【神の使徒』……マスターの過去回!
「…………え?」
魔法学校を卒業して、バイト三昧で数ヶ月。
ようやく冒険者登録に必要な金を貯めて、僕はギルドの窓口に立っていた、これで僕も冒険者になれる――はずだった。
「ですから、あまりオススメは出来ません」
受付の女性が、僕のギルドカードをこちらに突き返してくる。
言い方は遠回しだが行動は「冒険者になるな」と言ってきている。
「あ、あの……どうして」
「拝見しましたが、成績も良くありませんし……何より“異能”に目覚めていないようでして」
「そ、そんな……」
異能。
この世界では、物心ついた頃に自然と開花する“個人固有の能力”だ。
「ギルドとしても、ただ死にに行くような申請は……後押しできません」
「だ、大丈夫です!」
「ですが……」
冒険者――それは、何もない僕が唯一、人生を変えられる可能性のある職業。
危険だけど、それに見合う価値がある。
「ど、どうにか……! 絶対になりたいんです!」
「うーん…………そう言われましても………」
受付の女性は、頭に生えた細いツノを指先で撫でながら、しばらく考え――
「では、テイマーになってみますか?」
「テイマー……ですか?」
「はい。魔物の飼育経験があると記録されていますね?」
「そ、それは、アルバイトで家畜の世話をしていただけで……」
「それで十分です。ツテを使って“テイマー”登録してください。後ほど、ご自宅へ“契約の鎖”をお送りします」
「は、はい……」
テイマー。
戦闘ではなく、採取や調査を得意とする“地味な”職業。
使役する魔物に匂いを覚えさせてキノコを探させたり、危険なルートを避けて移動させたりする。
……たぶん、僕でもなれる道を考えてくれたんだろう。
それ以上、僕は何も言わなかった。
ギルドを出る。気持ちは、沈んだままだ。
「……無理だよ……」
実際のところ、僕の“飼育”経験は――家畜の魔物と“同居”する住み込みバイトだった。
少しの給料だったが雇ってくれるのがそこしかなかったのだ……ちなみに何度か魔物を逃してしまって……うん……
「そんなとこに、魔物貸してくれなんて言えるわけない……」
落ち込んだまま歩いていると――
「よい……そこの君」
「?」
白いローブをまとった、白髪まじりのしわくちゃな老人が、唐突に声をかけてきた。
「僕、ですか?」
「何を言っとる。ここにはお前さんしかおらんだろ」
「え……?」
辺りを見回す。
――さっきまでいた人の群れが、いつの間にか一人残らず消えていた。
「な……!?」
音がない。風もない。魔物の鳴き声も、足音も。
まるで――時が止まったみたいだった。
「お前さん、今……困っておるな?」
「え、あ、はい……」
異様な状況なのに、老人は平然と話しかけてくる。
そして僕も、なぜか自然に答えてしまっていた。
「これを使うと良い」
そう言って、老人は懐から黒い魔皮紙に包まれた小さな物体を取り出した。
ゆっくりと布を解いた先に現れたのは――
掌にすっぽり収まるほどの楕円形の石。
漆黒のようでいて、内側では微細な金色の文字や紋様が浮かんでは消えている。
それはまるで、石そのものが呼吸しているかのようだった。
「……これ、は?」
「“神環石”その魔皮紙に使い方は書いてある、魔法陣もな」
「……」
「この石は、異なる世界に触れる鍵。
“契約の楔”と共に用いれば、お前の呼び声に応じて、“縁ある魂”がこの世界へと呼び寄せられる」
「……そんなすごい物を、なぜ僕に?」
「神の意思に理由を問うな。必要とされたからだ。それだけの話じゃよ」
「もっとも……呼ぶに値する覚悟があるなら、の話じゃがな」
「あなたは一体……」
「ワシの名はルコサ。“神の使徒”だ」
「神の……えっ?」
――瞬きした、その次の瞬間。
目の前から老人は消えていた。
音も、人も、空気も戻っていた。
「今の、は……」
気がつけば、手の中には確かにあの老人が渡した神環石と魔皮紙だけが残っていた。