許してもらえた!……マスターは奴隷!
「なるほど」
全てを話し終えた後、ウジーザスはゆっくりと紅茶を口に運びながら、静かに考え込んだ。
「す、すいませんでした! まさか、こんなことになるなんて思ってなかったんです!」
再び涙をこぼしながら、マンタティクスは床に額を擦りつけるように土下座を始める。
しかし、ウジーザスの意識は別のことに向いていた。
(私の“千里眼”をすり抜けた……? 今まで気づかなかったけど、やはりこの異能も万能ではなかったということね)
(視ようとした対象に“情報の霧”がかかったように、ぼやけて見える……干渉を遮る何かが存在する?
いや、そもそもこの世界において私の千里眼を遮った例など過去に一度も――)
(どちらにせよ……私の目が通じなかった存在。それは、魔王である私にとって――未知であり、脅威にすらなりうる)
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいません」
まるでバグったNPCのように、カクカクと土下座しながら謝罪を繰り返す。
「……もう謝らなくて結構です。あなたの処分は、すでに決まりました」
「ひぃ……!」
「アナタ“たち”には、これから私のために――裏で動いてもらいます」
「へ……?」
(……ならば)
(それが何者かを探るのは、私自身ではなく――
この目の前の少年と、その使役者に“歩かせればいい”)
(私が見るべきものは、もう見えている。
あとは、どう導くかだけ)
「私と、奴隷契約をしてもらいます」
「ど、奴隷契約……ですか?」
「えぇ。学校でも習ったはず。禁忌の分類に入っている呪いです」
「え、えーっと……」
「…………アナタを冒険者登録させなかったギルド員、あの方は実に優秀でしたね。私の目並みに」
「?」
皮肉にも気づかない様子に、ウジーザスは小さくため息を吐いた。
「“奴隷契約魔法”――やり方は簡単ですが、謎の多い魔法です。
分かっているのは、契約が成立すると対象の“無意識領域”に干渉し、命令を優先して受け入れるということだけ」
「う……」
嫌そうな顔を浮かべた瞬間、ウジーザスはニッコリと笑みを浮かべ、しかしその背後には鋭い殺気が走る。
「あら、破格の条件だと思いますよ? それをするだけで、私の後ろ盾のもと冒険者になれる。
……別に“死ね”なんて命令は、今のところ出すつもりはありませんしね?」
「は、はい!!」
「では、ここに血の拇印をお願いします」
「ち、血!? どうしましょ……」
「これから先、冒険者になるんですから。血なんて、ゲロ吐くほど見ることになりますよ?」
その瞬間、ピッと空を切るような音がしたかと思えば、マンタティクスの頬に一筋の切り傷が走り、赤い血が一滴垂れた。
「っ!?」
――何をされたのか、まるでわからない。
だが、それが魔王との“格の違い”なのだろう。
「はい、血ですよ。流しておきました」
「…………」
マンタティクスは無言で、指先で血を拭い、差し出された契約用の魔皮紙に拇印を押した。
「――契約、成立です」
その瞬間、魔皮紙がぐにゃりと形を崩し、真っ赤な粘液に変わった。
ぬめるような音を立てながら蠢き出し、まるで意志を持った生き物のように這い寄る。
「っ……うわ……!」
抵抗する間もなく、それはマンタティクスの胸元にピタリと貼りついた。
冷たい感触が一瞬だけ走り、そのままじわじわと皮膚の中へと潜り込んでいく。
まるで“何か”が、自分の中に棲みつこうとしているかのようだった。
「気分はどうですか?」
「よく、わかりません」
「ふむ。私も使われたことはありませんからね。とりあえず、そこに座ってみてください」
「はい」
言われるがまま、マンタティクスは何の疑問も抱かず床に座る。
「何か……感じますか?」
「いえ、特に……」
(……命令が通っているかは判断が難しいですね。今の彼なら“座れ”と言われれば素で従いそうですし……)
「では、命令です。
あなたの使役者――あの人間を、ここに“召喚”してください」
「……はい」
マンタティクスは静かに立ち上がり、片手を前にかざした。
――“テイマーの命令召喚”が発動する。
呼び戻されるのは、“あの人間”――ネバー。
ウジーザスは、静かに目を細めた。