神医と猛将との絆
「元化殿、項樊の容態はいかがですか?」
馬正が華佗の元を訪れる。
「ああ伯常殿。まもなく目を覚ますでしょうな。」
「よかった…。元化先生、本当に感謝いたします。項樊は多くは語りませんが私の心すらも守ってくれてました。私にとってこれ以上ない最高の用心棒です。」
「本当に貴方達二人は心から信頼し合っているのですな。ですが感謝するのは私の方でございます。医療とは病める人々を癒すことですが、そもそも病める人々が出ないことが最高の医療であると存じます。民を守り、被害を最低限に食い止めた伯常殿こそが感謝されるべきであると思いますぞ。」
華佗は馬正へ微笑みかける。
馬正は照れたように頭をかく。
「そういえば伯常殿、曹操殿や劉表殿へ働きかけたというのはどのようにしたのですかな?」
「それは…。」
馬正が口をつぐむ。
病める人を増やすことをしていると自覚しているからである。
しかし華佗は優しく続ける。
「人体の話をいたしましょう。もはや治療が効かないほどに病んでしまった体の一部は、そこから全身を蝕んでゆくので除かなければなりません。たとえば足の指が黒くなり死んでしまったなら、そこから足全体、果ては体全体へ及ぶので足の指を切り落とさなければなりませぬ。一度大きく傷つけなければ最終的に健やかに過ごすことはできないのです。」
「元化殿…。私は間違っていませんか?」
「混沌の中では正しさや誤りなど、終わってみなければ判断できないことですぞ。貴方の正義は徐州の民に受け入れられた。ならばそれを天下万民に示す時なのでは?」
「私の正義…。」
その時、項樊が目を開く。
しかし馬正はそれに気づいていない。
「私はもう項樊に傷ついてほしくない。他の人たちに私と同じような思いをしてほしくない。私が守る地の民は明日の身の安全のことを考えなくていいような、本当の平穏が得られるようにしたい。敵であろうとも平穏に過ごしてほしい。」
「あなたはその目的のために行動しているのでしょう?それが皆わかっているのですからついていくのです。誰も疑いませんよ。」
「元化殿…。貴方は心の治療まで手がけるのですね。重圧に潰されそうな私を救ってくださった。」
「いえいえ。貴方様の素質でございます。用心棒殿もわかっていたようですぞ。そうでございましょう?」
華佗が項樊へ向き直る。
馬正は項樊を見て驚いて飛び上がるように立ち上がった。
「こ、項樊!目が覚めたか!」
「伯常殿、ご心配をおかけしました。元化殿…と申しましたかな。私の命を救っていただいたのは貴方でしょうな。心より感謝申し上げる。」
華佗は項樊へ小さく会釈する。
馬正は目に涙を浮かべて驚きと喜びに満ちた顔で項樊を見ていた。
「項樊!すまなかった!私のせいでこのような…!」
「伯常殿がご無事でなによりです。私は伯常殿のお役に立って死ぬなら本望であると思っておりましたが…大切に思っているのは一方通行ではなかったのですね。家臣としてはあまり望ましくないかもしれないですが。」
「そんなことはない!私にとってお前はなくてはならない存在なんだ!こんな私だがまだ共に歩んでくれるか?」
「もとより伯常殿に仕え、伯常殿と死す覚悟を決めた身。もはやこの決意は揺るぎませぬ。」
「項樊…!」
華佗は既に三人を呼びに行っていた。
まもなく郭嘉、禰衡、魯粛が到着する。
「やっと目覚めたか!もう少しでゴミとして燃やしちまうところだったぜ。」
「よかったぜ。元化先生のおかげだな。おめでとう項樊。」
「安心しましたぞ!今夜はお祝いですな!」
「やめなされ。まだまだ病人でございますぞ。もちろん食べすぎ、飲酒、鍛錬は厳禁です。」
一気に騒がしくなった病床に項樊はただ微笑む。
馬正は華佗と項樊との絆を新たに、平穏への道をただ志す。
まだまだ豫州に駐屯します。
そろそろ奴らが動きます。




