Ex:大晩餐(裏)
◆夢想:【血】
分厚いステンドグラスの窓から、サンサンと太陽の光が降り注ぐ正午過ぎ。
質実剛健な作りの宮殿のサロンにて、2人の女性がお茶会を開いていた。
「……血? これがわたしのまほう、なの?」
片方の少女の小さな手のひらには、血の球体が浮遊している。
ゆらゆらとふわふわと揺れ動き、鳥や牛や竜といった動物を形作っていた。
異質な光景だが、その部屋に控えている執事やメイドは誰も騒ぎはしない。
むしろ5歳という幼さで、巧みに魔法を扱う少女に、好奇の目を向けていた。
「そうね。ピーちゃんは【血】の魔法使いよ」
ピーちゃんと。そんな愛称で呼ばれた少女、王女ピーチトゥナ・ミルクロワは、ムッと口を尖らせた。
「お母様、ピーちゃんはやめて。もうそんな年じゃないんだから……んゎっ!」
血の塊が落下して、ぺちゃんと水音を立てテーブルに落ちた。
反論するのに集中を欠いてしまい、ピーチトゥナは魔法の制御を誤った。
あわてて再び集めて、空中に浮かせる王女に、向かい合う女性は小さく笑う。
「そうね~? ――くふふっ。ンんっ、笑ってしまって、ごめんなさい?」
女性は笑みを浮かべ、丁寧な所作でカップを摘みミルクティーで喉を潤わせた。
お母様と呼ばれたように、彼女はピーチトゥナの母親――ミルクロワ王国の第3王妃スロベトリー・ミルクロワである。
「魔法はね~。ただ物を操るだけの力ではないのよ」
娘にかけた言葉は、ゆったりと落ち着いたもの。
砂糖をふんだんに入れたジュースのように、甘い蕩ける様な声だった。
「そうなの? この血でなにができるの?」
「それはね~?」
「……それは?」
「貴女自身が調べてみないと分からないわね~」
「――んっー!!」
「ふふっ。ごめんなさい。反応が可愛いから、ついからかいたくなっちゃうわ~」
膨れた頬を撫でられて、ピーチトゥナは顔をプイッと背けた。
いっそう笑みを深める母を無視して、王女は手元の血の操作に集中をし始めた。
「……むぅーん……んっー?……」
その集中力と表情は、5歳には相応しくないものだった。
魔法で浮かべた【血】を見る王女の目は、ぎらぎらと明るく輝いていた。
「魔法が使えるようになると、くわしく性質を見れるようになったり~、触れても怪我をしなくなったり~……怖くなくなったりするのかしらね?」
ピーチトゥナと似た幼い面立ちに、イチゴ色の髪に翡翠色の瞳。
王妃の視線はやや鋭く、娘の変化を逃すまいと、つぶさに観察していた。
「? お母様は、まほうお上手じゃないの?」
「私は魔法は使えないわよ~?」
「――んぇ? だって……」
ピーチトゥナは光り輝くような金色の瞳を、手元の【血】に向けた。
王女の感覚は、スロベトリーの血に宿っている魔力を観測していた。
「私は魔導士よ。魔力の扱いが少し得意なだけで、魔法の才能は無かったの~」
「……?」
"昔は憧れてたのよね~"と溢した母の言葉に、ピーチトゥナは訝しんだ。
王妃の血が内包する魔力は、王女と比べて何十倍の密度があり、研鑽によって極限まで鍛え上げられた重みもあった。魔法とはなんだろうと、素直な疑問が湧く。
「魔法は~、才能を持ってる子が楽しかったり喜んだり~、怒りとか悲しみとか、心が苦しくなると使えるようになるみたい? ピーちゃんは、どんなことを切っ掛けに、使えるようになったのかしら~?」
王女は、ピーちゃんと呼ばれたことに、気付く余裕が無くなっていた。
「わたしは血が――、んっ……ぇと……」
かすかに震えながら、徐々に言葉を詰まらせるようになり。
母親の視線から逃れるように、顔を手で覆って、そして。
「アプル姉様の血、血まみれで……泣いてたの。だから、それでわたし、の、が」
そんな言葉を絞り出した。浮かぶ血が鼓動を鳴らし、少女は身動ぎして揺れる。
このお茶会は、そんな王女の様子を心配して開かれたものだった。
ピンと張りつめた空気がサロンに流れる。
「姫様……」
壁際に控えていた執事の1人が、王女の元へ駆け寄ろうとした。
しかしその行動は、王妃の挙げた手によって止められる。
「っ! スロベトリー王妃殿下、まだ姫様は5歳ですよ……?」
「リアン様は、私の娘を勘違いされています。――"もう"5歳なんです」
王妃スロベトリーは、その内心で躊躇いと、小さくない焦りを滲ませていた。
「魔法を宿した王族が、適性を見極めないといけない年頃です。魔法の扱いが巧みだからこそ、"王国の血"で溺れるなんて、あってはいけないことなのですから」
