36話
「こんなものなのか英雄ってのは」
「………ワタクシはあくまでも商人です。何を期待されているので……?」
下の階でアリアか戦い始めてから少し経ち、エストと名乗る剣士と商業ギルド長デイニーは戦っていた。
エストは傷1つ負わないが、デイニーはボロボロであった。
身につけているギラギラ光るアクセサリーが嫌に輝いている。
「貴様に期待することなんてねぇよ。戦士とは思えない見た目に服装。そして英雄と呼ぶには粗末な剣の腕。」
エストは一瞬でデイニーに近づき、そのまま蹴り飛ばす。
「俺の速度にも着いてこれねぇ。なんでお前なんかが英雄なんだ?」
「……………なんででしょうね?」
デイニーは壁の近くまで下がり、ゆっくりとエストを見る。
「剣を使うまでも無い。殴り殺した方がまだ楽しめそうだ。」
エストが1歩踏み出すとデイニーの視界から消える。
なんとかデイニーは前方向に転がることにより、エストの拳を避けた。
デイニーは改めて剣を構えエストへ剣を振るが、当たる様子は無い。
剣を真上に振り上げ、叩きつけるように振り下ろすが、エストを本気で斬ることを想定していないのか地面からかなり離れた位置で止める。
「英雄にこんなこと言いたくねぇが……覚悟が足りねぇんだよ。」
剣を軽々と避けたエストはデイニーの腹を蹴り飛ばすが、なんとか壁ギリギリで踏みとどまった。
「………本気で来いよ。それでもお前に勝機があるかわかんねぇけどな。」
「本気でなんてそんな……ワタクシが本気なのは商売だけです。」
「………ムカつくな、お前。」
「この戦いは人命がかかってます。だからこそ手を抜かせて貰ってます。」
「ふん……下で戦ってる英雄の事か?それとも上の階に行った他の英雄の事か?……どちらにせよそのままじゃ俺を倒すどころか傷もつけられねぇよ。」
エストの言う通り、傷1つもつけることが出来ていないデイニーは明らかな不利な状況である。
「だからお前を本気にさせてやる。」
エストは直線的にデイニーに近づき、襟を掴み壁へと叩きつけようとする。
「おおっと、それはダメでしょう。」
デイニーがそう言うと逆にエストは投げ飛ばされた。
「………ちっ。」
エストは投げ飛ばされたのがどうも気に入らない。
「ええっと……。」
デイニーは当たりをキョロキョロと見渡す。
しかしやがて1つのある場所を見つけると少し笑った。
「ああ、あそこなら。」
「何言ってやがる。」
エストは意味不明なデイニーを警戒しながら剣を構える。
するとなんの脈絡も無く、視界がぶれた。
「なっ!?」
エストが気がついた頃には外に投げ出されていた。
なんとか着地をするが、近くにデイニーの姿はない。
「どこ行きやがった?」
「ええ、お待たせしました。少しアリアさんと話をしていたので。」
エストは意味がわからない現象に困惑していた。
投げ飛ばされたのはつい先程、それなのに下の階にいたアリアと話していた?
「ほら、建物から出る時には出口から……そう決まってます。」
「…………。」
何もかもが不気味なデイニーに困惑しながらも警戒を最大限に上げる。
「この建物はルビアさんにとって大事な建物。壊す事をワタクシは許しません。」
「………お前、もしかして。」
デイニーはエストに投げ飛ばされた時も、剣を振った時も、1度たりとも壁に傷をつけずにしていた。
それがこの魔王城を留める方法だとわかっていたから。
「ではやり返しましょう。散々ワタクシが弱いと侮っていたあなたに。英雄でも上位の、ワタクシの力を。」
デイニーからこれまで対峙してきたどんな人よりもプレッシャーを感じる。
脚がすくみ、喉が渇く。
指先から力が抜けていく感覚がする。
こんな化け物に本当に勝てるのかという疑問がエストの頭を駆け巡った。
「ルビア、デイニーが本気で戦うようです。恐らく大丈夫だと思いますが気をつけていて下さい。」
軍隊長ミセリーが皇帝ルビアに注意を促す。
「大丈夫だろう。センスではあるまいし、それにデイニーは強い。」
「ええ、そうですね。行く前から気合が入ってましたし。」
教皇フィーデとルビアは頷きあう。
「ある意味心配なのは下の階に残してきた冒険者ギルド長ホルテでしょう?あの方は力加減と言うものを知りませんし。」
「ああ、最悪デイニーとホルテが喧嘩する可能性すらあるだろう。」
「そうなったら私は嫌ですよ?ミセリーがどうにかしなさいな。」
「…………承知致しました。」
ミセリーはいやいやながらも頷いた。




