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トランスブレイク  作者: ホウ狼
第4章:血族 -後編-
33/39

Ex:イレギュラー

 キャノラン・ハスシュキーは激怒した。

 必ず、かの王女と共に国に帰還せねばならぬと決意した。

 ……その矢先の出来事であった。


「姫様ぁッー! ピーチトゥナ様ぁー!!」

「キャノちゃん! 静かにッー!!」


 大暴れするキャノランは、口に肉を詰め込まれて、子供達に拘束されていた。

 キャノランは、ピーチトゥナが城に残る予定を、全く知らなかったのである。


「ふぃーひふふぁははーん!」


「……狐の旦那。こいつ殴って黙らせてもいいか?」

「止めとき。こんなでも公爵令嬢や。ミルクロワで生きていけへんくなるで?」

「ま、マジかよ……」


 彼女はこれまで、友人から別人であると諭された"その者"、ピーチトゥナの正体を、見極めることに集中していた。

 他の事を考える暇は無かった。目を向ける心の余裕も無かった。ついでに述べると、空腹で思考も鈍っていた。


「キャノちゃん! ぅ、(うるさ)くすると、姫様に言いつけるよっ?」

「――フィッ!?」


 キャノランは、"大晩餐"以前のピーチトゥナの事を、とてもよく知っていた。

 これまでに直接の面識はなく、一言も会話した事もなかったが、その優れた洞察力と観察力と"魔法"を用いて、あらゆる方面からあらゆる方法で調査をしていた。

 貴族の社交界で広まっていた噂話は、一つ残らず掻き集めた。広めもした。

 ハスシュキー家の伝手も使って、ミルクロワの暗部に探りを入れたりもした。


「うぅぅぅぅぅぅ、ぅうぅ……」


 それらの過程で、彼女はピーチトゥナの熱狂的なファンとなった。

 またの名を、ストーカーとも言う。


「やっと静かになったっすね」

「金髪の……"足なし"兎。おめぇ本気で鬼に、なるつもりかよ……?」

「――ッ。図体だけの蜥蜴"モドキ"は、尻尾切って細々と生きてるがイイっすよ」

「があ"あ"!? ンだとテメぇッーー?!」


 キャノランは、その経験を総動員して、ピーチトゥナ(?)を観察し続けた。

 そして、ピーチトゥナ本人に間違いないと、意思を備えていると、確信を得た。

 そんな存在に、キャノランは拒絶されてしまったのである。


「ぷァー!! こいつざっこ! 爬虫類の癖に魚類なんすねー!? ざぁーっこ!」

「コノ兎野郎ォ!! ちょこまか跳ねんじゃねぇえよ! 殴れねぇだろーがッ!」

「静かにせい! こな狭いとこで喧嘩するなぁ!」


 キャノランは騒動を脇目に、拘束に使われた鞭を、ギュッと噛みしめた。


 彼女にも、ミルクロワ貴族の誇りはあった。

 ハスシュキーの一族として、幼い頃から様々な教育を受けて育った才女である。

 愛国心も、民に対する庇護の精神も、王家に対する忠誠心も備えていた。


「アカン、どっちもキレてるわ。あほども止めるの、ネオマはんも手伝ってな」

「? 消音の魔術は掛けた。暴れても平気だが……片耳を()げば収まるか?」


 ただ、それ以上に憧れていたのだ。

 吸血姫と呼ばれた一人の王女。同年代の少女が綴った短い人生と、生き様に。


「「――――」」


 キャノランは、己の不甲斐なさに怒りを抱いていた。

 役に立たなければ、その程度の存在として認識されたまま、終わってしまう。

 すべてを一人の王女に押し付け、保護された民と同じ扱いで、国へ返される。


 貴族キャノラン・ハスシュキーにとってそれは、耐え難い未来だった。



 ◆



 ネオマは、城を出てからというもの、居心地の悪い状況に悩まされていた。

 御者台に座ったルピスが、幌の隙間から猫のような瞳で凝視してくるのである。


『「…………」』


 彼は、その原因に心当たりがあった。

 手元には、硬く重いハルバードと、赤く怪しい光を放つ宝珠がある。

 "ファボールサングレー"と名付けられた魔導球。魔力の貯蔵が可能な武器だ。

 彼はそれらの武器と共に、ピーチトゥナから一つの任務を託されていた。


 ルピスが知らぬ間に、ルピスには任せられない仕事を請け負った。

