プロデューサーP
ジュワりと肉が焼ける音が響いて、甘くて香ばしい暴力的な匂いが、部屋に充満していく。
控えめながらも、小さな歓声があがった。それは紛れもない喜びの声――。
お肉祭りの始まりである。
◆
地下室に持ち帰ったオーク肉は、子供達に大歓迎された。
「食料を持ってきたよー」
「「「「!?」」」」
〔念動〕で浮かせた5つの巨大肉塊を、サプライズで室内に一気に突入させたら、子供達を喜ばせるどころか大泣きさせてしまったのだが……それは割愛する。
結果として「ありがとう姫様!」とか「姫様のお肉!」とか奇妙な事を言って、凍った豚肉に抱き着いて歯を立てるほど喜んでくれた。
言葉に出さなかっただけで、かなり飢えを我慢していたらしい。
怪我させないように剥がすのが大変だった。
「料理は私達に任せてください!」
「――んっ。任せた」
「僕が火い出します。みいんな離れとってなぁ?」
そうして1体分のオーク肉が、青髪の狐君ラディアータと、薄黄色の狐っ娘モレンの手によって調理されていく運びとなった。
話を聞くと、狐型の獣人は生まれつき火の扱いが得意で、火系統の魔術もお手の物だそうな。
特に少女モレンちゃんは、王都にある宿屋の看板娘として働いており、料理のセンスも抜群に優れているとのこと。
モレンちゃんの指示に従い、ラディアータが包丁を取り出して、凍ったままの肉塊を薄くスライスしていく。その手慣れ具合は熟練の職人のようだ。
次に、どこからか用意した――おそらく出かけている間に有り合わせの実験器具で作った――調味料らしき液体を揉み込む。
そしてハルバードを串代わりに、次々と肉をぶっ刺していき圧縮。再び肉塊に成型。
最後に暖炉に火柱を作り、グルグルと回しつつ炙り焼き。焼けた肉から削いでいって完成。
料理とは、ドネルケバブのようだった。
「出来ましたよー」
「ようさんある。火傷しんように順番に取って行きぃ」
「「「ハーイ!」」」
子供達は、列を作って焼けた肉を受け取っていた。
微笑ましいやり取りである。
あの集団の先頭に、平然と並べるルピスの根性は凄いと思う。
子供達が遠慮しないための配慮かと思ったが……あの目の輝きと表情が、自身の食欲に負けた結果だと教えてくれていた。
ラディアータ君は勢いに軽く引いてるし、子供達も驚いていたが、特に避けられたり怖がられているわけではなさそうだ。
(……これなら輸送も任せても大丈夫かな?)
ルピスを主体に据えた脱出計画だ。
少しでも関係を改善させて、上手くいってくれることを願うしかない。
◆
子供たちが謝肉祭を開く光景を脇目に、1体の冷凍オーク肉を真っ二つ。
食べやすいように更に刀で斬り分けて、手のひらに乗せる。
「「…………」」
シロクマ君が、大きな鼻を近づけてきた。おそるおそる臭いを嗅いで、そして1口でペロリ。
涎で手がベタベタになっちゃったぞ。〔念動〕でまとめて〔凍結〕。固体の粉に変えた。
よしよしと頭を撫で撫で、背中を撫で撫で。
「もっと食べて、たらふくカロリー蓄えようなぁ」
もう一度差し出せば、すかさずペロリ。勢いが止まらない。テンションも止まらない。
〔念動〕で肉を宙に浮かべて、刀を数十往復。スライス豚肉盛りを作る。
シロクマはシャクシャクと音を立てて、すぐに食べきった。
冷たすぎるかもと思ったが、もっと欲しいと潤んだ瞳でこちら見上げてくる。
「っ!!!」
なんという破壊力、だろうか。
この顔は、記録データとして未来永劫世界に刻まねばならないと決意した。当然、肉も山盛りで追加した。
壁から剥がした石板に〔念動〕で表面加工。そして出来上がったのが、現代芸術の粋を結集して描き上げた、シロクマのマークである。
可愛く美しく猛々しく。シロクマの全ての要素がここにある。
これをミルクマ血族の紋章とする。今決めた。
城の尖塔に飾ってあった悪趣味な旗とか撤去して、これを記した旗と入れ替えてしまおう。
……また一つ、この城を占領する目的が増えてしまった。モチベがすんごい。
「姉御、棺の中で笑って何やってるんっすか? 怖いっすから、こっち来て肉食べましょうよ?」
棺で作業をしていると、金髪ウサ耳娘ピカンカが、焼き肉を片手にやってきた。
兎なのに肉食なの? とか突っ込んではいけない。見た目が似ているだけで、兎とは消化器官が違うのだろう。
「吸血鬼の食事は血液だけだから。肉は食べられないんだよ」
「? 白猫ちゃんは食べてるみたいっすけど……?」
ピカンカの視線を辿ると、丁度モレンちゃんから渡された削ぎたての焼き豚肉を、口で受け取っている白猫少女が目に入った。
ルピスさん、すげぇ嬉しそうに食べてるけど、幼女に餌付けされてないか……?
