荒ぶる現代人
吸血鬼の居城に、シロクマの牽引する馬車が来る。
ODOを始めて最初のイベント、一応チュートリアルになるのか?
「…………」
護衛なし。御者は……顔を露わにした青年だ。
色白で赤い光を放つ目は、吸血鬼だろうか。長い耳を持つ金髪のエルフにも見える。
荷台の中身は何だ。空のまま輸送しているとは考え難いが……。
「――よし、襲おう」
細かい事は後で良い。酷使されてるシロクマだけでも開放する。
そう決意すると、襲撃の準備を始めるため、城壁から飛び降りた。
◆
よくある吸血鬼の弱点と言えば、銀とか木の杭だろう。
銀も杭も無かったので、中庭で良さげな木の幹を調達して、己の心臓にぶっ刺した。
「ハッ――ぁれ?」
ミスった。肋骨で狙いが逸れて1mm横に外した。
抜けば傷は即座に治癒される。再度、勢いを付けて刺す。
「フんっ――ぉっ?」
激痛が走って、身体が燃え始めた。
ここでいったん引き抜くと、炎上の勢いが緩まる。
しっかり奥まで差し込むと、炎上の勢いが強まる。
「……………………おっそ」
死亡まで10秒以上もかかった。太陽光に比べたら速度がゴミクズだ。
5秒後に棺で復活。最速で移動を開始する。
悪目立ちするドレスを道中に千切り捨て、布の一部で長髪をまとめる。
中庭で木の枝を、もう2・3本ほどへし折っていくことも忘れない。
(丈夫なのか脆いのか、分からないな……)
吸血鬼の身体は、急所と呼べる場所は心臓だけだった。
現代の一般人なら、まずナノマシンの制臓器がある腹部が第一の急所になる。その上で脳と心臓を破壊しなければ即死はしない。首を切られてナノマシンが豊富に含まれる血液の多くを失っても危険だが、繋げば死なないので致命傷ではない。
ちなみに一般型ナノマシン制臓器の正確な場所は、盲腸と膀胱の間だ。虫垂を魔改造して成長していき膀胱と接続。最終的な重量は300gほどに収まる。
城壁を再びパルクールで登る。
(さて、シロクマどこに行った……?)
いた。もうかなり近くまで来ている。
裏口に回り込むのか。外壁を迂回して進んでいた。
……他の吸血鬼と合流されると厄介だな。
けれど、走っている最中の馬車を襲うのは、シロクマに被害が及ぶ。
可能な限り見つからないよう、城壁の上を移動して先回りしよう。
――[No.9]起動。
皮膚を変質させ続け、迷彩効果を得るNプログラムだ。
リアルの体で素のまま使おうとすると、全身の皮膚にショック死するほどの激痛が走るが、ODOの吸血鬼なら剣山で雑にブラッシングされる程度まで抑えられる。
やっぱりすごい便利だ吸血鬼。
(あそこは、城の搬入口みたいだな。見張りは1人……いや1体、あれも吸血鬼か?)
馬車の進む先に、門衛と思しき吸血鬼が1体いた。
こそこそと裏道ルートを通って、頭上まで移動することにする。
◆
門番の武装は斧付きの長い槍……ハルバード? 服装は薄手で、銃器の類は確認できない。
近寄ってきた馬車に気付くと、嬉しそうに迎え入れていた。
「ようやくご到着か、キマツル。盟主様がお待ちかねだぞ」
「キヒヒっ、英雄の凱旋よ? もっと盛大に歓迎してくれてもいいだろうよ」
やや訛っているが、流暢な統星語を話している。
2400年代のAIに開発された拡張性の高い万能プログラミング言語で、現代でも用いられている世界共通語だ。
ODOのNPCが用いているとは思わなかった。なにせ生身の演算力では理解困難な言語だからだ。
「自信満々だな。首尾はどうだった?」
「上々だよ。主様の情報通り、商会のガキは白離の最上級品。田舎も転々と漁って上級品も19確保してきたよ」
気になる情報はありそうだが、欲をかいて時間を掛けるのは悪手だ。
会話中の意識が逸れた瞬間を見計らい、上空から奇襲を仕掛けよう。
「ぉお素晴らしい! だが追跡は、されていないだろうな?」
「キヒッ、俺を誰だと思ってんだ? ……舐めてんのかよ?」
吸血鬼同士で敵意を滲ませた。この瞬間を――逃さない。
城壁を飛び降りる。その途中で壁を蹴って落下速度を加速させる。
狙うは首元。鎖骨の隙間めがけて、木片を振り下ろした。
「油断はするな。盟主様に深手を負わせた国お――ぅグッ!!?」
「……ぁ"? なんだぁ!?」
木片を根元まで押し込み、吸血鬼の心臓まで届かせた。
発生した炎は、事前の想定よりも激しい。
――[No.8]起動。強化された片腕を犠牲に首を飛ばし、断末魔をカット。
炎に巻き込まれないように距離をとる。
「てめぇ、新入りか!? 何をやってやがる!」
2体目。再生用Nプログラム[No.7]起動。
治癒の時間を稼ぐために挑発を試みる。
「黙れ。滅びろ」
「待て! てめぇは俺達の仲間――」
治癒完了。[No.15][No.9][No.8]逐次起動。
最大加害パターンの算出。皮膚の迷彩化。そして身体強化。
皮膚の錯視を交えて死角から突撃。殺傷に最適なモーションで木片を突き出す。
「ぁ"――ッ?〔変化〕!!」
突き出した木片が、心臓を――素通りした。
こちらの動きに対応して、透明な霧に変化した? 馬鹿な。
「くそっ化け物め……」
意味不明な技を使われて無効化された。
卑怯だろあれ。結果に納得がいかないぞ?
