パチンコ屋の「パ」の字ってさぁ……
八月。夏真っ盛り。最高気温が35度を超えるのが当たり前のようになったここ最近。今時家にエアコンがない俺は、友人の家に涼みに来ていた。
「よっしー、あのさ──」
「おい」
友人である疋田の話を途中でさえぎる。
「俺のことは吉岡と呼べと言っているだろ。そんなどこぞの恐竜と同じ名前で呼ぶんじゃない」
「えー、すごくカッコいいのにー」
疋田は納得がいかない様子だ。だが、俺は乗り捨てられる運命を背負ったやつと同じ呼ばれ方なんて納得できない。よって、今回は策を考えてきた。
「そうか。お前が俺をよっしーと呼び続けるのならば仕方がない。俺はこれからお前のことを、"ヒッキー"と呼ばせてもらおう!」
言った。言ってしまった。俺は唯一の友人になんて酷いことを。リアルにヒッキーである疋田は、ヒッキーなんて呼ばれてとても傷ついただろうに。しかし、こちらも手段を選んではいられなかったのだ。これで俺をよっしーと呼ぶこともなくなるだろう。疋田よ、本当に、本当に……ザマァァ!!
「おー!!ヒッキー。いいな、それ」
疋田はそう言いながら、満足そうに笑っていた。
えっ、なんで?ヒッキーだよ?一応君を馬鹿にしたつもりだったんだけども。俺の考えが伝わらなかったのかな?それともMなの?
「まるで引きこもりみたいな響きだな」
「みたいじゃなくて、そのまんまの意味でいったんだよ!」
疋田はそうだったのか、なんて言ってまだ笑っている。こちらの意図が分かってもこの反応。ただの馬鹿なのか、器がでかいのやら。
「まぁ、こんなどうでもいい話は置いておいてだよ」
わざわざ物をおくようなジェスチャーをしながら疋田は話しはじめた。
「よっしーも知っていると思うんだけどさ──」
さっきまでの話が本当にどうでもよかったというのがよくわかった。俺の説得は何の意味もなかったという訳だ。
「隣町のスーパーの近くにパチンコ屋あるじゃん?」
「あるな」
パチンコ屋についての話か。閉店したとか?それとも何か事件が?
「あそこのパチンコ屋の看板のさぁ、"パ"の字の部分だけがよく光らなくなるんだよ。それで夜になると"パ"の文字だけ消えてチン──」
「おい、それ以上はやめろ」
マジかよ。俺の説得をどうでもいいと切り捨てた後に話した内容がこれ!?超が付くほどこっちの方がどうでもいいわ!!
「そんな下ネタで笑うのなんて、今時小学生くらいだぞ。お前、今何歳だよ?」
「違うんだ。パチンコの文字がチ◯コになってて、面白いなんて話がしたい訳じゃないんだ」
いつになく真面目な顔で話すんだな。話してる内容は馬鹿丸出しだが。
「ネットで調べてみたんだ。そしたら、全国各地のパチンコ屋でも同じことが起こってたみたいなんだ!」
さも世紀の大発見かのようにこいつは言い放った。
「これほどの頻度で発生するのには何か理由があるはずなんだ。どう思う?」
「そうだなぁ。そもそも"パ"の部分だけが壊れてる訳じゃないんじゃないかな?ほかも壊れることはあるけど、チ◯コの印象が強烈すぎて。だから勝手に多いと思い込んでるとか?」
「やだ」
人の考え聞いてやだっていう返しは、おかしいだろ。
「そもそもそんなことはありませんでした。それで終わりなんてつまらないじゃん」
つまらないとかすごく自分勝手な理由で否定された。でも、そうだな。"パ"だけが何故消えやすいかの理由を解明しても、何の意味もないのだ。それを考える過程を楽しむべきなのかも知れない。
そもそも、もっと有意義な話題で話し合えばいいのだろうが。あぁ、はやくこのくだらない話終わらないかな。
「じゃあ、お前はどう考えているんだ?」
よし。後は適当にこいつに喋ってもらって、俺はスマホでもいじりながら、適当に相槌打ってれば終わるだろう。
「僕はそもそも、壊れて光らなくなったとは思っていない。誰かが意図的に"パ"だけを消しているんだと思う」
「誰が?」
「店の看板をいじる、または、いじらせることができるのはその店の人だろう」
「何のために?」
「それはズバリ"優しさ"だよ」
「はぁ?」
急に話のつながりがわからなくなった。
「パチンコ屋っていうのは、パチンコで遊んでもらってお客さんから金を貰うだろ。つまり、人を喜ばせてお金を稼ぐ仕事だろ?」
「まぁ……」
ざっくりというか、ポジティブな考え方というか、無理矢理パチンコ屋を持ち上げようとすれば、そういう表現になるのかな?
