序章
広々とした質素なこの空間にあるのはただ一つ。
ゆっくりと自転する惑星のみ。
直径5メートルほどのこの球体には何億との生命がその中で生き、やがて命は絶え、そしてその魂は輪廻に巡りいつしか再び生を受け繰り返す。
そして、偉大なるこの惑星の前にいつからか佇む女性が一人。白いローブに身を包み、フードから零れ出るプラチナブロンドの髪は燦燦と降り注ぐ陽光のようだ。
今日も彼女は見守り続ける。
この惑星を、この生命を。
ただ一人、果てのない時をここで過ごす。
__これらの神として
「さて、今日は何をしようか」
顎に手を当て、惑星をぐるっと一周周り目視する。これは私のルーティンだ。まずはこの惑星くんの体調を計ることから始める。
「うんうん、惑星くんは今日もご機嫌だね~君の脈が滾るのを感じるよ~。最近は沢山芽吹いてるもんね。
でもそろそろ落ち着かないとこの前みたいにマグマがどかーんとしちゃうからね、ほどほどにしとこうね」
相棒である惑星を宥めるように撫で上げる。
そして最近産まれた大地になりそうな箇所は精密に確認するために指先でその場所をつぅっと撫でる。
(緑の大地になるのならばいいけど、不毛な土地はもういらないかな~…)
目では見えない情報は触れると知りたいところまで情報が頭の中に入ってくる。
「ん。ここの海面温度上昇が大きいな。少し下げておくか…」
指先に意識を集中させて、力を送るイメージに乗せて変化させたいことを想像するだけで望むように変わっていく。
(急激に下げても影響が大きいから2,3℃ぐらいかな)
目的の場所からは、ゆっくりゆっくりと数値が下がるのを感じる。良さそうなところで指を離して終了だ。
「ほかは…ここは少し雨を降らしておいて、こっちには風を送っておこう」
さっと指を振ればそこに雨雲が集まり大地を濡らし、風向を操作し流していく。
崇高なる神の力は、この惑星にとっては絶対だった。育成するように惑星を導くことも全てを壊すことも、どのようなことでも望むように変化できる。
ただ、ここにはその神と惑星のみ。惑星は勿論話すことはしないので、彼女からすれば気まぐれに惑星を見て、独り言を発するのみでしかないこの空間。
彼女はここにどのくらいいるのか既にわからない。
これまで幾度となく惑星が死んでいく様も生まれ変わる様も見続けていた。
一番古い記憶は生身の人間だった頃。
騎士の家系に生まれ、女ながらも幼少期から剣術を叩きこまれた。
母譲りの綺麗なプラチナブロンドの髪を男のように短く切り揃え日々技術を磨いた。
時代は国の権力争いで内戦が繰り広げられ乱れていた。次第に広がっていく戦の空気に家族も出払い戦いに参加するようになった。当時の私はまだ幼すぎたので母親と残り過ごしていたが、屋敷に盗賊が侵入し、襲われた。母を守ろうと微弱ながらも抵抗したが力及ばず無情にも連れ去られた。
連れ去られる途中に出くわした乱戦に巻き込まれ、その隙に危機一髪で逃げ延びたが、その後家族の行方も生死も分からずじまいになった。知らいない土地ですぐ側では戦が起こっている。生きて家族に会うために死体から衣服を剥ぎ、武器を取り、戦地で拾う食糧や山の恵などで生を繋いだ。
(当時は辛いというより、死なないように必死だったな。結局、母親は盗賊に殺され、ほかの家族は出た戦中に亡くなった。本当にあの時には既に一人で行き抜かないといけなかった状況にあった…)
あの頃の記憶は忘れたいぐらいだが、精密に脳に刻み込まれており、感情すらもぶり返すから嫌だ。
「ふぅ…」
少し震える自身の腕を押さえつけ、呼吸と感情を落ち着かせる。
(だけど…)
獣のような当時を乗り越えた先には大事な人との思い出がある。その記憶を糧に、この空間でただ一人で今までを過ごせたと思う。
彼の魂が巡りあそこでまた生きていると思うと、興味のなかった惑星にも愛着が出てくるものだ。
視線は惑星を見つめながらも、その目が描いている先には異なる映像。
__彼女は優しく笑っていた