鬼スペックMod特盛り競合ヨシ!
――視界が広がる。
雲1つない星々が輝く夜空が、目の前に広がっていた。
「…………」
ログインは、2回目も問題なくできたようだ。
寝ていた石の棺から身体を起こして、周囲を見る。
「よし」
場所はログアウト時と変わらず中庭だった。
時刻は夜7時くらいか。太陽が無い空は暗いが、寒さは感じないな。
種族の特性で暗視が働いているためか、視界は問題なく見えている。
「運ぼう」
とりあえず復活地点である棺を持ちあげて、安全な地下室に運び込んだ。
今までご苦労さん。また明日の朝から酷使するからよろしくお願いします。
「さぁーて、夜はなにしようか」
現実には見られない星空の下なので、ちょっとテンションが上がる。
広い中庭に自由に出れるようになったが、どうしよう。
城の中を探索する前に、身体の動きだけでも慣らしておいた方がいいか?
「シュババっばばばっ――」
無手でも出来る近接格闘の型を、一通り流してみる。
意外にも呪い付きのドレスは激しい動きの邪魔にはならなかった。
現実世界にも、思考に同期して形状変化する機械布はあるが、あちらは重いし高いし一般市民に出回ってもいないという、セレブ層とファッション界御用達の贅沢品だ。
ODO世界では、ありふれているのだろうか? 呪い付きだから何でもありってオチかもしれない。
アバターの身長は140cm少々だ。高校の授業で導入させられた対人制圧戦闘術は役に立ちそうにない。
その代わり、調整したばかりの小学高学年用の総合護身術プログラムが使える。
もちろん肉体の基礎スペックが人外なので、そのまま適応はできない。いくらか調整は必要だ。
リアルの小学生が、軽い踏み込みで10m飛べるはずもなく、はないか……。
「……わりと飛ぶんだよなぁ小学生」
ハッキリ言おう。現代の小学生は、強い。
少子化、地球総人口の減少、フル関係者の贔屓もろもろの影響を受けて、最新技術で手厚く優先的に保護されているからだ。
オレが小学生の時ですら、体育の授業の際に筋力強化用Nプログラムを使って、人外の動きしてた同級生は何人もいた。
あのあとすぐに筋肉が皮膚ごと断裂して、全身血まみれの集団となって病院に運ばれていったのが、トラウマの記憶として印象強く残っている。
眼球筋まで強化されてたものだから、マジでホラーだったんだよな……。印象が強かった分、プログラム作成の参考にはなったけども。
どうやら噂では、当時の第1都市コロニーの小学生が作って配布したものだったらしい。
子供に配慮されてか犯人の特定には至らなかったが、その影響で担当指導教員が責任問題で退職されて、巡り巡って多くの都市コロニーでは、習熟経験を持つ高校生がマンツーマンで指導するようになったとかなんとか。
「んー……」
今度の課外活動が、ちょっと不安になってきた。
予習と思って、もう少し動いておこう。
◆
とりあえず1時間ほど掛けて、小さな体の動きに慣れてみた。
本格的に、Nプログラムを併用した動作チェックに移行する。
「吸血鬼の基礎スペックだけでも、強化済みと同じことはできる。……なら」
踏み込みからの単純なストレートパンチ。
そこに身体強化のNプログラムを併用すると……どうなる?
――緊急用Nプログラム[No.8]起動。
短時間の身体強化。全身の筋肉を限界以上に強化する。
「ハッ――!!」
素足が石畳を抉り、景色が吹っ飛ぶように流れ、音の壁を遥かに超えて拳が突き出される。
一瞬で67%の筋繊維が機能しなくなった。治癒は2秒で終わったが、筋肉痛の余韻は残っている。
……設定どおりの処理が、正常に終了した。
痛みのフィードバックが少ない状態だと、痛覚を軽減させる必要もない。治りも速い。
これはいいな。現実と比べると、かなり楽に使えるぞ。
「でも敵ないと、威力も分からないか」
素手で直接当てたら、確実に自分の腕も吹っ飛ぶことは分かる。捨て身の自爆技だな。
ただ吸血鬼は夜間だと、身体能力と共に治癒速度も2割ほど高くなるようなので、戦闘中に使う機会が全くないわけでも無さそうだ。
夜間に腕を完全に失った場合、自然回復で生えるまで…………20秒か。まぁまぁだな。
「ちょい痛い……」
もいで生え変わった腕を休めつつ、次の検証に移ろう。
◆
他のNプログラムも起動テストしてみる。
といってもオリジナルのNプログラムは、どれもこれも緊急用のものしか用意していない。
対象がAIだったり、生きた植物や動物が必要だったり、修復不能な強度で自己暗示を掛けたりと、試すに試せないものばかりだ。
「ぽゎー……」
最初の[No.0]は、そういえば既に試してたか。忘れていた。
小学以前の幼少期に作ったものだけど、最も多くバージョンアップを繰り返してるだけあって、現役で問題なく機能するNプログラムだ。
細かな理由とかは忘れてしまったが、当時からタロットカードの大アルカナに因んで、全22種を用意しようと考えていたようだ。
未完成の18と最後の21以外の番号は既に埋まっている。その内でもODOで使えそうなのは……半分だな。
具体的には、0、2、7-9、11-15、17、20。
「びみょうだなぁ」
自己蘇生用の[No.20]については、リアルの生身で使用した事は一度も無い。ODOでもわざわざ使う機会は無さそうだ。
なんせODOには【自動復活】とかいう完全上位互換のトンデモ能力がデフォルトで付いてる。
せいぜい1万回の死亡で、いくらか動作が最適化できれば嬉しい、といったところだ。
