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前編

「私は貴女の忠実な下僕です、我が女王陛下」



 見目麗しい黒髪に緋の瞳の青年は幼い少女に跪いた。恐る恐るといった感じで少女から差し出される手を取り、唇を寄せる。ビクッと少女の身体が反応し、手を引っ込めようとするも青年はその手を離さずにいた。


「貴女を必ずこの国の女王にして差し上げますよ。第三王位継承者ミア王女様」


 甘く囁く言葉は毒のように少女、ミアの心を蝕む。ゆっくりと自身は確実に女王になるのだと確信するように心の中に青年、ギャルロンの言葉が浸透する。


「貴女は現王の三番目の子。貴女の上に兄が二人いるが、彼らより貴女の方が王に相応しい」

「……兄さまより、わたしが?」

「ええ、そうですよ。貴女だけは今は亡き王妃の子で正統なる後継者」

「でも……わたしには兄さまみたいに武術の才能も魔法の才能もありません」


 この国の王位継承順は生まれた順だ。ミアが王妃の子でも王位継承順は覆らない。それにミアの兄二人は優秀で、一番上は武術に優れ、二番目は魔法に優れていた。それに比べてミアは何もできないお姫様だ。

 そのことはギャルロンも承知だ。だが彼はミアこそが王になるべきだと心の底から思っている。


「いいえ、ミア様には王子様お二人方が持っていないモノを持っておりますよ?」

「それは……」

「それは、この僕ですよ。このギャルロンさえいれば、貴女はもう何も持ってなくても女王陛下になるのです。そう……僕を見つけた貴女が僕の女王陛下」


 それは悪魔の囁きだった。まだ十に満たない少女の心を蝕む悪魔の囁きだった。





 ***




 時は満ち、幼かったミアは十五になろうとしていた。ギャルロンはあの頃を思い出し、薄く笑みを浮かべる。

 真夜中の一室で眠るまだ幼さが残る顔にそっと触れると、眠りが浅かったのか彼女は薄く目を開けた。


「ギャルロン?」

「ミア様、聖女召喚が無事に成功したみたいですよ」


 この国は災厄が訪れる数百年に一度だけ聖女召喚を行う。聖女の力でこの国の危機を救う為だ。

 現にこの国の隣国は既に魔族によって掌握された。時期にこの国も魔族によって滅ぶだけであろう。

 もうこの国に残された希望は聖女召喚だけだ。


「ギャルロンも召喚の儀に参加していたの?」

「いいえ?」

「なら、どうして」

「分かるものですよ、一瞬の内に城内の空気が清浄されたように綺麗になった。忌々しいですね、聖女というものは」


 ミアはゆっくりと起き上がりベッドの端に座り、ギャルロンに触れようと手を伸ばす。彼女が触れやすいように彼はベッドの上へと腰掛けた。


「身体がつらい?」

「いいえ、まだ聖女もこの国に来たばっかりで聖女としての力は成長すらしていないので。それに僕には聖女の力は効かないみたいですから」

「……聖女はどうしたらいいのかな?」

「そうですね、ミア様はどうしたいですか?」


 私がどうしたい?と小さく呟き、しばらく考える素ぶりを見せたがすぐに首を振った。


「私は生きてていいと思う。ギャルロンが苦しむなら死んだ方がいいんだと思うけど、せっかくこの国に来たばっかりだから生きててほしい」

「ええ、そうですか。なら生かしときましょう」


 勢いよく座ってたベッドから立ち上がるギャルロンは子供が悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。


「ミア様にはこの国の女王陛下になって頂きたいと言いましたが、この国じゃなくてもよろしいですよね?」

「……ギャルロンの国の女王陛下になるの?」

「いいえ? 僕のところに貴族とか王族などはありませんよ。みんな無関心なのですよ、無欲で無関心で何も持っていない、ただ言いなりになるだけの……まぁ、それはどうでもよろしいじゃないですか」


