闇の先に救いを求めて
――夢じゃない夢を見た、気がした。
今回のそれは、いつもと少し違う死亡の感覚だった。
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種族レベル:1→12 Up!
種族能力:〔状態異常耐性〕 New!
〔念動〕New!
★P専用夢想ストーリー:『裏切り者の吸血鬼狩り』Clear!
┣敵対:"禍々しき門/エスマーガ血族" New!
┣ルート消失:『禍々しき吸血姫』『開放された少女』etc.
┗職業レベル:1→6 Up!
※拠点『儀式用の石棺』で復活:残り5秒
ログアウトしますか? →『いいえ』『はい』
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(……ストーリぃに敵対ィ?)
急に来たな。なんだこれは?
まず種族レベルが一気に上昇した。
これは想定内だ。状況から推測して、吸血鬼を倒して上がった分だろう。
その結果、新たな能力を2つ習得した。
前者は、そのまま状態異常に対する抵抗力の獲得か。どんな異常に効いてくるのかは不明だ。
後者は吸血鬼らしい超能力……? キマツルの最期が硬かったのは、これ使って防御していたのか?
どちらも解説やフレーバーテキストが無いから、実際に試してみて使い心地を確かめる必要がある。
(……不親切なシステム)
そして夢想ストーリーとかいう、後付け臭いゲーム要素が出てきたぞ。
勝手に変な名称のルートとか設定するなと、N1000あたりに文句を言ってやりたい。
裏切るもなにも味方のつもりなんて無かったし。姫とか、なぜか妙にイラっときたし。
しかしこれで、アバターにキャラ背景があったというのが確定したわけだ。
専用と言えば、事前に[N1000]から固有魔法を持ってると情報を得ていたか。
【自動復活】以外でも魔法が使えるはずだけど、使い方は今のところ不明だ。
謎の言語と共に炎を発生させたり、氷漬けにさせたり、プラズマジェットらしき現象を発生させたりと、キマツルの魔法も非常に気になるが、分析が不十分のまま中断したからなぁ……。
アバター関係のストーリーを辿っていけば、習得の機会やヒントが得られるのだろう。そう願おう。
そしてクリアの報酬なのか、職業のレベルも上がっている。
RPGらしく、職業に沿った行動をとった覚えは……無いな? そもそもこのアバターの職業は何なんだ?
ボーナス分の経験値でも得られたのか。それともストーリー自体が職業に沿った行動だったのだろうか?
なんにせよ、今はやるべき事がある。
時間が経過し終えて、アバター体の再構築が完了した。
◆
「復活!!」
【自動復活】完了と同時に全力スタートダッシュ。ここからは時間との勝負だ。
城の吸血鬼らに見つかる前に、シロクマを回収しに向かうのだ。
誰にも渡さんぞぅ。あれはオレのものだ。オレだけのシロクマだ!
「くまっくまっわはははっ! ――ゎガッががががぼ?!」
予想外の速度が出て、階段で転んだ。あげく顔面が凹み下ろされた。
おのれ石階段、段差と角っちょに思いやりがない欠陥建築めっ!
「……ぐぅっ!?」
治癒完了――まで時間が短い? 死ぬ以前と比べて、体の調子がだいぶ違うようだ。
レベルの上昇分だけ、基礎能力が底上げされている、のか?
地面を蹴ってジャンプする。上昇分は――1.1倍くらいだ。
仮定、種族Lv1で+1%だな。職業レベルが関わっているのかは不明だ。
最大何レベルまで上がるかは知らないけど、このまま上昇し続けたら……まぁ凄いことになりそうだ。
(ほっ、やっ、トトト、せい!)
ジャンプ。ダッシュ。壁蹴り連続ジャンプ。空中三回転捻り。
操作感覚を最新のアバター体へ更新しつつ、前回の死亡地点である城の搬入口まで戻って来た。
「ごとーちゃー……くぅ?」
ストップ。馬車とシロクマが、変な奴らにわらわら集られている。
――ッチ、早いな。もう敵が来ていたか。
まじゆるすまじ。速攻で排除しよう……と思ったのだが、なにやら状況が変だ。
(……んんンン?)
その集団は、全員が子供だった。
◆
薄く質素な服を着た子供たちが総勢――19名。吸血鬼では無さそうだが、人間でもない。
獣の耳とか翼とか角とか、人間にはない部位が生えている。種族がバラバラだ。
敵か味方かプレイヤーかNPCか。いったい何をやっているのか。
怒り焦りもろもろを鎮めながら、城壁の上から少し観察してみることにする。
「落ち着け。馬車だけでは、領域を抜ける前に死ぬぞ」
「このまま居っても食われるだけやろ。そこを退きぃ、急がなあかん」
背中に羽を持った黒髪の男と、狐っぽい耳の青髪の男が言い争いをしていた。
青い狐耳の方は、ハルバードで武装している。あれを回収されたか。
「だからこそ落ち着けと言っている。吸血鬼を1体、なんとしても生け捕りにしろ」
「あの怪物を相手に? 最前の戦闘見たやろ、関わるんは命を投げ捨てる阿呆だけや」
そうだね。キマツル君は怪物だったね?
