許昌の戦い
大都会、許昌にて劉備軍を迎え撃つは魯粛、賈詡、そして孟達。
市街地そのものが堅牢な砦である許昌であるが、諸葛亮、龐統、徐庶ら劉備軍の参謀は攻略の秘策があった。
しかし魯粛と賈詡も策を講じ、孟達も密かに作戦を練っていた。
劉備軍は許昌へ到着する。
許昌を守護する兵は全員内部に閉じこもり、初めから籠城戦の構えである。
「予想通りですね。さて、始めましょう。」
諸葛亮が劉備へ合図を送る。
劉備の指示によって兵は兵器の建造を始める。
梯子車の雲梯、城門を破る衝車を建造するが、その素材は道中の森林を伐採して得たものであった。
「兵器ねぇ…。諸葛亮なんざに出し抜かれちゃ世話ねぇぜ。お前ら、梯子担いで突撃だ!」
張飛は兵を率いて突撃する。
城壁に到着すると梯子をかけて一気に乗り込もうとする。
すると城壁の上から大量の石が降ってくる。
「まあ定石だな。ここまではお約束みたいなものだ。」
魯粛が満足げにその光景を見ていた。
また、その城壁には投石器が並べられていた。
「いきなり俺の秘策を披露してやろうか!こいつを食らうがいい!まあ喰らうのはこいつらなんだがな。」
孟達が投石器に例の木箱を乗せて思い切り劉備軍へ向けて投げた。
石と違って軽い分、より遠くへ飛んでいく。
「投石か。奴らは王道の籠城戦といったところか。」
関羽がそれを見て言う。
しかし投げられたものを見て訝しむ。
「石ではない?この飛距離は…!」
その木箱は関羽らの遥か頭上を通り過ぎて兵糧を預かる馬車の方へ飛んでいく。
そして木箱が地面に激突して粉々になった瞬間、世にも悍ましい光景が広がった。
「おい嘘だろ!あいつら頭おかしいぜ!」
兵糧を管理していた兵が悲鳴をあげる。
木箱の中から大量の害虫が溢れ出ていた。
「食らえ!これが新しい兵糧攻めだ!俺は絶対に食らいたくないけどな。」
孟達が許昌でしていた怪しい取引はこれであった。
害虫を相手に投げつけて兵糧を食い尽くす。
「これだけじゃねえぜ。覚悟しやがれよ!」
孟達は更に木箱を飛ばす。
今度は害虫の他に、糞尿が入った箱も投げる。
「衛生状態ってのは持久戦では影響が大きいからな。怪我して破傷風になりやがれ!」
孟達の奇策により劉備軍は一気に汚染された。
こうなっては城攻めどころではない。
「まず食料の清潔を徹底してください!汚染物質や害虫からできるだけ遠ざけてください!」
諸葛亮は兵糧管理兵へ指示する。
さらに城壁を登っていた張飛隊は、石を投げつけられるだけでは飽き足らず、直接糞尿や害虫を頭上に落とされていた。
「あいつら頭おかしいぜ。こりゃ戦どころじゃねえな。」
張飛は一時撤退する。
開戦直後から劉備軍の士気は大きく削がれていた。
「どうなってんだよ諸葛亮!こういうことも予想するのがお前の仕事じゃねえのか!」
「張飛の言う通りだ。このままでは蜻蛉返りであるぞ!」
張飛と関羽が激しく諸葛亮へ問い詰める。
しかし諸葛亮はまだ諦めていなかった。
「ここまでとは予想外でした。しかしここからは私たちの番です。兵器の建造には影響が出ていないようなので。」
孟達が木箱を飛ばしたのは兵糧の方向であり、兵器建造はそこから離れた場所で行われていた。
騒ぎが落ち着き始めた頃、雲梯と衝車が完成した。
「さあ、攻城戦の開始です。」
「奴らにどちらが上なのか教えてやれ。進軍だ!」
劉備の檄によって兵器とともに劉備軍が進軍する。
雲梯の上には大量の弓兵が配置され、射撃の態勢は万全であった。
