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トランスブレイク  作者: ホウ狼
第4章:血族 -後編-
29/39

役割と立場

 ラディアータから焼き豚を1(かたまり)貰って、地下の廊下をとっとこ歩く。

 辿り着いたのは、階段前の扉。そこではネオマ君が、床に座って待機していた。


「「…………」」


 待機をするしか、なかったのである。

 扉は〔念動〕を掛けて、外に出られないように固く閉ざしていた。


 こちらに気付くなり、ネオマは両方の羽を広げて地面に垂らした。

 そして右手を左肩に添えて、左手を背中に回して羽の付け根に添えた。

 雰囲気から察するに、どうやらそれが、蝙蝠人流の平伏の姿勢らしい。


「主よ。どうか俺を吸血鬼に変えて、お使いくだ『食べろ』――モゴッ!?」


 諦めの悪いネオマ君の口に、豚肉を突っ込んで黙らせた。


『気が早いよ。吸血鬼化の条件は、さっきピカンカに言った通りだ。廊下で聞いてたでしょ?』

「…………ッ」


 ネオマの瞳はやり場のない怒りに満ちて、表情は暗い焦燥感に蝕まれていた。

 変な方向に拗らせてしまった彼に言うつもりはないけど、"殺せば死ぬ"というのが問題なのだ。

 仮に俺が敵吸血鬼だとして、戦場に血液たっぷりなNPCなんていたら真っ先に狙うだろう。

 不慮の事故なんて偶然すら挟まる余地は無い。死ぬ奴から最初に倒すのが鉄則だ。


 ハッコが、ネオマとルピスを狙わなかったのは、運が良かったからじゃない。

 オレが誘導した影響もあるが、何よりもハッコが"ソレ"を望んでいたからだ。


『ネオマ君はさ。吸血鬼を過大評価しすぎなんだよ』


 吸血鬼を倒せる方法は限られているが、必ずしも同族でなければ相手ができないわけでもない。

 むしろ手段を選ばなければ、他種族の方が遥かに楽に相手にできるだろう。

 そんな情報は、"彼ら"に伝えることはしたくなかった。なかったんだよ、本当に。


『君には、生きて帰る場所が無い。拘束しようが、開放した途端に舞い戻ってくるだろう』

「…………」

『あるいは。ミルクロワに城のオレの存在を適当(・・)に仄めかして、王家に援軍や討伐隊(・・・)を要請する気かもしれない。それだけの情報は揃ってるし、貴族の子達も利用(・・)して、君の命も使えば、好きなよう動かせそうだよな?』

