生贄は白く薄らぎ、末姫は狂い燃ゆる
走る奔る疾走る。
雪色の幻獣が牽引する馬車は、猛吹雪の山道を高速で突き進む。
月も出ない深夜に、音もなく影も置き去りにして、縦横無尽に目的地へ向けて。
『今夜には着く。ガキども、まだ死ぬんじゃねぇよ』
わずかに浮遊した幌付きの荷台に、少年少女たちを乗せて走る。
生贄を乗せて。怪物たちの住処である廃城を目指して。
『死んじまったらよ、血、不味くて飲めたもんじゃねぇからよ。キヒヒっ』
御者の男の瞳は、闇の中で血色に輝いていた。人外の存在、吸血鬼の証拠である。
彼の発した熱の無い笑い声に、車内にいた少年少女の多くが震え上がった。
その数、男女合わせて20名。それぞれの服装に統一性は無く、生地の品質もバラバラ。
互い互いに肩を寄せ合って寒さをしのぎ、声を出すことにすら恐怖を覚えて身をすくませていた。
「「「「…………」」」」
ただ、ごく一部は恐怖に囚われていない者もいた。
それは、静かに瞳を閉じて機会を伺う、羽を持つ黒髪の少年。
それは、神妙に脱出の策を練る、狐耳を持つ青髪の少年。
それは、笑顔で両足を抱える、兎耳を持つ金髪の少女。
それは、殺意を滲ませる、2本角を持つ赤髪の少年。
そして、幌の隙間から御者を見つめ続ける、猫耳の白い少女……。
◆
少女は、白かった。ただただ全てが白い。
肌も髪も瞳も真っ白で、漂白されたように薄い。
『おいガキ、そこで死にかけてる白猫のガキよ』
そしてその命は、今まさに消えかけようとしていた。
『チッ。手間のかかる――【"火”よ集え】』
言葉と共に、空中に火球が浮かび上がり、暗く冷たい馬車内がわずかに明るく暖かくなる。
少年少女たちの間に驚きが走った。喜びと恐怖が入り混じった感情だった。
『お前は"特別"だからよ。死ぬまで生きていろよ』
暖かさと共に命を繋いだ白い少女の反応は、やはり薄い。
されど――決して無反応では無かった。
「……とく、べつ?」
「!? いま歯向かったらあかんてっ……!」
消えるような小声で、反論した。
近くに居た青髪の少年が慌てて少女を止めようとした。
しかし口を封じるには到らなかった。彼もまた己の命を天秤にかけていたからだ。
「……なにが……特別、なんですか。……わたし、どこが?」
絞り出すような掠れ声には、怨嗟が籠っていた。
その黒い感情を、吸血鬼の御者は面白がった。
『キヒヒっ。血だよ』
丁寧に調理するように、言葉を続ける。
『熟成されきった最高品質の血だ。タダで飲める新入りが羨ましいよ。ほんとによ』
「……わたし、のッ――ごほっ、けほっ」
白い少女の表情が苦痛に歪む。
全身に、痛みが走る。痛みが止まらない。
ゆえに、今さら震えはしない。恐怖もない。
「わたし、の、"相手"……誰?」
質問を受けた吸血鬼は、ほうと小さく感心を示した。
『――態度は気に食わないが、お前は特別だ、教えてやるよ。キヒヒ』
1人と1匹の会話に、他の少年少女らの意識も集中していた。
『吸血姫だよ。テメェらん所のイカれた姫サマだ。とうぜん知ってんだろ?』
……なので、一人の少女の凶行を、先んじて止めことが出来なかった。
「その下賤なお口を閉じなさい! 末姫様はあなた方のような負けグゅーッ!?」
「や、やめてキャノちゃんっ!」
紫髪の少女は、それまで他の者と同様に恐怖に震えていたが、とつぜん怒声と共に立ち上がり……。
そして、背後から伸びた手によって口を抑えられて、即座に床に押し倒された。
2人の少女らがジタバタと格闘を続ける。
彼女達の身なりは、周囲の子供に比べると浮いていた。
衣服は小奇麗で糸の解れもなく高品質。髪は解かされ汚れも無かった。
『貴族のガキか……粋り誇るのは立派だがよ。あいつが何百人生きたままバラしたか知ってるか?』