さらに後方では新たな兵器の建造に着手していた。
移動式の櫓によってさらなる弓矢の雨を降らせる算段である。
関羽、趙雲は衝車とともに進軍し、開門とともに内部へなだれ込む作戦、張飛は雲梯によって城壁から内部へ侵入する作戦である。
そして徐庶は自ら別働隊を率い、裏へ回り込んで許昌を包囲する。
龐統は許昌を内部から崩壊させるべく偽投降の作戦に移る。
食料が削られた今、短期決戦を余儀なくされる。
長期戦となれば守備側が有利であるのは明白。
遠征軍である劉備は決着を急ぐ。
「文和殿、少しまずいような気がしてきました。」
「ええ。私もどうしようか全力で考えているのですがね。いかんせん籠城戦は不得手なもので。」
「おいおいどうすんだ。乗り込まれたら戦力差は歴然だぞ!」
守将三人は慌て始める。
それもそのはず、ここまで強力な兵器を持ってくるとは予想だにしていなかった。
火矢や投石、熱湯や落石など、対歩兵の装備は万端であったが、大型の攻城兵器へは対策をしていなかった。
「とにかく時間を稼ぎましょう。時間が我らを勝利へと導きます。」
賈詡の提案により、火矢によって攻城兵器を燃焼させることとする。
しかし雲梯は大型なので比較的当てやすいが、衝車は的が小さく火矢が当たらない。
衝車は城門前まで既にたどり着いていた。
「ここを抜いて劉備殿の天下への第一歩といたしましょう!」
「うむ。抜かるなよ、趙雲!」
今まさに衝車が門を突こうとしたそのときである。
城壁から衝車めがけて大量の土嚢が落ちてきた。
「これでしばらくは大丈夫だな。だが安心はできねえ。次の策を実行しねえと!」
孟達は土嚢を落としてすぐ妨害できそうなものを探しにいく。
「こうなってしまっては土嚢をどかさなければ衝車は使えん。無駄な抵抗を。」
「関羽殿、ここは放置して他の門から侵入いたしましょう。その方が素早く攻略できるはずです。」
「名案だ。西門へ急ぐぞ!」
関羽と趙雲は正門を諦めて西門へ急ぐ。
一方張飛は雲梯を半ば諦めていた。
「木製だからすぐ燃えちまう。直接梯子をかけるのは難しいしどうすりゃいいんだよ!」
するとそこへ櫓の完成の報が舞い込む。
火矢の攻撃を見越して櫓は正面を金属で補強していた。
「でかした諸葛亮。やればできんじゃねえか。」
張飛は櫓に乗り込み突撃する。
弓兵も大量に乗り込み、城内へ狙いを定める。
さらに、東門へ龐統隊が姿を表す。
龐統は矢文を使って城壁の上の兵へ偽投降の書状を送った。
「魯粛殿!敵の龐統からこのような書状が!」
「ふーむ、これは偽投降ですな。しかしなぜこのような見え透いたことをするのか。ここまでわざとらしいと裏の裏がありそうですな。」
「子敬殿の言う通りです。ここは一つ、通してみるのはいかがでしょう。」
「それもいいですな。奴らの狙いを確かめるには直接聞けばいい。」
魯粛と賈詡は瞬時に偽投降であると見抜くが、あえてその投降を受け入れて龐統を城内へ通す。
龐統は、自身と数人の兵だけで虎穴に入る。
「この度は投降を受け入れてくださってありがとうございます。将軍の慈悲深きお心に感動いたしました。」
龐統はとってつけたようなお世辞を並べた。
しかし魯粛は指を鳴らす。
瞬く間に龐統の護衛は討たれ、龐統の首元には刃が突きつけられていた。
「さて、言いたいことはわかるな?」
「ま、見抜かれてるよな。旦那、ちとお話ししてえことがありましてね。」
「寝言は寝て言え。最後の言葉がそれでいいのか。」
