第1部 第2話
「はい、1時間経過ー。後、15分で紙は回収な」
「えー!?」
席次表はまだ4分の3も回っていない。
「書けなかった奴の名前は、俺覚えないから、1年間席替なし」
「それでも教師かよ」
「はい、後13分ー!」
紙を回す速度が一気にスピードアップする。
その間、さすがにボーっとしてる訳にはいかない。
俺は、プリントとか教材を配り、連絡事項を言う。
「えーっと。『あしたはがくせいしょくどうがありません。かくじべんとうじさんのこと』
それと、『しがつとおかにぜんがっきゅういいんのしゅうかいがほうかごにあります』
だって。わかったな?」
「全然わかりませーん」
「お前ら、結構バカなんだな」
「・・・」
いや、本当のところ、こいつらはバカじゃない。
都心から少し離れた緑豊かなこの朝日ヶ丘高校は、都内の3年制の私立高校の中ではレベルが高い。
生徒の素行も良いと評判だ。
実際、パッとクラスを見渡しても、
ものすっごい茶髪の奴はいない。
ピアスもなし。
制服もそこそこちゃんと着ている。
まあ、細かく見ていくと、ちょっと髪を染めてる奴、パーマかけてる奴、ピアス穴がある奴、
スカート丈が短い奴、は、いるものの、
俺の感覚で言えば目くじらを立てるほどじゃない。
いかにも不良やってます!的な生徒もいない。
教師からすると、やりやすい高校だろう。
逆に、ちょっと真面目すぎて扱いづらい生徒はいそうだけど・・・。
そうそう、この席次表を見ればそんな生徒はすぐ分かる。
俺は、ようやく戻ってきた席次表に目を落とした。
ほとんどの男子はシンプルに黒か青のボールペンで名前を書いてる。
女子はカラフルなペンで色々工夫して可愛らしく書いてるが・・・
お。扱いづらそうな生徒を一人発見。
ペンではなくシャーペン(当然黒色)で苗字だけぽつんと書いてる女子生徒だ。
「月島」
席次表を頼りに、その月島の席を見る。
窓側の一番前だ。
うーん・・・
一言で言うならば、「学生手帳が制服を着てる」って感じの生徒だ。
学級委員にもってこいだな。
眼鏡かけてて三編みで、って訳じゃない。
まあまあ美人だ。
特に背中まである黒髪は、自然なストレートでビックリするくらいツヤツヤとして綺麗だ。
ただ、そのピンと伸びた背筋と凛とした態度、
完璧な制服の着こなしのせいで、いかにも優等生という雰囲気が出ていて、
近づきがたいと言えば、近づきがたい。
もう一人、席次表で目につく女子生徒がいた。
「藍原」
こ、これは・・・!
昔なつかし、モコモコペン!?
「藍原」と言う字がモコモコと膨れていて、読みづらいこと読みづらいこと。
藍原の席を見てみる。
さっき席次表を抱え込んで書いてた生徒だ。
おお!期待を裏切らない奴だな。
軽くカールした髪はクラスでは一番明るいだろう。
メイクもギリギリ教師のチェックに引っ掛からない程度にバッチリ。
男好きのしそうな可愛らしい顔つきだ。
「藍原」
「はい」
「お前、このモコモコペン、どうやって膨らませたんだ?ドライヤーとかないと無理だろ?」
「思いっきり息ふきかけたの」
それで抱え込んでたのか。
「その根性、数学でも発揮してくれよな」
「私、数学キライ」
「じゃあ、まず数学の先生からスキになってもらおう」
「むりー」
無理ですか。
そんなこんなで、生徒になめられまくりの教師生活1日目が終わった。
「何か甘いものくれー」
職員室でバテてると、右から手が伸びてきた。
「はい、本城君。チョコキャンディー」
「さすがコン坊。準備がいい!」
「コン坊ってやめてよ。ちゃんと近藤って呼んで」
コン坊がふくれっ面になり、キャンディーを引っ込める。
「悪かったって。ください、近藤先生」
「全く・・・はい」
「サンキュー、コン坊」
「・・・」
今度はコン坊が取り返す前に、アメを口に放り込んだ。
「疲れた時は甘いモンに限るなー」
「今日なんてせいぜい2時間くらいだったのに、ほんと、疲れたね」
「明日から授業かぁ。気が重いな」
「なんの為に教師になったのよ」
そう言ってコン坊が笑う。
コン坊―通称 近藤、じゃなかった、逆だ。
近藤―通称 とゆーか、俺の中ではコン坊、は、俺の同期の英語教師。
職員室の席も隣同士だし、サッパリした性格でとても付き合いやすい。
キチッとしたスーツに肩までの長めの茶色いボブ、勝気な瞳はキラキラとしていて、
いかにも「新米先生」と言った感じだ。
いや、俺もトッテモサワヤカな新米先生・・・ですよね?