命を大事に考えているので、プレイヤーじゃないな。ODOのNPCかな。
「だが、方法はそれしか無い。極寒の外気への耐性。雪に嵌らないよう荷台を浮かす魔術……念動の異能だ。あの吹雪の領域を生きて抜けるには、最低限それらの対策が必要だ」
彼等にとっても緊急時のようだが、冷静で判断力を残している。
ODOの知識があって、分析もできると……なるほど。
キマツルもそうだったが、ODOのNPCに搭載されているAIは、リアル寄りで優秀らしい。
仮に彼らが敵だったとしても、最低一人は捕えて情報源にしたいところだ。
AI作りの参考にもしたい。……ダメだ、段々と子供たちが情報資源の山に見えてきた。
「ほな軽くしよか。そしたら最後ん数人くらいは抜けれるやろ?」
「ッ! 可能性は、0ではない。だがそれは――」
「みぃんな助かるなんて夢物語は言わんといてな。冷気が恐ろしゅう感じるんなら、一端立って僕が外で御者になったる。僕が死んだら赤髪ぃ、次はお前がクマを牽きい」
「はぁ!? 無理に決まってんだろ? 俺は変温の種族で――」
青狐くんは、赤髪の男の子に向けてハルバードを突き付けた。
「……あんさんも男やろ? 戯言ほざくんなら、シバくで?」
「お、おぅ。分かった、やるよ! やりゃ文句ねえだろ?!」
笑顔で脅してますよ、あの狐っ子。こわい。
リアル少し下の中学生くらいの年齢っぽいのに、覚悟決まってるなぁ。
「ラディ兄! し、死んじゃだめ! ぼうりょくもやめて!!」
――と、ここで間に割って入ったのは、狐耳で薄黄色の髪をした女の子だった。
あまり顔は似ていないけど、耳は狐耳だし兄妹だろうか?
とすると、もしかして妹を守ろうとして見境なくなっている感じか……。
(――んむんむ)
とりあえず、現段階の敵らしいエスマーガ血族とは、直接的な関係は無いと判断する。
子供を吸血鬼の囮にするのは気分が悪いし、シロクマ連れて逃げられるのもアレだ。素直に介入しよう。
時間も無いので、城壁から大ジャンプする。2回目の飛び降りともなれば慣れたものだ。
「吸血鬼が、ドーン!!!」
「「「「――ッ!?」」」」
集団のド真ん中に着地&乱入。見事な直立姿勢で決まった。
地点誤差は5mm以内。身体制御は完璧に掴んだな。
「はい。とりあえず、こんばんは?」
シロクマ泥棒の子供たちに、ご挨拶。
これがオレと彼等とのファーストコンタクトになった。
◆
「女吸血鬼ッ! 馬鹿な――!?」
「う、嘘や! あんた、確か、死んだはずやろ?!」
「?!?!?!」
一部ビビりまくってるけど、問題ない。この3人なら、どう行動を取られても対処はできる。
主導権を握りたいなら暴力よりもインパクトだ。スマートかつ平和的な解決法と言える。
「「――――」」
偶然すぐ近くにいた狐耳の女の子とラディくんへ、交互に笑顔と視線を送る。
すると騒ぐのを止めて、引き攣った顔でハルバードを返してくれた。
ほんとに優秀だ、一瞬で現状を把握してくれた。勘のいい子は好きだ。
「ふぁー生き返ったっす! 姉御は無敵なんすかっ?!」
姉御? 急になに言ってんの、この……うさみみ娘?
金髪でウサ耳生やした女の子が、ぴょこぴょこ跳ねながら無警戒で近寄って来た。
跳躍の動作に違和感がある。この足……両足とも義足だ。
素材は骨と金属で、ずいぶんと造りは原始的だが、決して雑ではない。
一部にギミックが付けられているような箇所も確認できた。
仕込み兵器で暗殺企んでる可能性があるな。要警戒対象だ。
「末姫様ぁっ!? 御無事でしたの!!」
こっちは姫? 奇麗なドレスを着た紫髪の子も近寄って来る――が。
「待ってキャノちゃんっ。あの方はお亡くなりになったの、人違いだよっ!」
「――クきゅ!?」
鎮圧された。緑髪の子が、的確に体幹を崩して頸動脈を絞め落とした。
システマの流れを汲む暗殺術みたいだな。……プレイヤーか?
警戒対象が多すぎる。吸血鬼側のスパイが紛れ込んでる可能性も捨てきれない。
やっぱり子供相手だけど、予定通り隔離する方向で進めていこうか。
「君たちが何なのかは知らないけど、あんまり時間が無い。一旦安全な場所まで運ぶから、早く馬車に乗って」
「「「「――――」」」」
彼らは困惑した様子で視線を交わし合って、そして頷いた。
すぐに荷台に入る子供たち。考えていたよりも素直に乗ってくれた。
移動の前に、シロクマの回収も忘れてはならない。
馬車と繋がれた金具を力技で破壊して――も良かったが、折角だからここで試験運用を済ませておこう。
(〔念動〕起動――?!)
