吸血鬼 -後-
満天の星空の下。崩壊した大食堂の跡地。
そこに、1体の女吸血鬼が立っていた。
(これがハッコの血?)
彼女は食堂の床に残った血痕に手で触れて、不思議そうな表情でソレを眺める。
(盟主エスマーガ以外に、血を流せる者が……屠れる者がいたのですね)
女吸血鬼は、掬った血液を指先に載せて、ペロリと舌で舐めとる。
(……。ふぁ……美味しい。貴女は、こんなにも美味しい味だったのですか?)
吸血鬼は血を飲み、血を蓄え、血で動く不死者。
味覚で血を分析する事に関しては、彼らほど長けている種族はいない。
たった数滴の血と言えども、そこから得られる情報は少なくはなかった。
何時何処で誰にどうやって――殺されたか。
女吸血鬼の豊かな知識と経験を以てすれば、その程度は簡単に理解できた。
(そしてあれが、盟主様のお気に入り。"吸血姫"ですか)
女吸血鬼は、そこで初めて意識を上空に向ける。
すぐ上は、翼を持つ者たちが入り乱れる異形の戦場。その真っ只中にあった。
誰も、地上の彼女を気に留めることは無い。
存在に気付いている者すら、いなかった。
件の"吸血姫"ピーチトゥナ・ミルクロワは、目立つ薄桃色の長髪と派手なドレスを靡かせて、華麗に空を舞っていた。
回るように振るう刀も相まって、戦いというよりも、踊っているようだ。
変幻自在に飛行し、集団を思い通りに誘導して、襲い掛かる。
まるで自身が、舞台の主役だと言わんばかりの、不遜で大胆な動きだった。
(……楽しげに笑いながら、狩りをするのですね)
ピーチトゥナは牙を見せて、泣き笑いを浮かべながら舞っている。
王族らしからぬ表情で、感情を剥き出しにして、殺し合いに臨んでいる。
それなのに頭の中では、常に冷静に思考と計算を巡らせていた。
(矛盾した半端者。血族の裏切り者。そしてハッコを……)
観察を続ける女吸血鬼は、顔を大きく歪ませた。
(夜鬼ハッコ――"私の母"を、屠った敵です……)
女吸血鬼フワフラー。彼女は夜鬼ハッコの実の娘だった。
吸血鬼だった頃のハッコと、名高い鍛冶師だったドワーフ族と間に生まれた"元"ハーフヴァンパイア。血が繋がり血で繋がった、2重の意味での血族の関係。
しかし、歪んだ顔に浮かんだ表情は、憎悪ではなかった。
(なのに、この高鳴る感情は、どうして喜びなのでしょう?)
フワフラーは、ただただ笑みを浮かべていた。
己の実の母を殺した相手を見て、心と全身で喜びを爆発させていた。
牙を震わせ、半月状に歪んだ鬼の笑みを浮かべている。
(あの吸血鬼を屠りたい。私の手で、私の弓でっ――私の敵を!!!)