「おたくのとこに賈詡っているでしょ。あいつは私と同じ降将なのにやけに好待遇だなと思いやしてね。馬正にいくらか掴ませたんじゃねえかと思ってね。」
「戯言を。それは文和殿の実力がそうさせたのだ。」
「頭の中お花畑かい旦那。私は見たんだよ。劉備殿が私らにも内緒で賈詡と通じてるところを。」
「何だと?…詳しく聞かせてもらおう。」
「ならこの縄を解いてくれるかい?争いはお互い嫌だろう。こっちにつくなら身の安全は保証するよ。」
魯粛は何も言わずまた指を鳴らす。
すると龐統の首元の刃はそのまま龐統の縄を切った。
「ありがとさん。さあ、賈詡がこっちに通じてるとわかったなら旦那はどうするんだい?」
「劉備殿に伝えてくれ。孟達の首を土産にそちらへ参ると。」
「いい判断だ。じゃ私を怪しまれないように出してくれるかな。」
魯粛は再び縄をかけて龐統を城外へ蹴り出した。
そして魯粛は孟達…ではなく賈詡へ向かっていった。
「狙い通りでした。奴らはきっと、今頃城内は混乱していると思っているでしょうな。」
「やはりここの離反を狙ってきましたか。子敬殿、あなたとの陣取り遊戯が功を奏しましたな。」
魯粛は賈詡との不仲に目をつけて、ここに楔を打ち込んでくることを既に予測していた。
それを防ぐためにも、以前賈詡と遊戯をして親交を深めていた。
しかし依然として不利な状況には変わらない。
孟達は奔走していた。
「ありったけの水を西門の地面にぶちまけろ!ぬかるみに車輪を巻き込むんだ!」
孟達はとにかく時間を稼ぐためにあちこちで妨害をしていた。
「西門もだめか…。ならば徐庶がいる裏門だな。」
関羽はまたしても進路を変更する。
裏門の徐庶は戦場で悩んでいた。
「諸葛亮も龐統もそれぞれの役目を果たしている。しかし俺は関羽や張飛に煙たがられこんなところで敵を待ち伏せしている。劉備殿もなぜ俺を登用したのか。あの二人とたまたま同じところにいただけだからか?そもそもこちらに正義はあるのか?」
徐庶は考え始めると止まらない性格であった。
そこへ西門から関羽と趙雲がやってきた。
関羽は徐庶に見向きもせずに衝車を門へ向ける。
「手間をかけさせおって。…ん?邪魔だ。お前たちは西門でも見張っていろ。」
関羽は徐庶を見つけると心ない言葉を吐きかける。
それにより徐庶の中で何かが切れた。
(そうか。俺はこんなやつのために命を張っていたのか。劉備も英雄なんて言われてるけど運がいいだけだ。それならいっそ…。)
孟達は二つの門を守り切ったが、裏門はまだ手付かずだった。
関羽らがそちらへ向かっていることもわかっていたが、張飛を乗せた櫓がまもなく城壁へ到達する。
急いで裏門へ向かい、何らかの時間稼ぎをした後に張飛を撃退しなければ。
孟達は大急ぎで裏門へ向かった。
そこで目にした光景は、徐庶の離反だった。
徐庶は関羽と趙雲へ刃を向け、衝車を止めていた。
「何の真似だ徐庶。所詮貴様は軍師の一人。この私が関雲長であると知っての狼藉か。」
「お前たちは天下をとれない。俺だけでなく諸葛亮や龐統まで見下すお前なんかに負けたままでいれるか!」
関羽、趙雲と徐庶が睨み合う。
裏門は膠着状態であった。
それを見た孟達はこれ幸いと正門へ急ぐ。
徐庶の離反を知った賈詡は兵を急行させる。
貴重な戦力、ここで失うには惜しい。
相手は関羽と趙雲、まず勝ち目はない。
徐庶の智勇は聞いていたので、頭数を増やしたら彼ならば打開策を講じてくれると考えた。
孟達が正門へ着く頃、ちょうど張飛が城門へと乗り込んできたところであった。