その瞬間。アバターの座標情報が書き変わるような異様な感覚と、情報の洪水が全身を駆け巡った。
〔念動〕扱い方そのものはNプログラムと同じで、直感的に操作ができる、みたいだ。
Nプログラムと類似したシステムのようだが、その原理というか処理は全くの別物。
対象のベクトルを認識&干渉して、物体を移動させるというトンデモ能力だった。まさに超能力だ。
(……ぅ"ぉー途端にリアリティが低くなった。チートかこれぇ?)
Nプログラム[No.2]で観測した金属分子に、圧を掛けて金具をせん断。シロクマを開放した。
ゲーム的な能力と言えども、流石にこれは、酷いと思う。使えるものは使うけど……ぅーん。
「? 君は、逃げないの?」
開放したシロクマがお座りしたまま動かない。逃げ出す気配が無い。
輸送牽引用の動物として訓練を受けているのか。この世界の動物もまた、良いように使われているのだろう。
仕方が無いので、シロクマ様を背負って運ぶことにした。体格差があるけど例によって馬鹿力があれば問題ない。
ふわふわな腹毛がぬくい。獣特有の匂いもする。仕方がないなぁ、もう仕方がない。
「んぅ――――、あっと全員乗ったかな?」
最終確認のために荷台を覗き込む。
すると、その中に未確認の子供が1人混じっていた。
やけに白い猫耳の女の子が、オレを凝視している。
「た……た、助けて、ください!」
「へっ?」
なぜ、初対面の子供に命乞いをされている。
何も怖がらせるような真似はしてない、よな?
やはりキマツルか。城に来るまでにキマツルが悪いことしたんだな? そうに違いない。
「オケー、OK。危害は加えないよー。大丈夫だよー?」
某如月さんの口調を真似て、無害をアピールする。
リアル遭遇が若干のトラウマになっているから、記憶情報からの再現程度なら楽勝だ。
白い子の反応は、首を一生懸命に横に振って否定していた。
若干、表情に恐怖も浮かべている。……人選を間違ったか。
まぁいい、言葉より行動だ。このまま運んでしまおう。
「そんじゃ動かすからねー、掴まっててー」
吸血鬼の遺灰は残したままだ。
灰を追跡するような手段が無いとも限らないし、門番が居なくなる以上、証拠隠滅にもならないだろう。
絶対なんかの素材に使えるな。後で残っていたら回収しよう。
――〔念動〕起動。
荷馬車全体に掛かる重力ベクトルに干渉。均等に6/10を反転させる。
(……ん???)
浮かないな。念動は他人に直接干渉はできないのか?
だったら20人分の総重量を加味した上で、反転・増大……浮いた。
「ぉぅファンタジー、ゎぉふぁんたじー」
子供を乗せた馬車とシロクマを担いだ自身の体が、フワリと浮かび上がり上昇していく。
体内のエネルギー残量的なものが、ちょいちょい減っていってる感覚はあるが、まだまだ余裕がある。
なんで吸血鬼キマツルは、最初から使わなかったのかと、不思議になるくらいの低燃費具合と便利さだった。
(ベクトルを45度折ってー、速いな。減速してー、降下してー……はい到着っと)
ほんとに余裕で馬車まるごと運べちゃったよ。
無茶苦茶すぎるなぁ。
「到着したから出てねー。入り口はその噴水。馬車隠すから早く降りてねー」
子供たちを促して、秘密の地下室に誘導する。
馬車の荷台は、隠蔽するために一旦解体しておこうか。
(――ん、あぁやっぱりそういう子達なのか? でも、外したのか。やるなぁ……)
荷台の床には、手錠や鎖が散乱していた。あの子達が自力で外したもののようだ。
外せるような道具は無かったように見えたが、どうやったんだろう。
手錠の作りを確認しながら、馬車の釘を一本一本抜いて板や車輪を分解する。
どちらも構造は単純だ。遅くて15秒もあれば復元できるだろう。
ほんとなんなの、この汎用性極まった万能能力。なんか腹立ってきた!
「はぁー。今までの苦労とか、オリジナルNプログラムがゴミみたいだぁ……」
「あの……あのっ――けほっ」
「ぅん?」
ODOの仕様に嘆いていたら、さっきの白い女の子が、噴水の脇で座り込んでいた。
この子、気配が薄いから心臓に悪いな。
「……お願い、します。助けて……助けて、ください」
死人のような白濁した瞳には、異様なほどに熱が篭っていた。
こうまで必死に命乞いとは、さては本格的にオレの心を折りに来ているな?
「あーと、ね? 何度も言うけど、オレは危害を加えるつもりは無いから――」
「違います! ち、違うんです……」
別の用件か。黙って聞き役に徹しよう。
「ぉ、お願い……ごほっ――します。私をッ――」
そして、白い女の子は言った。
信じられないことを。
「私を、吸血鬼に、変えてくださいっ……!」