『――どっちがだよ? 起きて早々に同胞を殺りやがって……仕置きだ【氷縛】』
「!?」
虚空から声が聞こえたと思ったら、オレの足が氷に覆われた。
ノーモーションで拘束された? 魔法か? すぐに解析を――。
『炙れ【炎衣】』
「ンぁ?!」
と思ったら、今度は視界が炎に包まれた!
上半身が炎に覆われ、ジワジワと焼かれる。
振り払っても消えない。まるで意味が分からない!
「ッ!!??」
『熱いかよ? けどよ、あいつの熱さはこんなもんじゃなかっただろうよ……無念だったろうに、なぁ?』
現象を分析しながら、視線をその先に動かす。
1体目は灰に変わって、そのままだ。復活する気配はない。
「――ッ!」
このまま仲間を呼ばれたら、逃げるしかなくなる。
チャンスは今だけだ。死に戻る時間は無い。
『血狂いの新入りよ? てめぇ、何考えて同胞を殺した? まさか記憶でも残ってんのか?』
炎は消えない。巻かれる熱が、思考を邪魔してくる。
こいつだけだ。今ここで倒す。慎重に対処方法を練っ――
『こいつも"期待外れの出来損ない"かよ? まあ〔支配〕した後で、盟主の前で洗いざらい吐かせてやる。覚悟しておけよ?』
「…………」
分析処理を、すべて中断。
ここで滅す。
『……吸血鬼、如きが……私を、語るか』
『? チッ、諦めが悪りぃな。まだやる気かよ? 力の差が――』
[No.2][No.13]同時起動。
1μsで周辺情報のすべてを脳にフルコピーする。
脳がひび割れ、悲鳴を上げる。忌々しいほどのリアリティ。
しかし、見つけた。対象は――30m上空。
吸血鬼は翼を生やして空を飛行していた。霧と化していたのは一時的な状態だったか。
それはそうだ。無敵状態がいつまでも続くはずがない。
『――分からねぇのかよ?』
重ねて[No.7][No.8][No.9][No.12][No.14][No.15]同時、起動。
処理力が人体の許容量を超過。脳に深刻なダメージ。
襲い掛かるすべての感覚を強制フォーマット。
氷に覆われた両足を、ブーストした筋力で切断、高速修復。
取得した周辺情報をもとに、機能不全の5感を補完・正常化。
地面の石畳の形状から、脆性破壊に最適な打撃点を算出。踵で踏み砕く。
爆砕した破片を、上空の敵に目掛けて蹴り飛ばす。
「無茶しやがるッ、だが無駄なんだよ!」
対象は霧に化けて回避、回避、回避。
確かに避けるのは上手い。反応速度と飛行能力も脅威だ。
破片のいくつかを別方向に殴り飛ばす。地面に落ちていたハルバードを弾いて回収。手元に手繰り寄せる。
並行して霧化……変化による回避動作を続ける、対象を観察。回避パターンを割り出す。
飛散していた最後の破片を蹴り上げ、変化を誘発――その兆候を感知。
出現予測済みの空間に目掛けて、ハルバードを全力で投擲する!
