「第十話」ヒトか、ケダモノか
街の明かりだと思っていた光は、戦死体を焼く炎であった。一縷の希望が断たれた上に、目の前に突き付けられた捕虜である人型魔物の虐殺に完全にブチギレた魔神・リュブリナは非力な自分の力さえも忘れ、高位の魔導士相手にも果敢に飛び込んでいく。
「お前は、こいつらと何の関係があるというのだ?」
ワシの方を向きながらも、横一列に並んだ魔物一体一体に対して火炎魔法で生きたまま殺害をし続ける、高位魔導士のような男。詠唱もせずに無言で燃やし続ける様からは、洗練された魔術と狂気を感じる。問いかけにこたえる気もない。少なくともこいつは、外道でしかない。
「それに、こいつらはちゃんと国際法上の規定で、''火葬''してやっているのではないか。下賤な''非人間''共でも、我ら人類と同じように世界樹の元へと還してやるのだ。こいつらも泣いて喜んでおるではないか。まあ、流す涙も私は燃やすのだがな。」
クソッ、このニンゲン共のせいで、まったく身動きが取れん。現役の時なら、こいつら全員ワシ一人でぶちのめしてやるんだが———。
「って、バカか、ワシは。それができないから、仲間に頼ったんだろう。な、レン!」
「ウオオオオオオオオオオ!!」
そこらへんで拾ってきただけの、ただの木の棒だろうな。だが、不意打ちならいける!それをこの偉そうな見た目してる野郎の後頭部にお見舞いしてやれ!
ボゴッ。
壊れたのは木の棒の方であった。あいつが石頭っていうよりは、レンの木の棒が奴の頭に触れる前に、砕けた。奴自身はレンを見ることもなく、目の前の魔物をなぶり殺しにし続けているだけだというのに・・・
(・・・無力だな。)
ここまでワシ自身が何もできないと感じたことは初めてだ。封印が解かれてからという者の、いかに自身が無力であるかが伺える。目の前で''元・同胞''が抵抗もなしになぶり殺しにされているというのに、ワシは何もできないのか———。
「クソッ!やめろ!捕虜に対して、この仕打ちはないんじゃないだろォォ!!」
「そうだッ・・やめろォ!!」
言い終えた瞬間に肺を後ろから押さえつけられて空気がどんどん抜かれていく。激しくせき込んだ。血の味がする喉の奥からさらに声を絞り出そうとするも、限界なのか、血反吐を吐くことしかできない。
「あなた方は人間だ。少なくともその心意気に関しては、ね。生き急ぐ必要はない。それにこいつらは、人間様にたてついたケダモノ。いわゆる''反逆者''なんですよ。こんな奴らに同情の念を抱くのはやめておきなさい。悪いことは言わない。君たちの身が危険にさらされてしまうだけだ。悪いが、少し寝ていてもらおう。」
そうしてワシは押さえつけられていた守衛の奴らに見事にオトされた。いや、もちろん気絶した、という意味でだが。
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目が覚めると、俺とリュブリナは朝焼けの静かな森の中で二人、仲良く木に寄り掛かって眠っていた。昨日のことが夢じゃないことを裏付けるように、振り下ろした木の棒に血がついていた。これはおそらく、俺のものだ。
と、言うのも、昨日リュブリナが近衛兵に囲われて気絶させられたタイミングで、俺は木の棒で後頭部を思いっきりぶん殴られた。俺があの高位魔導士にやったように。もっとも、俺は成功しなかったようだが。
「・・・灰のにおいがする。行くぞ、レン。」
灰のにおい。つまり、あの惨状は、もう。
「完結してるな。これは。一番悪い方向だ。」
そこには、等間隔で並んで建てられた石の棒と、その下に同じく小さな山となって降り積もった灰がちょこんとあるだけであった。
朝の静けさと妙にかみ合った雰囲気は、俺たちよそ者を寄せ付けようとはしなかった。俺たちがその空間に入るのを拒まれているかのような感覚だった。昨日の人たちが置いていったのか、ところどころに空の酒瓶が転がっている。それ以外には灰と、骨が転がっているのみ———
「おい、レン。だれか、いる。」
最低限の情報だけを伝え、リュブリナはシャットアウトされた空間に走り出した。彼女が向かう先には確かに''人''の影が見えた。しかし、その人影には昨日の兵隊のような統一感のある服装ではなく、どちらかというと、''ケダモノ''側の装束が見受けられた。
くたびれた藁で編まれた汚らしい服装はまさに、魔物のような———
「お前さん、人間か?」
リュブリナの一言は、あまりにも脈絡不明であったが、実際一番必要な質問であった。目の前にいる彼の目はパンパンに膨らんで赤らんでいた。泣き続けて涙が枯れた、とは彼のためにある言葉なのだろう。
次の瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。彼から放たれる途方もない''殺気''のようなものに、生物としての本能がNOを突き付けている。一体なぜ?背丈は俺より少し低いくらいだと思われるのだが。とても気を許せるような存在ではなさそうだ。
「ボクは・・・あいつらと一緒にされるくらいなら、ケダモノでいい。」
獣、そういい放った彼の目は赤かったが、その瞳はどこまでも、どこまでも深く、すべてを飲み込んでしまう程度には何も見えない深淵が展開されていた。彼が泣いている理由を聞いてしまうことは、この闇に飲み込まれてしまうことを意味するのだろうか。
顔を見ていると、飲み込まれそうな殺気に押されて、腰に目を移してみると、帯刀していることが分かった。腰に据えた、地面につくくらいの長さの刀は、涙で濡れて泥が跳ねていた。しかし、その輝きだけは鈍く、獲物を待ち望んでいるかのように鋭く研がれていた。