吸血鬼 -前-
とある雪国の人里離れた山の奥深く。
絢爛豪華な白亜のカスィ城にて、1体の吸血鬼が目を覚ました。
「…………騒々しい」
黒髪の男吸血鬼は瞼を開けると、不快気に体を起こして、天井を見上げた。
城全体が鳴動するほどの振動。巨大地震に匹敵する揺れだった。
室内各所の本棚から次々と埃が落ちて、安置された棺に降りかかる。
それを見た吸血鬼は、頭部に指を添えて溜息を吐き出した。
そこでピタリと、吸血鬼の動きが止まる。
「――我らの反応が減っている?」
吸血鬼は驚きの声あげた。そして吸血鬼は――嗤った。
血族の総数が減っていたことに、大いに喜んだのである。
「ほう、素晴らしい! 起床早々にハッコを滅したか!!」
その喜びの思念は、城の隅々まで届けられた。
声を聞いて女吸血鬼が入室してくるまで、男吸血鬼は上機嫌に嗤い続けた。
『…………』
女吸血鬼の蔑むような目を見て、男吸血鬼は少しバツの悪そうな表情になる。
「其方の主だったな。不快な思いをさせた。許せ」
『――――』
「そうか。ならば往け。精々愉快な夜を過ごすが良い」
男吸血鬼が鷹揚に手を振ると、女吸血鬼は忽然と城から姿を消した。
部屋に1体となった男吸血鬼は、棺から起き上がって、部屋を出る。
「我らが盟友にして宿敵……カスィ・ミルクロワ」
彼は廊下を歩き、やがてある場所の前で立ち止まった。
城の大広間の台座に飾られた、緑色の小さな魔石。
莫大な魔力を内包したソレを手に取り、男は静かに言葉を吐き出した。
『貴様の孫娘の成長だ。喜べ。そして我らを……呪え』
吸血鬼の男は、働く者のいなくなった城で一人。
優雅で寂しい微笑みを浮かべていた。
◆
夜空に浮かんだ月が、地上の風景を明るく照らし出している。
昔に使われていた"月相"という言葉に当てはめると、満月と呼ばれる形である。
ODO世界の月は、地球環境を整えるために、人工的に6つの円環状に分けられた衛星装置などではなく。
一つの自然の天体として浮かんでいた。
翼を畳むように形を変えて、空を蹴り、上空から一気に急降下。
100m。敵が、近づく。口内が渇いて、ごくりと喉が鳴る。
50m。アバター体の心臓が、トクトクと脈打ち、速くなる。
20m。左手で、刀の鞘を握りしめて、右手を、柄に添えて。
「ッン――!!」
接触。すれ違い様にガーゴイルを1匹――3匹――6匹と、連続で撫で斬る。
振った刃がスルリと通る。斬った感触は、ほとんど無い。凄まじい斬れ味だ。
大太刀『朽刀』の扱い方は、必然、夜鬼ハッコの動きを取り入れたものになる。
異次元の動きを可能にする〔転移〕を併用した挙動は、さすがに再現できない。
空中の不安定な姿勢から放たれる、重い刀身を最大限に利用した高速連続攻撃。
その動作は、新鮮で参考になった。計11のガーゴイルが2秒で石クズになる。
風景が流れて伸びて、高速で駆け抜けていく。
速度を維持したまま、地上付近に到達した。
こちらを見上げて敵意を露わにしている敵は――今は無視だ。
翼を広げて軌道を直角に折り、倒壊した城の直上を水平飛行していく。
瓦礫の中に埋まったままの吸血鬼を捉えた。
[No.2]を使わなくとも今なら分かる。血液量が少なく動きが鈍っている個体だ。
保有している血液は冷たい。吸血鬼であることは間違いない。
〔念動〕を起動。付近の瓦礫を杭状に成形して――。
(――射出)
総数12体の吸血鬼の心臓を、背後から同時に貫いた。
『『『GAaaaAaAaaAAァァアアア!!!』』』
崩壊した城の各所から炎が吹き上がり、人ならざる思念の断末魔が聞こえて来た。
同時に、こちらに向けられる敵意が、一気に膨れ上がる。
識別して整理するのも面倒になるくらいの数だ。
35体……残りのガーゴイルを含めると100を越えている。
それらは武器を〔念動〕で引っ張り出して、翼を展開し始めた。
上空に退避しつつ、ダメもとで一発くらいは撃っておこう。
「こんばんは塵どもー!!」
挑発して注意を引きつつ、再び瓦礫の杭を、死角から射出。
それらは当然――すべて避けられてしまう。
霧になった者が半数。武器で弾くなりして、心臓の直撃を回避した者が半分か……。
多少傷付けたくらいじゃ、すぐに治癒して戻る。BPの無駄だなぁ。
『『『『****!!!!』』』』
そして頭に伝わって響いてくる、罵詈雑言の数々。
ガキとかチビとか、ピンクとか。まぁ好き放題言ってくれている。
あげく¥¥¥だの####だの……**? 心臓ぶち抜くぞこのやろぅ?