 つまりは、嫉妬である。


 ただの嫉妬、されど嫉妬。種族として上位の捕食者から向けられた強い思念は、ネオマの胃を痛めるのに、十分な威力を帯びていた。


「『ッ!?』」


 幸いにも、そんな緊迫状態は、馬車の後ろから響いて来た轟音によって消えた。

 地鳴りが響いて、城壁が全壊したのである。

 ――異能による大規模な重力改変。

 遠目に目撃した破壊の模様は、二人の目にも信じがたい光景だった。


「領域を抜けて安全な場所に着いたら、話す」

「……約束ですよ? それでは急ぎましょう」


 ルピスの〔念動〕の出力が上がり、馬車が急加速した。

 時速にして150[km/h]オーバーの速度で、極寒の領域に突入する。


「「「!?!?」」」


 ルピスは記憶から手繰り寄せたルートを辿り、馬車を操り、山道を激走する。

 縦横無尽。その計算された運転技術は、馬車の車体を傷付けることはない。

 速度を維持したまま、30分と少しで猛吹雪の領域を抜けた。

 こんこんと雪が降り積もる、延々と続く不毛の雪山へ出られた。


「「「――――」」」


 そのまま馬車は、谷に沿って山を下り、雪解け水が流れる川に到達した。

 やがて近くに雪洞を発見すると、その脇に馬車を停めた。


「「「…………」」」


 馬車が止まるやいなや、子供達は次々に馬車を降りた。

 そして――吐いた。


「「「「……ッ!!」」」」


 突然の行動、突然の嘔吐に、ルピスは何事かと驚いて、彼らを見た。


「……。……なぜ、山道を……わざわざ……?」

『え? こちらの方が見つからないと思って……。ぶつけたりしましたか……?』


 事実、ルピスの運転は正確だった。が、乗員のことはまるで考えていなかった。

 彼女にとって丁寧な運転と速度は、一般人にとっては死のジェットコースター。


「……ぱんつ、汚れちゃったっす。……ウチの一張羅……」

「……。川で洗ってこいよ。もう気にする奴なんて、いねぇからよ」


 特に感覚が鋭い獣人にとっては、拷問に等しい時間だった。

 更に食後であることも踏まえると――最悪の一言である。


「ぅぇぇ……きっつぅ……なんちゅう荒い運転や……」

「ラディ兄! 楽しかったね!!」

「……モレンは平気で、良かったなぁ……兄ちゃん、あないな馬車、もう嫌やゎ」


 狐人ラディアータは顔色を悪くしながらも、立ち上がった。

 雪熊(スノーベアー)に水を飲ませていたルピスに、ふらふらした歩みで近寄っていく。


「こな場所で停留するんか? 入口に仰山(ぎょおさん)骨あるし、奥に何匹かおるで?」

「? すべて殺してしまえば、問題はございませんよね?」

「……あんさん。用心深さが売りのネコタバ商会の、娘さんやろ?」


 ルピスは、雪熊の世話をしていた手を止めて、振り返った。


「――私のこと知っていらしたのですか?」

「僕らの一族と取引しとったしな。ほんま噂通りで――変わったんやなぁ」

「そうだったのですね。知りませんでした。……もしかして主様とも、交流を?」


 声の抑揚を抑えたルピスに、ラディアータは曖昧な表情で、ゆっくりと頷いた。


「末姫さんは、昔は本性がもっと恐ろしゅうてな。なんどか話す機会はあったけども、どれも僕を見てるちゅうより、も……ぉぐぅっぷ!?」


 急に腹を折り、間近で限界を超えた狐人から、ルピスはスッと横へスライド。

 向けていた視線も逸らして、かわりに雪洞の奥に目を向けた。



 ◆



 ここは魔族も滅多に足を踏み入れない、多数の魔物(モンスター)が生息している地域。


 過酷な氷雪気候に適応した蓑笠小鬼(ミノカサゴブリン)を始め、分厚い皮膚の下に脂肪を備えた雪豚鬼(スノーオーク)。雪原と同化して捕食を仕掛ける氷粘体(アイススライム)。空腹のまま1ヶ月も戦闘を行う雪熊(スノーベアー)。多数の群れを組織する灰凶狼(ダイアウルフ)。獰猛で貪食な雪斑虎(スノータイガー)などなど。


 一部地域では、目撃するだけで狂気に侵される幻氷鹿(ファントムディア)。体高が小山ほどもある巨躯の霜巨人(ヨトゥン)。氷雪を自在に操る白竜ホワイトドラゴンといった、希少モンスターも住む危険地帯である。


