カチコミをかける王女
〔念動〕によって渦巻いた鞭がしなり、弾かれるようにして伸びる。
同時に、魔力の代わりに消費されたBPによって、発生した衝撃波が鞭の延長線上に収束。
鋭利な圧力波の刃になって、放出される。
『――――ッ』
吸血鬼の能力によってもたらされた鞭の先端速度は、約1500[m/s]。
旧式の対物ライフルと同程度の速度にあたり、衝撃波の速度も、それに準じた超音速になる。
予備動作も省いた奇襲攻撃。現実世界の強化歩兵であろうと、見てからの回避は難しいはずだった。
『良い奇襲です。褒めてあげるのです』
『――抜かせっ!』
予想通りに避けられた。対象が瞬間的に消失。
吸血鬼の出現地点は――背後か。
刀による左薙ぎ。無駄のない首を斬り落とす動作が、速過ぎる!?
『ゥごっ?!』
〔念動〕の力を受けて、自身の身体を直角に折る。骨も折れる。
キマツルから学んだ、人体の構造を無視した回避法だ。返す鞭で背後を攻撃する。
横に居たルピスも――ギリギリ避けたか。距離を取らないと、巻き込むなこれ。
『フフあっ! ははあ!』
嗤う吸血鬼が再び消失。今度は――正面からの打ち下ろし!?
ぽんぽん消えるなぁ?! 素直に受け止めろよ!!
『ルピス、上に跳べ!』
片腕をガードに回して、刀の刃が当たる地点を計算。
〔念動〕によって皮膚の内側から外側に向けて、最小領域・最大出力のベクトルを発生させる。
情報の上では[念動鎧]と認識されていた、反応装甲――偽りの外骨格だ。
『その程度の護りで、私の刀を受けきれるとお思いです?』
『思ってない!』
後に繋げるための行動は、すでに何百何千通りも演算済みだ。
刀に斬り飛ばされた自身の腕めがけて、鞭を叩きつける。
グルリと周回する鞭の先端は、円状の衝撃波をいくつも発生させた。
『ッ!! 見境なしです、ねっ! とっても良いです楽しいです!!』
吸血鬼ハッコは、空中で回避した。
念動による急制動と、瞬間的に年齢を若返らせて体型を縮めるという、常識外の回避法。
室内に"かまいたち"が襲い、家具が切り刻まれ、城壁が抉れ、石片が舞う。
ルピスも忠告通りに回避して、ハッコの眷属が数体巻き込まれた。結果は上々か?
『腕は使い物にならないか』
しかし鞭で手繰り寄せたオレの腕は、すでに切断面が崩壊しており、繋ぎ直すことが困難になっていた。
あの刀。乗ってる効果が厄介だな。1度斬られたら……新たに生やした方が早いか。
――[No.7]起動。傷を高速治癒する。
「な、なんですぅ? その再生速度……おまえ少し気持ちが悪いです……」
「……吸血鬼が引くなよ。傷の治癒には多少自信があるんだよ」
傷の修復を待つ余裕まで見せるとは、重ね重ね失礼な奴だ。
オレを易々と殺せるのは、太陽さんだけだぞ。舐めてもらっては困る。
「ほおほお。ならピンクのお肉は、食べ放題なのです?」
「――純粋な食料として見られたのは、生まれて初めてだ。不愉快な感覚だな?」
「ふふあっ、骨の髄までしゃぶってあげます!!」
涎まみれの舌で、ぺろぺろと刀を舐める。ばっちい。
どの口で、気持ちが悪いとか抜かすんだ、この吸血鬼は!
やはりここで滅ぼすしかないな!
