役割と立場
ラディアータから焼き豚を1塊貰って、地下の廊下をとっとこ歩く。
辿り着いたのは、階段前の扉。そこではネオマ君が、床に座って待機していた。
「「…………」」
待機をするしか、なかったのである。
扉は〔念動〕を掛けて、外に出られないように固く閉ざしていた。
こちらに気付くなり、ネオマは両方の羽を広げて地面に垂らした。
そして右手を左肩に添えて、左手を背中に回して羽の付け根に添えた。
雰囲気から察するに、どうやらそれが、蝙蝠人流の平伏の姿勢らしい。
「主よ。どうか俺を吸血鬼に変えて、お使いくだ『食べろ』――モゴッ!?」
諦めの悪いネオマ君の口に、豚肉を突っ込んで黙らせた。
『気が早いよ。吸血鬼化の条件は、さっきピカンカに言った通りだ。廊下で聞いてたでしょ?』
「…………ッ」
ネオマの瞳はやり場のない怒りに満ちて、表情は暗い焦燥感に蝕まれていた。
変な方向に拗らせてしまった彼に言うつもりはないけど、"殺せば死ぬ"というのが問題なのだ。
仮に俺が敵吸血鬼だとして、戦場に血液たっぷりなNPCなんていたら真っ先に狙うだろう。
不慮の事故なんて偶然すら挟まる余地は無い。死ぬ奴から最初に倒すのが鉄則だ。
ハッコが、ネオマとルピスを狙わなかったのは、運が良かったからじゃない。
オレが誘導した影響もあるが、何よりもハッコが"ソレ"を望んでいたからだ。
『ネオマ君はさ。吸血鬼を過大評価しすぎなんだよ』
吸血鬼を倒せる方法は限られているが、必ずしも同族でなければ相手ができないわけでもない。
むしろ手段を選ばなければ、他種族の方が遥かに楽に相手にできるだろう。
そんな情報は、"彼ら"に伝えることはしたくなかった。なかったんだよ、本当に。
『君には、生きて帰る場所が無い。拘束しようが、開放した途端に舞い戻ってくるだろう』
「…………」
『あるいは。ミルクロワに城のオレの存在を適当に仄めかして、王家に援軍や討伐隊を要請する気かもしれない。それだけの情報は揃ってるし、貴族の子達も利用して、君の命も使えば、好きなよう動かせそうだよな?』
「ッ――――」
恐らくそれは、ミルクロワ王国に甚大な被害を与えるシナリオになる。
彼は、それだけの事を成せる覚悟と能力を持っている。だからこそ。
『だからこそ君には、最後の保険になって貰おうと思う』
「……最後の、保険?」
『うん。大事な大事な役割だよ』
そうしてオレは保険の内容と、これからの予定を彼に伝えた。
そこにネオマの命の保証は、一切なかった。それでも彼は、喜んで了承した。
これで良いと言い切ることは出来ないが、彼の望みである以上、後悔は無いだろう。
やれることは、もうほとんど残っていない。
あとはなるようになる。そう、信じよう。
――[No.0]起動。
◆
食事が終わり、少しの休憩を挟むと、旅立ちの時が来た。
ここでルピスたちとは一旦お別れだ。
オレは囮を兼ねて城を荒らし、エスマーガの捜索をしつつ、戦闘区域を全域に広める。
これから安全な場所が無くなる。もう誰も守ることができなくなるし……その必要も無くなる。
「ルピス。敵はいないみたいだ。馬車の組み立てを始めていいよ」
『畏まりました』
量子式記憶術に最新の計算機科学の知識。今までオレが調査して実戦してきた吸血鬼の全て。
役に立つ"様々な情報"を教えたルピスの〔念動〕は、正確かつ高速だ。
馬車の復元が、急ピッチで進められていく。
子供達は唖然して眺めていたが、すぐにラディアータ&モレンの指示で、食料の詰め込み作業を手伝いはじめた。
赤髪の少年ゼフイル君は力持ちのようで、オーク肉を丸ごと1体持ち上げて運んでいた。
張り合ってピカンカも運ぼうとしているが、さすがに1人であの大きさは無理だったようだ。小物の道具をいくつか高速ダッシュで運んでいた。
オレとネオマは、周囲を警戒して見張っていた。
食堂の方面がやや騒がしい。吸血鬼が集まっているのだろうか。
不自然なほどに中庭は静かで、誰も近寄ってくる気配はない。
様子見を終えて噴水の所まで戻ってくると、一人の少女が駆け足で近づいて来た。
「末姫様っ!!」
「キャノちゃん!?」
そうそう名前は、キャノラン・ハスシュキーだっけ。
紫髪の貴族の子女だ。後ろには例によって、緑髪の貴族子女ピスタッチが立っていた。
そして以前と同じように、背後から羽交い締めにして――。
「舐めないでくださいまし! 3度も意識を落とされる私ではありませんの!!」
「ひゃ!?」
柔軟かつ巧みな体術で、拘束を振りほどいた。
予想外。この子意外と動けたのか?