「店の人はもっと人を喜ばせたい。笑顔にしたい。そのための努力をしていくはずだ」
お前の中のパチンコ屋で働いてる人達は、どれだけ良い人達なんだよ。もはや聖人だよ。
「日本のみんなに笑顔を届ける。その為のチ◯コ表記。そう、人の優しさが生んだチ◯コだったんだよ」
優しさが汚すぎだろ!チ◯コだぞ。しかも、というかやっぱり超くだらない話だった。
何が聖人だ。こんな下品なやり方で人を幸せにしようとする聖人がどこにいるんだよ!
「それに今時はこういうのにうるさいからね。下品だとか、子供への影響がとか苦情が来そうなものなのに、それでも実行する勇気よ」
確かに。そんなことしても店が儲かるとは思えない。百害あって一利なし。ハイリスクノーリターン。自己犠牲の極み。この場合はただの馬鹿だが。
「こんな優しい人がいっぱいいるんだ。日本の未来は明るいな」
こいつの考えには全く根拠が無い。全てパチンコ屋の人が、すごく良い人で構成されている前提の話だ。そんな都合の良いことあるはずがない。
「お前の頭はお花畑かよ。俺はお前の未来が心配になってきたよ」
からかうように笑いながらそう言った。それを聞いて何故か疋田も笑いはじめた。
アハハハハハ……アハハハ
「あのさぁ」
「ん、何?」
「さっきさ、お前の話聞きながらスマホで調べてたんだけどさ」
無論"パ"が壊れやすい理由についてだ。
「パチンコの"パ"だけ"゜"ついているじゃん。よくわからんが、その半濁点のせいで元々壊れやすくなっているらしい」
疋田からしたら、だからなんだ、という感じだろうか。
「つまり、人の優しさなんて関係なしに、チ◯コになるのは自然のことなんだよ」
そもそも、こいつは事前にネットで今回のことについて調べていたはずなんだが。何故、知らなかったのか。
「えっ、じゃあ、パチンコ屋に優しさは?」
「無い」
無いとは言いきれないが可能性はかなり低いだろうし、何より、こいつの考えを否定するためあえて言い切る。ザマァ。
無いと言い切られた疋田は固まっていた。そして、2、3秒の間を空けてからゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと死んでくる」
ちょっと死ぬってなんだよ。ていうか自分の意見が否定されたのが死ぬほどショックだったのか!?
「おい、ちょっと待てよ」
「待たない。もうこの世界には優しさのひとかけらも無いんだ。もう終わりだぁ。世界は滅ぶんだぁー!!」
いきなり泣いて叫び出した。情緒不安定すぎるだろ。なんでお前にとってパチンコ屋の優しさが世界の希望になってんだよ!もう意味わからん。
この後こいつを慰めるのに苦労した。まぁ、おかげで今日も退屈せず、楽しく過ごせたからいっか。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
今回初めて小説……と呼べるかわかりませんが書いてみました。
実家に帰ったとき昔からあるパチンコ屋がまだ残ってて、それで思い出しながら勢いで書きました。
内容だいぶスッカスカですね。文字で表現するのって難しい。
オチが弱いのは許してください。お願いします。