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トランスブレイク  作者: ホウ狼
プロローグ
1/39

始まりと復活のVPP

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等などは、架空であり実在するものとは関係がありません。

 とある雪国の人里離れた山の奥深く。

 細氷(さいひょう)舞う森の古城で、一人の少女が目を覚ました。


(んっ? もう始まった? OPもイベントもなかったけど……? あっ、こいつ動くぞ?!)


 少女はパチリと瞼を開けると、寝転がった状態から勢いよく上半身を起こした。

 そして低すぎる天井に頭突きして、"ゴモっ"と鈍く重い音を響かせた。


(痛ぁッ――くない? あぁそういえばこの種族、痛みのフィードバックが薄いんだっけ……。触覚そのものは、ある。一定以上の刺激がカットされてるみたいだ)


 少女は豪快にぶち当てた頭部をスリスリ擦りながら、己の身体の状態を確認していく。


(皮膚の張り、筋肉の収縮も再現されてる。動作全般がすごいなめらかだ。気持ち悪いくらい凝ってんなぁ……)


 細く華奢な腕を(つね)り、手足を開いたり閉じたり、握力を確認したり、etcetc。

 視界に掛かった髪を房にして観察する。髪は"薄桃色"という現実離れした色をしていた。

 そこでピタリと、少女の手が止まる。


「ぇ、まさか女アバた――っちょェ"?!」


 高音のソプラノボイスが反響する。

 それは紛れもなく少女の声だった。


「ぅっわ声、たっか……? まじかぁ。しかもコレ、声帯じかに振るわせてボイス生成(せーせー)して――ぐっ。し、(した)の長さが微妙(びみょー)に違って、うまく呂律(ろれつ)が廻らにゃぁ――。くビュっ!」


 少女の両手は、半ば反射的に喉を握りしめていた。気道が塞がり呼吸も止まってしまったが、苦しむ様子はない。

 羞恥を表現できるほど豊かな表情は浮かんでおらず、赤みも無い真っ白な肌のままだったが、鋭く輝く金色の瞳だけは、細かく震えて感情を出力していた。

 恥ずかしい、と。


(ダメだダメだ。リアリティが高すぎて、これに慣れたら現実に影響がでる。発声は基本(きほん)なしだ。ソロ予定だし大した問題は無いだろ……たぶん)


 少女は自身の感情にケリをつけると、早々に次の行動に移った。


(光源が無いのに不自由しない明るさだ。デフォで暗視の能力でも持っているのか……?)


 明るい視界で眺める。すると今いる場所が、床面積にして一坪くらいの狭い密室だとわかる。

 扉は無いが、脱出不可能はありえないだろう。

 そう少女は推測して、壁面や天井をなぞり、手探りで出口を探っていった。


(細長い箱っぽい形状……。初期地点と種族を考えれば、棺の中、とかか? なら施錠は、されてないと信じて、思いきり持ち上げればっ――よし開いた!)


 少女の推測どおり、そこは棺の中だった。

 押し上げられた棺の蓋は、横にズレて床に落ちた。


「よっし――ゅォっ!?」


 地響きと共に轟音が響き渡り、少女は慌てて出かけていた体を引っ込める。

 想定外だったのは大音量、そして少女自身の筋力。派手に落とされた棺の蓋は、重量にして980kg……約1トンもあったのである。


「…………」


 しばらく経過。恐る恐るゆっくりと、棺から顔を半分だけ出して、周囲に敵がいないか確かめだした。

 その姿は、さながら巣穴から顔を覗かせたリスか。人の形をした小動物のようだった。


(気を取り直して……ここは、どこだ。研究室か? 実験場か?)


 部屋のド真ん中に、棺がポツンと1()。それを取り囲む形で、血で描かれたと思しき赤い魔法陣が、びっしりと床に広がっていた。

 あきらかに邪悪な儀式の舞台だったが、少女は完全な無人であることに、まずはホッと安堵の息を吐いた。


(ここまで1度も説明もナビゲーションもアナウンスも無かったな。ログ機能もマップも、ステータス表示どころか視界にUIすらも。……自分で調べたり察しろってことなんだろうけど、これじゃリアルより不便だ……)


 少女は至って真面目な表情のまま、棺桶から飛び出した。

 "ピンク色のドレス"を翻し、衣服に合った自然な動作で着地する。足音も鳴らないほど、ふわりと優雅に。

 音に誘われて敵が湧いたり、集まってくることもない。しかし少女の視線は、あっちを見たりこっちを見たりと、そわそわ移動し続けている。


(……? なにか、妙だな。オレ、ここまでビビりだったか? 開始時点で詰むわけがないし、さすがに警戒し過ぎだろ。……というかやっぱりこの正気を疑う服が初期装備なのか? 速攻で売っ払って資金の足しにしてやるっ……!)


 息をひそめていた反動なのか。少女は急激に負のモチベーションを滾らせると、決意を新たに怪しい部屋からダッシュで抜け出した。

 入口の扉を蹴り開けて、天井の低い通路を突き進み、石の螺旋階段を駆け上がり、隠し扉らしき場所から城の中庭に躍り出る。


「っし、でれたぞー!」


 ほとばしる開放感のままに、声高に叫んだ。少女の冒険が、ここから始まる!

 それまでの陰気な空間とは打って変わって、屋外はまばゆい光に満ち溢れていた。

 少女のゆく未来を歓迎するように、サンサンと降り注ぐ朝日の光が――。


「ぁっ。太陽こじゅゎあわああああ!?!?」


 そして少女は炎上して蒸発した。


――――――――――――――――

 称号獲得:『死に急ぎ不死者(アンデッド)』New!

 取得条件:目覚めてから13分以内に死亡

 セット効果:魔法【自動復活】の発動時間を4秒短縮


 称号獲得:『敏感お肌』New!

 取得条件:太陽光で100%分のHPを回復 or 太陽光で1回死亡

 セット効果:太陽から受ける全ての影響が1.1倍


 ※拠点『儀式用の石棺』で復活:残り5秒

 ログアウトしますか? →『いいえ』『はい』

――――――――――――――――


(…………はぁ?)


 後には遺灰の山だけが残った。



 ◆



 こうして太陽光に炙られて約3秒弱で死んだ少女は、当然ながら人間ではなく、そして生物でもない。

 彼女は『吸血鬼(ヴァンパイア)』。アンデッドの1種で、もはや説明不要なぐらい世界的に有名な種族。そしてファンタジーや伝承で語られる空想上の怪物である。


 そんな存在が蔓延るこの世界は、莫大な演算処理によって構築・維持されている仮想空間。VRMMORPGとしての名を『オプティマイズ ドリーマー オンライン:Optimize Dreamer Online』


 これは、謎だらけの世界で吸血鬼になった少女。ミルクロワ王国第七王女ピーチトゥナ・ミルクロワ――を、アバターにして操る中の人の物語である。

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