「サワヤカかどうかは微妙なとこね」
「結構サワヤカと評判なんだけど?」
「どこで?」
「近所のガキんちょの間で」
「おめでとう」
その時、一人の女子生徒がコン坊のところに来た。
この高校は、学年ごとに校章の色の色が違う。
この生徒の色は黄色。つまり1年生だな。
ちなみに2年は青、3年は赤だ。
「どうしたの?」
「今日貰った体操服のサイズが間違ってて」
「え?ごめんなさいね。事務に行こうか」
「はい」
そう言うと、コン坊はその生徒と職員室を出て行った。
3年の担任は受験で大変だし、コン坊みたいに1年の担任は、
新入生ならではのトラブルが多くて別の意味で大変だ。
そういう意味では2年の担任ていうのは楽かもしれない。
いや・・・
そうでもないか。
「そうでもない」理由が俺のところにやってきた。
「センセ、はい、5組の進路希望のアンケート、持ってきたよ」
「おお、藍原学級委員、ありがとな」
「早く帰りたいのにー。めんどくさかった!」
「悪い、悪い」
「ジュース奢って」
「なんで教師が生徒にジュース奢らないといけないんだ」
「教師が生徒に、じゃなくて、男が女に、よ」
「胸がデカクなってから出直して来い」
「うわー!セクハラ!!」
俺達のやり取りを斜め向かいの河野先生が聞きつけ、
クスクスと笑った。
河野先生は3年目の女性教師で確か3年の担任をしている。
担当は国語。
「藍原さんが学級委員なの?意外ね」
「ですよねー!」
「どうやって決めたの?」
「それが!聞いてくださいよ!本城センセってば・・・」
「はいー!藍原、お疲れさん!また明日!」
俺は慌てて藍原の背中を押しやった。
藍原は、ひどい先生だなあ、とブツブツ言いながら退散していった。
「ふふ、変な決め方したようですね」
「いやあ・・・普通ですよ、普通」
実は、例の席次表を作っていたお陰で時間がなくなり、
肝心の学級委員を決めるところまでたどり着かなかった。
仕方なく俺は、目を瞑って、席次表を指でたどり、
指が止まったところの生徒を学級委員にした。
「男子はー、はい、ツンツン」
「誰、それ」
「キミですよ、遠藤君」
「・・・」
「女子はー、はい、モコモコペン」
「ゲッ!指触りで決めたでしょ!?」
「うん、感触がよかったから指を止めた。いやー、まさか藍原だったとは!悪いなー」
「・・・わざとでしょ」
「お前みたいな奴はどうせ一生、学級委員なんかとは縁がないんだから、
敢えて経験させてやろうと思ってサ。親心だよ、親心」
そうは言いながらも「遠藤&藍原」学級委員にいささか不安が残る担任教師であった・・・。
ってゆーか、遠藤のやつ、アンケートを藍原に押し付けて逃げやがったな!