始祖 -前-
心臓が再構築されて、血管が張り巡らされて臓器が生まれる。骨が生えて肉が付き、皮膚が張られて服に包まれ――そして意識が覚醒した。
「…………」
身体から"違和感"が完全に消えて、以前と比べて認識が大きく異なっている。
アバター体の血肉が、ようやく自分の物――自身そのものになったような感覚。
体中の血がドクドクと鼓動を発しているのが、知覚できている。
突き動かされるような怒りが、消えている。溢れてくる欲求は1つだけだ。
「あぁ、血が飲みたい……」
起床から最初に出てきた言葉は、なんとも酷いものだった。一旦冷静になろう。
魔法の習得の影響だろうか、血の気配が濃密に感じる。世界が異なって見える。
(感じ取れる情報が多すぎるのに、これが自然みたいに、処理ができる?)
何はともあれ、ひとまず起床である。
戦闘行動の終了を条件にアラームセットをしていたらしく、その指示どおりに心臓ぶっ刺して自動復活したのがついさっき。
「……自動復活に保険をかけてたんだったか?」
やらないよりはマシだろう、という理由で自動復活に関する記憶を消しておいたようだ。この一手間で、最低1回は確実にここで復活できると見込んだ。
(忘れ物は無いな。 んっし――[No.0:愚者]起動)
記憶を再び消去して、オレは地下室を出た。
ついに決戦の時、来たれり。
◆
――の前に、少し寄り道だ。
(フワフラーの弓だな。和弓の形をした金属複合弓で、芯の部分は骨か……?)
ハッコの刀と同じく2m超えのお化け武器、同一製作者と思われる造りだ。
どんな付与が乗ってるのか気になるけど、矢が無ければ無用の長物だった。
ひとまず適当な場所に安置しておく。
朽刀と鞘を回収して、地面に散乱するガーゴイルの1体を調査する。
フワフラーの血から、知識の残骸を読み漁り走査走査――走査完了。
ガーゴイルの仕組みと使役方法を理解した。
なんでわかるの? と疑問は湧いたが、出来てしまえたのだからしょうがない。
血の魔法とは、血に関する事なら不可能も可能にする、とんでも能力ゆえに。
(――[No.3:女帝]起動)
ガーゴイルの魔石に即席のAIを打ち込むが……? あぁ、これはダメなヤツだ。
動かせるには動かせたが、動きが鈍い。関節部分が粘土のように変形していて、維持するだけで、けっこうなBPが持っていかれる。
専用に作られたロボならまだしも、体を構成する要素は、ただの石塊だ。
生きた石の怪物なんて無理を通すには、相応の無理が必要なようだ。
高コストで戦力外なので、縦にぶった斬って即殺。食堂の跡地へと向かう。
道中で<王女の踏み付け>を発動して、内容の検証をはじめる。
「んりゃっ、とぅりゃっ、へぁー!」
進路を塞ぐ瓦礫群を、ことごとく足裏で蹴り砕いた。
横蹴りに、後ろ蹴りに、ドロップキック。足裏なら例外なく効果が乗った。
能力の基本性能は<王女のビンタ>と同じで、BPに応じた力場を足裏に展開。そして頭部を正しく踏みつけると、追加で拘束効果が乗るらしい。
ネタ技っぽいのに、地味に使えそうな能力だな……。
「<癒しのボイス>発動ぅ――んぎゅっ!?」
もう一方の職業能力<癒しのボイス>は、総合レベルと同じ量のBPを消費して、声にHP回復効果を乗せるという能力だった。
声帯を介して発した言葉を、脳で理解した者すべてが対象になるらしい。
敵も味方も、当然のように自分自身も。この判定のゆるさは、頭おかしいぞ?
