天才と天才の企み
郭嘉と禰衡は碁盤を挟んで座っていた。
あの時から二人は何か相談事をするときは碁を打ちながらという暗黙の了解があった。
「それで、禰衡。話ってなんだ?」
もうすでに盤面は後半へ差し掛かっていた。
「おうそうだった。あまりにいい勝負だから忘れるところだったぜ。」
外でやれば観客が集まってきて内緒話ができないとわかっている禰衡は、自前の碁盤で二人だけの空間でやっていた。
「あいつのことだ。戦略眼が開花したとはいえ、まだまだ未熟。場数の少なさが弱点となるだろう。」
「馬正のことか。場数といっても俺たちも大差ないぞ。天下の群雄に比べたらまだまだひよっこだ。そりゃ才能はあるかもしれねえが、それだけで乗り切れる世の中じゃねえぞ。」
「だからこその俺様たちだろ。俺様の才能が天下一なのは当たり前だが、確かに場数が足りてねえ。それを補うために経験を積まなきゃならねえ。」
「経験?まさかこんな盤上の遊戯で補えると思ってんのか?」
「俺様も舐められたもんだぜ。そこまで馬鹿じゃねえよ。何事も百聞は一見にしかずだ。」
禰衡が外を指さす。
「まさか賊でも討伐しにいくつもりか?」
禰衡が笑みを浮かべる。
「確かに経験を積むにはいいかもな。豫州の安全もある程度は確保できるし民にも感謝される。いいことづくめだな。問題があるとすれば馬正が単独行動を許さないことと、俺たちの安全はないってことだな。」
「ご明察!さすが奉孝だぜ。お前ならバレないようにできるだろ?」
「全くお前は…。まあ自称天才のお前の提案なら失敗はないんだろうな。」
「天才には失態はないぜ。なんたって俺様は禰衡様だからな。」
二人は密かに行動を始める。
豫州に散らばる兵をこっそり集め、夜の間に市街地をこっそり抜ける。
天下が乱れているというだけあって、野盗にすぐ遭遇した。
「お、おいお前はあの時の!」
野盗の一人が叫ぶ。
「あ?あー…誰だ?」
「忘れたとは言わせねえ!あの時のエセ妖術師!冷静になって考えたら妖術なんてあるわけねえってわかったんだよ!」
「あー…もしかして項樊にボコボコにされた奴らか?」
「ここで会ったが百年目!覚悟しろ!」
取り巻きの賊も襲いかかってくる。
しかしこちらも頭数はある。
「こいつらを追い払ったのも見てたぜ。今度は完膚なきまでにやってやろうぜ、奉孝!」
禰衡と郭嘉が兵へ指揮する。
言うまでもなく、瞬く間に賊は倒され、その頭領が追い詰められていた。
「なんだってんだ畜生。男なら小細工なしで正々堂々戦えってんだ。」
「お前は何のためにこんなことをする?」
「決まってんだろ!生きるためだよ!てめえらみたいに生まれた時から恵まれた生活なんてしてねえんだ!俺たちはこうするしかないんだよ!」
「これだから自分の才能を理解しない奴らは嫌いなんだよ。天才の俺様が特別に教えてやるから耳かっぽじってよく聞けよ。はっきり言ってお前らの個人個人の武は悪くねえ。だが指揮するお前がその調子じゃあ宝の持ち腐れだ。お前は正々堂々が好きなら勝手に最前線に立って死んどけ。」
「な、なんだと?俺は先代から指名されたんだ!指揮の才を見込まれてな!」
「ならその先代とやらも馬鹿野郎ってだけだ。いいか、そこで伸びてるボンクラどもの中でも多少は大局を見て動いてるやつもいたぞ。そいつに指揮を任せてみろってんだ。お前は指揮もできなければ人の得手不得手も見極められない、上に立つ資格のない大馬鹿だ!」
「貴様…!俺のみならず先代まで愚弄するか!」
「禰衡、随分喋るな。いつぞやの問答を思い出すな。」
「奉孝…。いくら天才でもこれはちと無理だわ。お前に任せるぜ。」
禰衡が背中を見せ手を振り去っていく。
「てめえ!まだ終わってねえぞ!」
「まあまあ。あいつはお前の才能を買ってるんだよ。たしかに上に立つには少し向いてないかもしれないが、兵として働けば無類の強さを誇るだろうってことを言いたかったんだろうぜ。あいつは口下手だから誤解されやすいんでな。」
「何が言いたい?」
「仲間になってくれないか?お前にも家族がいるだろう?」
「ふざけんな!お前らなんかに手を貸すわけないだろ!」
「生活は保証しよう。明日をも知れぬ嫌われ者で生涯過ごすか?それとも漢王朝復興の栄光の尖兵として称賛を浴びるか?」
「…はっ。今更そんな生活夢見てねえよ。」
「気が変わったらまた話そう。俺たちはしばらくここ豫州で野盗を黙らせようと思ってるからな。」
「俺たちを殺さなかったことを後悔するといい。次こそは仕留めてやる。」
「ま、期待してるぜ。俺は郭嘉。いずれ天下人となる馬伯常の筆頭参謀だ。」
「郭嘉…。覚えとくぜ。俺は白。猛虎団の白だ。」
「いい返事を待ってるぜ、白。」
こうしてまた郭嘉に好敵手ができた。
禰衡発案の野盗討伐(あわよくば吸収)作戦はまだまだ続く。
項樊にやられてぶっ倒れたあいつがまさかの再登場。
割とこういうやつ好きです。