「――どゎっ!?」
思考速度を上げる[No.13]は、治癒速度の向上によって負担が減り、さらなる負荷を強いれるようになった。
難点は体感時間が加速しすぎて、終了時に身体の操作を忘れてしまうこと。気を抜いていると転びやすくなる。
「ほい、ぶちっとな」
緊急再生の[No.7]は、ただでさえ高速化された自然治癒が更に速くなり、失った腕が5秒で修復された。
リアルと比べて3倍の速度だ。凄いぞ吸血鬼。普通に化け物じゃん。
「にににー……ぁぃぉー……」
使用を躊躇う[No.17]は、あんまり信用したくない曰く付きだ。
2年前の年末に、知り合いのオカルト研究部の部長に依頼されて作った、占い専用Nプログラムである。
自身が持つ全知識&記録と、機能限定した[No.2]で得た対象情報から、決定論的コスモス力学を用いた予測結果に、古今東西のありとあらゆる占術をぶち込んで作り上げたナニカ。
制作途中からオレ自身も理解できなくなった計算過程を経て、最終的になんかそれっぽい道筋を出力してくれる謎プログラムだ。
使い過ぎると変に気疲れを起こすので、連続使用は控えるようにと注釈を付けて売ったら……意外にも好評で、1年分のマテリアルドリンクを追加報酬に貰ったのを覚えている。
最近部長から届いた古典的な手紙によると、オーロラ教団とかいう奇妙な宗教を創設して、大金持ちになったとかなんとか。
結果から見るに、そこそこ良い方向に導いてくれるプログラムらしい。
「……んーむ」
さっさと城を調べるが吉――と示してくれた。
まぁ、そうかもなぁ。
◆
そんなわけで気分を切り替えて城の探索だ。
城内に通じる扉に向かおうとして、ふと思い直した。
こんな人外の筋力があるのに、敵と罠がわんさか仕掛けてられてるかもしれない城内に、無策で突撃する必要はないのではなかろうかと。
(外壁に掴める場所はある。いけるか)
ということで隠密行動しつつパルクールである。
検証された身体能力で衝撃を消しつつ、計算されたルートを最短で進む。
城壁をぴょんぴょん登って、窓から内部を確かめてみた。
(気配はするけど、誰もいないなぁ……)
誰かがいる感じはする。ただし人間ではない。足音が一切無いし、呼吸音も聞こえない。
内部からは、こびり付いた古い血の匂いと、人間味の薄い生活感が感じ取れた。
(……血の匂いが強く感じるのは、吸血鬼特有の嗅覚か?)
察するところアンデッド――吸血鬼の居城という感じだろうか。
他にも棺があれば確定と見てよさそうだ。
もはや現代には存在しない、古い建築様式の石造りの城。城の機能をもつ宮殿というべきか。
歴史的建造物と比較すると、西暦3000年の節目に起こされた月隕石の飛来――【地月崩壊】(The E-M Collapse)で倒壊したとされる、ヴェルサイユ宮殿の原形に似ているように思える。
ただし、大まかな形状は円形の環状体だ。
(――N1000の話じゃ白い建物らしいけど、白くは無いな? それとも見えていない場所に、本体の天守があるのか?)
これだけでも立派な建物だし、見晴らしがよく見栄えもいい場所に建てられていそうだ。
四方に尖塔があるので登ってみて、周辺地形を確かめておこう。
人もしくは、友好的な怪物の暮らす城下町でもあれば嬉しいが――。
「うわぁ。真っ白というか……これは、こう来たか」
何もなかった。城の周辺は真っ白な雪原だけで、何も無かった。
それどころか城を中心に、半径1kmほどから先が、暴風雪の壁に覆われて何も見えなくなっていた。
城の上空は晴天の夜空が広がっている。それ以外は真っ白という……なんだここは?
地表面まで降りて来たスーパーセル? もしくはホワイトアウトの中の台風の目?
現代のどんな気象現象にも当てはまらない、明らかな異常な空間だった。
「……遭難前提で棺を運びながら街を目指す……むりか」
賭け事はあまりしたくはない。
ODOの世界の総面積や国家の位置など、全体像についてもまだ把握しきれていない。
道があったとしても雪で埋まっていて見えない。やみくもに歩いて街に着けば良いが、数週間、下手したら数ヶ月も吹雪の中を彷徨う羽目になったら、目も当てられないぞ。
城内に移動の助けになる物が有ればいいが、なければ最悪そうなりそうだ。
本格的に、城に居るであろう他の吸血鬼を探すか。
吸血鬼って空を飛べたりしないのだろうか? 雲の上まで出られれば、比較的楽に移動はできそうだが――。
「んんん……んンっ?!」
なんだ。何か吹雪の向こうから、来た。
四角形の箱――違う。馬車だ!
「わっ、ゎゎっ、ぅぉゎー!」
すげぇ。昇降車とリニア以外の車両が動いてる所なんて初めて見た!
リアリティ高いな! それも動物が牽いてる。もちろん遺伝子強化された動物だろ?
「――あれ?」
でも、馬の類じゃないな?
保護色になってて非常に見辛いが、白い毛に覆われた大型の動物だ。
犬、でもない。あれは知っている。博物館で見た事のある幻の獣だ。
名前は――。
「……シロ……クマ?」
ぇ、白熊? なんでシロクマ? ほんとにシロクマ??
絶滅種の代表格で、ファンタジーの定番。ロマンの化身で、伝説の獣シロクマ様だぞ?
それが御者に鞭でビシバシ叩かれて、馬車なんか牽かされて、猛スピードで、こっちへ来てる?
「??? ゅ、ゆるすまじ……」
なんなの、アレは、とんでもねぇ蛮族だ。冒涜的ですらある。
どうしょ……どうしてくれよぅ?