「ご質問がありますの! 貴女は、末姫様の御意思をお持ちですの?!」
「無いよ。ピーチトゥナの死体を素材にして生み出された吸血鬼だよ」
即答で事実をお返しすると、キャノランは鼻白んで声を詰まらせた。
お嬢様っぽい統星語だ。言語が新鮮で、もう少し話す機会を作っても良かったかもしれない。
「新しくミルクマ血族の盟主っていう肩書きが付いたけど、それだけの吸血鬼だ」
「――そんなはずはございませんわ!」
そして少女キャノランは、滔々と語りだした。
王女ピーチトゥナと比べて、オレがどれほど似ているのかを。
立ち姿や姿勢に始まり、口癖、所作。困ったときの眉の動き。
人を人とも思っていなさそうな、背筋がゾクりとするような視線と瞳。
馬鹿にしてるのかな? とか思いつつも、興味があったので黙って聞いていたのだが……。
オレの変わらない態度に痺れを切らしたのか、そのうち内容はより詳細に、変な方向に向かっていった。
起床後に最初に触れた髪の位置。呼吸のリズム。歩幅の間隔。1分間の瞬きの回数。
足を組んだ時の爪先の動き。足跡の形。ドレスの着こなし。作り笑いの唇の角度。等々。
――正直、気味が悪くなってきた。
なんでそんな事知ってるの? この子ストーカーか? と疑う程に、詳細に語るのだ。
さっさと会話を切り上げて、サヨナラしてしまおうと思った。本能から心底思った。
「ですから貴女は末姫様ですわ! "ミルクロワ王家ピーチトゥナ・ミルクロワ"に違いありませんの!」
ただ最後の、その言葉だけは、許せなかった。
内容は予想できていた筈なのに、受け入れられなかった。
「吸血鬼、だぞ? 滅すべき、国の敵に、その名を、与える?」
気が付けば、オレの口から、そんな言葉が出ていた。
血を吐くような不可解な怒りが、体中から噴き出していた。
「王国貴族の、貴女にとって。王国の名は、民の命は。そんなに、軽いのか?」
髪の毛が念動で浮き上がり、翼も展開されて、地面も凍っている。
全身の血が、ぐつぐつと煮え滾っている。心臓が熱くなっていく。
『……ぁ、主様?』
頭に響いたルピスの声で、オレはふと我に返った。
至近距離には、キャノランの驚いた顔。手の中には、扱い慣れた鞭があった。
鞭で、キャノランの首を絡めて、手元に引き寄せていた……ようだ。
「――――」
キャノランは、顔を真っ赤に染めて、涙を浮かべていた。
体が細かく揺れている。恐怖に身を震わせているようだった。
「「「「…………」」」」
周囲から注がれていた視線も、恐怖と好奇が入り混じった何かだった。
すぐに失敗したと悟った。いや、これからの行動を思えば成功かもしれないが……。
「……怖がらせて、悪かった。……この鞭は、あげる」
絡んだままの鞭の握りをポンと渡して、後ろのピスタッチに回収を頼んだ。
彼女の方も、難しい表情でオレを見ていたが、素直に従ってくれた。
鞭は長期戦に不向きで、燃費の悪い武器だ。
優秀な飛行手段を得た今なら、刀1本あれば十分だろう。
『ルピス、準備は整ったな? 後はよろしく頼む』
『え、はい! 分かりました!!』
居たたまれなくなったので、早く行動を始めるよう促した。
◆
さっそく子供達が馬車に乗り込んでいく。
シロクマ君も、しっかり撫で回した後、ルピスに託した。
「盟主ピーチトゥナ。俺の血を飲んで、奴の場所を探ってください。吸血鬼の味覚なら、似た香りの血の持ち主を探れるかもしれません」
「……。それは助かるよ。ありがとう」
呼び方は気になったが、ネオマ君の提案に乗ることにした。
ありがたく血を頂こう。
「食料として全て飲み干して頂いても構いません。その代わりに奴を必ず……」
「はいはい、ごちそうさま」
話を聞き流して、屈んだ首筋に牙でガブリ。
弾ける美味しさ。ブラックコーヒーを思わせる、奥深い味わいだった。
――――――――――――――――
開示:<許可>
対象:ネオマ [100]
種族:飛鼠人 [Lv:92]*
職業:騎士 [Lv:8]
HP:1013/1027
SP:1130/1130
MP:1284/1284
状態:【同意済み】
能力:〔飛行〕〔振動知覚〕
〔羽強化〕〔足強化〕
〔空間認識〕〔隠密〕〔追跡〕
〔魔眼:恐怖〕〔支配:眷属〕
〔魔眼:恐慌〕
<剣術>
魔術:【闇:B+】【影:C+】
※吸血鬼化――可
※血族加入――可
※対象を吸血鬼化させますか?
→『いいえ』『はい』
――――――――――――――――
……あれ? ネオマ君、普通に強くないか?
レベルの配分はアンバランスだけど、他の吸血鬼たちと同じく、上限の100まで到達しているぞ。
魔術の適性があって、能力も豊富だ。斥候向けの種族なのだろうか?