◆
窓の外に待機していた魔族の少年ネオマは、唖然としてそれらを見ていた。
吸血鬼たちが立ち上がったかと思えば、直後に部屋が崩壊した。
何が起きたのか正しく認識する前に、一瞬で室内が戦場に変化したのである。
(……怪物の、戦いだな。巻き込まれたらひとたまりもない)
黒髪の吸血鬼は、短距離の転移を繰り返し、振るう手も姿すらも見せずに、獲物を殺そうと襲い掛かる。
薄桃髪の吸血鬼は、人外の理で鞭を操り、異常な速度で再生を繰り返し、縦横無尽に破壊をまき散らす。
(俺が1人加わった所で無意味だ。援護するなら、向こうだな)
ネオマは参戦を諦めて、もう一方の戦場を見た。
そちらで行われているのは、吸血鬼ルピスと、ハッコ直属の眷属たちとの戦いだった。
(……眷属同士で高度に連携できる吸血鬼たちがいたのか)
吸血鬼という種族は、ハッコが言う通りに、主従の関係が強い種族。
ただし、同世代の眷属同士ではいがみ合うのが普通で、慣れ合う事はできない種族と知られていた。
それがネオマの知る常識で、吸血鬼に対する一般的な印象でもある。
しかし、ハッコの眷属達は互いに連携を密にとり、組織的な動きでルピスを相手取っていた。
そして、その集団にルピスは食いついている。正確無比な剣捌きで応戦していた。
カウンターを主体とした戦法だった。攻撃を受けつつも、囲まれないように立ち回り、心臓を一撃で穿つ余力を常に手元に残している。
(あの元猫人も、怪物だな……。だが……)
上級吸血鬼8体を1人で相手取れている少女は、ネオマにも信じがたい怪物だ。
しかし、全員を倒しきるのは難しいようだ。
そう判断したネオマは、全体を観察しつつ、介入する機会を狙い始めた。
◆
吸血鬼ルピスは、攻めあぐねていた。
身に付けた戦闘術で応戦してはいたものの、やはり頭数と手数は重要だ。
どうしても越えられない壁が、彼女の前に立ちはだかっていた。
なのでルピスは、戦い方を切り替えた。
周囲の状況を、最大限に利用することにしたのである。
彼女は、主達の戦闘を意識の端に収める。
そして、鞭から放たれる無数の衝撃波を知覚して――。
(好機です!)
ルピスは動いた。
衝撃波の刃は、室内をことごとく破壊して、状況を一変させた。
それに対応する術は、すでに彼女は持っていた。
ルピスの持つ職業能力<シミュレート>。
ODOの多くのNPCにとっては、市場の変動などを予測するための模擬計算ツールとして使われている技能。
彼女はそれを、戦場全体の変動を予測するための能力として運用した。
崩れる床を壁を瓦礫を、天井を空中を、滑るような動作で踏み越えて移動。
最小限の剣捌きで、まるで魔法じみた動きで、獲物の目の前に辿り着く。
分厚い手甲を振るう1体の吸血鬼の心臓に、紅色のレイピアの刃を突き立てた。
『ガァアァアア"ア"ア"!!!!』
(まず1人!)
差し込んだ刃を捻り、首と両腕を斬り落とす。追い打ちで斬り刻んだ傷口から、血液が噴出した。
血流はレイピアの効果に従って、ルピスの唇に吸い込まれていく。
『皆さんの血を頂戴しますね?』
『……我らの血肉は、主様だけのもの。成りたての小娘が頭に乗るな』
『いいえ。もう私のものです。――あっ、半分は血族のものでした。ごめんなさい間違えました』
不遜な少女の物言いに、吸血鬼たちは静かな怒りを滾らせる。
そしてルピスは頬を高揚させ、金色の瞳を爛々と血色に輝かせた。
◆
Q. 0.25秒毎に瞬間移動する未確認生物の討伐方法を述べよ。
A. あらかじめ出現予測した全ての空間に向けて、同時に攻撃すればよい。
鞭を乱舞させ、瓦礫を巻き込み、投げ飛ばし、念動で軌道を捻じ曲げ、射出する。
BPが鬼のように減っていく。そして室内がゴミの山に変わっていく。
あっという間にゴミ屋敷の出来上がりだ。ちくしょう!
『……はて? その鞭は、そうまで長く扱える強力な武器でしたか?』
『前の所有者は、使い方が雑だったんだろッ!!』
打っても撃っても当たらない。そして幾つか予測が的中しても刀で弾かれる。
フラストレーションだけが積み重なっていく。
大昔の創作物には、吸血鬼退治に鞭が用いられていたという情報があった。
なぜ吸血鬼を相手に鞭を用いたのか? と知った当時は意味が分からなかったが……。
なるほど、こうした高性能な鞭なら、吸血鬼にも有効なのだろう。
刀で斬り取られた鞭を魔力で修復。
即座に元の10mの長さに戻す。
『気軽に瞬間移動するなよなぁ! その技オレにも使わせろッ!』
『……気軽ではないです。盟主殿にも行使できない特殊能力ですよ?』
盟主にも? 種族違い――こいつも種族が違うのか?
