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第1部 第1話

――― 学年主任の後について廊下を歩く。


あんま、いいシチュエーションじゃないよな。

こういう場合、だいたい行き先は職員室か生徒指導室だ。


だけど、今回はそうじゃない。

行き先は俺の教室。

2年5組。



180センチ以上ある俺から見れば、この学年主任の山下先生は凄く小さい。

薄くなった頭をてっぺんから見下ろせるくらいだ。


山下先生はこの道30年の超ベテラン。

担当は日本史。

校則も生徒の顔も全て覚えている。


生徒からすれば、一番ご遠慮願いたいタイプの教師だけど、

今の俺には神様に見える。

後光まで見えるぞ。

俺、この人みたいになれるのかな?



心臓が口から出てきそうなくらいドキドキしながら、

目的地にたどり着いた。

扉を開ける前に山下先生が一度俺を振り返り、

微笑みながら頷いてくれた。

でも俺は、微笑み返すことすらできない。



ガラ!!!!


山下先生が扉を開くと、40人の視線がザッと俺の方へ向けられた。

俺より6つも年下の高校2年生ばかりなのに、妙に怖く感じる。


「あ。あいつだ」「さっき、始業式で紹介されてたやつだ」

「若いなー。大丈夫かよ」「全然教師っぽくねーな」


そんな心の声が聞こえてきそうだ。



でも山下先生は生徒の視線を屁にも思わないようで、

スタスタと教壇に上がった。

俺も慌てて後に続き、3歩ほど離れたところで止まった。


うわー、教壇の上って、こんなに高かったっけ?


山下先生が口を開く。


「おはようございます」


生徒達もバラバラと、おはよーございます、らしき言葉を口にする。

おい!お前ら!

山下先生が挨拶してるんだぞ!もっと元気よくハキハキと挨拶しろ!


でも、昔の自分を思い出して、「そりゃ無理な話だよな」と納得する。



「始業式で校長先生から紹介がありましたが、今日からこのクラスの担任になる本城先生です」


うわ!「本城先生」だって!くすぐったいな・・・

山下先生は黒板に「本城」と書いて手を止め、俺の方を見た。


「ええっと。本城先生は下のお名前はなんでしたっけ?」

「あ、名前は・・・」


なんて説明しよう。

いや、待て。山下先生は日本史の教師だから・・・


「しんや、です。真実の弥生時代です」

「ははあ、なるほど」


山下先生は、「本城」の下に「真弥先生」と書き足した。


「では、本城先生、ご挨拶を」

「はい」


姿勢をただし、一度深呼吸する。


「はじめまして。本城真弥です。今日からこの2年5組の担任をさせてもらいます。

担当教科は数学です。学生時代はずっとバスケやってました。

大学出たての新米ですが、よろしくお願いします」


そう言って、軽く会釈する。

教室からはパチパチと控えめな拍手。


・・・ああ、汗かく・・・


「では、本城先生、後はお願いします。職員会議でも言いましたが、今日はHRのみです。

必要なプリントを配布して、学級委員だけは決めといてください」


山本先生はそう言い残すと、ものすごく心細そうにしている俺を容赦なく放置し、

教室を出て行ってしまった。



しーん・・・・・


ありえないくらい静かな教室。

たぶん、これからこんな静けさは味わえないだろうから、

今のうちに堪能しておこう。って、そんな余裕はない。


やっぱ、「先生」である俺が何かしゃべらないといけないんだよな?

口を開こうとしたとき、俺の目の前に座っているツンツン頭の男子生徒が声を上げた。


「『何か質問は?』とか言わねーの?」

「質問?」

「うん。そう言ってやらなきゃ、女子が『せんせー、彼女いるんですか?』って聞けねーじゃん」


あちこちから、忍び笑いが聞こえる。

ははあ、そういうことか。


「俺に彼女がいるかなんてどーでもよくないか?」

「でも女子は知りたそうだぞ」

「ふーん。いない、けど?」

「じゃあ、俺の姉ちゃん紹介してやるよ!」


今度は一番廊下側に座っている、ちょっと小太り気味な生徒が手を上げて叫んだ。


「お前、名前は?」

「小野」

「小野。お前いい奴だな。一番最初に覚えといてやる」

「へへへ、ラッキー」

「で、姉ちゃんって、どんなタイプ」

「芸能人で言うとー、柳原可奈子。見た目も中身も」

「・・・キミ、誰だっけ?名前忘れた」

「うわ、ひでえ。山下センセの前では、猫かぶってやがったな」


また教室中から笑い声が上がった。

忍び笑いではなく、かなり爆笑に近いものだ。


なんだ、結構やりやすいじゃん。

そう安心しながらも小さくため息をつく。


やりやすい、って何だよ。

もうちょっと「やっぱ高校生だなー。ガキだなー。話、合わせてやるか」

とか思わせてくれよ。

全然、素でいけるぞ。

俺って精神年齢低いのか??


「小野の姉ちゃんはどうでもいいとして、」

「ますます、ひでえ」

「この席は何の順番に座ってるんだ?」

「出席番号順」


なるほど。それで男子も女子もごちゃ混ぜな訳か。

この高校は誕生日順に出席番号をつけている。


「ありがとう、ツンツン頭」

「遠藤だよ」

「わかった、ツンツン遠藤だな」

「・・・」

「席替したい人ー?」


まるで小学生のように、全員が声を揃えて、手まで上げて「はーい!」と返事する。


「面倒くさいからやめとこう」

「じゃあ聞くなよ」


俺はA4用紙に40個の升目を書いた。


「今からこの紙回すから、自分が今座ってる場所の枡に名前書いて。

それ見ながら名前覚えるから。俺が全員の顔と名前覚えるまで席替は無しな」

「うわっ」

「早く覚えてほしかったら、覚えやすいように一人ひとり工夫して名前書けよ」

「プリクラ貼るのは?」

「ありだけど、自分一人で写ってるやつにしろよ」

「そんなプリクラあるわけないでしょー!?」


女子集団から一気にクレームが来る。


「じゃあ、彼氏の顔はマジックで塗りつぶしといて」

「はーい!」

「おい!!」


今度は男子からクレームが上がる。


俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手だから、

こうやってオリジナルの席次表を作るのはいいアイデアだと思ったけど、

さすがは高校生、ただ名前を書くだけなのにこだわるこだわる。

特に女子は、何分もかけて書くやつがいるから紙は一向に俺の手元に戻ってこない。


「この分じゃあ、2年の間は席替なしだなー」

「わー、ちょ、ちょっと待ってよ!」


紙を抱え込んで書いていた女子が慌てて後ろに回す。

やれやれ。

長い一日になりそうだ。


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