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トランスブレイク  作者: ホウ狼
第1章:目覚めるP
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怪物たちの住まう世界

 ――ログアウト完了。

 そんな情報を認識した瞬間。N1000との接続が切れて、自宅のベッドに置かれたリアルの体に意識が戻って来た。


 現在の時刻は……午後9時9分? ODO内部だと2倍速だから、12時間も経過してたのか。

 延々と燃えていたせいで、まるで夢でも見ていたかのような感覚になってるな。

 今も仮想世界を揺蕩っているような曖昧な感じがする。


【【【お帰りなさいませ、優羅様】】】

「……あぁ、ただいま」


 帰還を感知した自宅AIから、通信波を受信する。

 しかし、それ以上の意見や反応が無い。


『全AI。フルダイブ中に問題は?』

【【【ございません】】】


 確認してみたところ、躊躇なく断言された。


「……まぁ、そうか。そうだろうな」


 オレも探ったが、自宅内のネットワークに異常は確認できない。何ひとつ侵入の痕跡は残っていない。

 [N1000]のハッキング技術は、リアルタイムの監視ですら察知できないようだ。

 とんだ怪物もいたもんだ。これは本格的に探っていかないと、怖くてコロニー内も歩けなくなるぞ。


『AI-マリン。風呂に入る。着替えの準備を――を?』


 ベッドから立ち上がろうとしたら、その場ですっ転んだ。

 全身の動きが鈍く、受け身も取れなかった。


「マスター!? 如何なさいましたか!?」


 AI-マリンの慌てた声が聞こえて来た。

 寝室で音声スピーカーまで起動しているところ、本格的な異常事態だと思われたらしい。


『大丈夫だ。これは――』

(歩幅の違いでバランスが狂……いや、この感覚は違うな?)


 身に覚えのある感覚だ。体内のナノマシン制臓器にアクセス。

 すると、すぐに異常の原因が見つかった。


(栄養が枯渇? 前回の補給からまだ6時間だぞ!?)


 保有エネルギー量が0。ナノマシン用マテリアルの備蓄も無くなっていた。

 つまり空腹だったのだ。身動きが取れない程、腹が減っていた。


『……AI-テンクン。マテリアル補充済みナノマシンを10ml。脇腹に向かって射出してくれ』

【? 数時間前に補給した――】

『空腹で動けないんだ。早く頼む』

【畏まりました】


 サボテン型AIサーバー機器から、複製・保管しておいた体内ナノマシンが針状に形を変えて射出された。

 狙いは正確で、脇腹に的中した針は体内ナノマシンに取り込まれ、20分程度の行動に必要な栄養が補給される。

 これで緊急時の投射は3回目だな。……小学校以来か?


『AI-マリン、予定通りに風呂に入る。着替えと浴槽の準備を頼む』

【――本日はスチームバスのご用意を行わなくとも宜しいのでしょうか?】

『必要ないよ。久しぶりにゆっくり入りたい気分なんだ』

【……。畏まりました】


 問題ない足取りで脱衣所に入り、服を脱ぐ。

 無論、ODOとは違うのだから引き千切ったりはしない。普通に脱ぐ。


(……男の体だな?)