「!? 嘘だr――ッがぁあ!?」
実体化した直後の頭部にクリーンヒット。
辛うじて反応をしたようで、奪えた視界は半分に留まった。
皮膚の迷彩を併用して死角へ移動。そのまま城壁を駆け上がって大ジャンプする。
「け、ヒヒッ! 掛かったな最大火力だ【集い移ろえ"水"よ】!!」
「ッ!?」
白い閃光が夜空を奔り、オレの胸を貫いた。
◆
熱線が胸部を貫いた。……けれど、それだけだ。
刹那の間に[No.14]による最小被害パターンの算出が終わり、身体を捻っていた。
心臓に直撃はしていないし、受けた反動も最適な回転で受け流した。
胸の炎が全身に移って焼け死ぬまで、おおよそ30秒。
その時間は、あまりにも、長すぎる。
「残念。こんばんは」
「なッ!?」
全Nプログラムの処理が自動停止。修復用の[No.7]と、改良型護身用Nプログラムを起動。
ハルバードを手繰り寄せて、顔面を掴み上げて、"最大火力"の炎をお裾分け。
「――ギぃっ!? ぁぁ"ぁ"あ"熱いぃぃい!! 」
「だろうね。わかる」
派手な爆発の魔法とかで、弾き飛ばすのが正解だったろうに。
飛行の能力を持たないオレなら、それだけで詰んでいた。
このキマツルという吸血鬼は、応戦するべきではなかった。
プレイヤーなんて無限復活してくる謎生物だ。消しても消えない新種のウイルスの類だろう。
真っ先に逃げて、仲間を呼ぶことが正解だった。……もうさせないけど。
『――ッ血が?! 止めろ離れよ!俺はてめぇの仲間だぞ!? 同胞を殺すなど――』
「うるさい、知るか、はよ滅べ」
密着してるからか炎が付いてるためか、もう変化は出来ない様子だ。
それでも往生際が悪く空中で暴れる。これは吸血鬼流の格闘術か?
人体構造に囚われない予測困難な動きをしてきて、心臓を刺しにくいったらありゃしない。
『しょ、正気かおめぇ!! なんなんだよてめぇはぁぁあ!!??』
「現代人だ! 動くな、触るな、変態がぁ!」
この野郎、ベタベタと体を触りやがる。鳥肌が立つ!
一応こんな状況を想定して、密着状態から確実に制圧できる特殊モーションは仕込んである、が……。
まさか、オレ自身が使うことになるとは思わなかった――[No.8]起動。
「ほろべしねっ〔逆肩車(表)〕!」
『げ、ぉゴ!?』
背後から両足を交差させながら肩車。ふとももと脹脛で相手の首を挟みこんでホールド。
腰のひねりを加えつつ最速で首を捻じ折る! 反動と腹筋屈の勢いを乗せて……脇腹を刺突!
「てい!」
『ゴバアァ!!』
これが必殺〔逆肩車(表)〕だ。ちなみに背後から暴漢に襲われた際の(裏)もある。
なお、武装はリコーダーを想定しているし、普通の小学生だったら大人を悶絶させるくらいのダメージで収まる、はずだ。
今回は特別だ。強化込みの吸血鬼パワーでゴリ押して、心臓まで届かせた。
『グ、グ、ゥォォオオオオ!!』
トドメの一撃が入った、はずだった。
飛行用の翼も失って、後は放置していれば炎上して滅ぶはずだが、なんか頑張って最後の抵抗とかし始めた。
「……君、しぶとすぎない?」
落下の軌道が変わって、なぜか馬車に特攻しようとしている。
なぜだ? あそこに何が――シロクマに、ぶつけるつもりか?
キマツル君。それはな、許されざる行為だよ?!
「やめろ! くたばれ、おらぁっ!」
皮膚が異様に固たい。強化した素手で心臓ボコっても止まらないんですけど!?
「マジで、止めろっ! すたぁっぷ!?」
『ォォォォボオ"オ"オ"!!』
無敵の自爆モードってやつか? この吸血鬼、ロボだったのか!?
「ぁわわわわ――ガブゥァ!?」
最終的に血迷って、噛みついた。
人の尊厳を捨てて、犬のごとく首に噛みついてしまった。
(――歯!? は、通るのか!!)
犬歯が皮膚を突破した。こうなったら顎の力に全力だ!
現代人? なんだそれは知らん、とにかく可及的速やかに排除すべし!
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対象:キマツル [100]
HP: 1/1125
BP:201/6333
状態:念動鎧、飢餓、炎上中
※吸血鬼化――不可。対象:上級吸血鬼
※血族加入――不可。主君:エスマーガ血族第1世代『コンソフ』
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血の味と共に、何やら頭の中に情報がズラズラと……。
「はも!? ずゾゾゾゾ――」
『ギィ!?!?』
即座にキマツルの状態を理解して行動に移った。
牙を通じて限界まで血を吸う。
「――けぷんっ」
そして、キマツルの体が干からびると、抵抗が消えた。
初めて吸った血の味は、脂っこい緑茶味だった。ストレートに不味い。
予想通り。BPとはブラッドポイントの略だったのだろう。
吸血鬼が保有している血液量か。ただの血、というわけでもなさそうだ。
『主、さ……m……』
そして吸血鬼キマツルは、地面に落ちる前に燃え尽きて、灰となった。
「さらふぁ、キマフル」
悪は滅びた。
そしてオレも、巻き添えで滅んだ。
あの魔法の炎は、術者が死んだからといって、効果が切れる優しい仕様ではなかったらしい。
ちょっと強すぎだと思う。