「ッ――――」


 恐らくそれは、ミルクロワ王国に甚大な被害を与えるシナリオになる。

 彼は、それだけの事を成せる覚悟と能力を持っている。だからこそ。


『だからこそ君には、最後の保険になって貰おうと思う』

「……最後の、保険?」

『うん。大事な大事な役割だよ』


 そうしてオレは保険の内容と、これからの予定を彼に伝えた。

 そこにネオマの命の保証は、一切なかった。それでも彼は、喜んで了承した。

 これで良いと言い切ることは出来ないが、彼の望みである以上、後悔は無いだろう。


 やれることは、もうほとんど残っていない。

 あとはなるようになる。そう、信じよう。


 ――[No.0]起動。



 ◆



 食事が終わり、少しの休憩を挟むと、旅立ちの時が来た。

 ここでルピスたちとは一旦お別れだ。


 オレは囮を兼ねて城を荒らし、エスマーガの捜索をしつつ、戦闘区域を全域に広める。

 これから安全な場所が無くなる。もう誰も守ることができなくなるし……その必要も無くなる。


「ルピス。敵はいないみたいだ。馬車の組み立てを始めていいよ」

『畏まりました』


 量子式記憶術に最新の計算機科学の知識。今までオレが調査して実戦してきた吸血鬼の全て。

 役に立つ"様々な情報"を教えたルピスの〔念動〕は、正確かつ高速だ。

 馬車の復元が、急ピッチで進められていく。


 子供達は唖然して眺めていたが、すぐにラディアータ&モレンの指示で、食料の詰め込み作業を手伝いはじめた。

 赤髪の少年ゼフイル君は力持ちのようで、オーク肉を丸ごと1体持ち上げて運んでいた。

 張り合ってピカンカも運ぼうとしているが、さすがに1人であの大きさは無理だったようだ。小物の道具をいくつか高速ダッシュで運んでいた。


 オレとネオマは、周囲を警戒して見張っていた。

 食堂の方面がやや騒がしい。吸血鬼が集まっているのだろうか。

 不自然なほどに中庭は静かで、誰も近寄ってくる気配はない。


 様子見を終えて噴水の所まで戻ってくると、一人の少女が駆け足で近づいて来た。


「末姫様っ!!」

「キャノちゃん!?」


 そうそう名前は、キャノラン・ハスシュキーだっけ。

 紫髪の貴族の子女だ。後ろには例によって、緑髪の貴族子女ピスタッチが立っていた。

 そして以前と同じように、背後から羽交い締めにして――。


「舐めないでくださいまし! 3度も意識を落とされる私ではありませんの!!」

「ひゃ!?」


 柔軟かつ巧みな体術で、拘束を振りほどいた。

 予想外。この子意外と動けたのか?


