徐州の戦い(前編)
曹嵩の首を掲げた兵が声を上げる。
「袁紹など恐るるに足らず!曹嵩が首、我ら陶謙軍が取ったり!」
一際豪華な飾りがついた馬に乗った将が満足げにその光景を眺める。
「陶謙!!」
項樊は鬼気迫る勢いで走り出す。
その将、陶謙は近づいてくる豪傑に恐れをなし、兵で壁を作りそのまま走り去っていった。
残された兵も逃げるように退却していった。
遅れて馬正と郭嘉が店から飛び出してきた。
その光景を目にした馬正はただただ立ち尽くしていた。
ただ曹嵩と交流するために荊州を飛び出した馬正。
しかしその曹嵩の亡骸が目の前に転がっている。
馬正は聡明であるがゆえにその状況を否定することはできなかった。
郭嘉はすぐ隣にいながら、馬正にかける声がわからないまま立ち尽くしていた。
禰衡が項樊に何かを耳打ちした。
項樊が頷いた後、禰衡はどこかへ走り去った。
曹嵩は殺害された。
その子、曹操に兗州へ呼ばれ、その移動の最中のことであった。
袁術派である陶謙による袁紹派の曹操への挑発行為であった。
曹嵩が陶謙によって殺害されたことは瞬く間に中華全土に広がる。
もちろん、曹操の耳にも入った。
馬正一行は宿にて休んでいた。
重苦しい雰囲気の中、馬正は一言も発さず、目は開いているがどこも見ていなかった。
「禰衡はどこに行ったんだ。」
「間もなく帰られると思われます。」
「こんな時になにやってんだあいつは…。」
馬正は曹嵩の死によってこの旅の意味がなくなったこと、尊敬する者がこの世にいなくなったこと、戦乱の世への憤りなど様々な感情で埋め尽くされていた。
「私はこれからどうすれば…。」
馬正が言った瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。
「待たせたな!馬正、話がある!時間がねえ。」
そこには禰衡が立っていた。
隣には質素な服に身を包んだ男が立っていた。
「手短に話すぜ。まもなくここは戦場になる。俺様たちの初陣だ。」
「戦場?それにそちらの方は?」
「申し遅れました。小生は魯粛、字は子敬と申します。」
禰衡の隣の男が答えた。
魯粛。徐州の富豪、魯氏の中でも異端児と呼ばれる者である。
家財を投げ打って民に分け与えたり、奇計を学び自ら武術を会得するなど、周囲からは「狂児」と呼ばれるほどのやばい奴である。
「魯粛殿…。お初にお目にかかります。」
「伯常殿。正平殿からお話はお伺いしております。ですがまずは現状の説明からいたしましょう。」
「馬正、曹嵩が死んで悲しんでるのはわかるが、悲しんでるのはお前だけじゃねえ。実の子の悲しみと怒りってのはお前の想像を絶するだろうぜ。」
「あの曹操がこの出来事を知って陶謙を攻めぬはずがありませぬ。あやつは青洲の黄巾賊の残党を取り込み、皆が思うよりもはるかに強大となっておりまする。」
馬正は悲しみに暮れていたが、魯粛と禰衡の話すことは理解できていた。
曹操が陶謙を攻めるのは明白、だが馬正は既に一つの答えに辿り着いていた。
「…ならば曹操に降ります。」
馬正は言う。
郭嘉はため息をついた。
「お前のことだからそう言うだろうと思ったぜ。だが俺はそれだけはやめたほうがいいと思うぜ。」
「それは曹操殿への士官を断ったからですか?」
思いもよらない馬正の発言に郭嘉は面食らう。
「そんなわけねえだろ!奉孝がそんな非論理的な考え方をするかよ!」
禰衡が叫ぶ。
「今は険悪になってる暇なんてねえんだ。もたもたしてると俺様たち全員皆殺しだ。」
「よろしいですかな。」
魯粛が口を開く。
「小生が想像するに、曹操の心傷は察して余りある。陶謙のみならず、徐州の罪なき民をも虐殺するでしょうな。もちろん我らも含めて。」
「あの曹操に対抗するのはいくら天才の俺様がいたところで無理だ。そこでだ。魯粛の奇策と財力に頼ることにした。」
郭嘉が察したような顔になる。
「上手くいくか?実績のない俺たちに誰が力を貸してくれるんだ。」
「おいおい奉孝。なんのために智略を磨いてきたんだ?そこをなんとかするのが俺たちの役目だろ。」
「どうしても戦わなければいけないのですか?」
「伯常殿、これも民のためでございます。平静を失った者への対話は無意味にございます。」
馬正はまだ決心がついていなかった。
それもそのはず、まだ15歳になったところであった。
「それで、作戦は考えているのか禰衡。」
「もちろんだ。作戦はこうだ…。」
全員作戦の実行に動く。
青洲兵の大軍は着々と徐州へ侵攻していた。
魯粛登場です。
この頃はまだ周瑜と親交を深めてないです。
常識外れの金持ちってイメージです。




