声かけ
今回は新しい異世界人が登場します。名前は二人しか出てこないけど
「レベルが下がってるとか、あり得ないでしょ」
俺は同じ異世界人の1人にそうあしらわれる。エルフ耳の少女だ。ほんとに何でもありなんだなー、って俺は思う。ちなみに今は一人で行動している。アリスとドラコは各々で魔物を狩りに行った。この世界の魔物の基準が知りたいんだと。俺は訓練程度ならいざ知らず、実戦は勘弁してもらいたいので注意勧告を行うことにしたのだ。つーか、アリスとドラコがいれば戦闘はどうにかなると思う。タイプは違うが、二人とも面倒見がいい方みたいなので。
スタスタとエルフが行ってしまう。今回もダメか、と俺は息を吐く。かれこれ10人ほど説得をしているのだが、誰一人として受け入れてくれないのだ。中には俺に掴みかかってくる奴もいた。そいつはもれなくリフレクションの餌食になったが。ただそれをやっても、自分が弱体化してるとは気付いてくれなかった。
「はあ、対応策が思いつかねえ」
近くの壁に寄り掛かり、ずるずると腰かける。よほどのガイアの話では、異世界人はよほどの緊急事態にならない限り自分の限界値がわからない状態にあるらしい。人間が自分を傷つけないために力をセーブしている、というのと同じ原理だろう。もしかしたら今の俺の状況もそうなのかもしれない。急激に伸びた力を制御しきれないから、無意識のうちにリミッターをかけているのだ。だから問題なく動けている。
それから王宮内を適当にふらつく。もともと召喚されたのがこの王宮で、その内部なら自由に行動が許可されていた。外に出るには王宮関係者を付ける必要があるそうだ。まだこの世界に関する知識がないが故の措置だろう。酷く行動を制限される、ということはない。
「ん?」
何気なく窓から中庭を覗くと、3人の異世界人が1人の異世界人を囲っていた。囲っているのは男のドワーフ、鎧男、女のダークエルフである。囲まれているのはわからない。つーかあの鎧って、素肌なんだよな?どうなってんだよ。
ちなみに異世界人かどうかは、魔眼で見れば一瞬でわかる。というか自動で識別される。解除方法は不明。害はないんでいいけど。
「いじめか?」
どうにも一部の異世界人にはストレスが溜まっているらしい。確かにいきなり知らんところに連れてこられたのだから、ストレスがたまるのは仕方ない。が、いじめはどうかと思う。俺は窓を開けて声をかける。
「おいそこ、何してんだ?」
俺の声に反応し、三人の背中がびくり、と震える。それから振り返って俺の姿を認識した。
「おう、お前もやるか?」
何故かドワーフが俺にそう誘いかける。
「弱いものいじめして楽しいか?」
俺は窓から飛び出し、中庭に着地する。ちなみに2階から飛び降りた。多少、レベルが上がった恩恵があるのか、体が丈夫になっているのだ。このくらいの高さなら苦なく飛び降りることが出来る。
「何いい子ちゃんぶってんだよ。力が手に入ったんだから使わない理由、ねえだろ」
鎧がそんなことを言ってくる。あまりにもダサい力の使い方だ。つーか、見た目の割に小心者すぎる。
「そうか、ならかかってこいよ」
ちょいちょい、と俺はそいつを挑発する。こいつはあまりにもインパクトがありすぎるので覚えている。召喚された当日、部屋の隅で怯えていた小物だ。それが少し力を手に入れたらこれだ。情けなさ過ぎる。
「は、は、おいらと戦おうなんて、いい度胸じゃねえか!」
鎧が拳を振りかぶって突進してくる。振り下ろされた拳を、俺はリフレクションで返した。メキッ、という音が聞こえた。バキッ、じゃねえのな。
「いってえ!?」
そいつが右手を押さえる。たぶん折れたのだろう。
「も、もう、怒ったぞお!」
「いちいち言葉に出すな。小物臭が強くなるぞ」
鎧が変なことを口に出すから俺はため息をつく。鎧はプルプルと震え、少しずつ大きくなり始めた。
「こ、これがおいらの、ユニークスキル、巨大化だあ!」
文字通り、鎧が巨大化した。
「質量保存の法則、どこいった」
上から振り下ろされてきた拳を見て、俺は思わずそう呟く。結局のところ、物理攻撃には変わりない。難なくリフレクションで返し、ひっくり返した。相手の威力が高くなれば、リフレクションの効果も跳ね上がるのだ。当然、相手に還るダメージも大きくなる。
「あぎゃがああああ!?」
