第1部 第20話
8月7日。
こんなにデート(?)の日を待ちわびるなんて、自分の純情さに驚く。
23年間生きてきて、今更ながらに新たな発見だ。
さすがに月島の家の前までは迎えに行きづらいので、
近くのバッティングセンターの駐車場で待ち合わせた。
約束の時間の少し前について、車の中で待っていると、
時間通りに月島が姿を現した。
月島は、細身の綺麗目なジーパンにTシャツ、それに冷房対策なのかパーカーを羽織っている。
カーディガンじゃなくてパーカーってところが高校生っぽくて微笑ましい。
そういえば、俺、月島の制服姿以外見たことが無い。
あと、体操着姿くらいか。
・・・この歳になって好きな女の制服姿とか、ましてや体操着姿なんて、
見れるとは夢にも思わなかった。
自分の気持ちに気づいてからは、まだ月島の体操着姿を見てないけど、
今まで通り普通に見れるだろうか・・・
まあ、本物の高校生の制服姿や体操着姿なんて全くヤラシさは無い。
成人した女のそーゆーコスプレはエロイなーと思うけど。
ましてや月島は色気のあるタイプじゃない。
身長はたぶん160くらいかな?
細くて、とてもじゃないけど胸が大きいとは思えない。
でも・・・
なんか、今日の私服姿の月島にはドキドキする。
見慣れない格好だからか?
いつもより体のラインが分かる格好だからか?
困ったゾ。
「先生、おはようございます」
「・・・おはよう」
「どうかしました?」
「いや・・・」
なぜか、おじゃまします、と言って月島は助手席に乗り込む。
いちいち素で面白い奴だ。
月島はシートベルトをすると、俺をじーっと見た。
「な、なんだよ」
「先生のそういう格好見るの初めてだな、と思って」
そう言って、またちょっとだけ微笑む。
その「ちょっとだけの笑顔」、やめて欲しいんだけど・・・。
今となっては直視もできない。
「そういう格好って、普通だろ」
俺も月島に劣らずシンプルだ。
なんたって、Tシャツに少しダボッとしたジーパン。
なんか、カッコつけてくるのも変だろと思って。
「でも、先生いつも、もうちょっとカチッとした格好だから」
「学校じゃ当たり前だろ。教師の中じゃラフな方だと思うけど?」
「それもそうですね。ネクタイしてるの見たの初日だけだし」
「だって、ノーネクタイでいいって言われたから」
「森田先生は毎日ネクタイですよ?」
わざとらしく月島が言う。
「俺、生徒をそんな意地悪に育てた覚えないんだけど?」
「先生なんかに育てられたら、生徒はみんな意地悪になると思いますけど?」
そうなのか?
それ、ちょっと問題だな・・・。
そんなくだらない話をしつつ、
昼飯を食ってから大学の図書館へ向かった。
ちなみに昼飯は月島のリクエストで再び牛丼。
「月島、牛丼好きなのか」
「はい!」
そう言って、前回のように飛び切りの笑顔で美味そうにパクパクと食う。
うーん、「ちょっとだけの笑顔」も困るが「飛び切りの笑顔」も困るな。
もっとも、牛丼食ってる間は、横で俺がどれだけ見つめようと全く気づいてないようだが。
図書館では、俺もさすがにボケボケしてられない。
夏休み明けの発表の為に真剣にレポート用紙とパソコンに向かう。
月島も、また分厚い小説にかじりついている。
なんて健全なデートなんだろう。
こんなの、高校生の時にもしたことない。
デートなんて思ってるのは俺だけだけど。
当然、会話もないまま時間が過ぎていった。
俺も集中していたせいか、月島に「何時に帰ります?」と声をかけられるまで、
外が暗くなり始めているのにも気づかなかった。
「もう6時半かぁ。腹減った・・・」
「え?もうですか?」
「昼飯早かったし」
「それもそうですね」
「って、やべ!俺、7時に約束あるんだった!」
「そうなんですか?」
「うん・・・」
今日は土曜だけど、歩の母親が休日出勤で、歩はじいちゃんちにいるのだ。
朝から、遊んでくれ!とせがまれたけど、そこは許してくれ。
今日は譲れない。
その代わり、夜はファミレスに歩を連れて行く約束をさせられた。
俺は慌てて荷物をまとめ、月島と図書館を出た。
「じゃあ、7時から歩君とご飯なんですか?」
「ファミレスだけどな。月島も来る?」
「え?」
俺は何も考えずに、何となく誘った。
行くと言ってくれたらラッキーだけど、
こんなことにまともに誘うのも悪い。
月島だって夜は家で何か予定があるかもしれないし。
でも、月島は意外なことに、じゃあ行きます、と言った。
「一度会ってみたかったんですよね、歩君に」
「足長おじさんとの面会にしちゃ早すぎるな」
「もうちょっとじらしましょうか?」
「じらしても、何のメリットもないだろ」
俺は苦笑いしながらも心の中では、ラッキーと思いながら車に乗り込む。
1週間待った甲斐があった。
この1週間、本当に長かった。
自分でも不思議なくらい、いつの間にか俺はかなり月島を好きになっていたらしい。
今日は来てるかな?
