初めての実戦
今回は戦いの話。コナンが駆り出されます
「………なんで俺が戦う羽目になるの?」
俺はげんなりしてそんなことを口にする。フェイと話をした翌日、なぜか俺が城、というか街の外に連れ出されていた。目的は魔物狩り。実戦のために駆り出されたのだ。
「お前は実戦経験がないみたいだからな。それを補うためにも一度、実際に経験をさせようって話になったんだ。それと比較的有望な奴らに一度、現実を教えておこうという話もあがってな。今回は俺たちとしても結構切羽詰まってて、あまり悠長なことが出来ないんだ」
引率のガイアが腕を組んでそんなことを言ってくる。
「実戦に出るつもり、ないんですが」
裏で色々指示出している方が俺としたらいい。だから経験などしなくてもいいのだが。
「リフレクション、なんてとんでもない力を後衛配属にするわけないだろうが。指揮官も実戦経験者でなければ出来ない。現場がわからんからな。補給部隊にするには惜しい。だから安全のため、比較的浅い森で俺が引率を行うんだ」
ガイアが丁寧にも何度も説明してくれたことを再度、口に出す。
「何度も聞いたよ………」
理屈はわかる。わかるが、納得は出来ない。
「ならいい加減、黙って戦ってみろ。第一、最低限の身を守る手段を取得してもらわないと、こちらも困るんだ」
「はいはい」
ガイアの言葉に、俺はようやく重い腰を上げる。ちなみに今回、参加者は俺を含めて4人いる。うち二人は声をかけたことがあるくらいで、まともに話したことのある相手でもない。もっとも、残り一人もしっかりと話をしたことはないのだが。
「ようやく話まとまった?」
そのうちの1人、昨日フェイと会う直前に話しかけていたエルフが口を開く。つり目で長い銀髪の、気が強そうな少女である。少女、と言ってもエルフなので、実際は数百歳、なんて言われても驚かないが。
「納得はいかないけど。
俺は新山 琥南。新山がファミリーネームで、琥南が名前だ。よろしく頼む」
「シャネルよ。ファミリーネームはないわ。ファミリーネームがあるあなたは貴族なの?」
エルフ――シャネルが俺に名乗る。ファミリーネームがないのって、異世界だと普通なのか?
「いや違うけど。ごく普通の一般人だ。俺のいたところだと、全員ファミリーネームは持っていた」
「何それ?それだと貴族かどうかわからないじゃない」
シャネルがジト目で俺を見る。
「そもそも貴族制は昔に廃止されてるよ。少なくとも俺は身分に関して考えたことはない」
「理解しがたい世界ね。どうやって政治を動かしているのよ」
「ああ、民主制を知らないとそういうことになるのか」
俺は眉間を揉む。確かに王政なら政治は貴族が取り繕うのだろう。
「ミンシュセイ?仕組みが別ってことね」
シャネルが顎に手を当てる。なかなか頭の回転が速い。
「投票みたいなもんだよ。それで」
俺は視線を別の人物に逸らす。
「………レオン」
視線を送った相手、びっくりするほど巨大な男は不愛想にそう答える。身長は3メートルくらいだろうか。肌は浅黒く、筋肉が盛り上がっている。正直、滅茶苦茶強そう。つーか、こいつの種族は何?巨人、としたら小さいし。
「それだけ?」
シャネルが男を見上げる。男はぎろり、とシャネルを見下ろした。それだけでシャネルは身を引き、逃げる。強面なので、睨まれるとめっちゃ怖い。
「………相手よろしく」
シャネルが俺の肩に手を置いた。無茶言うな。それ以上レオンに関わるとなんか怖いので、俺は残る一人に視線を向ける。
「フィアです。よろしくお願いします」
最後の1人、フィアが頭を下げる。それからじーっ、と俺のことを見てくる。何かしたのだろうか。
「どうした?」
「昨日、アリス様からコナン様に不審な点がないか見て欲しいと頼まれました」
「………」
ならせめて隠せ。監視対象に伝えるな。そんな言葉が喉の奥から出かかる。俺がアリスに警戒されていることも筒抜けになってるぞ。思わず手で両目を覆う。完全に思考を放棄している、これは。
「突っ込みが間に合いそうにないわね」
シャネルも眉間を揉んでいた。不愛想な大男が一人に思考放棄の元奴隷。苦労する未来しか見えない。シャネルが唯一の良心だろう。
「おい、呑気に話してるな。一匹、来てるぞ」
ガイアが俺たちに警戒を促す。すでに安全地帯から出ているのだ。遅すぎる自己紹介である。俺は無言で一歩下がる。戦いたくなどない。
「ウォフ!」