「…………」
王妃の瞳は鋭く厳しく、ピーチトゥナを、娘ではなく王女として見た。
「聞いてピーチトゥナ。昨晩、第1王妃のゴスティーン正妃様がお亡くなりになったの。……アプルちゃんを守るために、森人族に殺されてしまったの」
「アプル姉様の、お母様……が?」
両手の間から覗かせた王女の顔は、蒼白に染まって、瞳は動揺に揺れていた。
「お強い方だったわ。身も心も在り方も、私なんかよりもずっと強くて、尊敬していた。そんな方でもすぐに亡くなってしまうのが、ミルクロワ王家よ……」
「――――」
「ピーチトゥナ。貴女は選びなさい。危険な王家の一員として生きる。貴族として生きる。魔術師団に加わっても……安全な他国に嫁いでもいいわ。どんな立場になっても私は応援するから、貴女の意志で選んでちょうだい?」
ゆっくりとゆっくりと、両手を下した王女の表情には、もう動揺はなかった。
血が通った肌には、恐怖の色はなく。わずかな怒りと、強い意志に満ちていた。
「わたしが、守る。アプル姉様も、お母様も! まほう、がんばって、強くしてっ、みんなの――を、みんなを、守れるよう、になる!」
そうして、その日。
血の魔法使いになったピーチトゥナは、正式にミルクロワ王家に名を連ねた。
◆記憶:【血】-『ピーチトゥナ・ミルクロワ』
夜の王都が、深い霧と闇に包まれている。
――其の【血】よ。吸血鬼を滅ぼせ。
誰も、守れない。
誰も、私なんかに守れなんか、しなかった。
(……滅べ。吸血鬼、なんて。滅んで、しまえ……)
吸血鬼だけじゃなくて、他にも数えきれないくらい、たくさんの敵が溢れてる。
石の怪物の大群が、我が物顔で空を飛び回って、人を攫って運んでいる。
どうしてかは分からないけれど、民と民が殺し合っている地区もあるみたい。
――其の【血】よ。吸血鬼を滅ぼせ。
吸血鬼の始祖はここにいるのに、援軍が来ない。音も魔力も外に届かない。
兵士も貴族も王族も、みんなどこかに駆り出されて、対処に追われている。
私には、勝てなかった。
沢山の血を流して、吸血鬼を地下牢へ誘い込んだ。闇ギルドの者が何人もいた。
異変に気付いて、地下道から応援に駆けつけてくれたみたい。でも、始祖を相手にする前に、コンソフと呼ばれていた女吸血鬼に、全員殺されてしまった。
暗殺者も、罪人も、狂人も。ぜんぶ操られて互いに殺し合って死体に変わった。
――其の【血】よ。吸血鬼を滅ぼせ。
彼らが死んだ後には、冷たい血だけがのこる。誰のモノでもなくなった血。
それは私にも簡単に触れられるし、吸血鬼にも取り込まれやすくなる。
――其の【血】よ。吸血鬼を……。
渡したらだめ、なのよ。たっぷり血を取り込んだ吸血鬼は、強いから。
私が操らないと、奪われてしまう。鬼に飲み込まれてしまう。
――其の【血】よ……。
この国の血は、流れた民の血は、ぜったいに。
ぜんぶぜんぶ、私の、支配して、おかないと。
――【血】よ。
血は、私だけの魔法。私の##。
最初から、生まれた時から、生まれる前から。
だから血よ――。
――私の【血】よ。始祖の【血族】と繋げ。
『っ? 其方、今――』
私は、血の魔法使い。
なのに誰の血も、守ることができなかった。
悲しい。辛い。泣きたい。叫びたい。怒りたい。
『盟主様。多数の眷属から緊急の念話です』
なにより、笑いたい。
「んふふ……けふんっ……もう、私の血……私の血なのっ……」
この瞬間だけは、私は嬉しかった。
憎い怨敵に、一矢を報いたのだから。
『其方、我を通じて血族に制限を課したのか……?』
波打つ冷たい刃が心臓に刺さる。
体の奥から登ってくる死の感触と、注がれる黒い魔力の気配。
――【血】よ。流れを正常に……。
……んぁ、だめみたい。もう私の体は、おしまい。
人の体は、脆いから、しょうがない。
『この魔法、是が否にでも迎え入れねばならんか……』
消える。私の血液から熱が消えていく。
――私の血よ――。
『死に瀕して、なお効力を手放さぬとはな。その意志と執着は、驚嘆に値する』
私の体が、冷えていく。
――私の敵を――。
『休め。じきに其方は生まれ変わる……より相応しく、最適なモノを得てな』
そうして私は、命を、失った。
――滅ぼして。
◆解析:【血】-『フワフラー』
夜明けが近づいて、王都を包んでいた濃霧が取り払われていく。
多数のガーゴイルは排除されて、街の各地で騒動が収束しつつある。