しかも、いつの間にか頭に猫耳が付いてる。
集団に馴染むために〔変化〕で生やしたのだろうか? いやあれは無意識っぽいぞ?
「……ルピスも食べ物は必要ないよ。アレは病の後遺症」
「そうなんすか?」
「しばらく好きな物を食べさせてあげたいけど、あんまり酷いようなら注意しないとなぁ……」
持ち運べる食料は無限じゃない。吸血鬼にとってはあくまでも趣向品。馬車の移動中は控えて貰わないと困る。
ピカンカは「血だけでお腹が膨れるなら、お得な種族っすね」と言って、姿勢を正した。
そして、片膝と片手を地面に付けて、深々と首を垂れた。
「姉御。ウチを吸血鬼にして欲しいっす。お願いしてもよろしいっすか?」
「…………」
本気か? と問うまでも無かった。口調は軽いが、その声は震えていて、真剣そのものだ。
周囲から向けられた視線は、5つ。ピカンカの希望にどう応えるか、オレの様子を伺っているようだった。
「……ミルクマ血族に加わるなら、いいよ。ただし条件が"2つ"ある」
紋章を記したばかりの石板を見せると、ピカンカは嬉しげに長い耳を揺らした。
「条件があるんすね? 分かったっす。誰を殺ればいいっすか?」
真顔で何言ってんだ、このウサ公は。
「そんな事させないやい。血族に加わっても悪いようには扱わない。それは約束する」
まぁ血族に加わると、自動的にBP共有化による血液の強制徴収の義務が課せられるんだけど。
ピカンカが孫世代の吸血鬼になれば、徴収量は1/4だ。世代を重ねるごとに負担も半減する。
きちんとプラス要素も含まれているので、一方的に悪いようにはならない。嘘ではないよ。
「吸血鬼化の条件の1つは、ルピスの眷属に加わること。2つ、吸血鬼化は今日の夜まで控えること」
「だけ、っすか? あの白猫ちゃんに従うだけなんて、至り尽くせりじゃないっすか」
「……ん。そうだね。ルピスちゃんはイイ子ダヨ」
ピカンカはフッと余裕の笑顔を浮かべていた。
あぁやはり、"あのルピス"の戦闘能力と性格を、甘く見積もっているようだった。
「…………」
騙して悪いけど、1番の難問はルピスに従うという点なんだ。ごめんね?
◆
ルピスは、剣身半ばで断ち斬られたレイピアを修復させて、構えを解いた。
しかし、瞳は無機質で真っ白な殺意を残したまま、警戒もしたままである。
オレの掛けた「止まれ」という指示に従ってくれてはいるみたいだが……それだけだ。
恐らく彼女の中では、まだネオマは、排除すべき不穏分子だ。
相手側に対する同情や事情を考慮すらしていない。
生かす殺すのデメリットメリットを、秤に掛けている状態のようである。
『ルピス。彼はオレ達の敵じゃない。分かったな?』
『……はい。分かりました主様』
理解はしても、納得は出来ていない、か。
このままの精神状態が続くと、少し不味いな。脱出計画に支障をきたしそうだ。
「俺を殺さないんですか?」
『ネオマ君は、無駄死にするためにここに来たわけじゃないでしょ?』
「……知っていたのですか」
『もちろん。初めからね』
訳知り顔で頷いて見せた。オレは確信してましたよと自信満々に。
それを見てルピスの表情に、少し色が戻る。落ち着いてくれたようだ。
「…………」
もちろん、初めから知ってなんかいない。
有り合わせの情報を並べて、拙い推測をしていたに過ぎない。
確証が得られたのは、ついさっき。ネオマの怒り方を見た時だ。
AI-アースが導いた予想も、確信には至れず、スパイである可能性が3%も残っていた。
冗談のつもりの盟主エスマーガ本人というのも、可能性の1つに挙げられていた。
「…………」
想定していた最悪の状況は、吸血鬼エスマーガが子供に化けて、子供の集団に紛れ続けることだった。
オレとルピスが外に出ても、尻尾も出さずに誘い出すこともできず、知らない間に一人一人姿を消されて、内部に不和をまき散らされて、お遊びのように子ども同士で殺し合いをさせられることだった。
あいつなら、あの場に存在していなくても、ソレが出来る。
とはいえ、そんなお遊びをする余裕は今はないだろう。
吸血鬼側の"人員不足"と"血液不足"が深刻だからだ。
「――――」
もっとも、保険は用意していたから、そんな最悪な状況に追い込まれても対処は可能だ。
地下室に侵入者がいれば、すぐに把握できる処置は施していた。
床に描かれた、血の模様は、オレが設置したものだ。
だから、離れて行動していても、そこまで不安にはならずに済n――。
「――ん。んんンッ?」
『主様? どうかされましたか?』
いま妙な記憶が……気のせいか?