無機物には効果がなく、不死者と悪魔は回復せずに、ダメージを受けるようだ。
つまりは自爆技である。
(1秒で91BP? 使えない能力じゃないけど……ぅーん)
鼓膜と体内に残ったダメージを治癒させて、能力検証はひとまず終了した。
食堂の階段をおりて地下道へと向かう。目的地はこの先だ。
◆
漂う多くの血臭の中から、ネオマから得た血と似た臭いを選別していく。
フワフラーの血から読んだ、新鮮な記憶も頼りに地下を進んでいった。
「この風が流れて行ってる先に、いる……」
途中で雪解け水が流れる水路にぶつかった。積み重なった黒い灰の層が混じった氷の洞穴だ。壁面と天井には、人工的な補強された跡がある。
匂いの元は更に下流のようだ。〔飛行〕を発動して、翼を使って下っていく。
「――っ!!」
やがて辿り着いたのは、発光するサファイアの壁面で覆われた巨大な地下空洞。
幻想的で緑豊かな自然環境が広がり、中央の丘には、白亜の城が鎮座していた。
(あれが旧カスィ城の天守? こんな地下深くにあったのか……)
吸血鬼の親玉の住処だ。いつ死ぬかも分からない太陽の下にあるはずもないか。
空洞は楕円形で直径500mほど。天井もかなりの広さだ。
城自体が巨大な柱として、空洞の天井を支えているような作りである。
「都市コロニーの上層部と似てるな。かなり独特な構造だけど……っん?」
遠くから、微かな獣の鳴き声が届いて来た。
それと共に、小さいが揺れも伝わってきている。
「――――」
ここまで来て予定外な展開は、少し不味いな。
周辺調査を切り上げて、早めに突入しよう。
◆
身に覚えのある血を1体分を除いて、外からは誰の気配も感じ取れない。
見た目が綺麗なぶん、不気味な城だなぁ。
城本体は深い堀で囲われて、下には魔力に満ちた雪解け水が流れている。
跳ね橋は上がって、城門も閉じている。吸血鬼が流水に弱いって伝説は……。
(……よし)
ODOの吸血鬼には問題はないようだ。
飛行で堀を渡り、適当な窓に取り付き、そして〔変化〕を発動。
霧に変わって、内部へ侵入する。
〔変化〕の効果内容は単純明快。BPを消費して体の構造を変える能力だ。元の形から変われば変わるほど消費量が増して、自身とは無関係な物には変われない。
(……するり。そろり)
ということで侵入に成功。この能力があれば、どこでも不法侵入し放題だな。
霧に化けたというが、半ば物質次元から逸脱しているような挙動だ。
肉体の情報化とでも言うのか。仮想世界だからこそ許されてる、やべぇ能力だ。
(――静か、だな。トラップもない。ほんとうに他に誰もいないのか?)
廊下を慎重かつ迅速に進んで、血の気配を辿る。
天井は光る宝石のシャンデリア。床には赤くてふかふかな絨毯が敷かれている。
調度品は、豪華というか派手で目が痛いな。魔導具なのか、魔力を含んでいる。
1つ1つの美術品の価値は高そうなんだけど、いかんせん統一性が無い。
エスマーガの感性がゴミなのか。それとも先王カスィが残念センスだったのか。
(まぁいいや……罠じゃなければいい。このまま進もう……)
地面はまだ、かすかに揺れている。むしろ徐々に強くなってきているようだ。
静かな城内を進み、血の臭いのしない調理場を進み、螺旋階段を登って上階へ。
広い大食堂と、煌びやかな大広間を横目に、廊下を進んで控えの間に到着する。
(…………)
血の気配と魔力の元は、すぐこの扉の向こうのようだ。
手元に朽刀があることを、最終確認。深呼吸を1つ。
分厚い扉を〔念動〕で開けて――そして。
「其方、遅かったな。我は待ちくたびれたぞ」
「ッ……希望通りの奴だったか?」
「そうであって欲しいと、渇望していたとも」