「ご質問がありますの! 貴女は、末姫様の御意思をお持ちですの?!」

「無いよ。ピーチトゥナの死体を素材にして生み出された吸血鬼だよ」


 即答で事実をお返しすると、キャノランは鼻白んで声を詰まらせた。

 お嬢様っぽい統星語だ。言語が新鮮で、もう少し話す機会を作っても良かったかもしれない。


「新しくミルクマ血族の盟主っていう肩書きが付いたけど、それだけの吸血鬼だ」

「――そんなはずはございませんわ!」


 そして少女キャノランは、滔々(とうとう)と語りだした。

 王女ピーチトゥナと比べて、オレがどれほど似ているのかを。


 立ち姿や姿勢に始まり、口癖、所作。困ったときの眉の動き。

 人を人とも思っていなさそうな、背筋がゾクりとするような視線と瞳。


 馬鹿にしてるのかな? とか思いつつも、興味があったので黙って聞いていたのだが……。

 オレの変わらない態度に痺れを切らしたのか、そのうち内容はより詳細に、変な方向に向かっていった。


 起床後に最初に触れた髪の位置。呼吸のリズム。歩幅の間隔。1分間の瞬きの回数。

 足を組んだ時の爪先の動き。足跡の形。ドレスの着こなし。作り笑いの唇の角度。等々。

 ――正直、気味が悪くなってきた。


 なんでそんな事知ってるの? この子ストーカーか? と疑う程に、詳細に語るのだ。

 さっさと会話を切り上げて、サヨナラしてしまおうと思った。本能から心底思った。


「ですから貴女は末姫様ですわ! "ミルクロワ王家ピーチトゥナ・ミルクロワ"に違いありませんの!」


 ただ最後の、その言葉だけは、許せなかった。

 内容は予想できていた筈なのに、受け入れられなかった。


「吸血鬼、だぞ? 滅すべき、国の敵に、その名を、与える?」


 気が付けば、オレの口から、そんな言葉が出ていた。

 血を吐くような不可解な怒りが、体中から噴き出していた。


「王国貴族の、貴女(きみ)にとって。王国の名は、民の命は。そんなに、軽いのか?」


 髪の毛が念動で浮き上がり、翼も展開されて、地面も凍っている。

 全身の血が、ぐつぐつと煮え滾っている。心臓が熱くなっていく。


『……ぁ、主様?』


 頭に響いたルピスの声で、オレはふと我に返った。

 至近距離には、キャノランの驚いた顔。手の中には、扱い慣れた鞭があった。

 鞭で、キャノランの首を(から)めて、手元に引き寄せていた……ようだ。


「――――」


 キャノランは、顔を真っ赤に染めて、涙を浮かべていた。

 体が細かく揺れている。恐怖に身を震わせているようだった。


「「「「…………」」」」


 周囲から注がれていた視線も、恐怖と好奇が入り混じった何かだった。

 すぐに失敗したと悟った。いや、これからの行動を思えば成功かもしれないが……。


「……怖がらせて、悪かった。……この鞭は、あげる」


 絡んだままの鞭の握りをポンと渡して、後ろのピスタッチに回収を頼んだ。

 彼女の方も、難しい表情でオレを見ていたが、素直に従ってくれた。


 鞭は長期戦に不向きで、燃費の悪い武器だ。

 優秀な飛行手段を得た今なら、刀1本あれば十分だろう。


『ルピス、準備は整ったな? 後はよろしく頼む』

『え、はい! 分かりました!!』


 居たたまれなくなったので、早く行動を始めるよう促した。



 ◆



 さっそく子供達が馬車に乗り込んでいく。

 シロクマ君も、しっかり撫で回した後、ルピスに託した。


「盟主ピーチトゥナ。俺の血を飲んで、奴の場所を探ってください。吸血鬼の味覚なら、似た香りの血の持ち主を探れるかもしれません」

「……。それは助かるよ。ありがとう」


 呼び方は気になったが、ネオマ君の提案に乗ることにした。

 ありがたく血を頂こう。


「食料として全て飲み干して頂いても構いません。その代わりに奴を必ず……」

「はいはい、ごちそうさま」


 話を聞き流して、屈んだ首筋に牙でガブリ。

 弾ける美味しさ。ブラックコーヒーを思わせる、奥深い味わいだった。


――――――――――――――――

 開示:<許可>


 対象:ネオマ [100]

 種族:飛鼠人 [Lv:92]*

 職業:騎士 [Lv:8]

 HP:1013/1027

 SP:1130/1130

 MP:1284/1284

 状態:【同意済み】

 能力:〔飛行〕〔振動知覚〕

    〔羽強化〕〔足強化〕

    〔空間認識〕〔隠密〕〔追跡〕

    〔魔眼:恐怖〕〔支配:眷属〕

    〔魔眼:恐慌〕

    <剣術>

 魔術:【闇:B+】【影:C+】


※吸血鬼化――可

※血族加入――可


※対象を吸血鬼化させますか?

 →『いいえ』『はい』

――――――――――――――――


 ……あれ? ネオマ君、普通に強くないか?

 レベルの配分はアンバランスだけど、他の吸血鬼たちと同じく、上限の100まで到達しているぞ。

 魔術の適性があって、能力も豊富だ。斥候向けの種族なのだろうか?


 それに、血の味を分析して理解ができた。エスマーガの居る場所だ。

 記憶にある場所の中に、よく似ている臭いがあった。


「そんじゃネオマ君も……元気でね?」

「……了解」


 何故か了承を示して、羽を床に向けつつ変なポーズを返してくれた。

 なにその畏まった姿勢。……お別れの挨拶?

 面と向かってされると、ちょっと恥ずかしいんだけど?


 やるだけやって、馬車に入っていくネオマ君。

 その後ろ姿を、凝視していたルピスが、こちらにグリンと振り返った。


『主様。私の血もお飲みください』

『……対抗しなくていいんだよ?』

『――――』


 ルピスの目が凪いだように静かだ。なに? なんなの?

 いや、くれるなら貰うけども。美味いよ。安定して美味いけど。なんなの?


――――――――――――――――

 対象:ルピス・エライ [103]

 種族:吸血鬼 [Lv:61]

 職業:商人 [Lv:42]

 HP:1001/ 1001

 BP:10567/14966 [共有:7644/25700]

 血族:ミルクマ血族第1世代

 主君:ピーチトゥナ・ミルクロワ

 眷属:未統合

 能力:〔吸血〕〔暗視〕〔念動〕〔状態異常耐性〕

    〔魔眼:魅了〕〔支配〕

    〔飛行〕〔変化〕〔透明化〕

    <根気><鑑定><話術:商人>

    <シミュレート><契約>

    『死神』

――――――――――――――――


 ――上がりすぎではあるまいか?