それに、血の味を分析して理解ができた。エスマーガの居る場所だ。
記憶にある場所の中に、よく似ている臭いがあった。
「そんじゃネオマ君も……元気でね?」
「……了解」
何故か了承を示して、羽を床に向けつつ変なポーズを返してくれた。
なにその畏まった姿勢。……お別れの挨拶?
面と向かってされると、ちょっと恥ずかしいんだけど?
やるだけやって、馬車に入っていくネオマ君。
その後ろ姿を、凝視していたルピスが、こちらにグリンと振り返った。
『主様。私の血もお飲みください』
『……対抗しなくていいんだよ?』
『――――』
ルピスの目が凪いだように静かだ。なに? なんなの?
いや、くれるなら貰うけども。美味いよ。安定して美味いけど。なんなの?
――――――――――――――――
対象:ルピス・エライ [103]
種族:吸血鬼 [Lv:61]
職業:商人 [Lv:42]
HP:1001/ 1001
BP:10567/14966 [共有:7644/25700]
血族:ミルクマ血族第1世代
主君:ピーチトゥナ・ミルクロワ
眷属:未統合
能力:〔吸血〕〔暗視〕〔念動〕〔状態異常耐性〕
〔魔眼:魅了〕〔支配〕
〔飛行〕〔変化〕〔透明化〕
<根気><鑑定><話術:商人>
<シミュレート><契約>
『死神』
――――――――――――――――
――上がりすぎではあるまいか?
上限の100突破してるじゃん。どういうことなの……。
『……もっと飲んで頂けないんですか?』
『その分は、守るために使ってあげてね』
以前より総量が増えているとはいえ、BPはいくらあっても足りないだろう。
『どうせこれから、残ってる奴らの血を絞り取っていくんだ。こっちは問題ないよ』
『…………』
ルピスは、オレをしばらく見続けて、ただ深く頷いた。
中庭で再構築された馬車は、元通りの姿を取り戻している。
みんなはもう中に入って、ビクビクしつつ出発を待つばかりである。
ルピスは羽のように軽くジャンプして、御者台に乗り込んだ。
馬車を牽くシロクマ君の姿も、きちんと――きちんと姿が、馬車の中あった。
(? ……あっ)
どうやら、オレが固定用の金具を破壊してしまったせいで、牽いて行けなくなったらしい。
幌の間から顔を覗かせたシロクマ君の顔が、少し悲しそうな表情をしている、ような気がする。……ごめんよ。
そして馬車は動き出した。
ルピスの〔念動〕を受けて、静かに宙を移動し始める。
……外から見ると、かなりシュールだなぁ。
『主様。ご武運を――』
御者台に乗るルピスから、念話が聞こえてきて――。
「姫様ぁッー! ピーチトゥナ様ぁー!!」
「キャノちゃん! 静かにッー!!」
キャノラン達の騒がしい声も聞こえてきた。
……あの子、オレを怖がってたんじゃなかったっけ?
空飛ぶ馬車は、城壁を乗り越えて、そのまま無音――まあまあ静かに遠ざかっていった。
そして中庭は、オレ1人きりになった。
誰もいないという感覚は、久しぶりに感じたような気がする。
「……。さて、こっちも行動を始めないとな」
これから行うのは陽動であり、本命の作戦だ。
景気よく、派手にいこう。
◆
ルピスから貰ったテーブルクロスを綺麗に折り畳んで、石棺に仕舞う。
その後、心臓を一突き。死に戻りして、服を復活させて――準備完了。
階段を上り。中庭に出て。地下室に通じる扉を封じる。
〔飛行〕を起動して、ばさりと赤い翼を展開。
BPを注ぎ込み、一気に上空300mまで飛び上がった。
『…………』
遠目に馬車の無事な姿が確認できる。周辺地域は、今も吹雪が渦巻いている。
満天の夜空の下に映える城の全景は、美しくて眺めがいがあるものだった。
建築構造の記録は既に残してある。
残念だけど、始めてしまおうか。
『――〔念動〕発動』
唇が自然と、そんな言葉を紡いでいた。
血液が沸騰して、膨大な魔力に変換されていく。
体感で5000くらい、だろうか……もっとかな?
空を飛んでいた全てのガーゴイルが、こちらの姿に気付いた。
魔力を感知できるようだ――しかし、もう遅い。
能力の対象は、この城、全域。
無差別に、すべての重力ベクトルに干渉。
上下反転。そして……歪曲。
瞬間。世界の重力方向が書き換わり、横へ落ちた。
『――はっ、わはははっ! 壮観だなぁ?!』
城の全てが、轟音を伴って倒壊していく。
石材が木材が崩れて砕ける。砂埃が舞って空高くまで広がった。
各所の尖塔は跡形もなく、吸血鬼達の悪趣味な旗が圧し折れていった。
あぁあなんだろう。すごくスカッとする光景だ。笑いが止まらなかった。
心が洗われていく不思議な感覚だ。楽しすぎて、ぽろぽろ涙も溢れて来た。
やがて、崩壊した瓦礫の中から、幾つもの人影が姿を見せた。
埃まみれの怪物。滅すべき吸血鬼の、間抜けな姿だった。
残る夜は短い。
さぁ、彼らの最後の戦争を吹っ掛けよう。