林の中から一匹の狼が飛び出してくる。これが魔物、なのだろう。
「魔力がしょぼい。たいした稼ぎじゃない」
シャネルがそんなことを言い出して背中を向ける。すると当然、狼がその無防備な背中に飛びつく。
「いやああああああ!?」
そんな叫び声と同時に、シャネルが振り返る。火の玉を形成し、狼を攻撃した。狼はその一撃をもろに受けた。
「ガルルル!」
「――え?」
が、狼はその炎を無理矢理突破、軽いやけどを負いつつもシャネルの喉元に噛みつこうとする。
「無防備に背中向けんな!」
俺は叫び、シャネルを押し倒す。それからリフレクションで狼を迎撃した。バキッ、という何かが折れる音がした。それからドサッ、と草の上に落ちる音が。
「ほんと反則だな、そのスキルは。見事にこいつの首が折れているぞ」
ガイアが狼を持ち上げて俺に見せてくる。確かに死んでいた。
「物理攻撃に強いだけだよ。魔法攻撃じゃどうにも対処できない。自分じゃ威力調整も出来ないし」
意外と不便な魔法である。魔法を使ってくる魔物だっているはずだ。それに対して、俺は有力な攻撃手段が――熱があった。まあ、たぶん効かないだろう。
「ちょっと、いつまで乗ってるの?」
下から抗議の言葉が上がってきた。とっさに下を見ると、シャネルがぎろり、と俺を睨んでいた。
「わ、悪い」
すぐさま上から退く。反射的とはいえ、やっちゃいけないことだよな、これ。
「別にいいけど。助けてくれたわけだし」
シャネルが軽く胸部を隠しながら視線を逸らす。まさかとは思うが、触っていたのだろうか?一切感触がなかった。女性の胸を触ったことないけど。そもそも、シャネルのは服の上からも確認できないが。
「それより、魔法の威力が想定よりかなり低かったんだけど。これ、どういうこと?」
それからガイアと俺をシャネルが睨んでくる。
「それは説明したと思うけど?レベルが下がって1になってる、って」
「………眉唾じゃなかったってことね」
忌々し気にシャネルが呟く。これで納得したのだろう。
「それより、余裕見せてたのに実際に襲われたら叫ぶってどうなんだ?」
俺は邂逅中に気になったことを聞いてみる。なんか叫び声が聞こえてきたのだが、何かがおかしい気がしたのだ。
「?叫んでないわよ?あんたが叫んだんじゃないの?」
「そんなわけあるか。相手の行動を注視してたからそんな余裕ねえよ」
第一あんな女性じみたかん高い声で叫べない。そのため二人でフィアに視線を送る。フィアはフィアで、その場でぼーっとしていた。フィアが叫んだとは到底思えない。さらに二人の視線が動く。その先には、頭を抱えて縮こまっている大男、レオンの姿があった。
「き、聞いてないわよお、魔物が本当に出るなんてえ」
そんな声が聞こえてきた。三人は思わず、視線を逸らした。想定外すぎる、これは。ガイアも完全に予想外だったらしく、視線を逸らして額を抑えていた。
そんな空気に気付いたレオンは、大きく咳ばらいをすると、何事もなかったかのように立ち上がる。
「なんだ?」
「いやいやいや、限度あるだろ」
何事もなかったかのように取り繕うレオンに、俺は手を横に振る。その指摘にレオンはプルプルと震えだす。
「だってえ、怖いものは怖いだもん!なんでコナンちゃんは平然としていられるわけえ?」
それから体をくねらせ、そんなことを言ってきた。こっちの方が怖いわ。見事なオネエである。つーか、ちゃんって。
「犬だろ、外見は。そんな恐れるもんじゃないと思うけどな」
俺はガイアが放り投げた狼の魔物の死骸を見る。正直、生きている時よりこっちの方が怖いくらいだ。
「そりゃかなり特殊な部類だぞ。普通、初めて魔物を見たら恐れるもんだ」
「そうか?」
俺はガイアに向けて首を傾げる。それからほぼ無意識に刀を抜き放ち、後ろに向けて振るった。ギャン、という音と共に何かを斬った手ごたえが返ってきた。
「ん?」
完全に無意識の行動だったため、俺は何をやったのか自分で自分の行動に疑問を持つ。後ろを見ると、同種の狼が一匹、頭と体が分離した状態で転がっていた。こっちの方が無理である。思わず目を背けた。
「おいコナン、お前、本当に戦闘経験ないのか?今の動き、とても素人とは思えないぞ」
「ねえよ。刀術のスキルがあるからじゃないのか」
完全に無意識だったからスキルが自動的に応答したのだろう。だから易々と魔物を撃破出来た。
