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第1部 第17話

「・・・先生の車って、これなんですか」

「・・・うん」

「・・・」


金曜日、11時頃に月島と教室で待ち合わせて、

一緒に学校の駐車場に来た。

そこで俺の車を見た月島は絶句した。


「私、車なんて全然分からないですけど・・・すごい車なんですよね?」

「うーん・・・」


確かに、すごい車だ。

国産車だけど、値段は高級外車並み。

まだ真新しい白のSUV。

どう考えても、新米教師の乗る車じゃない。

学校の駐車場の中でも目立つこと、目立つこと。


教師の駐車場は、幸い校門と反対側のため、普段は生徒の目にとまることはない。

でも、遠藤とかが見つけた日には、乗せるまで俺にしがみついて離れないだろう。



「自慢したいとこだけど、できない」

「どうしてですか?」

「俺が買ったんじゃないから」

「あ、そうか。ご実家お金持ちなんですよね。先生を堀西に通わせるくらいだから」

「堀西の中じゃ、俺んちなんて、低所得者層だけどな」

「・・・この車でですか・・・」


そう。問題はこの車を俺が買ったのではなく、

俺の就職祝いに俺のおじいちゃんが買ってくれたことだ。

朝日ヶ丘高校なら電車通勤は不便だろうと言って買ってくれた。


確かに朝日ヶ丘高校は徒歩だと駅から20分かかる。

駅からバスがあるから、生徒はそれを使ってるけど、

朝が早く、夜も遅い教師にはやはりキツイ。

ほとんどの教師が車通勤だ。


だから俺も、ローンでも組んで適当に車を買おうと思ってた。

元々、車にはあまりこだわりは無い。

走ればいい、とは言わないけど、そんな高い車は必要ない。


が。大学4年のある朝、目が覚めると家の駐車場にこの車が止まってた。

・・・うん、ありがたいにはありがたい。

嬉しいさ。

でも、なあ・・・。




月島を助手席に乗せ、俺は大学へと向かった。

月島は面白いくらいに車の中をキョロキョロと見回した。


「このボタンなんですか?」

「エアコンの温度調節」

「それは分かりますけど・・・どうして二つあるんですか?」

「右は運転席のエアコン用、左のは助手席のエアコン用」

「・・・車のくせにエアコンが二つもついてるんですか」


俺は思わず噴出した。


「確かに普通は1個だよな。あははは、車のくせにって・・・ははは」

「だって、私の部屋には1個もエアコンないんですよ」

「1個もって・・・あははは」


ツボにはまった俺はしばらく笑い続けた。


「それで夏休みも学校に来て勉強してるのか」

「はい。私の部屋暑くって」

「ははは、その分だと冬休みも来るんだな」

「はい。春休みは来なくても大丈夫です」

「あはははは」


月島は、普通に話してるだけなのがまた面白い。


「いやー、笑った、笑った・・・」

「何かそんなに面白かったですか?」

「いや・・・あはは」

「でも教師はいいですよね。こうやって車で学校行けるから。生徒は不便です」

「だよな。俺も、この車なかったら、しばらくは電車通勤のつもりだった。

そのうち買うつもりだったけど」

「堀西出身者って電車とか使うんですか」

「実はあんまり使ったことない」

「ですよね。通学もだいたいが、運転手つきの車だって聞いたことあります」

「うん。俺んちはさすがにそこまでじゃなかったけど。お手伝いさんに送り迎えしてもらってた」

「じゅうぶんですよ」


月島は恨めしそうに俺をみた。


「いいなあ。通勤は車だし、しかもエアコンも2個あるし・・・」

「あはははは」


俺はあんまり実家とかの話をするのが好きじゃない。

堀西の中ではとても「金持ち」と言えなかったせいもあり、

「自分は世間的にはじゅうぶん金持ちだけど、ものすごいお坊ちゃまって訳じゃない」

という自覚がある。

だから自分のことを話すと、相手が堀西の人間だと「貧乏だなー」と思われるし、

堀西以外の人間だと「自慢しやがって」と思われる。

だから、無難にあんまり話さないようにしてる。


だけど、月島はあまりにもサバけ過ぎてて、気にならない。

月島は、俺が「自慢してる」とは捕らえてないから、気兼ねなく話せる。


笑いすぎて腹が痛くなってきた。

おお、腹と言えば。


「そういえば、腹減ったな」

「・・・先生って、いつも突然話題を変えますよね」

「そうか?」

「自覚してください」

「はい。で、昼飯何食いたい?」

「なんでもいいです。でもあんまりお金ないから、高いとこは無理です」

「それくらい奢ってやるよ」

「そんなの悪いですよ」

「堀西だから大丈夫」

「そうですね。月給は大したことなさそうだけど。ご馳走になります」

「・・・。で、何がいい?」


月島ってあんまり物を食ってるイメージがない。

敢えて言うなら、サンドイッチとか?

しかも普通のじゃなくて、あの食いにくいオープンサンド。

余談だが、オープンサンドってなんなんだ。

サンドイッチならおとなしくサンドされとけ。


「朝ごはん食べてないから、ちょっとちゃんと食べたいかな・・・何か定食とか」

「定食!?」

「どうしてそんなにビックリするんですか?」

「いや・・・月島が定食か・・・」


イメージが・・・


「うーん、どうしようかな」

「あ!あれがいいです」


そう言って月島が指さしたのは、天下の吉○家。


「・・・いいのか、あれで」

「おいしいんですよ?」

「・・・知ってます」


せっかく奢ってやるって言ってるのに、

もうちょっと贅沢しようとか思わないのか。

それとも俺の月給を心配してくれてるのか。

それにしても、ココかよ。

俺は好きだからいいけど。



結局俺は、ここではこれまた目立つ車を止め、

月島と店に入った。


うわー、月島と牛丼。

似合わな過ぎ!!


注文してわずか30秒ほどで牛丼と味噌汁と二つ出てきた。

二人とも並盛り。


「先生って少食なんですね」

「今日は夜にちょっとデカイのが控えてるからな」


月島は「牛丼なんて半分も食べれません」って感じだぞ。


「デカイの?」

「うん。今日、大学行く用事ってのは・・・まあ、

堀西出身の社会人1年生を、先輩方が元気付けてくれる会、みたいのなんだよ。

大学の大きな広間で立食パーティ。だから昼は控えて夜いっぱい食って飲む」

「・・・お酒はダメですよ」

「わかってますって」


本当なら俺も飲みたいとこだが、

堀西も朝日ヶ丘同様、駅から遠いため、車できた。

もっとも、他の出席者は、例の運転手つきの車だろうから、

飲めるんだろうけど。

いいなあ。


俺はちょっと腐りながら、

箸を割って早速牛丼に手をつける。


月島も、早速一口食べると、

「おいしい!」

と、言い微笑んだ。



それはもう、まさに「ニッコリ」と言う感じ。

教師の前ではもちろん、生徒の前でもこんな表情した月島、見たこと無い。


俺は思わず箸を止めて、嬉しそうに牛丼を食べる月島を見た。

月島は俺の視線に気づくことなく、箸を進める。



俺は、そんな月島を見ながら、


「あ。俺、こいつのこと好きだ」


と思った。











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