彼女は、背中に灰色の翼を展開。背負っていた武器を取り出した。
過去150年以上に渡って、幾多の敵を屠ってきた、愛用の弓『浮身の強弓』
全長2m以上もある大弓を、彼女は軽々と持ち上げ、直上に向けて構える。
極まった集中力で、種族と職業の能力を行使。脳内に弾道を描き。そして――。
【鋼玉ノ結晶矢】
フワフラーは"魔法"を発動した。
◆
戦っては逃げて。押しては引いて。上がっては降りて。
時には慎重に、時には苛烈に、時には乱数を頼りに。
斬って刺して、刎ねて抜いて――そして吸って。
多人数を相手取っていると、だいぶ翼の扱いに慣れてくる。
種族能力〔飛行〕は、本当に便利だ。
展開するだけで、重力の楔を外して無重力空間に近い状態を作り出せる。
現在起動しているのは、宇宙域戦闘用の三次元機動術。西暦2995-3000年に起きた第2次ムーンウォー[MWII]。その末期のデータを吸血鬼用に改造したものになる。
月が崩壊するまでの5年間。宙域仕様の機械人形が大量に実戦投入され、地球で禁止されていた、あらゆる兵器が使用された月の最終戦争。
6世紀以上も昔のデータだが、これより実用的で優れている機動術は無いと、オレは断言できる。
『うろちょろと飛び回りおって桃チビが!! 貴様らどこを狙っておるのだ!?』
『黙って棒振って追い立てていろ。魔術師は弾幕を張れ。血の消耗は気にするな』
『了解――機動力です! 先ずは翼を焼きなさいッ!』『『『オォ!!』』』
1点集中していた魔術の攻撃が、広域に撒かれるようになった。
回避しきれず部位を欠損。重心の変化に対応。変則的な機動に切り替える。
消耗品のアンドロイド用の機動術だ。こうした損壊を前提にした動作も多い。
被弾しても、敵パーツを奪って、自己修復をする点も似ていた。
まぁ吸血鬼だし、BPにも余裕があるので、普通に高速治癒すれば――。
「殺った! これで終わりだ**!」
『……ッチ』
こいつ、戯言のたまってた下種だ。まだ生きてやがった、ぜったい滅ぼす。
その武器は、刃が分厚く切先が四角い、大昔の処刑用の大剣。
上空からの落下攻撃を、霞の構えで脇へ受け流す。力自慢なのか、かなり重い。
返す刀で、胸部を削ぎ落した――ところで、周囲に魔力?
しまった1匹に集中し過ぎた。
『『ッ――――』』
『爆ぜよ【白炎】』
回避機動。発生した魔術の白い炎が、半径20mの空間を蒸発させた。
避けきれず、両膝から下が焼失する。やっぱり範囲攻撃を持ってる奴がいたか。
『仕留め損なったな。距離を取りつつ追撃』
『『『『ハッ!!』』』』
あいつ、眉1つ動かさず味方ごと燃やしたぞ。とんだ鬼畜生だな。
おかげで心臓を回収できなかった。支出がマイナスだ。
「ハッコ様の曲剣か。それだけの力を持ちながら、なぜ我らに敵対をした?」
「……ふざけろ、獣が、滅べ」
「――。血狂いの出来損ないか。我が主キマツル様の仇だ。討たせて貰うぞ」
積極的に接近戦闘を仕掛けて来る吸血鬼は、もう残っていないようだ。
後の敵は、魔術を得意としていた一団だな。
言葉を信じるならキマツルの眷属。連携が取れてる手練れだ。
(動きを学習したのか、全員距離を取ることに徹してる。面倒だなぁ)
幸いというか、オレに好都合な事に、敵集団はこの場から逃げる気配がない。
エスマーガがそうさせているのか。自分たちの意思か。それともやはり――。
『…………』
焦りは禁物だ。一旦落ち着いて、オレ自身の血を吸って状態でも確認しよう。
沢山倒したので、きっとパッーとレベルアップしてくれてるだろう。
◆
周囲を囲まれないよう飛び回りながら、ガブリっと腕を噛む。
無味無臭は変わらずだ。……味があっても困るけども、やや物足りない。
――――――――――――――――
種族レベル:43→45 Up!
職業レベル:14→25 Up!
職業能力 :<王女のビンタ> New!
対象:ピーチトゥナ・ミルクロワ [70]
種族:真祖吸血鬼 [Lv:45]
職業:プリンセス(仮) [Lv:25]
HP: 695/ 695
BP:48767/63100 [共有100%]
血族:ミルクマ血族-盟主
眷属:ルピス・エライ
能力:〔吸血〕〔暗視〕〔念動〕〔状態異常耐性〕
〔生命吸収〕〔凍結〕〔飛行〕
<演技:プリンセス><オーラ:プリンセス>
<王女のビンタ>
――――――――――――――――
上昇が、たったの2。やっぱりレベルが上がるごとに渋くなってくるか。
その代わり、職業のレベルは結構上がっている。能力も習得して――。
(……ビンタ。……ぷりんせす、かっこ仮)
職業プリンセスは、もしかしてネタ職だったのか? いやまさか、まさか。
今からでも転職を視野に――い、いや。名称だけで判断するのは気が早い。
<王女のビンタ>を起動する。攻撃対象は、選り取り見取りだ。
『奴が来るぞ。警戒しろ』
『『『『ハっ!!』』』』
最大限に警戒してくれているな。ビンタするだけなんだけどなぁ……?