「奥からゴブリンが7、オークが3。来るぞ! 入り口から離れろ!!」


 ネオマはそう叫ぶと、洞穴の入り口に立って、ハルバードを構えた。

 子供達は慌てて、馬車の影に隠れる。


「ギャーガ」「ギャウギャギャ?」「……ギャ??」


 現れた防寒具を着た色白のゴブリンに、ネオマは魔力を宿した瞳で睨んだ。

 〔魔眼:恐慌〕それはかつて、ある都市を混乱に陥れた、曰く付きの能力。


「「「ギャガギャウギャギャぎゃ!!!」」」


 ゴブリンたちは瞬時に恐慌状態(パニック)に陥り、同士討ちをし始めた。

 そしてネオマは、混乱する集団に空から強襲。

 数秒にも満たない短時間で、ゴブリンを殲滅した。


「ゴォゥ?」

『その場で、"止まってください"』

「――?!?!」


 辛うじてネオマの能力に抵抗できていた雪豚鬼(スノーオーク)達も、ルピスの視線に囚われて硬直した。身体の全機能が〔支配〕されたのである。

 ルピスは無造作に近寄り、レイピアで首筋を撫でた。

 静かに心臓を貫いて、血液を吸い出して、殺した。


「「「…………」」」


 子供達は、自ら命を差し出すように殺されたオーク達を見て、何をしたのか正確に理解ができなかった。

 ただ、ルピスにだけは絶対に逆らってはいけないと、強く本能で理解した。


「奥へ行って残りも退治してきますね」


 ルピスは、洞穴内を調べることにした。

 汚れた地面に触れないよう〔飛行〕を発動して、純白の翼を展開。

 ふわりと浮いて、奥へと向かう。恐れもせずに月明かりも無い暗闇の中へと。


「綺麗になりました。中へ行っても大丈夫ですよ」


 そしてルピスは、1分も経たないうちに鼻を摘まみながら帰ってきた。

 物音1つ汚れ1つも確認できないが、その言葉を疑う者は一人もいなかった。


『ではネオマさんは包み隠さず話してください。"契約(やくそく)"、しましたよね?』

「ぁ……ぁぁ、了解。もちろんだ。約束したからな」


 ルピスに笑顔で凄まれて、ネオマは覚悟を決めた。


 ルピス・エライは吸血鬼である。

 主君から与えられたのは"子供を安全な場所まで護送する"という命令だ。

 それを放棄する事は無いし、ネオマ自身の行動を邪魔される危険性はない。


 彼はそう判断して、ピーチトゥナから任された仕事の詳細を、ルピスに話した。

 包み隠さずに全てを、何も疑問に思うこともなく。



 ◆



 ピーチトゥナは保険の内容と、これからの予定をネオマに伝えた。

 内容自体は、非常に単純な作戦だった。


-*******-


『盟主エスマーガと普通に戦って、倒しきれる可能性は限りなく0に近い』

『奴の命は1つじゃない。奴は間違いなく、眷属と生命力(いのち)を共有化している』

『血族を削りきれない場合は、地上に追い立てて、朝日を浴びせる作戦を企てる』

『夜明けと共に上空から奇襲をかけろ。この球で領域を突破できる?ならあげる』

『無理なら諦めて帰る。やるならオレごとで良い。燃える吸血鬼を確実に滅ぼせ』

『敵はハッコ同様に思考を読むだろうけど、作戦内容は漏れない。安心して良い』

『この記憶"も"消す。たとえ忘れようと、オレの経験は必ずそういう行動に出る』


-*******-


 そうピーチトゥナは、混乱するネオマに向かって自信満々に告げた。


 日光下で自由に動けるネオマに任された、支援の依頼である。

 命の保証がない、奇襲と特攻。たった、それだけの事だった。


 ――この瞬間までは、そうだった。


「話は全て聞かせて頂きましたの!!!」


 そんな会話の内容を、キャノランはバッチリと盗聴していた。


「……は?」「……え?」


 ネオマとルピスの近くに有った、オークの死骸(・・・・・・)が弾けた。

 中から臓物まみれのキャノラン・ハスシュキーが飛び出した。


 彼女は、オークの死体内にコッソリと隠れて、潜んでいたのである。

 ――職業:着ぐるみ。

 命を持たない任意の対象を"着こむ"という、職業の能力によって成した盗聴だ。

 ちなみに、彼女の私室には、ピーチトゥナの姿を模した着ぐるみが無数にある。


「き、キャノちゃんッ!? またそんな場所で盗み聞きしてたの!?」

