静寂
馬正は劉備と手を組むために劉備を一時的に牢から解放する。
しかし孟達の監視をつけ、少しでも危険な動きをするとすぐに牢獄行きである。
まず呂布へ書状を送る。
その内容は孫権と手を組み北上し、袁紹らを討伐しろという内容だった。
朝廷も袁紹討伐に手を貸すので先んじて冀州へ侵攻せよとも記した。
もちろん馬正はもちろん、劉備もその進軍に手を貸す気はない。
更に言えば張飛ら劉備の配下は曹操の元で人質として所属している。
そこへ呂布を侵攻させるのは本来であれば悪手であった。
しかし張飛、関羽、趙雲などは劉備が一定期間戻らなかった場合には各々のやり方で脱出、とある場所で落ち合えと命令されていた。
既に劉備の配下らは脱走の準備を図っており、それを予見していた劉備は呂布の進軍を合図として実行を促そうとする。
「といった内容だが馬正、異論は?」
「ありません。ですが書状は念入りに検閲させてもらいます。郭嘉尚書令、お頼み申します。」
「尚書令なんてまだ慣れねえな。まあ振られた仕事はこなすさ。」
郭嘉はその場で内容を検める。
不自然な文字運び、暗号、透かしや炙り出しなどあらゆる可能性を考えて隅々まで検閲する。
一枚の書状であったがかなりの時間をかけて調べた。
郭嘉は一言。
「いいぜ。」
あらゆる場所で英雄が成果を待つ。
それは嵐の前の静かさか。
全てが動き出すまで束の間の静寂が全土を覆っていた。
全ては同時だった。
涼州の馬超により馬正ら朝廷との同盟締結。
益州と涼州による同盟。
孫権と呂布による袁紹勢力への武力蜂起。
劉備の配下らの荊州での集結。
まるで示し合わせたかのように同時に起こった。
西は結束、東は戦乱の構図が出来上がる。
これこそ馬正の描いた構図。
東の群雄が争っているうちに西を統一し、東の勝者が戦で疲弊しているところへ全勢力をもって進軍し降伏させる。
馬正の思い描いた天下は目前であった。
しかし
英雄には英雄の補佐たる名参謀がつきもの。
馬正には郭嘉
曹操には荀彧
孫権には張昭
そして劉備には
……………
劉備配下の武将がなぜ荊州に向かったか。
荊州には荊州学という独特の儒学が発達しており、司馬徽を筆頭とした名士らが豊富であった。
そこで司馬徽に教えを乞うた者達の中で、その司馬徽をして『臥竜』、『鳳雛』とまで言わしめた逸材がいた。
どちらか片方かを有れば天下を取れると言われた天才だった。
そしてその者らと机を並べた隠れた天才、元荒くれの文武両道の逸材。
それらは全て荊州にいた。
劉備配下らは速やかに司馬徽の元へ集結、それらの逸材を余すことなく旗下へ加える。
天下統一目前の非常事態であるゆえに、回りくどい建前など無用。
その者らは二つ返事で劉備傘下へ加わる。
さらに劉備は孟達の目を盗んで都を脱することに成功。
劉備を自由にしてしまったために起こった馬正の最大の誤算であった。
馬正の配下に勝るとも劣らない天才が並び立つ劉備勢力。
天下統一は誰の目に見ても明らか、しかして天下を取るのは誰であるかは誰にもわからなかった。
馬正は配下を全員集めて会議を開く。
「皆さん、集まっていただいたのは他でもない、これから来る大戦についてです。今回の大戦は黄巾の乱を上回る大戦であると予測されます。」
「せっかく俺様の手柄で益州も仲良くなったってのによ、すぐ戦かよ。」
「まあまあ正平殿。しかし劉備が逃げたのは誤算でございましたな。これは困りました。」
「それについては私の誤算です。しかし子敬殿の言う通り劉備を逃したのはこちらにとって大きな打撃です。奴は呂布と通じているので曹操らを下してすぐにこちらへ攻めくるかもしれません。」
「だとしたら奴らの戦にこちらから横槍を突くのはどうだろうか?俺と白と項樊がいればそれも成るだろう。」
「それも考えました。しかしそれが意味をなさない最悪の場合があるのです。」
「最悪の場合…まさか劉備が…。」
「その通りです文和殿。それに備えて今は力を蓄えなければいけません。」
「馬正。つまりは…。」
「はい。来る大戦。中華の東西による全面戦争です。」
第三章完です。
いよいよ次で最終章となります。




