不明なデータPが格納されました
ドンドドーン、カランカランガラーン♪
小さな虹色の花火が何発も打ち上がり、華やかな音色のベルが鳴り響いた。
『おめでとうございまーすぅっ! ななななんと特賞の限定アバターPチケットが当選いたしました! わーパチパチ! ドンドンぱふっー!』
「……えぇ、なんですかそれ」
真っ先に考えたのは、これ詐欺じゃないか?という疑惑だった。
"~が当選しました"というインパクトと共に相手に高揚感を与え、判断力を鈍らせている間に様々な不利益を押し付けるという、大昔に流行った商法だろうと。
『やったねお兄ちゃん! あっ、お兄さんの方が良かった? いきなり年下から馴れ馴れしく呼ばれるのは怒るかな? わたしまずっちゃった!』
「そんな事よりPチケットって何ですか?」
『そ~クール! かっくぅいぃぃい!! それとも照れてるのかなっ?! シャイなブラザー?! いいねっ、もんすっごくいいねっ!!』
「…………」
テンション狂ってる上に話が通じない。
やべぇぞこいつ。たすけて。
◇
混乱に次ぐ混乱。未知の存在を前にしたせいか、ナノマシンがエラーを吐いてるようだ。
このまま退室処理するか迷ったが、一旦現状でも再確認して、バグりかけた思考を落ち着けよう。
金曜の早朝。遠路遥々やってきたここは、北アルプス第五都市コロニーが運営している広大なサイバー空間『ランサー』。現実の日本と同じ社会秩序と、物理法則が適応されている仮想世界である。
ランサー内の商業区。自身の意識を移したアバター体で歩いて見て回れる施設として、大昔から国内外で圧倒的なシェアを誇っている『天領STORE』
その一角にあるのがここ。曰く付きの品々が並ぶナノマシン専用の消耗品売り場だった。
現在、同売り場に俺以外の人の姿はない。早朝ということもあって閑散としていた。いつも通りだ。
いつもの時間に、いつもの場所で、いつものように消耗品を買った。そしたら今日はおまけでクジ引き券が付いてきたので、流れでSTORE出口に設けられたコーナーで引いてみたところ、特賞が当選した。
冷静に考えなくても、怪しい事この上ないなぁ。
「チケットについて説明お願いします。なければ要りません」
『――はぃっ?! こ、こちらの当選品はですね? その名の通りゲーム内で使用可能なアバターの引換券となっておりますっ。とってもとぉっても特異な個体でしたが、潜在能力は私のお墨付きです。よかったね兄貴ぃっ!!』
「そうなんですか」
意外と丁寧に説明してくれた。どうやらゲーム内の初期キャラが優遇されるプレミアムなチケットらしい。
ただし目の前のコレが……人ではない姿のそれが、念押しするほどに特異なアバターのようだ。
薄黄の肌と赤の鱗。背中に虹色に輝く4対の翼を持った、体長が2mほどの空飛ぶドラゴン。
アバター操作は、外見が人型から離れるほど難易度が上がる。しかし滞空している姿は自然で違和感もない。AIとは思えないので、中の人は長時間の習熟訓練を積んだプロアクターだろうか。
首にかかった名札いわく、ゲームのマスコットキャラらしい。『カワイイ虹竜シュガーくん!』と色付き文字で強調表示までされているが、残念ながらデフォルメが半端でそれほど可愛くはなかった。
『おやっおやっ? そんなに私を見つめちゃって、もしかして惚れちゃったかな~? この潤いと張りのある体が欲しくなっちゃったのぉ? でもごめんなさいっ! こちらのスペシャルボディは非売品になっております♪』
「…………」
別に欲しくもないし、需要も無いだろうさ。
特賞の限定アバターが使用可能になると言われても、喜びは無かった。タイトル名すら知らないゲームだったからだ。あと初期キャラの時点で格差があるとか、明らかにクソゲー臭いし……。
ぐるりと見回して、コーナーの垂れ幕に描かれたソレを発見する。
『オプティマイズ ドリーマー オンライン:Optimize Dreamer Online』というらしい。
直訳で、夢見る人を最適化……?