『んや。なんでもない。……ネオマ君にも事情があるのは分かってたよ。エスマーガは"悪い奴"だからね。また不必要な被害が出る前に、なるべく早く退治してあげないと、だろう?』
「――――」
だから今は、こんな内ゲバで揉めてる暇なんて無いんだよ。
さっさと話す事話して、スッキリしてしまいなさい。と視線で圧を掛ける。
そんな願いが通じたのか、ネオマ君は事情をポツポツと語り始めた。
怒りを越えた何も浮かばない表情で、淡々と。
彼の同族である蝙蝠人の魔族は、大昔から吸血鬼に仕えてきた種族であると。
時には食事として、時には昼間の住処を守る護衛として、協力して生き延びてきた間柄だった。
その関係は、長い年月で移り変わり、隷属するだけの関係になった。
近年、"大晩餐"と呼ばれる王都襲撃に参加させられ、使い捨ての死兵として一斉に処分された。
生き残った同胞は何名かいたが、大陸各地に散り散りになった。
ミルクロワ王国と敵対せざるを得なくなり、魔族領の故郷も失った。
「奴をこの世から消す為なら何でもします。協力させてください」
そうして彼は復讐を誓って、己の身一つで生き延びて、エスマーガの暗殺を企むに至った、と。
まるでダークヒーローの主人公みたいだなぁ。……チュペト君より重いぞ?
『増援が来ないように魔術で協力してくれた。あれはオレもルピスにも出来ない仕事だ。十分以上の働きだったよ』
「っ!! だったら――」
『だから、もう十分だよ。後はオレが1人でやる』
ネオマは、強いショックを受けたような表情をした。
ルピスも、不本意と言いたげな不満な表情をしている。
さては二人とも、バトルジャンキーだな?
「…………」
ところで、ここに品質B+の武器があります。
傷口に致死性の猛毒を与えるという、とても凶悪な効果が乗った短刺剣です。
手刀を振り上げて――〔念動〕起動。振りおろし。
そして衝突時に発生したベクトルを整えて左右に分断。
「てい」
結果、チョップで武器が真っ二つになりましたとさ。
……ほれぼれするくらい綺麗な断面だなぁ。
所有者がいない無機物くらいにしか使えない技術なのが残念だ。
「『――ッ?!?!』」
ルピスとネオマは、共に壊された武器を見て、正気を疑うような目でオレを見てきた。
やはりインパクトは重要みたいだ。というわけで、残りのB+以下の武具も破壊していく。
「ていていていてい」
レーザーを発生させるショートスピアに、チョップ。
高周波振動するブロードソードに、チョップ
蛇のように変形するファルシオンを、チョップ。
衝撃を増幅させるメイスも、チョップ。
幻影を暴いて真実を映し出す手鏡という小物もある。
ピンク髪とか、頭悪そうな色している奴が映――これオレじゃん?
〔凍結〕で固めた拳で、鏡を跡形もなく粉々にした。やったぜ。
『ぁ、あ、ぁぁ、主様…………どうぞ』
ルピスが、まるで我が子を差し出すような悲壮な面持ちで、レイピアを手渡してきた。
『品質A以上は壊さないから、それはいいよ』
破壊対象外なので返却すると、ルピスは大きく大きく安堵の息を吐いた。
どのみち壊しても直せるから無意味だろう。修復はA以上に付けられる能力らしい。
『こんな武器を残してたら、ネオマ君は利用したでしょ? 他の子達に使わせたりしてさ』
「…………」
返答は、肯定だった。
発想は危険だけど、素直でよろしいね。
ネオマに事情が有ろうと無かろうと実行はしていた、というのは秘密にしておく。
修復機能の無い装備は、信頼性が低くて戦闘で頼ることができない。
使い捨ての武器にするにしても、相手に奪われたら面倒になる効果の品が多い。
なんとも絶妙な塩梅である。ゆえに後腐れなく、ここで破壊した。
『……そうだルピス。悪いが君には、大事な役目を与えようと思う』
『? 私に、ですか?』
味方を傷つけさせないために、ルピスに課す役割。
後付けで条件を課すのは悪いと思うが、これには従ってもらおう。
指揮命令系統の一本化。血族の人員が増加していく際に想定される問題。
思念波の仕様。対プレイヤー構想。共有BPの補給と消費。情報の管理者。
血液の調達方法。ODOの調査手段。主君の役割。眷属との関係。
そうした"色々"を予想していった結果――。
『ちょっとミルクマ血族のボスになってくれる?』
『???』
血族の表の代表として、ルピスを頂点に据えること決めた。
名付けて"ラスボス・ルピス計画"である。黒幕にオレはなる。