 身体は、男だ。……当然に、決まっているだろう。

 なにやら不穏な予感が頭をよぎったのは、バカげた気の迷いか、女性型アバターを使用していた弊害か。

 チケット使ってODOを始めたのは失敗だったかな……。



 ○



 第100都市コロニーに暮らす市民が得られる恩恵はいくつかある。

 安全な住居だとか、CCCの利用権だとか、教育だとか就職といった恩恵は、日本国内の全てのコロニーに共通してる。

 この都市の特典の一つには、各家庭への温泉の無料配布があった。


 高い設備費を支払わなくても、最新のオートメンテナンス式の液体パイプが自宅まで敷設され、無料で温泉に入れるのだ。

 今日の今日まで無駄な特典だなぁとは思っていたが、そうでもなかったらしい。

 湯船に沈んでいるだけで、妙に気分が良くなってきた。まるで生まれて初めて温泉に入ったような新鮮な感覚に浸れたのだ。

 1日に6000回も日光に()られていれば、水も恋しくなるか。


「優羅様、入浴中失礼します。ご質問をよろしいでしょうか?」


 浴室の音声スピーカーが起動した。音声パターンはさっきと同じAI-マリンだ。


「質問? いいよ、なに?」


 髪が濡れているため、通信波は使用不可だ。

 口頭でAIに応対するのは、ちょっと正確性が欠けるが、仕方がない。


「先ほど自宅ネットワークを調査された形跡を確認いたしました。優羅様はフルダイブ中に自宅に不正侵入されたとお考えなのでしょうか?」

「……そうだよ」


 自宅どころか体内に直接侵入されてたわけだけど、そこまで正直に言わない方が平和そうだ。

 AIそのものが信用できないというわけではない。AIの学習および成長の過程に、不安要素を入れたくないだけだ。


 3種ある自宅AIの中でも、特にAI-マリンの学習には気を使っている。

 なんせオレが中学2年の頃の作品――というか夏休みの自由研究で、某ウイルスAIを参考に制作・学習を開始したオリジナルAIだ。生まれて2年も経っていない赤ちゃんAIでもある。

 当時リスペクトしていた天才AI製作者"マリス"の名前の一部を(ぱく)って、"マリン"と名付けた。公で本名を口にしたら警察機構にテロリストとしてマークされるという、世界的に超有名人な女性(故人)だ。

 そんな感じに元が元なので、ちょっと不安定というか、なんというか……。

 今でこそ従順だが、昔はかなり荒れていたんだ。具体的に言うと、当時住んでた自宅が全焼させられた。


「けど気にする必要はないよ。侵入してきたあれは特級AIだ。相手が悪すぎる」

「――特級、それは本当ですか?」

「本当だ。下手したら特級以上の怪物だよ。張り合うだけ無駄だからな?」


 特級AIは別名、惑星AIともいう。

 惑星規模の仮想空間を管理できるスペックを持つ、という意味でそう呼ばれている。


 国が国なら、機械の神などと崇められている存在だ。

 現に月のAIフルは、世界各国の主要コロニーで信仰されている。災害をまき散らした【人造悪魔(サイバーデーモン)】も、今でも一部カルトや自然体主義の過激派などで信仰され続けている。

 それほどの影響力を持っているからこその"特級"。


 世界規格で評価すると、AI-マリンは所詮"1級AI"だ。

 2段階以上も格上を相手に、変にライバル意識を持たれても無駄なんだ。


 それは、オレでも同じことが言える。


 今日は情報収集のためにODOを始めた。

 将来的に、そういった超存在を正面から相手取る、というのは夢物語だろう。

 欲しいのは、それらの影響から逃れる技術。一時的に防げる方法だけでも手に入れば万々歳だ。

 焦らず、高望みもせず、気長にやっていこう。



 ○



 という事で、風呂上りにODOにログインしようと思う。


『AI-アース。消灯後、投射機構にマテリアルドリンクの補充をしておいてくれ』

『AI-テンクン。引き続き体調管理を頼む』

『AI-マリン。自宅ネットワークを監視。訪問者がいたら全員お引き取り頂け』

【【畏まりました】】【……畏まりました】


 やや反応が怪しいが、指示した以上は問題なく遂行してくれるだろう。

 自宅AIに指示を出し終わった後、マテリアルドリンクを2本確保する。

 一本はベッドの枕元に置いておき、一本は開封。

 1日に2本飲むとか正気を疑うが、正気でODOなんてやってられるはずもない。

 グイッと一気飲み――する、しよう――した!


「ンッ――――ぐぅ?」


 あれ? 苦味が、若干薄くなっている?

 相変わらずゲ○不味い。不味いが、普通に飲めてしまった。

 いつもこれくらいの不味さなら、毎回覚悟を決めなくても飲めるのに、と思うほどに。


(おかしい。空腹のせいか?)


 それとも素材に"アタリの個体"でも混じってたのか。

 製法を考慮すれば、その可能性も十分あり得るが……。


(……損してないなら、別にいいさ)


 ベッドに寝て、ナノマシンをフル稼働させて、アバターを展開。

 対象は――選ぶ必要もなく、ソレは其処(ソコ)に存在していた。


 宵闇の中で光る2つの金色の瞳が、不気味な怪物を見るような目で、此方(こちら)を見ていた。

 きっと今のオレも、同じような目でソレを見ているのだろう。


 そして精神がN1000に引きずり込まれ、フルダイブが始まる。

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