古の覇王と天よりの使者
馬正一行は東へ進む。
当然、栄えている市街地ばかりを進むわけではない。
その道は深い森であった。
「なかなか気味悪いとこに来ちまったな。真昼間だってのに太陽が見えねえ。」
「地面は悪いわけではなさそうなので、馬の心配はないですが…。」
そんな話をしていると、突如馬が止まった。
「あれ?どうしたんだろう。」
「伯常殿、奉孝殿。車から出られませぬよう。」
項樊はそう言い残し、馬車を飛び降りる。
項樊の名を呼ぼうとするより先に、馬正の口は郭嘉の手に塞がれていた。
「静かにしてろ。」
郭嘉が馬正の耳元で小さく囁く。
その瞬間馬車の外から大音声が聞こえる。
「我こそは馬伯常殿が用心棒、項子達である!賊徒どもよ、腕に覚えあらばまとめてかかってくるがいい!!」
すると武装した賊が馬車を囲むように現れる。
その数およそ20。
馬正らは森の中で賊に包囲されていたのである。
「気付かなかった…!項樊や郭嘉殿を危機に晒してしまった!」
「ちっ…。地の利は奴らにあったってわけか。」
悔やむ馬正と郭嘉をよそに、賊は距離をじりじりと詰めていく。
「お前らいい暮らししてそうじゃねえか。俺らにちょっと分けてくれよ。荷物置いてくだけでいいからよぉ。」
「言うこと聞くなら痛い目には遭わないぜ。悪いことは言わねえ。とっとと置いてきな。」
脅し文句を吐きながら詰め寄ってくる賊徒。
瞬間、一人の賊が吹っ飛び木に叩きつけられた。
「卑しい者どもめ。成敗してくれる。」
項樊が片手で賊を投げ飛ばしていた。
空気が張り詰め、木々がざわめく。
「会がやられた!こいつ只者じゃねえぞ!」
そのあまりにも人間離れした形相に賊が狼狽える。
項樊は得物の戟を振りかぶる。
「命が惜しくばこの場から立ち去れ!退かぬと言うならば容赦はせん!」
あまりの剣幕に馬車の中の馬正は震えた。
項樊の気勢は単なる用心棒の域を軽々と超えていた。
「怯むな!たかが田舎の猪武者に何を怖気付いている!我らは数でも地の利でも優っている!」
賊の一人が声を上げる。
雄叫びと共に数人の賊が項樊に襲いかかった。
しかし瞬く間に全員吹き飛ばされた。
その姿はまさに天下無双、古の覇王を彷彿とさせる。
驚くべきところが戟で払っているにも関わらず、相手は穂先には一切当たらずに柄に当たり吹き飛ばされているのである。
つまり手加減しているのである。
「こいつ強いぞ!」
「かくなる上は…!」
賊が項樊の前から退いていく。
だが馬車へ一人の賊が乗り込んできた。
馬正と郭嘉へ剣を振りかざし
「おい、こいつらがどうなってもいいのか!」
と項樊へ怒鳴った。
その瞬間その賊は気絶し馬車から落ちた。
その場にいた皆が見たものは、高笑いする郭嘉であった。
「はーっはっは!見えすいてんだよ!俺らを狙ってくるのはな!」
予想だにしない状況に賊のみならず項樊、馬正も驚愕する。
「なんでこうなってんのかわからねえみたいだな。教えてやろう。俺は…。」
郭嘉が空を指さす。
同時に日の光が木々の隙間を縫って立ち上がった郭嘉を照らした。
「妖術を使えるんでな!!」
そのあまりの神々しさに賊は何人か腰を抜かした。
頭領であろうと見られる賊は驚きのあまりその場から動けなくなっている。
咄嗟に馬正が叫ぶ。
「古の覇王、項羽の生まれ変わりと、天よりの使徒を前に無礼であるぞ!これよりの狼藉、この私が許さぬ!」
もはや言い終える前に賊は散り散りとなった。
しかし頭領のみがその場に立ち尽くしていた。
そこに項樊が近づき言い放つ。
「一息に始末してやろう。」
頭領は白目を向いて泡を吹いて倒れた。
「今のうちでございます。伯常殿。」
「あ、ああ!」
すぐさま馬正を走らせ、鬱蒼とした森を抜けた。
「奉孝殿!妖術を使われるとは初めて知りました!まだ私と歳があまり離れていないとお聞きしていましたが本当は仙人でございましたか!」
馬正が郭嘉に言う。
「んなわけあるか。全部はったりだよ。」
郭嘉が答える。
「即効性の神経毒を持つ葉を見つけたからたまたま拾ってただけだ。その後は適当に喋りつつ、太陽が丁度俺を照らす時に合わせて上を指さしただけだ。」
項樊が驚く。
「よもや全て予知してのことでございましたか。感服いたしました。」
「こんなもんちょっと勉強すればわかるもんだから褒められるほどのもんでもない。それよりも馬正だ。あれは並大抵の度胸じゃできるもんじゃない。」
「い、いえ奉孝殿と項樊が動いてくれなければ私一人では身ぐるみを剥がされていました。」
「じゃ、三人とも頑張ったってことで。」
三人の笑い声が夕日に響いた。
その後ろをこっそりついていく一人の男がいた。
波乱の予感である。
項羽って本当は項籍なんですよね。
羽っていうのは字だそうです。
字の方が有名なのって孔明とか仲達とかいますよね。
死せる孔明なんとやらですね。