 上限の100突破してるじゃん。どういうことなの……。


『……もっと飲んで頂けないんですか?』

『その分は、守るために使ってあげてね』


 以前より総量が増えているとはいえ、BPはいくらあっても足りないだろう。


『どうせこれから、残ってる奴らの血を絞り取っていくんだ。こっちは問題ないよ』

『…………』


 ルピスは、オレをしばらく見続けて、ただ深く頷いた。


 中庭で再構築された馬車は、元通りの姿を取り戻している。

 みんなはもう中に入って、ビクビクしつつ出発を待つばかりである。


 ルピスは羽のように軽くジャンプして、御者台に乗り込んだ。

 馬車を牽くシロクマ君の姿も、きちんと――きちんと姿が、馬車の中あった。


(? ……あっ)


 どうやら、オレが固定用の金具を破壊してしまったせいで、牽いて行けなくなったらしい。

 幌の間から顔を覗かせたシロクマ君の顔が、少し悲しそうな表情をしている、ような気がする。……ごめんよ。


 そして馬車は動き出した。

 ルピスの〔念動〕を受けて、静かに宙を移動し始める。

 ……外から見ると、かなりシュールだなぁ。


『主様。ご武運を――』


 御者台に乗るルピスから、念話が聞こえてきて――。


「姫様ぁッー! ピーチトゥナ様ぁー!!」

「キャノちゃん! 静かにッー!!」


 キャノラン達の騒がしい声も聞こえてきた。

 ……あの子、オレを怖がってたんじゃなかったっけ?


 空飛ぶ馬車は、城壁を乗り越えて、そのまま無音――まあまあ静かに遠ざかっていった。


 そして中庭は、オレ1人きりになった。

 誰もいないという感覚は、久しぶりに感じたような気がする。


「……。さて、こっちも行動を始めないとな」


 これから行うのは陽動であり、本命の作戦だ。

 景気よく、派手にいこう。



 ◆



 ルピスから貰ったテーブルクロスを綺麗に折り畳んで、石棺に仕舞う。

 その後、心臓を一突き。死に戻りして、服を復活させて――準備完了。


 階段を上り。中庭に出て。地下室に通じる扉を封じる。


 〔飛行〕を起動して、ばさりと赤い翼を展開。

 BPを注ぎ込み、一気に上空300mまで飛び上がった。


『…………』


 遠目に馬車の無事な姿が確認できる。周辺地域は、今も吹雪が渦巻いている。

 満天の夜空の下に映える城の全景は、美しくて眺めがいがあるものだった。


 建築構造の記録は既に残してある。

 残念だけど、始めてしまおうか。


『――〔念動〕発動(・・)


 唇が自然と、そんな言葉を紡いでいた。

 血液が沸騰して、膨大な魔力に変換されていく。

 体感で5000くらい、だろうか……もっとかな?


 空を飛んでいた全てのガーゴイルが、こちらの姿に気付いた。

 魔力を感知できるようだ――しかし、もう遅い。


 能力の対象は、この城、全域。

 無差別に、すべての重力ベクトルに干渉。

 上下反転。そして……歪曲。





 瞬間。世界の重力方向が書き換わり、横へ落ちた。


『――はっ、わはははっ! 壮観だなぁ?!』


 城の全てが、轟音を伴って倒壊していく。

 石材が木材が崩れて砕ける。砂埃が舞って空高くまで広がった。

 各所の尖塔は跡形もなく、吸血鬼達の悪趣味な旗が圧し折れていった。


 あぁあなんだろう。すごくスカッとする光景だ。笑いが止まらなかった。

 心が洗われていく不思議な感覚だ。楽しすぎて、ぽろぽろ涙も溢れて来た。


 やがて、崩壊した瓦礫の中から、幾つもの人影が姿を見せた。

 埃まみれの怪物。滅すべき吸血鬼の、間抜けな姿だった。


 残る夜は短い。

 さぁ、彼らの最後の戦争を吹っ掛けよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精神の適応率何%かな?半分以上いってそう あとキャノランちゃんはなんだろ?お付きのメイドだったとか?
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