効果は、掌の強化効果と、消費SPに応じた精神ダメージの追加。
吸血鬼の場合は、SPの代わりにBPを消費……?
今更だけどBPって、スタミナと魔力と満腹度が統合されたリソースみたいだ。
ほんとにただのビンタ攻撃か……。精神ダメージに期待しよう。
朽刀を念動で空中待機させ、両手をフリーにした後、敵集団へ攻撃に向かう。
『ガーゴイルを前方へ。――斉射』
わざわざ念話でタイミングを教えてくれるのは、虚偽を伝える罠なのか。
吸血鬼なんだから魔術じゃなくて〔念動〕を使えと――瓦礫塊を地上から射出。
空中で杭に成形。リーダー格に向けて、石杭を64本同時に撃ち込み牽制する。
『!?【風壁】!!』
強風の壁で防いだ、のか? 器用な事をするが、大規模な魔術の阻害には成功。
他に放った杭は、霧に化けて回避された。……魔術師は変化が得意なようだ。
なんにせよ、これで距離は詰められた。
飛行速度を維持したまま、最寄りで霧から再構築した吸血鬼に接近。
Nプログラム起動。すれ違いざまに――全力で、顔面を――突っ張り!
『――!?』
『……ん?』
手ごたえが無かった。また手が千切れたのか?
吸血鬼は柔い、なんて思ったが。手首から先は、無傷で残っていた。
『???』
消えたのは、相手の頭部だった。
賞味期限切れのバイオ牛肉のように、木っ端みじんに弾け飛んでいた。
『『『…………』』』
『総員、全力で奴から距離を取れ』
吸血鬼の膂力を余すとこなく顔に叩き込んだらこうなる、という見本みたいだ。
対象の動きも止まっているので、きちんと精神ダメージも入ってるな。
『……心臓ゲット。いただきます』
それから何体か、他の吸血鬼もペチペチと叩いて検証をしていく。
吸血鬼たちは大騒ぎしているが、今はまるで興味が湧かなかった。
アバター性能の把握が、最重要事項である。
実験は必要だ。なんせ今夜の最終目標はエスマーガ討伐だしなぁ。
『――次だ……次……つぎ」
<王女のビンタ>起動中は、負傷せず全力で叩ける。
つまり部分的な無敵判定――違うか。注いだBPに応じた強度の力場の構築だ。
たった今、BPケチったら手が吹っ飛んだ。即座に[No.7]起動、治癒する。
「……痛い。……つぎ」
手の形を変えて、能力の許容範囲を検証する。
ペチペチと叩く感覚が、段々癖になってきた。リズムゲーのようだ。
掌底打ち……いけた。
引っ掻き……無理か。
チョップ……効果なし。
発勁……これはいける。
「……んっ。……重畳、ちょうじょう』
必要最小限のBPを注がないと、超過分は無駄になる。
肝心の精神ダメージ量が分からないが、無くても問題ない程に有用だった。
更に魔術の攻撃も一部、弾けることが分かった。
手の平の極小範囲かつ、副次効果には無意味だったけど、これは大きい。
(ガチガチの格闘能力じゃん……。王女とは、何ぞや?)
と検証している間に、残りの吸血鬼が2体にまで減っていた。
それらは、無表情に近い顔でオレを睨んでいる。
血と灰と、焦げ付いた空気と静寂が、辺りに満ちていた。
◆
最後のガーゴイルを掌打で粉砕し、〔念動〕で宙に浮かべていた刀を取る。
戦いも終盤だ。手の内を隠す必要も無くなった。
朽刀の付与能力を解禁して、一気に片付けよう。
『主さま。後は宜しくお願いします』
『……長い間、苦労を掛けた』
『――っ! はい、いいえっ楽しかったです!』
名も知らない女吸血鬼が、リーダー格に微笑んで応えた。
そういう内輪の会話は、内緒でやって欲しい。わざわざ聞こえる――ように?
もしかして、聞こえているのは想定外で、オレが思念波を盗聴してるのか?