 貴女には是非とも


「この世界の女王陛下になって頂きたい。我が女王陛下」






 ミアはギャルロンに抱きかかえられたまま空中で一時停止している。空中にいることができるのはギャルロンが得意とする魔法の一つだ。

 自分が生まれ育った城が燃える姿なんてこの先一生見れないだろうとミアは目に焼き付けるように城を見つめていた。そんなミアの横顔をギャルロンは愛おしそうにうっとりと見つめる。


 炎の中から三つの人影が見える。一人は防御魔法を展開した第二王子で、彼は今にも息が絶えそうな第一王子を抱えている。第一王子にまだ使えなれない治癒魔法をかける聖女の姿が確認できた。



「おや、王子方も生きておられたのですか。聖女は生かすようにしたのが仇になったか?」


 ゆっくりとミアを抱き抱えたまま、彼ら三人の前の地面に降り立つ。


「……っ、ミア!?」


 第二王子は驚きに満ちた表情でこちらを視界に捉える。先程、この国に来たばっかり聖女は見覚えのないような服を着て、今の状況を必死に理解しようと落ち着きもなく視線を動かしている。それでも第一王子にかけている治癒魔法は解いていない。


「聖女よ、僕のシナリオでは君しか生き残りはいないようにしたがやはり王子方は優秀ですね。でも一人は虫の息ではありませんか?」


 地面を指差し、ギャルロンは薄く口元を歪めた。


「お荷物は置いていったらどうですか?」

「彼はお荷物なんかじゃない! 絶対に助けるんだから!」


 聖女は今にも泣きそうな顔で叫ぶ。だが決して涙は見せはしなかった。


「そうですか、ミア様はどうしますか?」


 ご自身の兄を助けますか?殺しますか?


「……兄様には死んで貰いたい。兄様がいる限りは私は女王になれない。私は女王になるのだから」

「はい、我が女王陛下の意のままに」


 攻撃魔法を発動する。第一王子は勝手に死にそうなので第二王子を標的として。


「……にげ、ろ」


 第一王子は咄嗟に残りの力を振り絞り、第二王子と聖女の前に出て身を呈して魔法を止める。第一王子は剣術に長けていたが、彼の剣は聖剣であり魔法さえも切れることが出来る品物だ。