吸血鬼の始祖、エスマーガと邂逅した。
◆
玉座の間の中央に、そいつは立っていた。
赤い燕尾服を着込み、後頭部には捻じれた2本の黒い角。血色に光る瞳は縦に細く、ネオマと非常によく似た顔立ちをした、黒髪の少年だった。
「ネオマ? 同名の者が我が子孫に1人いたな。上位へ至れる素養の持ち主と見込んで、生かしておいたが――其方、会ったか。殺して食らったか?」
「…………」
「ほう、冷静のようだ。残滓に囚われ襲い掛かって来るかと思ったが……そうか」
こちらも少し、予想外だった。
てっきり奴は玉座に座って、悠々と待っているかと思っていた。
そういう劇場型の愉快犯で、隙の多いの奴だと……。
「盟主は血族の長だが王位ではない。そして我は、王などではないのだ」
エスマーガは自戒のような言葉と共に、王侯貴族に対するような礼儀作法を見せてきた。非常に整った自然な所作で、優雅な態度で……明確に、殺意が芽生えた。
「改めて名乗ろう。我はエスマーガ。そして問おう。貴様は何者だ?」
「――吸血鬼ピーチトゥナ。これからお前を滅ぼす、ただの吸血鬼だ」
オレがそう宣言をすると、始祖エスマーガは笑った。
非常に嬉しそうな、少年のような笑みで。
そして〔変化〕で身長を伸ばして、私がよく知る姿に変わった。
「では来い、我が"同胞"よ」
「――――」
朽刀の鞘に、必要以上の力がこもる。
体には溢れんばかりの戦意が満ちていて、殺意も研ぎ澄まれて集中できている。
なのに……なのに心が凍り付いたように、動かない。
「どうした。何故かかって来ない?」
その言葉を、オレは耳にして、ひどく複雑な気分がした。
これが言われる側の心情だったのかと、今更ながら理解した。
精神が揺れている。怒りよりも強い恐怖で、足をすくませている。
「挑む覚悟のない者を相手するのは、興が削がれるぞ。……先に飲むが良い」
「――っ?!」
エスマーガは腕を爪で割いて、こちらに向けて振った。
顔に向かって飛来してきた血の雫を、手の平で受け取る。
「……なんのつもりだ?」
「飲め。盟主である我が、客人に食事一つ出せないなど恥であるからしてな」
ふざけているのか。どこまでも、こいつは、どうしてこいつは……。
「気分を害するな。これは余裕ではなく、我らの矜持だ」
「……矜持、だと? 吸血鬼ごときに何のプライドが、あると?」
「有るとも。我らに目的など無く、あるのは"吸血鬼"というプライドのみ。求めるのは血沸き肉踊る戦だ。それだけの生き物だ。其方も、すぐに理解できるだろう」
『――ッチ!!』
湧き出る殺意もろとも、血液を口に含んで、嚥下する。
喉を焼くような旨味が広がる。ドス黒くて熱い、ブラックコーヒーのような味。
そうして血の解析が――終った。
――――――――――――――――
解析:<終了>
対象:エスマーガ [200]
種族:始祖 [Lv:100]
職業:深淵騎士 [Lv:100]
HP: 2300/ 2300
BP:27156/30820
血族:エスマーガ血族-盟主
眷属:コンソフ
能力:〔吸血〕〔暗視〕〔念動〕〔状態異常無効〕
〔魔眼:恐慌〕〔支配〕〔飛行〕〔変化〕
〔透明化〕〔ダメージ耐性:物質〕
〔相転移〕〔運動干渉〕
<剣術><盾術><肉体強化><精神強化>
<制約><騎乗戦術><不屈の闘志>
<連帯感覚><危険知覚>
<属性付与><魔力衝壁>
魔術:【闇:S】【影:A+】
※吸血鬼化――不可
※血族加入――不可
――――――――――――――――
なるほど。ラスボスだ。
未知の能力が盛り沢山だ。勝ってる要素はBP量ぐらいしかない。
手段を選ばずに戦っても相手にすらならないかもしれない。
(……だけど、それがどうした!!)