ピタリと少女の動きが止まる。
『噂以上の血生臭い女だったよ。あの怨念の数には……引いた。他の王族も相当だったけどよ、あいつは極めつけのイカレだよ。ヒヒヒ』
そして破竹の勢いで暴れだし。
「ムググググ――ッ!!」
「キャノちゃん抑えて! 殺されちゃうから……ゃ!」
「――きゅっ!」
手錠の鎖で首を絞められ、パタリと静かになった。
御者は真顔になって、紫髪の少女が気絶していることを確認すると、それを成した少女を見た。
小さな緑髪の少女は、吸血鬼の視線に感づき、ぷるぷると震えながら少年少女たちの輪の中に戻った。
『そいつのなれの果てが相手だ、白猫よ』
「…………」
『その祝いの食事が、てめぇらだ。立場はわかったかよ?』
「「「「…………」」」」
灯っていた炎が消されて、馬車内に沈黙が流れる。
馬車を覆っていた不可視の力が強まり、少年少女たちの脱出が更に困難になった。
猛吹雪の音と、幻獣が走る振動だけが伝わってくる。
やがて車内は、子供たちのすすり泣く声に包まれだした。
◆
白い少女は無心になって、冷たい息を吐き出しながら最期の時を待っていた。
ふいにその身体が、暖かい布にふわりと包まれる。
その時が来たのだと思って、少女が顔を上げると……。
「着るんだ」
「…………ぇ?」
黒髪の少年から、外套が渡された。
白い少女は、反射的に突き返そうとしたが、その手は割って入った青髪の少年に止められる。
「男の意地ちゅーやつです。こちらもどうぞ。僕のじゃありまへん。あちらさんからの差し入れですわ」
渡された外套は2枚、そして3枚にまで増えた。
白い少女が振り返ると、金髪の少女が薄着になってニコニコと笑っていた。
その奥では、下着姿になった赤髪の少年が、紫髪の少女の隣で転がされていた。
知らない間に何があったのか。白い少女は気になったが、聞くことはやめた。
「……。ありが、とう……」
お礼を言って、外套に包まって、己の顔を覆い隠した。
少年少女らは視線を交わして、それぞれの場所に戻っていった。
……幸いにも、少女の白い顔が、苦痛に歪んでいることを知る者はいなかった。
親切にされたところで、どのみち助かりはしないと、少女は知っていた。
白い少女は、最初から助かる気も、逃げる気もなかったのだ。
少女にできることは、ただ痛みに耐える事だけだった。
彼女が侵されている病の名は白離病。別名、天使の誘いと呼ばれる不治の病だ。
5歳の頃に発症し、毎晩襲われる激痛と共に身体の端から白くなっていき、成人を迎える前に全身が染まって死ぬ。
夜を越えるたびに病は進行し、生き長らえるほど人社会では怖れられる。反対に、血を好む人外たちにとっては価値が高まっていくという、悪意の塊のような病である。
少女の父は言った。いつかきっとお前は救われると。だから少女は信じて待った。
しかし1年2年……5年10年と耐えても、救いなんて来なかった。
いつしか白い少女は、救いを望まなくなった。
ただ少女は、この痛みが収まりさえすれば、何でも良かったのだ。
白い少女は、痛みなく過ごせる夜が欲しかった。それだけだった。
たとえそれがどんな形でも、受け入れる覚悟があった、のに。
『楽に死ねると良いな? キヒヒっ』
「……そうね」
流した涙は凍りつき、苦痛に歪んだ笑みは、それでも少しだけ温かさを残していた。
少女の安らかな夜は、まだ来ない……。
◆
一方、6時間ほど遡り、彼らの目的地である廃城の中庭では――。
「ひゃああおぉおぉおおおぉ……」
ピンク髪の少女が、奇声あげながら太陽に炙られ続けていた。
――累計死亡回数4000回オーバー。
御者の男の言う通り。彼女は開幕1日目にして、相当にイカれた行為に及んでいた。