 だが、それは彼の体力が万全の時に限る。彼の力で聖剣は本来の力を発揮する。彼の状態ではもう魔法を切ることさえも叶わない。

 身を呈して守る第一王子の後ろ姿に聖女も第二王子も彼の名を叫ぶ。

 彼は選んだのだ。自身の身を消してさえも魔法を止めることを。そして残された二人を助けることを。


「……ギャルロン」

「はい、なんでしょうか?」

「もう行きましょう」

「王子はもう一人残っていますが?」


 ミアは首を振る。彼女が選んだことだというのにきっと彼女は哀しんでいる。母親が違うといっても彼は兄であって、とても大切にしてくれたことを覚えているから。

 ミアを片腕で抱きながらその場を離れた。


 第一王子がいた場所は今では彼が持っていた聖剣だけが存在していた。







「聖女が仲間を増やし、こちらに向かって来ているみたいですね」


 仲間の一人には死んだはずの第一王子の姿もあるそうですよ。

 そう告げると目を見開き、驚いた表情でこちらを見るミアに笑みを浮かべる。


「正確には彼ではないのですけど、彼の聖剣が彼の想いで人型になったらしいです。人型になるには誰かの姿を模写する必要があるので、聖剣は彼の姿を模写したのでしょう」


 なのでいくら第一王子の姿をしていても彼の記憶はありません。あれは聖剣なのです。聖剣が彼の二人を助けたいという気持ちに応えた結果。

 そう説明するもよく分からない表情で首を傾げるミアにやれやれと首を振った。


「まぁ、それに聖女の味方は聖剣や第二王子だけではありません。森の精霊やあとは……自我を持った魔族ですね」

「自我を持った?」

「ええ、魔族は自我なんて持たないのですよ。本来なら……何もない無欲で無関心でただの操り人形です」


 笑みを絶やすことなく言葉を紡ぐと、ミアは手を伸ばしてギャルロンの頰に触れる。温かいぬくもりに心が落ち着くというのは気のせいだろうと彼は息を吐き出した。


「ギャルロンは自我があるように見える。あなたは魔族じゃないの?」

「……ミア様には僕は何に見えますか?」

「花の精霊?」

「…………花の精霊ですか」


 至って真面目な表情のミアの手を取り、ギャルロンはその手に唇を寄せる。

 なぜ花の精霊なのか、ギャルロンには思い当たる節が一つだけあった。ミアがギャルロンを花の精霊と思い込んでいるのは初めてミアと出逢った時のことの所為だろう。

 だが花の精霊というのは大概合ってる、そう言葉にせずに心の中で答えた。


「私はお母様が亡くなった後に気づいたんだけど、お母様が大切にしていた薔薇園に一輪だけ咲いていた黒薔薇を見たの。私が見た時には既に枯れていたけど美しかったの。今思えば、あなたの黒は黒薔薇に似ているのね」

「それは光栄ですね、黒薔薇の花言葉は決して滅びることのない愛ですよ」

「えっ?」

「まるでミア様を想う僕のような花ですね」


 ほんのりと頬を染めるミア。彼女はどこまでも優しくて純粋な少女。

 そんな少女を地獄まで堕としたのはこの僕だ。その高揚感にギャルロンはそっと瞼を閉じた。






 魔族と精霊の違いなんてあってないようなものだ。魔族も精霊もどちらもモノや植物から宿る命だ。その違いがあるとするならば一つしかないのだろう。

 精霊は人に大切にされていたモノや恵まれた土地で沢山の日光で育った植物に生まれる。生まれた精霊は人の温かい心に自我を覚え、人々を守る存在となった。人や植物の生命力が精霊を宿らすのだ。

 それに比べて魔族は精霊と同じモノや植物から生まれるが、精霊との違いがあった。それは魔族はモノや植物の死によって生まれるのだ。特に人に大切にされなかった捨てられたモノや枯れ果てた大地で芽生えた植物が枯れた時に。

 魔族に自我がないのは人の想いを感じたことがないからだ。ただ使い捨てされたモノや使われずに壊れたモノ、そんなモノから生まれた魔族が自分という個体を認識するのは難しい。

 だが時々、人に強い憎しみを持って生まれた自我を持った魔族もいる。そんな魔族に自我がない大半の魔族は利用される。自我のない魔族はモノだった時と同じでただ言いように使われるモノだ。


「そう……今の貴方達のように良いように僕に使われるモノ」


 ミアが育った国の隣国の城は今では人は彼女ぐらいしかいない。後は魔族しか存在しない。

 ギャルロンは城壁の上に立ち、自我を持たない魔族を見下ろす。自我を持たない魔族はただ地面を彷徨っているか、こちらをなんの感情もない瞳で見上げているか、宙に浮いて彷徨っているかだ。


「…………?」


 宙に浮いてた魔族の一つの個体がこちらの声に反応している。自我を持たない魔族には人の言葉は通じないが、同じ魔族同士だと通じるのである。なので操り人形となるのだが、自我がないためそんなことは考えつかない。


「僕が花の精霊らしいのですよ……笑ってしまいますよね。この僕が精霊……愛されて生まれた精霊のはずないのですが」

「…………」


 自我を持たない魔族は何も答えることはないと分かっているはずなのに、こちらの言葉を熱心に聞くような一つの個体にギャルロンはつい語ってしまっていた。

 いつのまにか、周りにいた魔族は一つの個体だけではなく多くの個体が集まっている。まるでギャルロンのことを慰めているように。


「貴方は何のモノの死から生まれた魔族なのですか?」

「…………」


 最初から居た魔族の個体に問いかける。言葉は返ってこないが魔族同士通じるものがあるため、それとなく分かるのだ。


「アネモネだったのですか、綺麗な花ですね」

「…………」

「おや、咲く前に枯れてしまったのですか。綺麗な花ですよ、貴方の髪は白なのでとても綺麗な白のアネモネが咲いたのでしょう」


 魔族はその後は何も言わずにただその場に漂っている。


「僕も貴方と同じで花から生まれた魔族なのですよ。そう……黒薔薇から」




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