「馬鹿を言え。スキルを持っている程度で魔物を倒せるはずないだろう。それ相応に訓練を積んだ上で、複数人でようやく倒せるようになるんだ。その程度の魔物でも、一人で狩れるのなら十分に一流だ。いくらお前は特別にレベルが30まで上がっている、と言ってもな。変わってるのはその程度の魔物じゃ、お前を傷つけられないくらいなもんだ」
その言葉に俺は自分の手を見る。別に訓練など積んでいない。念のため、特訓をしていた程度だ。レベルは確かに上がっているが、それだけで不意打ちを凌げるはずがない。
「コナン、お前は今いくつだ?」
それからガイアが何か思いついたかのように、そんなことを聞いてくる。
「17だけど………?」
「ふん、2年、ずれてる」
俺が自分の年齢を答えると、ガイアがそんなことを言ってきた。
「あれ、コナンって17なの?私の目だと19って表示されてるんだけど?」
シャネルが驚いたように俺に指摘してきた。
「へ?」
「2年分、こいつの記憶が吹っ飛んでるんだ。もともとこっちに来る直前の記憶がないみたいだったからな。ついでに2年分なかったってことなんだろう。それ自体は別に珍しくないんだが、2年ともなると聞いたことがない。おそらくその間に尋常じゃない戦闘経験を積んだんだ。記憶はなくても、スキルにその経験が蓄積されているはずだからな」
シャネルとガイアがそんなことを指摘してくる。俺は驚いて自分のステータスを確認した。以前見た時はスルーしていたが、確かに年齢が19になっている。2年、ずれている。全身から血の気が引いた。
「お、おかしいだろ!?記憶が2年もないって!何があったんだよ、この2年!それに戦闘経験!?ありえねえよ!俺のいた世界にそんな訓練をする理由なんて――」
「その理由を含めて失われたんだ。お前がユニークスキルを使えないのもそれが理由だな。何かしらの理由で、元居た世界でユニークスキルに目覚めたんだが、レベルがその使用にあっていないから使えない。レベルが上がってもそれ以上の能力を持っていたから、強くなった実感がわかない」
その説明に俺は言葉を失う。なんの説明にもなっていないが、可能性としてあり得ない話じゃない。だが、そもそもユニークスキルは異世界の人間が持つ力じゃないのか?
「異世界人以外に、ユニークスキルを持った人がいるのか?」
俺はガイアに聞いてみる。
「いないな。異世界人だけだ、ユニークスキルを持っているのは」
俺の質問にガイアがいない、と答え、言葉を続ける。
「だからコナンは一度、自分のいた世界とも、この世界とも違う世界にいたんじゃないのか?過去に例があったわけじゃないが、そういうことが起きてもおかしいとは思わない。一つの世界だけが異世界人を呼べる、なんてことはないはずだからな」
ガイアの言葉に俺は黙り込む。一度経験したことが二度起きるか、という内容だ。結論から言えば、ある。すでに可能性はゼロではなくなったのだから。限りなくゼロに近いとはいえ。
「それより、だ。戦闘能力だけで言えば、あれはどうなんだ?」
ガイアが視線をフェイに送る。釣られて俺たち三人は、フェイに視線を向けた。その周囲には、大量の狼型の魔物の死骸が転がっていた。フェイの手には地に濡れたナイフ。フェイ自身の頬にもわずかばかり、血かづいていた。無表情なフェイト合わさって、異様な絵になっている。
「………フェイはリオーンから来た、と聞いてまさかとは思っていたが、やはり戦闘人形か」
ガイアが額を抑える。
「戦闘人形?」
シャネルがガイアの言葉に反応し、復唱する。
「ああ、戦闘人形。リオーンでは戦闘能力・繁殖能力の高い獣人を生まれた時から教育し、魔物との戦闘に特化させた奴隷を作るらしい。リオーンからは何人もその手の戦闘人形が来ている。自発的な意見や行動をしないのが最大の特徴だ」
あまりいい話じゃないがな、とガイアが戦闘人形の話を切り上げる。何度も繋がったことのある世界、それと戦闘人形、か。ただでさえ考えることが増えたってのに。また厄介ごとが増えた。ただでさえ、異世界なんて空想上の場所にいるのに、これ以上悩みの種を増やさないでくれ。
「フェイがほとんどの魔物を片付けてしまったし、今日は終いだ。それとシャネルは後で話がある」
ガイアが首を横に振って本日の狩りを終了する宣言をした。
「………なんで私だけ別に話があるのよ」
シャネルが愚痴っていた。
コナンの実年齢と記憶年齢がずれているのには深いわけがあります。というか、それがこの話の肝になる予定です