「ええ、ピーチトゥナ様に関わる内緒話でした!! そのような重要な情報を共有されないのは、竜神様やロメロン陛下が許しても、この私が許しませんわ!!」


 キャノランは、ミルクロワ貴族らしからぬ不遜な物言いで断言した。


「そそそそうじゃなくて! そうじゃなくて!!」


 ――後に、ピーチトゥナは酷く後悔することになる。

 彼女を拒絶して、早々に会話を打ち切ったことを。貴族なら【魔法】を持っているという可能性を知りながら、彼女達を探ろうしなかったことを。


 キャノラン・ハスシュキー。彼女はミルクロワ王国の高位貴族の娘だ。

 ハスシュキー公爵家の子女として、生まれながらに1つの魔法を保有していた。


 ソレは、使い方次第では、国や組織にとって有益になる便利な魔法。

 群衆を意のままに操り、1国を滅ぼすことも可能な、凶悪な魔法でもある。


「キャノちゃん! 私情でその魔法は使っちゃ駄目! 暗部に殺されちゃうよ!?」

「ピスタちゃん、私達は何者ですの? ミルクロワ貴族ではありませんの? 民を守り王家を支える貴族の一員として、その責務を果たさなくてどうするのです!!」

「ッ…………」


 キリッとした表情をしたキャノランを、ピスタッチは複雑な面持ちで見つめた。


 彼女はキャノランの幼馴染であり、親友である。それは間違いない。

 ただ彼女もまた、ミルクロワ王国の貴族である。

 ハルヴァニア侯爵の子女として、3つの重要な役割を王家から授かっていた。


 1つ、キャノランの友として、悪しき道に踏み外さないために導く役割。

 2つ、暴走した際に意識を奪ってでも止める、ストッパーとしての役割。

 3つ、王国に敵対した場合に、即座に"殺処分"する暗殺者としての役割。


「緑髪の混血種(キメラ)。この女に何を許すつもりだ? 何の魔法を持っている?」

「ネオマ、でしたね。王都襲撃犯の同族である貴様に、渡す情報はありませんよ」

「――ッ!?」


 それまでのオドオドとした口調から一変。

 ピスタッチは当然のごとく、ネオマを拒否した。


 ――ミルクロワ王国の為に。

 そんな建前を利用した親友の行動を、ピスタッチは止めることはできなかった。

 キャノランの性格や趣味。彼女が出した結論とも関係はない。

 彼女もまた、現在のピーチトゥナを王女と認めていたからだ。


 ちなみに蝙蝠人(ネオマ)は抹殺対象なので、隙あらば殺してやろうと考えていた。


「…………」


 ルピスの金色の瞳は、キャノランに釘付けになっていた。

 彼女は、早期からキャノランの心情を把握していた。シンパシーも感じていた。

 ある程度の行動分析も済んでおり、主に対しては不利益を与えないと判断した。


 主君を慕っていた少女が、ミルクロワ貴族として何を成せるのか。

 ほんのちょっとだけ、キャノランに期待を込めていた(・・・・・)のである。


「私が行うことなど、はじめから決まっておりますの!!」


 ソレは、言葉(おと)を介して感情を増幅し、方向性を誘導する精神干渉の魔法。


【私()もミルクロワ貴族として、全力でピーチトゥナ様をお手伝い致しますわ!】


 キャノラン・ハスシュキーは【扇動(インサイト)】の魔法使いである。



 ◆



 キャノランの魔法は、確実に効果を発揮した。

 しかし、すぐに変化は起きなかった。


「「「「???」」」」


 彼女達の様子を遠くから見守っていた子供達。

 彼らへの影響はなかった。


「? 自称(エセ)魔法使いちゃんの、悪質な冗談だったんっすか?」

「あんだけ魔力を放出しておいて、そりゃねぇーよ」

「……赤蜥蜴は、魔力が見えてたんすね。意外っす」

「――舐めてんのか?」


 誰にも自覚は無かった。

 けれど、その魔法は最悪――。あるいは最高の形で発動していた。


「僕の体に影響は、無いみたいやな。魔術も使える。モレンはどないなっとる?」

「……私も同じだよ?」


 彼らは生贄だった。

 吸血鬼が選り好みした吸血鬼が美味しく感じる、上質な血の持ち主。

 吸血鬼の血肉に馴染みやすく、変質しやすい性質を持った――起爆剤である。


 そうして術者であるキャノランは、魔力を使い果たして笑顔でぶっ倒れた。


「きゅぅー……」