『集え【氷塊】!』
女吸血鬼は、杖の先に魔術の氷で三又槍を形成して、構えた。
なにあれカッコイイ。と、余裕見せてる場合じゃない。莫大な魔力を纏ってる。
今まで距離を取って魔術に徹していた吸血鬼が、急に真正面から突撃してくる。
何か狙っているに決まっている。避難しつつ念動攻撃で削るのが最適だが――。
『『――――』』
あの表情を見て、気が変わった。
負けると理解しながらも、勇ましく向かってくる。
あれを相手に逃げるのは、オレがする事じゃない。
『っ! 感謝する。そのまま死になさい!!』
『……死なない。貴女が、滅びろ』
ここで死ぬつもりは無いし、手加減もしない。本気で殺そう。
朽刀を正眼に構えて――〔念動〕を発動する。
『閉じなさい【氷獄】!!』
接触寸前で、周囲30mが分厚い氷の球状に覆われた。完全に閉じ込められた。
女吸血鬼の虚像が発生して、全方位から氷の槍も飛んで来る。エグイ魔術だ。
とはいえ、ハッコ直伝の近接戦闘術が、負ける道理はない。
朽刀の付与効果を乗せた斬撃は、氷の三又槍を断ち斬り――。
霧化を看破。虚像もろとも、女吸血鬼の心臓を分解して――。
『去らば【火焔旋風】』
そして、氷の牢の内側に発生した炎の暴風が、女吸血鬼ごと全てを焼き払った。
思考は一瞬。守りきるのは――心臓だけで、良い。
数千度を超える熱波に対して、自身の胴体を〔凍結〕して対抗。
身体が氷漬けになる感覚は、なんとも言い難い。頭を失うのも初めてで新鮮だ。
『『――――』』
氷の牢獄が溶けて消え、炎の熱気が霧散していく。
魔術の攻撃は、頭部と四肢を失うだけで耐えきった。
念動で体内の氷を砕いて[No.7]を起動。高速治癒でにょりにょり生やす。
(……ん??)
意外な事に衣服、"紅竜のドレス"の大部分が燃えずに残っていた。
破れたり切れたりはするけど、熱自体や魔術には耐性があるのか。
吸血鬼由来の炎を浴びると燃える、という感じだろうか? 意味不明な素材だ。
『怪物。これが、盟主が望んだものか』
『吸血鬼だよ。ただの――真祖吸血鬼』
『……ほう?』
眷属を焼いた鬼畜生のリーダー男。彼との勝負は、既についていた。
〔念動〕で投じた1024発の瓦礫の小杭。その1/20を、その身で受けていた。
翼は折れて飛行もままならず、関節を射抜かれて身動きもできない。
そんな状態のまま、巨大な炎の魔術を放ってきたのである。恐ろしい奴。
『名は、なんて言うの?』
『パウンド=ロア』
『じゃなくて、さっきの女吸血鬼の名』
『……ホイップだ』
凶悪な氷ぶっぱなして、何度もオレの腕や足を破壊した強敵の名だ。
記憶しておこう。
『ありがと。んーじゃ、さよなら。キマツルの弟子、パウンド=ロア』
ぶっちゃけ君たち師匠より強かったよ?
そんな余計な言葉は飲みこみつつ、トドメに心臓を抉る――その時。
吸血鬼パウンドは、薄ら笑いを浮かべていた。
(…………?)
そして。何の前触れも無く、ソレは出現した。
彼の心臓から、ルビーの矢が突き出して、オレの手を貫いた。
(ん? なんだ?)
この男の悪足掻き、じゃないな。ここに来て乱入者か?
すぐに探知用の[No.2]で探るが、周囲50mには、何もない。
限界の100mを探っても、無反応――。
『ンっ?』
しかもその攻撃は、いつの間にか。気付かない間に――終わっていた。
未知から放たれた数十発の"不可知の矢"が、オレの全身を射抜いていた。
そして異常事態は、それだけに留まらなかった。
崩れ落ちた城の瓦礫が、蠢きだした。
灰色の瓦礫の山が波打ち、一斉に動き出して、形を作っていく。
それは、今までに何度も見てきた、石の怪物。人造の魔物。
『――ンンン!?!?』
地上で、数百体のガーゴイルが誕生した。




