第1部 第13話
校長先生の挨拶と乾杯の後、
どやどやとみんな席を移動し始めた。
教師同士の飲み会となると、人数も結構なもので、
幹事の俺は大変だった。
この飲み屋も座敷を全て借りて、襖を外し繋げて貰ってようやく全員が収容できた。
もっとも一番大変な日程決めは俺が強引に24日指定にしたため、省かれたけど。
「おい、コン坊、逃げんなよ。俺の横にいてくれよ」
「イヤよ、幹事の横なんて。何手伝わされるかわかったもんじゃない」
そう言いながらも、コン坊は渋々俺の横で飲み物のオーダーとかを手伝ってくれながら、
テキパキと飲み物を配る俺を見て言った。
「さすが本城君。慣れてるね」
「何が、さすが、だよ」
「合コン慣れしてるなーって」
「してねーし」
第一、今日だって合コンをキャンセルして来たんだぞ!
なんて偉いんだ、俺!
「そうそう、合コンと言えば。今日キャンセルしたから、来月のは絶対来いって言われててさ」
「行ってきたらいいじゃない」
「女友達一人連れて来いって言われてるんだけど、コン坊、来てくれるよな?」
「なにそれ、どういう合コン?てゆーか、なんで私行くこと前提になってるの?」
「なんだかんだ言って、コン坊は俺を見捨てないから・・・」
「篠原せんせーい、河野せんせーい、ココ空いてますよー」
「うわ!たんま!!もちろん合コン代は払わせてもらいます・・・」
「当然よ」
ほら、やっぱり来てくれるじゃん。
合コン代は痛いが、ここは来てくれるだけでもありがたい。
「男はさ、俺の友達の和田宏ってやつが幹事。Sビールに勤めてる」
「へえ。エリートじゃん」
正確に言えば、Sビールの次期社長だが、
今は隠しておこう。
「だろ?女は宏の会社の同期の子が、大学時代の友達連れてくるらしい」
「ふーん」
「コン坊は俺の横で『彼女です』って顔してりゃいいから」
「それじゃ本城君に女の人寄って来ないじゃない。私も他の男の人と話したいし」
「えー、コン坊、彼氏なんて作るなよ。せめて俺が彼女できるまで待って」
「なに、その横暴」
「ははは」
「じゃあ、私は取り合えずその『ワダヒロシ』さんて言う、物凄く覚えやすい名前の人と
飲んでるわ」
「おお、いい奴だぞ、宏は。合コンの幹事やらせたら右に出るものはいない」
「・・・」
こうやって俺がせっかく、左は壁、右はコン坊で防波堤を作っていたのに、
津波はそれを悠々と越えてきた。
「近藤先生、すみません。本城先生の横いいですか?」
「あ、篠原先生。どうぞ、どうぞー」
どうぞ、じゃねー!
俺の睨みも何のその。
コン坊はニヤッと俺の方を見ると、
さっさと森田先生達の方に行ってしまった。
その後、河野先生が来たり他の女性教師が来たり・・・
幹事の俺は末席から移動もできず、「来るもの拒まず」状態だ。
でも、宴もタケナワ、となり、俺もさすがにもういいだろうと席を動き始めた。
今更ながら、校長先生や教頭先生、山下先生など目上の人に取り合えず挨拶して回る。
話題は9割、例の0点事件だったけど。
森田先生とか話しやすい先生とちょっと飲んで、最後は・・・。
「坂本先生、お疲れ様です」
「・・・お疲れ様です」
坂本先生は酒でちょっと赤くなりながらも、
俺が近づくと「防御!」とばかりに身を固めた。
ププ。
おもしれー。
「坂本先生、そんな警戒しないでくださいよ」
「してません」
「そうですか?」
俺はわざと坂本先生の横に腰を下ろし、
わざと何もしゃべらずに酒を飲んでいた。
坂本先生は、「こいつ、早く立ち去れよ!」オーラ全開。
わかりやすー。
どうしよう、そろそろ許してやろうかなー。
でも、面白すぎて立つのがもったいない。
一生懸命笑いを堪えて、
なんでもない振りをして酒を飲み続ける。
すると、ついに見かねたコン坊が乱入してきた。
「坂本先生、こんなのからさっさと逃げちゃっていいですよ」
「あ、近藤先生。ありがとう。よろしくね」
「はい」
「おい、こんなのってなんだよ。せっかく坂本先生と楽しんでたのに邪魔するなよ」
「どこが楽しんでるのよ、どこが」
とまあ、坂本先生との親交を深めようという俺のもくろみは、
コン坊によってあっさりと打ち砕かれた。
教師も酒を飲めばタダの酔っ払い。
店を出るとき、ほとんどの先生から「2次会はいいから本城先生は篠原先生を送って」
と、強引に二人で帰されてしまった。
「本城先生、すみません」
「いえ、こっちこそ・・・」
酒が入ってるせいか、篠原先生は遠慮なしに本題に入る。
「本城先生は私のこと、どう思ってるんですか?」
きた!
「・・・綺麗な人だな、とは思います」
そう言うと、篠原先生は、ふふ、と笑った。
「それって、綺麗な人だとは思うけどタイプじゃない、って言ってるんですよね」
「・・・すみません」
「いいですよ。好みばかりは仕方ないですからね」
篠原先生はちょっと寂し気に微笑む。
ああ、胸が痛い・・・
「誰か好きな人とかいるんですか?」
「いや、そんなのはいないです。今はもう生徒の相手で手一杯です」
「ふふふ。本城先生は生徒に人気があるから」
お陰であの0点事件ですけどね。
「藍原さん、でしたっけ?よく本城先生にくっついてる女子生徒」
「そうです」
「生徒ではありますけど、かわいい子ですよね」
「そう、ですね」
「いいなあ」
「何がですか?」
「女子生徒は、今は生徒ですけど卒業したら普通の女です。
本城先生と付き合うことだってできます。私はもうできないけど・・・」
「・・・」
そのまま二人黙ったまま駅についた。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
篠原先生が改札に入って行く姿を見ていると、
また胸が痛んだ。
これだから誰かを振るのはイヤだ。
だから告白されるのも好きじゃない。
だって、告白してくれる女を俺も好きだなんて、
そんな都合のいいこと、滅多にない。
たいていは振ることになる。
それなら自分から告白して振られるほうがまだいい。
そんなちょっと大人なことを考えながら帰ったら、
そんなちょっと大人なことは一瞬で忘れるくらい元気な声が夜道に響いた。
「あー!真弥!おっせー!!!」