鎧が吹っ飛ぶ。空中で巨大化が解け、落ちてきた。ぴくぴく、とその場で痙攣する。小物とは言え、弱すぎる。
「アーノ、大丈夫か!?」
ドワーフが鎧に駆け寄る。肩を揺すり、やられたことを理解すると、怒りに顔を真っ赤にした。
「よくもアーノを!」
ドワーフはどっからともなく、デカい戦槌を取り出し、俺の頭上に振り下ろしてきた。当然の如く、リフレクションで跳ね返す。武器の衝撃を跳ね返したのでドワーフへのダメージはないが、戦槌は後ろへと傾く。
「お、わわっ」
それから俺とは反対方向――鎧の真上に戦槌が落とされた。今度こそ、バキッ、という硬質な音がした。………これはさすがに死んだか?止め刺したの、俺じゃないけど。
「あ、アーノォ!?」
ドワーフが鎧を助け起こす。完全に反応がなかった。
「お、覚えてろお!」
ドワーフは動かなくなった鎧を担いで、そんなセリフと共に去っていった。完全に小物だな、あれ。
「へえ、お兄さん、やるものねえ」
一人残ったダークエルフが、胸元を見せつけるかのように俺を下から見上げてくる。たわわな果実が大きく揺れた。
「あいつらが弱すぎるだけだろ」
俺は一歩下がり、首を横に振る。正直、この手の色仕掛けしてくる相手は嫌いである。鼻の下伸ばす奴多いだろうけど。
「あら、つれないわね」
「その手の類は嫌いなんだよ。男なら誰にでも通用すると思うな」
つーかあんたはダークエルフだろ。サキュバスとかじゃなくて。なんか妖艶なイメージが――あるな、うん。サキュバスと違って騎士ってイメージもあるけど。
「そう単純じゃないってことね。あの二人は単純だったけど」
ダークエルフがやれやれ、と首を横に振る。つまりあの二人を牛耳ってた、ということか。
「ま、あたしはあたしのやりたいようにやるから。コナンだっけ?お節介がすぎると、身を滅ぼすわよ」
ダークエルフはそんなことを言い残し、その場から姿を消した。文字通り、唐突に。
「うそーん………」
転移魔法!?そんなのありかよ!俺にも使えるかな!?アリスあたりなら使えそうだし、そこから情報を得よう。俺の場合、魔法の原理そのものが根本から異なっているので、我流になるだろうが。アリス曰く、薪に火をつける魔法が使えないのは魔力を持たない人だけらしい。俺にはそれが出来なかった。そのくせ、超高温を発生させたり、運動エネルギーを反転させたりは出来るのだ。こっちはアリスには出来ない。たぶん物理現象に対する理解の仕方が異なるのだろう。
まあそれはそれとして、まずは三人に囲まれていた相手の確認だ。
「大丈夫か?」
倒れてる少女に俺は話しかける。いや、倒れている、のか?正座をし、突っ伏しているのだ。まるで全面降伏しているかのように。服もボロボロで、髪もひどく汚れている。いや、服や髪だけじゃない。全身がひどくボロボロだ。とりあえずあの三人に関しては後でドラコにチクっておこう。何度か話をしていると、横暴な奴じゃなくてただの正義感の塊みたいな奴だったのだ。ぶちぎれて三人を吹っ飛ばしに行くだろう。
「ごめんなさい」
すると何故か謝られた。
「別に謝ることしてないだろ。それより大丈夫か?」
俺はそいつの傍に腰を下ろす。
「あ、お召し物が汚れてしまいます」
すると相手は顔を上げてくしゃっと顰める。頭の上についた三角の耳がぺたんと倒れていた。犬の獣人、ってところか。
「別に汚れたって洗えばいいだろ。なんなら魔法だってあるんだし」
別に気にする必要はないので俺は手で服を脱ごうとした相手を止める。というか、女の子がいきなり服脱ぐな。そっちの方が目に毒だ。
「ですが………」
何故か申し訳なさそうな顔をする。何なの、この子。色々めんどくさい。自己犠牲心の塊、とかじゃねえよな。いくら何でも度が過ぎてるし。つーか、そこまでされると俺が引く。
「別にいいって。そんなことよりお前はちゃんとした服着ろよ。いくらなんでもボロボロすぎんだろ。風呂も入ってるか?衛生管理は基礎基本だろ。つーか、飯も食ってる?ガリガリじゃねえか」
よく見ると、その少女は色々とおかしい。真っ当な生活を送っているとは思えない体をしているのだ。腕とかも傷跡があちこちにある。現代日本だとあり得ないような状況だ。生活保護を受けている人だって、こんなボロボロになることはない。
「そ、そんなことは出来ません。そんなことしたら、ご主人様がお怒りに………」
少女が頭を抱えて震えだす。え、何この反応?それにご主人様?