戯言がすぎて、聞くのもアレなので[No.10]を起動して、シャットアウトした。
情報を一切処理せずにそのまま相手に送り返す、極めてシンプルな情報防御用Nプログラムである。
個体ごとの回避と思考のパターンは確保した。
強さも思考も、想定していたより低レベルな連中だった。
戦う前からテンション下がってどうするのって話だが、流石にこれは……。
さっさと終わらせてしまおう。
◆
敵は吸血鬼とガーゴイル。
武器は剣や槍や斧や槌、矢に投げナイフと多種多様。
炎に氷。雷に木に鉄に酸などの飛来物が、空を切り裂いて、次々に襲い掛かる。
(魔術の攻撃は、軌道が変わって厄介だな。……当たればだけど)
それら全ては〔飛行〕と〔念動〕の併用だけで対処できた。
飛行で得た翼に雑にBPを注げば、速度が跳ね上がる。
念動による急制動は、予測不能で異常なマニューバを可能にする。
全身にかかるGで身体がひしゃげるが、すぐに再生治癒する。
なんら問題無く戦闘は続けられる。
「貴様ぁッ、盟主様の期待を裏切ったか!!!」
『裏切る? はんっ、寝言は棺桶で言え』
思念波が届かないとわかると、今度は声で直接伝えて来るようになった。
うっとおしい事この上ない。口で話す余裕がある相手だと思われている。
1体1体無力化して牙を刺して、血液を回収していくのは時間がかかる。
(……どうするか?)
「愚かなガキが! 我らの眼の前で――」
翼を曲げて、その場で横回転。
朽刀を払い、背後と左右から〔透明化〕で奇襲してきた敵の首を刈る。
視線と言葉でヒントを与えるとか、本当に舐めているとしか思えない。
大声で誤魔化しきれていない気配と、翼を動かした際の風切り音もだ。
正面の鬼は、胸部を3方向に斬り裂き、素手で心臓を抜き取った。
「「「ッ――――」」」
どくんどくんと、脈打っていてグロイなこれ。
傷付けさえしなければ、心臓は引っこ抜いても燃えないものらしい。
物は試しに、そのまま心臓に牙を突き立てる。リンゴを齧るように。
「カプ……ぅぇっ。不味いよ君。もっとお野菜食べよ?」
脂っこくて普通に不味い。ルピス達と違って、喉にキュっとくる旨味もない。
……味に凝りだすとか。美味しい血を吸い過ぎて、舌が肥えたかもしれない。
体積以上の、大量の血が吸い出せた。心臓が吸血鬼の本体と見て良さそうだ。
ちなみに血液の解析結果は、普通だった。LV100の上級吸血鬼。名前は――。
「――レッシュマ!? よ、よくも兄者をッ殺ったな、お前ぇ!!」
燃えて灰に変わった吸血鬼の代わりに、新たな敵が急接近。顔も口調も似た弟さんらしい。
兄弟の敵だと。殺してやると。息巻いた鬼が長剣片手に、猛スピードで襲い掛かって来る。
回避に移ったが振りきれない。飛行が巧みで速い。相当量のBPも注ぎ込んでいるようだ。
「仲間殺しのクズ鬼がァ! 逃げるなぁ!! 殺してヤル!!!」
「…………」
どの口で言うのか。まるでこちらが悪者のような暴言だ。誠に遺憾である。
こういった理不尽な殺意を浴びたのは――久しぶりだ。初めてじゃないな。
過去同じような目で、恨み言をぶつけられた事は、リアルでも何度かある。
オレの事を悪魔だとか罵ってきた実家の親族とか、自然体主義者とか。
自称人間様の騎士とか、敵国の諜報員だったメイドとか……。
『んぁ……? まぁ安心しなよ。すぐに同じ場所に送る。灰が素材になるなら、仲良く有効活用だ』
「ッ!? ッタバレ***ガぁあアアアAA!」
一直線に突撃を仕掛けて来る、冷たい血の熱い吸血鬼。
それはそれは、酷く単調で、対処しやすい動きだった。
1合2合と切り結んで、戦闘術を解析。
突き出された長剣に合わせて、刀の鎬を滑らせて〔念動〕で加速。
剣身を受け流すと共に、カウンターで胴体をぶった切り――?――飛ばす。
「――ガァッ!!」
驚嘆すべき事に、この吸血鬼は負けを前提にして行動していたらしい。
オレの首筋を狙って、分断された上半身だけで、襲い掛かって来た。〔吸血〕狙いだ。
恐ろしい執念だな。けれど、破れかぶれの攻撃が、そうそう通じるはずもなく。
『『――――』』
吸血鬼の首を掴んで止め。その隙を狙って乱入してきた吸血鬼と、魔術の雨を朽刀で打ち払う。
いくらか避け損なって、身体の3割が欠損。4割が焼けたり溶けたりした。すこぶる痛い。
オレの傷の深さを見た吸血鬼は、ニヤリと壮絶な笑みを浮かべて――。
遅れて、目の前に飛んで来たモノ。
グニャリと、オレの手の中に納まった赤い塊を見て、固まった。
「…………」
『吸血鬼なら、これくらいは、ね?』
[No.7]による高速再生。重ねて〔生命吸収〕
受けた重傷は、一瞬で、無傷の状態に戻る。
『……ッ化け物』
『いただきます』
キャッチした彼の心臓に、牙を突き立てた。
怨嗟の籠った瞳と表情で睨まれながら、血液を吸い出し尽くし。
そして吸血鬼は焼けて……灰になった。
彼の名はイフレッシュというらしい。
味はさっきの兄の血と似ていたが、そこそこ美味しかった。
『――――』
だからきっと、そんな味のせいだろう。
喉から洩れる、クツクツという笑いが。
形容しがたい凄惨な笑みが、止められなかった。




