先生」
「・・・え?」
いきなり月島に声をかけられ、俺は我に返った。
「図書館のことなんですけど、」
「あ、ああ。大学の?」
月島は、穏やかに微笑んだ。
「はい。また連れて行ってくださいね」
「・・・」
なんだよ。
なんでそんな顔して笑うんだよ。
しかもなんでそんな嬉しいこと言うんだよ。
やめてくれよ。
「・・・うん」
「ありがとうございます」
月島はまたニッコリと微笑んだ。