「久しいな我が盟友の息子。しばらく見ぬ間に老けたか?」
そこは王都を囲む城壁に建てられた、石の見張り塔。
盟主エスマーガは、軽く拍手をして、その男を迎えた。
「よくぞ民を守った。我が認めよう。其方は紛れもなくミルクロワ国王だ」
「……。……エスマーガ……殿。なぜ貴方が……、……な事を……」
分厚い毛皮のマントを靡かせ、濃緑色の長髪を後ろに束ねた偉丈夫。
この国の王であるロメロン・ド・ミルクロワ、その人だった。
「久方ぶりにうら若き処女の血が飲みたくなったのだ。吸血鬼であるからしてな」
国王は、エスマーガの眷属が抱えた、娘の身体に目を向けた。
冷えきった金色の瞳を、わずかに歪ませた。
「そのような戯言で……2千年の盟約を、破棄すると……?」
「知らぬ知らぬ。つまらぬ政を餌場に持ち込むな。興が冷める」
ロメロンは、生まれながら他者の生体電流を知覚する感覚を備えていた。
しかし彼が見た娘の体内には、なにも映ってはいなかった。
つまりそれは、確実な死を意味していた。
「狂い堕ちたか……魔王」
「娘を殺され、なお素直に怒れぬか? お前も、まともで哀れな王よなぁ……?」
エスマーガは馴れ馴れしく国王に話しかけている。
彼にとってロメロンは旧友の息子だった。そうした態度も取れる関係だった。
……この夜までは。
「この国に、この娘は不要だった。早々に我らに差し出すのが、最適な結果が得られただろう。さすれば誰も不幸にはならなかった」
「……滅べ。この国に不要なのは貴様ら害獣だ」
突如、天から轟雷が降り注ぎ、石の塔が融解した。
溶けた石材は流れ落ちて、焼かれた大気が膨張し、オゾンを散らす。
焼け焦げた肉の臭いと、炎が辺りを舐めまわした。
盟主エスマーガは1人、無傷で立っていた。
『1撃の余波で我が身を灼き消したぞ。やはりあ奴は人の身に置くには惜しい逸材だ……引き入れたかった』
『盟主様?』
『分かっている、欲張りはしない。コンソフは先に王女を連れてゆけ。其の姫さえ手に入れば、我々の目標は――』
瞬転。世界が入れ替わり――風景が一変する。
「ふはは、しまったな。これ程の魔法だったとは……」
移動をして、そこへ現れたのは、彼ら吸血鬼達の方だった。
魔法の力で呼び込まれた場所は、遥か北東の地。大昔に滅んだ亡国の跡地。
誰にも被害が及ばない、王族たちの"狩り場"だった。
「「「――――」」」
そこには、一振り光剣を携えた王子がいた。
荒地を腐らせ浸食させながら歩む王女がいた。
軋み悲鳴をあげる空間の中で立つ王子もいた。
「「…………」」
遅れて姿を現したのは、放電する大槍を手に取り、雷を纏った王。
隣には巨大な大剣を握り絞め、表情の一切を消した、1人の王妃。
『重ねて命じよう、コンソフ。確実に城へ連れ帰るのだ』
『――ハッ!』
命令を受けて飛び立った女吸血鬼。その行く手は、すぐに阻まれた。
周辺の領域が、天まで登る巨大な炎のカーテンに取り囲まれた。
「笑えない蛆虫ね。アタシがエルフを逃がすと?」
陰惨な笑みと憎悪を張り付けた、赤髪の魔女がいた。
「……ッ。……っ。……もうぜんぶ消して、飛ばしたい……」
遥か天空には、無数の氷山を浮かせた黄緑髪の王女が浮いていた。
「ぴ、ピーチトゥナを……ッ、――ピーちゃんを返してぇえ!!」
涙を流しながら震える手で小剣を構えた、栗髪の少女がいた。
こうしてミルクロワを舞台に、始祖と王家の決戦が始まった。
◆検出:【血】-『etc.v』*
◆検出:【血】-『イフレッシュ』
◆検出:【血】-『レッシュマ』
◆解析:【血】-『ルピス・エライ』
◆解析:【血】-『ネオマ』
◆解析:【血】-『ハッコ』
◆解析:【血】-『キマツル』
○検出:【M】-『CivE-????????????-MD-HeavenStore』*
◆検出:【N】-『N-0???????????』*
○検出:【N】-『天海 ハンナ』
◆検出:【N】-『エニクリン・ブレインウィル』
○検出:【0】-『天海 ステファニー』
■検出:【N】-『スロベトリー・ミルクロワ』-
◆因子:【N】-『ロメロン・ド・ミルクロワ』
◎素体:【0】-『桃川 優羅』
○検出:【0】-『桃川 一花』
○因子:【N】-『ネメリク・タルシシュー』
■検出:【Z】-『*****』-『小鳥遊 鏡花』
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