「それは前いた世界の話?ここじゃ関係ないだろ。つーか、そんな怯えるような職場ならとっとと止めちまえよ」
なんでそこまでして続けるのだろうか。そんなに仕事がないのだろうか。
「そ、そんなこと出来ません。そんなこと口にしたら殺されます」
少女ががくがくと震える。殺されるって、それこそあり得ないだろ。
そこまで俺は考えて、ふと思い出す。ここは異世界であり、俺とは違う世界から来た人がたくさんいるのだ。その中には、現代日本ではあり得ないルールがある世界があってもおかしくない。
「もしかして奴隷、か?」
俺の言葉に少女は小さく頷く。そういうこともあるのか。あまり心地の良い話ではない。
「それってここでもやる必要あるのか?別世界なんだ。今までと違う生き方をしたって誰も責めやしないぞ」
「………これ以外の生き方を知りませんので」
あまりにも不憫な生き方をしている少女に、俺はどう声をかけていいのかわからず、途方に暮れる。何一つ、不自由ない生活を送ってきた俺には、どうしたらいいのかわからない。
「ならさ、まずは君のことを受け入れてくれる人を探すのはどうだ?さっきみたいな奴じゃなくてさ」
俺は少女にそんなことを言う。俺でもいいが、まずはちゃんと面倒を見てくれる人を探した方がいい。俺は自分のことで手一杯だし。俺が頑張らなくていいよう、周りに戦ってもらう努力をするよう、頑張る必要がある。だからこの子のことも任せられる人に任せたい。俺は裏で指示や書類をまとめる事務職をやるから。
「名前は?」
「フェイです」
俺の問いに少女、フェイは答える。
「フェイ、俺は身分とかそういうのは一切気にしない。少なくとも、俺の身の回りでそういうのを意識することはなかった。だから俺を敬う必要はないぞ」
俺はまず、自分が差別をしない旨を告げる。人間平等――なんて綺麗ごとを言うつもりはないが、対等にはなれる。
「無理ですよ。貴方様も私のような下賤なものとは育ちが違いますから」
俺の言葉にフェイは力なく笑う。根っこの部分から自分が奴隷である、というのが身に染みてしまっているのだろう。こういう相手にどう話をすればいいのか、俺にはわからない。
「あら、こんなところで何してるの、コナン」
そこにアリスが窓から顔を覗かせる。フェイの姿を確認するとふわり、と中庭に降りてくる。
「その子は異世界人の1人よね?なんか一人だけボロボロの服着てたから覚えてるんだけど」
アリスがフェイを見る。やっぱ特徴だよな、この服は。
「やっぱりそういうこと?一人くらい奴隷の身分の人が混じっていてもおかしくないとは思っていたけれど」
「やっぱ奴隷とかって普通にいるのか?俺には馴染みがないんだけど」
アリスが何も言わないうちに納得するのに対し、俺はこういうのが普通なのかなー、とアリスに聞いてみる。
「ま、ね。私はあんまり奴隷制度好きじゃないけど」
アリスは顔を顰めて答える。やっぱりあるんだな、奴隷制度。理解はしたくないけど。
「とりあえずその子は私が面倒見ようか?女の子の面倒見るの、大変でしょ」
アリスがそんな申し出をしてくれる。
「ありがたい。俺だといろいろ問題だし。第一、どのように接していいのかもわからない」
俺は両手を挙げて白旗を上げる。異性の世話をするのは確かにきつい。その上、相手は根からの奴隷である。完全に接し方がわからない。
「ん、了解。代わりにこっちも困ったときは協力をお願いするから」
アリスがフェイに手を差し出す。フェイは困ったように笑い、立ち上がる。アリスの手は取らなかった。
「お手を汚してしまいますので」
「………いいわ、その根性、直してあげる」
フェイの言葉にアリスは疲れたように首を横に振る。
「ちなみに魔物はどうだったんだ?」
それから本日、アリスの行っていた魔物狩りの成果を尋ねる。
「想像以上。この世界の魔物、かなり手強いわよ。正直現状維持じゃ、最初の戦闘で半数は死ぬことになるでしょうね」
「………マジかよ」
アリスの言葉に俺は言葉を失う。そこまで魔物が強いのかよ。それじゃ、俺も死ぬ可能性高いじゃんか。マジで声掛けを必死に行わないと。
「そっちの声掛けは任せたからね。それと、あんたも一度、外に出た方がいいわよ。魔物との戦闘経験が一度でもあるのとないのとじゃ、天と地ほどの差があるから」
アリスは立ち去り際、そんなありがたくもない言葉を残していった。
どうしようもない咬ませ犬のアーノです。しばらくコナン達に名前を認知されません()