あんま用もないのに教室行ったら変だよな?
帰りは何時までいるかな?
と、まあ、自分で呆れるくらい子供染みた毎日だった。
「そう言えば、今週はあんまり学校に来てなかったよな」
そう言えば、どころの騒ぎじゃないけど。
2日しか来なかっただろ。
「はい。ちょっと用事があって・・・デートじゃないですよ」
先を制して月島が俺を睨む。
おお、成長したな。
俺の教育の賜物か?
「はいはい。じゃあなんだよ?月島の用事って・・・ボランティアとか?」
「・・・先生、私をなんだと思ってるんですか」
「ははは」
「あ、でもボランティアって言うか、バイトはしてました」
「おい。バイト禁止だろ」
「お父さんのお手伝いです。あのギグレスターのトレカの新シリーズ発売イベントがあって、
お父さんも行ってたんです。で、私も手伝いに借り出されて。お小遣いに千円貰いました」
「千円って・・・もう少し貰えよ」
「バイト禁止でしょう?」
「ははは」
全く変なところで真面目だな。
いや、変なところじゃなくても真面目だな。
俺、今までこんなタイプ、一度も好きになったことないのに・・・。
どこをこんなに好きになったんだろう?
俺に遠慮ないとこか?
生徒のくせに、教師のことをよくわかってるとこか?
うーん・・・ちょっと違うなあ。
「他の日は何してたんだよ?」
「・・・」
「おい、なんかヤバイことでもしてたとか?」
「まさか。そんなことしません。ちょっと趣味があって・・・」
「趣味?何?」
「内緒です」
「なんだよ、教えろよ。気になるだろ?」
「恥ずかしいから嫌です」
恥ずかしいような趣味なのか!?
うわっ、すげー気になるんだけど。
でも、月島は本当に教えてくれるつもりはないらしく、
追求する間もなく歩の家についてしまった。
歩の反応は、なんともまあ、期待を裏切らないというか、なんというか。
「おお!!真弥の彼女かよ!?ヒューヒュー!」
「また、それかよ。彼女じゃない。生徒だよ。ほら、歩にトレカくれた奴だ」
「・・・」
とたんに歩の目が輝いた。
「あ、あの!あの、トレカの会社でお父さんが働いてるっていう・・・?」
「はい。始めまして、歩君。月島と言います」
「月島。歩なんかに敬語使わなくていいぞ」
「つ、月島さん・・・」
歩はもう、神様でも見るような目で月島を見ていた。
「あ、そうだ。お父さんにお願いして、一枚、なんか特別なカード貰ってきたんだ」
そう言って、月島はあのトレカの袋を一枚鞄から取り出した。
「今日、先生に渡しておこうと思ったんだけど、直接会えることになったから・・・」
と言う月島の言葉は、もう歩の耳には入っていなかった。
「す、すげえ!!!!ピグロンのカードだ!!!!初めて見た!!!」
歩は夜道を行ったり来たり走り回って喜んだ。
なんだ、ピグロンって。
俺が勉強しないといけないのが、また増えたな?
ため息をつく俺の横で、月島はニコニコと歩を見ていた。
・・・まあ、いっか。