赤壁の戦い前日譚・孫権陣営
「殿、ここは大局をご覧になってください。馬正らに投降して曹操と劉備を滅ぼすのが得策と言えます。」
「まだそのようなことを言っているのか。劉備殿と曹操殿が10年かけて整えた場、活かさぬ手はないと言ったであろう。」
郭嘉が一人で作戦を考えている頃、孫権軍の作戦会議の場で周瑜と張昭が言い争っていた。
10年前より周瑜は馬正に降伏することを勧めており、逆に張昭は数の有利を活かして馬正を一気に倒すことを勧めていた。
孫権は劉備と曹操の密約により、対馬正連合軍として行動すると決定したが、周瑜はなおも頑として降伏の意見を貫いていた。
「いえ、今こそ好機なのです。曹操も劉備もまさか我らが裏切ると思っておりませぬ。ここで油断している奴らの背後をとって倒してしまえば、この戦乱はすぐに終わるでしょう。馬正のことですから我らが独自に自治を進めることも容認するでしょう。」
「いい案ではあると思うが、領内はまだ沢山の問題を抱えている。急に方針を転換して更なる混乱を招きたくはないのだ。わかってくれ、周瑜。」
孫権は逸る周瑜を諌める。
しかし周瑜は諦めていなかった。
例え主君に背いてもここは領内の安寧を保つには致し方ない。
諦めたように見せかけて単独で行動しようと決める。
「それで、策は定まったのか張昭。」
孫権が張昭に尋ねる。
交戦派筆頭の張昭が今回の戦の策を主導して立てていた。
もちろん周瑜も関わっていたが、まるでやる気が感じられなかった。
「今回は船上での戦に慣れている我らが有利。ただ船を並べて突撃するだけで戦果は得られましょう。しかし勝利を確実なものとするためにもう一工夫を。黄蓋殿に快速船を率いていただき、向こう岸の敵陣を強襲します。そちらに敵兵が割かれているうちに船上を占拠し、一気に敵陣を落としましょう。」
「なるほど、いい策だ。黄蓋、やってくれるな?」
「ええもちろん。我が命、孫権様に捧げる次第でございます。」
「まだまだ働いてもらうつもりだから、生きて帰ってこいよ。韓当、程普も、父上の代からよく支えてくれた。この戦に勝って我らの地盤を盤石なものにするぞ!」
作戦会議はすんなり終わる。
しかし周瑜はどうしても諦めきれていなかった。
「張昭殿を排除すればこの遠征は中止となろう。しかし立場上すぐ暗殺はできまい。ここは敵の力を借りるとするか。いずれ仲間になるのだからな。」
周瑜は秘密裏に馬正陣営へと密書を送る。
孫権軍内部の派閥や人間関係、作戦や船の数に至るまで、ことごとくを記す。
かなりの賭けに出たが、周瑜は楽確信していた。
馬正こそが天下を掴むべき、そして孫権軍はその下で安寧を掴むべきだと。
「相手の郭嘉は相当な知者だと聞く。こちらが一枚岩ではないことを気づいてくれるはずだ。」
周瑜はばれたら打首どころではないことをやってのけた。
政敵、張昭を排するために暗躍する。
一方孫権はまだ悩んでいた。
家臣の意見を採用するならば張昭の意見が最適解。
しかし自身の気持ち、そして道理に照らし合わせると周瑜の意見が最適解なのだ。
周瑜は理にかなっている行動をする。
そして10年間自身の意見を曲げなかった。
孫権は周瑜が何かしでかすと予想していた。
そしてそれは必ずこちらに利があることであると。
密かに今回の戦、負けようとすら思っていた。
そして周瑜と示し合わせて、交戦派の家臣を排して孫権軍を一枚岩にしようと。
主君としてあるまじき考えであったが、長い目で見て、安泰を手にするにはそれが最善であった。
問題は方法。
戦が始まってしまってはわざと負けるなどできない。
ならば始まる前にどれだけ手を回せるかが鍵。
偶然にも孫権がとった行動は周瑜と同じであった。
こうして二つの密書が郭嘉へと届く。
内容はほとんど同じ。
裏切りを示唆するものであった。
敵軍の中核たる参謀と、その主君からの密書。
これはただならぬ波乱の予感である。
偽りでできた船上の戦場で、英傑たちは並び立つ。
他二つの戦とはここは全く雰囲気違いますね。
赤壁には魔物が住んでるんでしょうか。