『アタリです。私は吸血鬼ではないのです。その一種ではありますよ?』
『……微妙なヒントをどうもッ!』
吸血鬼は正解のご褒美だ、と言わんばかりにテレポートを繰り返して、苛烈に攻撃を仕掛けてきた。
Nプログラムを切り替えつつ対応。特に思考加速は、もはや常時維持しなければ、戦いの場にすら立てない。
奴の動きに規則性はほとんどない。その場その場で判断して、気分で攻撃を仕掛けてくる。
その上、オレの動きを学習している。それも驚異的な速度と精度で。
鞭の扱いにもそこそこ慣れてはきたが、やはり鞭というのは予備動作が長くて動きが単調だ。
懐に入られると、ほとんど何もできなくなる。
『ピンク頭。お前が先ほどから考えてる"エヌプログラム"とは如何なる能力です?』
『……知りたいか?』
なにより、思考を読んでくるのが一番厄介だ。対応するための行動すら先読みされる。
しかし――それが、どうした!
『ラ、ァアぁあッ!!』
吸血鬼の膂力と念動による加速。そして最適な身体動作と、Nプログラムによってフル強化された力技。
振るわれた鞭の先端速度は――極超音速。膨大なBPが消費される感覚。
断熱圧縮された圧力波の刃は、吸血鬼ハッコの腕に傷を深手を負わせて、城の一角を断ち割った。
『――ようやく1撃か。傷つくのは、そんなに嫌いか?』
『イヤに決まってるです。怪我も太陽も熱いのも苦手です。お風呂は大嫌いです』
相手に怪我は負わせられたが、こちらも無傷ではない。
千切れた腕は治癒させて、反動で自壊した鞭も、再び注いだ魔力で修復できた。
1番の成果は、血液だな。
ようやく得られたハッコの血液を舐めとり、勝利に必要な情報を得――るぅ?
『私のお味はどうです? 美味しいです? お強いです?』
『…………そう、みたいだな』
どうも参ったな。
こいつは、素直に、勝てそうにないぞ?
◆
室内に衝撃が伝播し、気圧が急激に変動する。
これまでにない破壊の規模に、ルピスの<シミュレート>に誤差が発生した。
『今だ! 【"闇"よ形を成せ】!!』
「……えっ?」
瞬間、濃密な闇がルピスの視界を覆った。
彼女が吸血鬼に生まれ変わって、初めて訪れた暗闇。初めての異常事態。
それらに対処しようとしたルピスは、その瞬間。背後から襲い掛かる〔透明化〕した吸血鬼達の存在を、完全に見失っていた。
「――後ろに敵だ!! 屈め!!!」
空から強襲したネオマが、ハルバードで刺客を打ち払う。
それは吸血鬼にとっては、かすり傷。致命傷には程遠く――。
『ッ!! 【"影"よ体内を暴き――』
代わりに放たれた吸血鬼の"魔術"は、ネオマを確実に死に至らしめるもので――。
『ヤァッ!!!』
そしてルピスは、生じた隙を逃がすほど甘い吸血鬼ではなかった。
気配を頼りに投擲されたレイピアは、術者の心臓を正確に貫く。
そしてネオマからハルバードを投げ渡されると――ルピスは、豪快に一閃。
周囲を囲む吸血鬼達の胴体を、根こそぎ薙ぎ払った。
◆
――――――――――――――――
開示:<許可>
対象:ハッコ [150]
種族:夜鬼 [Lv:90]*
職業:野武士 [Lv:60]
HP: 1634/ 1675
BP:11601/18475
血族:エスマーガ血族-第1世代
主君:エスマーガ
眷属:フワフラー
能力:〔吸血〕〔暗視〕〔念動〕〔状態異常無効〕
〔魔眼:魅了〕〔支配〕
〔飛行〕〔変化〕〔透明化〕
〔ダメージ耐性:精神〕〔転移〕
<侍魂><武の心得>
<肉体強化><精神強化>
<甲冑術><騎乗戦術><捨身の闘志>
※吸血鬼化――不可
※血族加入――不可
――――――――――――――――
これはひどい。驚愕のレベル差114である。
夜鬼というと、こいつが例の種族か。
そしてレベル上限は100じゃなかったの……?
「身体能力で勝てないわけだ」
「……なんです? もう諦めてしまうのです?」
いいや? 同じ舞台で戦うのは土台無理な話だった。というだけだ。
これからは手段は問わず、勝ち方にもこだわらない。
邪道で汚い、現代流の戦いをするだけだ。
『ルピス! ネオマ! 距離を取れ!! 絶対に近づくな!!』
『? 次は私に何を見せてくれるんです?』
希望通りに、その余裕面に教え込んでやる。
『通信波ってのは危険物だ。ただ利用するだけでも最大限の対策を準備しておかないと、簡単に不要な情報を拾ってしまう』
ネオマが苦しんだように、思念波も通信波と変わらない、厄介な性質を持っていた。
『……ピンク。お前は何を語っている?』
『なにって現代人の基礎知識だよ。ついでにこれも覚えておけ。テストに出るぞ』
予定通りに[No.2]で得た、周辺の全情報を送っても、良かったのだが……。
同じ情報だ。どうせだから伝えておこう。色々知りたいようだしな?