「にゃぅー……」


 ――と同時に、貴族ピスタッチも、魔力の欠乏により、意識を失った。

 "ミルクロワ貴族"として"全力でお手伝い"をした、その結果である。


「「「『!?』」」」


 今回は傍観すると思われていた少女が、魔法を使った。

 それにより子供達は、キャノランが用いた魔法の正体を、ほぼ正確に知った。


 彼らは危機感を高めて、周囲を見回しだした。

 互いに警戒し合って、必ず他にも影響を受けた者が居るはずと考えた。


 その考えは間違いではなかった。

 ただ、この時点の彼らもまた"舐めていた"と言える。


 ――【魔法】と呼ばれる超常現象。

 それが引き起こせる影響と範囲を、見誤っていたのだ。


 ハルヴァニア侯爵家子女、ピスタッチ・ハルヴァニア。

 彼女が生まれ持つ魔法は――【拡散(スプレッド)


 その名の通り、ありとあらゆるものを拡散させる魔法である。

 自身に向けられた意識を周囲に散らして、認識を阻害したり。

 受けたダメージを周囲に散らして、相手に返したり。

 そうした単純な効果(・・・・・)は、息をするように簡単に。


 彼女が放った魔法は、キャノランの魔法を【拡散】させた。

 子供達が受けた【扇動】の深刻な影響を、魔力に乗せて周囲に撒き散らした。


【ミルクロワ貴族として、全力でピーチトゥナ様をお手伝い】


 そんな言葉の魔法が【拡散】された。

 貴族が魔力不足で倒れるほどの全力で、魔法を放った――その結果。


『ヴォォオォオオォオン!!』


 飼い主から"シロクマ"と名付けられていた魔物(モンスター)雪熊(スノーベアー)が吠えた。

 魔力が乗った遠吠えを発して、洞穴の外へと走り出した。


「!? シロクマさん!?」


 これまで起きなかった異常事態に、ルピスは狼狽した。

 主君ピーチトゥナから直々に任された"ペット"だ。

 彼女にとって傷付けるのは禁忌に等しい最重要保護対象だ。


 これまでにない本気の速度で、ルピスは〔飛行〕を発動した。

 〔魔眼〕で魅了し、衝撃を完璧に消して、シロクマを回収。

 慎重に抱き抱えて、馬車へと連れ戻すことに成功した。


「良かった……」


 ルピスはホッと安堵の息を吐きかけて、その息を呑む。


『『『ヴォォォォオォオン!!!!』』』


 魔物の暴走は、1体だけに留まらなかった。

 魔力を乗せた吠えは、吸血鬼の念話と等しく"情報群"を送れる手段だった。


 それは、夜明けを知らせる雄鶏(おんどり)の鳴き声がごとく。

 【扇動】の効果は、ミルクロワ北方地域である、魔族領の広域に届いていた。


『『『『『ワォォォォオォオン!!』』』』』


 遠吠えは遠吠えを呼んで、夜空に登り――。


【【【GYAOOOOOOO!!!!】】】


 やがて大地をつんざく雄叫びとなって、大気を揺らした。

 そして、周辺地域に住まう知性あるモンスター達が、一斉に侵攻を開始した。



 ◆



 氷の洞穴が揺れて、氷柱と破片が天井から降って来る。

 振動は鳴りやまず、徐々に強く強く、地響きも大きくなってくる。

 それは、魔物の大群が押し寄せて来る、前触れに他ならない。


「「「――!!?!?」」」


 唐突に降って湧いたイレギュラーな事態に、子供達は混乱に陥っていた。


 ネオマも、これからどうすれば良いのか、非常に難しい顔で悩んでいた。

 何らかの行動を起こすにせよ、この集団の動向は把握しておくべき――。

 そう考えた彼は、しかし信じられないモノを見た。


「――っ?!」


 ルピスが、シロクマの毛に顔を(うず)めて、透明な笑顔で笑っていた。

 純粋で無垢で、一切の悪意が含まれていない、少女の喜びを溢れさせていた。


 ルピス・エライは吸血鬼だ。


 以前、夜鬼ハッコは、彼女を"見込みがある"と称して、血族に勧誘した。

 それは嘘つきが嫌いな鬼の言葉で、お世事でない本心からの評価だった。

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[一言] ミルクマ血族ふえる?
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