「おらあ!覚悟しやがれ!この張益徳が根絶やしにしてやる!」
「待て!ここから先は通さんぞ!」
孟達が張飛へ吠えた。
張飛がゆっくりと孟達を見る。
「なんだ?てめえ。俺の矛の鯖になりにきたのか?」
「俺は孟達。孟子度だ!敵将張飛よ!一騎討ちを申し込む!」
孟達は得物の槍を構える。
「はっ!肩慣らしにはちょうどいいや!ちったあ楽しませてくれるんだろうなぁ!?」
張飛が圧倒的な迫力で矛を構える。
はっきり言って孟達は無謀であった。
項樊のごとき剛腕を持つ張飛と戦うなど、いくら孟達であっても勝ち目などなかった。
「超えてみせるさ。こうなりゃなりふり構ってられねえぜ。」
しかし孟達にはまたも秘策があった。
なんと張飛がかかってきた瞬間、孟達は全力で攻撃を避けはじめた。
自慢ではないが、孟達は卑怯に逃げ回ることだけは昔から自信があった。
「てめえふざけてんのか!避けてばかりいねえで攻撃してこいよ!」
張飛は凄まじい剣幕で怒鳴りつける。
しかし孟達は少しも動揺せずにただただ避け続ける。
ついに孟達は角に追いやられて逃げ場を失った。
「ようやく追い詰めたぞ。手こずらせやがって。」
「ああ本当にな。お前は手こずらせてくれた。」
「負け惜しみはあの世で言ってろ!」
張飛が矛を孟達へ突き出す。
するとそこに孟達はおらず、矛は空を切った。
「終わりだ!」
棒高跳びの要領で張飛の頭上を飛び越えていた孟達は、張飛の背中に渾身の回し蹴りをお見舞いした。
さすがの張飛もこれにはよろめき、しかも城壁の角であったためそのまま転落していった。
「調子に乗ったら足元をすくわれるぞ。その辺禰衡は上手いことやってたな。」
孟達は落ちていく張飛を背に、裏門へ急いで行った。
裏門では反旗を翻した徐庶に、賈詡の指示で馬正軍の兵が合流していた。
「助太刀いたします。共に関羽と趙雲を撃退いたしましょう。」
「お前たちは…。いやこうなっては敵か味方かなんてどうでもいい。お前たちは衝車の破壊を頼む。奴らは俺たちが止める。」
徐庶に合流した兵は、徐庶の指示で衝車の破壊を始める。
徐庶は関羽と趙雲の軍を一手に担い、衝車破壊まで時間稼ぎを始める。
徐庶自身も、軍略だけでなく武術も磨いており、特に剣を飛び道具として用いる撃剣の腕はかなりのものであった。
しかし次第に関羽、趙雲に押されていく徐庶。
そこへさらなる援軍を率いて孟達が加勢する。
「深くは聞かねえよ。一緒にやってやろうぜ。」
「あなたは…孟達殿か。込み入った話はまた後ほど、今はここを切り抜けましょう。」
孟達の加勢により裏門の守備隊は関羽らを徐々に押していく。
ついに衝車は破壊され、関羽、趙雲はやむなく撤退。
包囲が解けてしまったということで正門の兵器も一旦退却する形となる。
しかし依然として窮地は変わらない。
許昌を舞台とした死闘は長きに渡り繰り広げられる。
しかしこの日は、徐庶という新たな仲間を加えてしばしの安息となった。
劉備陣営はというと、関羽と趙雲が撃退されてそこそこの損害を出し、張飛は命こそ助かったものの体のあちこちが骨折するなど重傷で戦闘不能、龐統は全く魯粛が出てこないことを見て作戦の失敗を悟り、諸葛亮は関羽の怒涛の責任転嫁に頭を悩ませていた。
しかし劉備は、満身創痍なのはお互い様、このまま攻めていればいつかは音をあげると読み、退却を却下。
だが態勢を整えるまでしばらく休戦とするのだった。
洛陽に続きまたまた長文となりました。
徐庶が仲間入りです。