夢見る人とは、旧神的なアレか。もしくはフルダイブ技術に依存した現代人を指した言葉だろう。主に皮肉や自虐として、フルダイブ型ゲームが流行りだした頃から用いられているスラングだ。
それを、最適化……。意味のわからないタイトルだった。
『? 反応が薄いですよ? さてはまだ疑ってますね? 嘘じゃありませんし、夢でもありません! いいからどうぞお受け取りくださーい。チケットの使用は1回限りです。泣いても笑っても一回限り! ご注意くださいませ♪』
「……受け取ります。通信端末はどこですか?」
『プリーズ・タッチ・マイ・ホーン!』
「そうですか、はい」
とりあえず貰っておけるものは貰っておこう。この胡散臭いドラゴンではなく、現代のネットワークシステムと天領STOREの準特級AIと、何より自身のナノマシンを信じた。信じてしまった。
ドラゴンのツノに左手で触れて、限定アバター交換チケットなるデータを受信する。
『わっ、とっても通信がスムーズだ! お兄さんの素体は素晴らしい導入者だったんですねぇ。……羨ましいなぁ』
「……? 羨ましがられるような物じゃない、ですよ。幼い頃から使い続けていて慣れているんです。古い機種ですから、そのゲームもプレイできるか怪しいし――」
適当に話を合わせながら、意識のほとんどはデータの受け取りに集中していた。
出ていく情報が無いか、念のために送受信双方の状況を監視し続け、問題なく終了すると同時にツノから手を放す。
データは消去ができない代わりに転送・譲渡のみ可能。複製は不可で、解析も不可能? ……え?
『いいえこの虹竜シュガーくんの眼に狂いはない! 心配ご無用です。こちらオプドリに必要なのは通信環境のみ! 犬猫ペット用の極小量ナノマシン群でも、なに不自由なくプレイが可能なのです。ご自宅のペットちゃんと一緒に、散歩気分で遊んじゃってください♪』
「…………」
なん、嘘だろ。なんだ、このデータは。
読み出せたのはデータ名『規格外アバターP』と、記載されたコメント『状態:種族のみ調整可』
たったそれだけ。たった1ペタバイト程度のデータなのに、大半の中身がブラックボックスになっている。
信じられない。確かな規則性はあるのに、それが分からない。信じられない。
「ペットは、飼ってませんね」
『人間でも可ですよ。ご一緒にプレイできる友人や彼女はいらっしゃいます?』
「いません」
『それでしたら~私なんてどうですぅ~? 特別にフレンド登録致しますよ~?』
「……。えぇ、ぜひ宜しくお願いしま――」
『あっ、ごめんなさ~い♪ 登録はゲーム内に限ります! 出会う機会があったら、その時はヨロシクね☆』
「さいなら」
ただの販促文句じゃないか畜生ヘビめ。
まぁチケットデータは手元にあるんだ。無理して関係者に取り入る必要はない。体内ナノマシンのリソース全てを当てれば、多少なり中身が分かるだろう。
おそらく認証キーではなくキャラデータそのもの。……容量からの推測に過ぎないが、個人を構成するパーソナルデータだろうか。
悔しいが、解析困難な暗号技術には非常に興味がある。
意識を生身に戻してから、改めてじっくり調べてみよう。
『それじゃ~ね♪ ドゥリンク大陸へのご来訪、心よりお待ちしておりまぁす!』
俺は適当に目礼して、天領STOREから退室処理を始め――。
『お兄さんに最適なモノがいっぱい手に入るから、絶対あそぶんだぞ桃川優羅くん!』
「――なっあッ?!」
退室処理を中断! 慌てて振り返ると、珍妙な竜は、特設コーナーごと消えていた。
近場の端末オブジェクトから、天領STOREの店員であるサポートAIに問い合わせてみる――が。
『A.浦島太郎様。そのようなコーナーは設置されておりません。アバターの存在も確認されておりません。見間違えではないでしょうか』
「んなバ――。そう、ですか。お手数かけました」
『お買い上げありがとうございました。またお越しくださいませ』
んなバカな。今までの全てが白昼夢だっていうのか?
それよりは天領STOREの仮想空間が、丸ごとハックされていた可能性の方が高いだろう。
俺は名乗った覚えはないし、このアバターはランダム生成した一般古代チャラ男型の1つだ。
金髪日焼け肌にサングラス。服装はアロハシャツ&海パン。名前は浦島太郎。秒で分かる偽名だ。
しかし個人を特定できる要素は皆無の、はずだった……。
受け取ったチケットデータも、既に完全隔離済み。
可能性があるとすれば、さっきの通信時に情報を抜き取られたか?
いいや、それこそまさかだ。そんな不自然なデータの流れは確認できなかった。
自宅から後をつけられていたか? それとも所属学校、もしくは実家の関係者か……。
「…………」
分からない。方法は不明だが、最悪ナノマシンのシステム領域に、バックドアや遅効性のウイルスAIが仕掛けられた可能性は考慮すべきだ。
そんな痕跡は1バイトも残ってないが、なにせリアルに命に関わる……
〔現在8時42分。忘れていたら急げ、あと3分で停車駅に到着するぞ〕
「――げっ、もう時間か」
セットしていたアラームに気付いた俺は、後ろ髪を引かれる思いで、天領STOREからログアウトした。