オレは手のひらを爪で引き裂いて、同じ量の血をエスマーガに飛ばした。
「飲め! お前なんかに借りを作るのは、許されない!!」
「――ほう。ならば有難く頂くとしよう」
盟主エスマーガは愉快気に笑って、オレの血を飲んだ。
1度血の魔法で痛い目を見ていたにも構わず、躊躇することなく飲み干した。
「ふむ、不思議な風味だ。幾何学的に混ざり合いながら調和の取れた味わい。体内を浸食し、内臓を食い破らんとする暴力的な血だ。100点中の、90点だな」
『…………』
食レポはともかく、点数を付けるな。しかも100点満点じゃないのかよ。
ナチュラルに腹が立ったぞ。
『それでは死ぬまで戦おうぞ。吸血鬼』
『ああそうだな。……消えろ。吸血鬼』
朽刀を構えて〔飛行〕の翼を展開して〔念動〕を纏う。
そして私は、血の魔法を放った。
◆
心臓が狂ったように脈打ち、早鐘を打つ。
眼球が充血して、世界を身近に実感する。
――【血】よ
血の魔法によって、全身の血液の全てを、己の支配下に置いた。
異質で異常な量のエネルギーリソースが、手中に納まる感触がする。
とめどない全能感と飢餓感と……得も言われぬ快感に満たされていく。
『んっ――』
翼に血を注いで床面を滑空、欲望のまま吸血鬼に襲い掛かる。朽刀が備えている分解能力を開放して、無防備なエスマーガの死角から、最大最速の斬撃を放った。
『よい太刀筋だ。ハッコより学習したようだな』
『……ッ!?』
刃が、ただの指1本で止められていた。分解が効いていない。触れてもいない?
刀が全く動かない。念動――違う。物体そのものの運動に、干渉されたのか?
『この力、すべて其方に返そう』
『なンッ――?!』
エスマーガの思考が流れ込んできた。"刹那の先"の行動に、冷や汗をかく。
朽刀を手放す代わりに、刃を強引に折って……直後、刃が霞んで消えた。
――〔変化〕発動。
最小の血を消費して、0.001秒の瞬間的な霧化を実行する。
再使用に最低0.5秒は掛かるが、これ以上ない結果が得られた。
認識できない速度で跳ね返って来た刃の破片が、心臓と重なり――通り過ぎる。
『――ッシ!!』
『? この情報は――?』
霧から実体化。直後に、反撃に移る。
周辺情報を思念波で叩きつけて、修復する間も惜しみ、折れた朽刀を振るう。
〔凍結〕による幻影で腕の位置を偽装。ディレイを混ぜて、死角から攻撃した。
――【血】よ。刃を象れ
刀の延長線上に、血液を放出する。
うねる極薄の血の刃で、エスマーガの心臓を、両断した。
「「…………」」
まずは1殺。
『其方を選んだのは、間違いではなかったようだ……』
『……っ!』
けれど、奴は無傷。
始祖エスマーガは、燃えることもなく、優雅な笑顔を浮かべて立っていた。
こうなることは知っていた。何もかも予想通りだ。けれど、こうまで――。
『我が血族、最後の宴だ。派手に行こうぞ』
エスマーガが片手を伸ばし、ズルリと、自身の影から1本の剣を取り出した。
波打つ刃の大剣……漆黒色のフランベルジュ。
吸血鬼の騎士が、剣を構える。
ただその姿に、全身の産毛が逆立った。
ピーチトゥナ・ミルクロワの最期。死の記憶が重なる。
『<属性付与・炎>』
天に掲げられた剣が白く染まり、青色の炎に包まれた。
無造作に、振るわれた刃が空を裂いて、熱波が襲い掛かる。




