魯粛の奇策
「どちらへ向かわれるのですかな?」
夜襲を仕掛けようとしている賊へ魯粛が語りかける。
「まるで宮殿を襲撃して帝を簒奪しようとしているように見受けられます。まさか我らを相手にしてそんな愚行を?」
賊は一斉に魯粛を見て武器を構える。
しかしその後ろから男が拍手して現れる。
「見事な胆力だな。しかしはったりで乗り越えられるほど甘くはないぞ。」
その男は魯粛を見ていながら、まるで魯粛を見ていないかのような印象を与える。
柔らかい口調と微笑んだ顔から考えられないほど冷たい目をしていた。
「やはり小生の杞憂でなかったか。貴様何者だ。」
「黄巾の乱鎮圧の義勇軍を率いていた者だ。劉備…と言えばわかるかな?」
「な…劉備!?ということはまさか!」
「我が忠烈なる猛将を警戒しているのか?ご期待に添えずすまないな。生憎別の用事でここにはいないんだ。」
魯粛はかなり焦っていた。
あの劉備がここにいるということは、項樊と自身だけではこの反乱を止めることは不可能。
先の馬正による宮殿襲撃を上回る激戦が予想される。
「どうした?私が怖いか?」
劉備が言う。
その言葉は魯粛の心に楔を打ち込む。
魯粛はその場から動けなくなった。
項樊は別の場所に潜み、魯粛が合図を出して突入する手筈だった。
しかしその計画は劉備によって看破される。
「そういえば向こうのほうにお仲間がいるようだな。」
劉備は項樊が潜む方向へ目をやる。
「や…やめろ…。」
魯粛が汗だらけになりながら劉備へ言う。
「そう言われてもな、我らの道を阻む者がいるなら排除せねばならん。それとも君主を裏切って我らにつくか?」
劉備が魯粛へ歩み寄り、ゆっくり魯粛の胸を指差す。
周りには武装した敵、眼前には反逆の英雄。
絶体絶命。
魯粛の脳内は走馬灯のように記憶を遡っていた。
一瞬のうちの出来事であったが、魯粛にとっては永遠とも思える時間。
見つけた。
逆転の一手。
魯粛は強張る体を無理やり動かして叫ぶ。
「この魯子敬、逆賊の汚名を着るぐらいならここで高潔な死を選ぼう!!貴様らの好きにはさせんぞ!!」
魯粛が隠し持っていた石を劉備に投げる。
しかし劉備は軽く避けて言う。
「そうか。ならば望み通りにしてやろう。」
劉備が合図を出す。
すると一斉に周囲の兵が魯粛へと襲いかかった。
しかし魯粛は知っていた。
動物も人間も同じ。
狩りをするときは、命を取りに行く瞬間が一番無防備であると。
突然戟が飛んできて兵の一人を貫く。
その瞬間魯粛はしゃがみ、その頭上ギリギリを戟が一閃、魯粛を囲んでいた兵が薙ぎ払われた。
「ご無事ですか、子敬殿。」
「貴公なら来てくださると思っておりました。しかし小生まで真っ二つになるところでしたぞ。」
その光景を眉ひとつ動かさずに劉備は見ていた。
剛勇が来てもなお、その命は劉備の掌の上にあった。
「先程の投石はやぶれかぶれではなく、お仲間への合図であったか。だが墓標がただ増えるだけだ。」
魯粛と項樊に兵がじりじりと迫る。
「子敬殿…これはもはや…。」
「諦めるのはまだ早いですぞ子達殿。小生は『逆転』の一手を思いついたので!」
魯粛は懐から金や宝石をばら撒いた。
金銀財宝が床に散らばる。
元より盗賊で構成された兵たち。
それを一心不乱に拾うことを迷う余地などなかった。
「し、子敬殿!?」
「こんな端金、くれてやる!今我らに与するならば小生の庇護下で贅沢などいくらでもさせてやろう!」
魯粛は床に這いつくばる賊へ言う。
呆気に取られる項樊をよそに、次々と賊が劉備に武器を向け始めた。
「なんて型破りなやつだ。まさか本当に逆転するなんて。」
魯粛の手に引っ掛からなかった者も当然いたが、次々と離反する者たちを見てほとんどの兵が魯粛につく。
ついに残すところ劉備一人となり、両手を上げて劉備が言う。
「降参だ。そうやって贅沢できる根拠を実演されては敵わない。こいつらにはそれが一番効くんだろうな。」
「さあ、お縄についていただくぞ。子達殿、お願いします。」
「はい。神妙にされよ。」
劉備は項樊に縛られるが、どこか余裕の雰囲気だった。
魯粛は兵へ告ぐ。
「おぬしらが伯常殿のために力を尽くすと言うならば、賊として略奪を働いていたことは水に流そう。そして朝廷に仕える兵としての暮らしを保障しよう。暴れる場が欲しいと言うのなら戦で存分に暴れるがいい。それを踏まえて聞こう!我らの力となる精強は兵はどこだ!?」
夜の都に勝鬨が響いた。
項樊は自分が捕縛した賊の頭領が劉備であると知らずにそのまま引き連れて行くのであった。
なんか銭形○次みたいになってしまいました。