『"現実世界"のすべてだ』
記憶領域に圧縮保存された、現代の地球人類が保有する、すべての歴史情報を展開。
――[No.6][No.12][No.7]起動。高速治癒。5感の正常化。そして通信経路の構築。
すべてを思念波に変えて、持ちうる情報を叩きつける。
『――ッ!?!?!??!』
『グぅう!!』
脳組織が焼ける。出血によって視界が真っ赤に染まる中で、最後の行動を開始。
対象が受けたダメージは、想定より小さい。〔ダメージ耐性:精神〕の効果か?
――〔念動〕を起動。室内の全ての物体に干渉。あらゆる残骸を杭状に形成して射出。
弾数にして2048発。もう出し惜しみは無しだ!
『喰らってみせろ!!!』
『ォァァア!!!!!!』
対象のハッコは、獣の反射速度で、ことごとく打ち逸らし回避した。想定通りに予想以上。
吐いた息が届くほどの近距離に接近。届かない手を伸ばして――〔生命吸収〕起動。
『ナぁッ?!?!』
心臓から手中へ、生命の脈動が流れ込んでくる。視界がクリアに戻り、わずかに治癒が速まる。
未知の情報に晒された吸血鬼は、ついに余裕が無くなり、初めて瞳を動かしてソレを見た。
転移する先の"座標"だ。
『『――――ッ』』
瞳の角度、瞳孔の形状から、その地点を正確に観測。
振り向く手間も惜しんで、打ち払った鞭の狙いは――心臓だ。
間に障害が生まれた。刀で阻まれた。それも、予測通りだった。
『っ!! ――ッ?!』
そして鞭は、伸びきる直前に〔念動〕によって、軌道が変更される。
放たれた衝撃波の刃が、ハッコの首を刎ねた。
『『――――』』
吸血鬼は怪物だ。無論、それだけでは死にはしない。
しかし、一時的にでも視界を失った者の戦闘能力は、もはや以前と比べるにも値せず。
転移の正確性も欠けた。幾つかの攻防を交えて、そして――。
「ガッ……」
テーブルの脚で形作られた木の杭が、吸血鬼の心臓を貫いた。
◆
大太刀が地面に転がり、生じた炎が体を包み込む。
どうやら〔転移〕は、密着状態では使用できないようだ。
至近距離で浴びる炎は死ぬほど熱いが、直に発火したわけじゃないのでオレは死にはしないな。
服は燃えるけども。コラテラルダメージだから、許してカラメールさん。
『……ぴ、……トゥナ。お前は……お前たちは……』
もう情報を解析しきってしまったらしい。
情報面でも人外とは、呆れるしかないな。
『――ハッコは、事実を知って、どう思った?』
『…………』
そう睨まなくても、べつに煽ってるわけじゃないぞ?
純粋に知りたいだけだ。ODOについての情報なら、全てが知りたい。
『ちなみに、私は、耐えられなかった。だから、抜け出したいんだよ、この世界から』
『……??』
吸血鬼ハッコは無言。なぜか変な顔をしてオレを見た。
まぁ急にあんな情報を大量に送り付けられて、真実味のある情報だと思うのは狂人だけか。
見れば、ルピスの戦闘も勝利で終わっていた。ネオマの参入で事なきを得たようだ。
正直退避してたかな――なんて思っていないよ?
助けに入ってくれるとオレは信じてた。結構かなり、間違いなく。
『つくづくこの世界の住人は興味深いな。君が見てきた記憶も……少しで良い、教えてくれないか?』
ダメもとで情報をくれないかなと問いかけてみる。
はたしてハッコの返答は――いかに?
『……嫌デす。私の記憶は私だけの物でス。誰にも渡しまセン。主にダッテ、*****にだッテ……』
吸血鬼は、自身の記憶を失いたくないと怒った。
彼女達にとっては、人生そのものだ。自身を殺す敵なんかと、共有などしたい筈も無いだろう。
『――そうだな。ごめん。そんじゃ、さようならだ』
最後は吸血鬼らしく、敬意を以て、吸血でトドメを刺そう。
首筋に牙を突き立てる。ゆっくり確実に、血液を吸い出していく。
『……ふ……ァァ、やハ……ォ前ハ、吸血――――』
やがて炎は消えて、吸血鬼は灰に変わった。
喉奥に流れ落ちた血は、ドロドロに濃くて甘く。
暗くも澄んだ、味わいだった。
そうして長くて短い勝負の決着がついた。




