始まりと復活のVPP
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等などは、架空であり実在するものとは関係がありません。
とある雪国の人里離れた山の奥深く。
細氷舞う森の古城で、一人の少女が目を覚ました。
(んっ? もう始まった? OPもイベントもなかったけど……? あっ、こいつ動くぞ?!)
少女はパチリと瞼を開けると、寝転がった状態から勢いよく上半身を起こした。
そして低すぎる天井に頭突きして、"ゴモっ"と鈍く重い音を響かせた。
(痛ぁッ――くない? あぁそういえばこの種族、痛みのフィードバックが薄いんだっけ……。触覚そのものは、ある。一定以上の刺激がカットされてるみたいだ)
少女は豪快にぶち当てた頭部をスリスリ擦りながら、己の身体の状態を確認していく。
(皮膚の張り、筋肉の収縮も再現されてる。動作全般がすごいなめらかだ。気持ち悪いくらい凝ってんなぁ……)
細く華奢な腕を抓り、手足を開いたり閉じたり、握力を確認したり、etcetc。
視界に掛かった髪を房にして観察する。髪は"薄桃色"という現実離れした色をしていた。
そこでピタリと、少女の手が止まる。
「ぇ、まさか女アバた――っちょェ"?!」
高音のソプラノボイスが反響する。
それは紛れもなく少女の声だった。
「ぅっわ声、たっか……? まじかぁ。しかもコレ、声帯じかに振るわせてボイス生成して――ぐっ。し、舌の長さが微妙に違って、うまく呂律が廻らにゃぁ――。くビュっ!」
少女の両手は、半ば反射的に喉を握りしめていた。気道が塞がり呼吸も止まってしまったが、苦しむ様子はない。
羞恥を表現できるほど豊かな表情は浮かんでおらず、赤みも無い真っ白な肌のままだったが、鋭く輝く金色の瞳だけは、細かく震えて感情を出力していた。
恥ずかしい、と。
(ダメだダメだ。リアリティが高すぎて、これに慣れたら現実に影響がでる。発声は基本なしだ。ソロ予定だし大した問題は無いだろ……たぶん)
少女は自身の感情にケリをつけると、早々に次の行動に移った。
(光源が無いのに不自由しない明るさだ。デフォで暗視の能力でも持っているのか……?)
明るい視界で眺める。すると今いる場所が、床面積にして一坪くらいの狭い密室だとわかる。
扉は無いが、脱出不可能はありえないだろう。
そう少女は推測して、壁面や天井をなぞり、手探りで出口を探っていった。
(細長い箱っぽい形状……。初期地点と種族を考えれば、棺の中、とかか? なら施錠は、されてないと信じて、思いきり持ち上げればっ――よし開いた!)
少女の推測どおり、そこは棺の中だった。
押し上げられた棺の蓋は、横にズレて床に落ちた。
「よっし――ゅォっ!?」
地響きと共に轟音が響き渡り、少女は慌てて出かけていた体を引っ込める。
想定外だったのは大音量、そして少女自身の筋力。派手に落とされた棺の蓋は、重量にして980kg……約1トンもあったのである。
「…………」
しばらく経過。恐る恐るゆっくりと、棺から顔を半分だけ出して、周囲に敵がいないか確かめだした。
その姿は、さながら巣穴から顔を覗かせたリスか。人の形をした小動物のようだった。
(気を取り直して……ここは、どこだ。研究室か? 実験場か?)
部屋のド真ん中に、棺がポツンと1基。それを取り囲む形で、血で描かれたと思しき赤い魔法陣が、びっしりと床に広がっていた。
あきらかに邪悪な儀式の舞台だったが、少女は完全な無人であることに、まずはホッと安堵の息を吐いた。
(ここまで1度も説明もナビゲーションもアナウンスも無かったな。ログ機能もマップも、ステータス表示どころか視界にUIすらも。……自分で調べたり察しろってことなんだろうけど、これじゃリアルより不便だ……)
少女は至って真面目な表情のまま、棺桶から飛び出した。
"ピンク色のドレス"を翻し、衣服に合った自然な動作で着地する。足音も鳴らないほど、ふわりと優雅に。
音に誘われて敵が湧いたり、集まってくることもない。しかし少女の視線は、あっちを見たりこっちを見たりと、そわそわ移動し続けている。
(……? なにか、妙だな。オレ、ここまでビビりだったか? 開始時点で詰むわけがないし、さすがに警戒し過ぎだろ。……というかやっぱりこの正気を疑う服が初期装備なのか? 速攻で売っ払って資金の足しにしてやるっ……!)
息をひそめていた反動なのか。少女は急激に負のモチベーションを滾らせると、決意を新たに怪しい部屋からダッシュで抜け出した。
入口の扉を蹴り開けて、天井の低い通路を突き進み、石の螺旋階段を駆け上がり、隠し扉らしき場所から城の中庭に躍り出る。
「っし、でれたぞー!」
ほとばしる開放感のままに、声高に叫んだ。少女の冒険が、ここから始まる!
それまでの陰気な空間とは打って変わって、屋外はまばゆい光に満ち溢れていた。
少女のゆく未来を歓迎するように、サンサンと降り注ぐ朝日の光が――。
「ぁっ。太陽こじゅゎあわああああ!?!?」
そして少女は炎上して蒸発した。
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称号獲得:『死に急ぎ不死者』New!
取得条件:目覚めてから13分以内に死亡
セット効果:魔法【自動復活】の発動時間を4秒短縮
称号獲得:『敏感お肌』New!
取得条件:太陽光で100%分のHPを回復 or 太陽光で1回死亡
セット効果:太陽から受ける全ての影響が1.1倍
※拠点『儀式用の石棺』で復活:残り5秒
ログアウトしますか? →『いいえ』『はい』
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(…………はぁ?)
後には遺灰の山だけが残った。
◆
こうして太陽光に炙られて約3秒弱で死んだ少女は、当然ながら人間ではなく、そして生物でもない。
彼女は『吸血鬼』。アンデッドの1種で、もはや説明不要なぐらい世界的に有名な種族。そしてファンタジーや伝承で語られる空想上の怪物である。
そんな存在が蔓延るこの世界は、莫大な演算処理によって構築・維持されている仮想空間。VRMMORPGとしての名を『オプティマイズ ドリーマー オンライン:Optimize Dreamer Online』
これは、謎だらけの世界で吸血鬼になった少女。ミルクロワ王国第七王女ピーチトゥナ・ミルクロワ――を、アバターにして操る中の人の物語である。