苦労する2人
今回はレベルが下がった(らしい)ことに気付いた二人が、声をかけて回る話です
「………成果はどうだった?私は20人ほど声をかけたけど、誰も受け入れてくれなかったわ。レベルが下がるなんて、普通ありえないから」
1時間経った頃、俺とアリスは再び演習場で鉢合わせした。特に事前に打ち合わせは行なっていない。おそらくここに来るだろう、という判断だ。
「俺は12人に声をかけた。ほとんど鼻で笑われて終わったけど」
俺も首を横に振る。人数が多いのは被りがいるからだろう。何度か、さっきも言われた、ということを言われたのだ。
「それでほぼ全滅、か。危機感、持ってよね」
アリスが眉間を揉む。それに関しては人のこと言えないと思う。レベルが下がってることが判明するまで似たようなこと言ってたし。
「おい、俺を忘れてるぞ」
俺とアリスの会話に1人の男が割り込んでくる。俺が声をかけた1人に、異常を感知している奴がいたのだ。
「それともあれか、恋仲になったのを見せつけたいだけか?」
そいつがふん、と鼻を鳴らす。特徴的な鱗が特徴の男だ。というか、昨日不満をぶつけた蜥蜴男だ。
「こんなチビを好きになる奴は病院行った方がいいぞ。ロリコン と言う名の病気だ」
蜥蜴男の言葉に、俺はアリスを後ろ指で指す。
「どうやら潰されたいようね?それに私は100年生きてるヴァンパイアよ。ロリなんかじゃないわ」
すると凄まじい怒気が伝わってきた。
「うわ、ババアかよ」
今度は蜥蜴男がそんなことを言う。アリスは無言で火炎弾をそいつに向かって飛ばした。蜥蜴男はそれを素手で握りつぶした。マジで!?
「ふん、私の魔力が落ちてて良かったわね。以前なら消し炭よ」
「そりゃどうも。だが、それは俺も同じだ。力が劣る前なら、お前の首を既に切り捨てている」
2人が睨み合う。めっちゃ空気が悪い。
「あー、すまん、一小市民の俺の前で、そんなばちばち殺気出すのやめてもらいたいんですけど………」
今にも戦い始めそうな2人に俺は割り込む。すると同時に、2人に睨まれた。
「………そうね。不必要に争う理由はないわね。今は。まずはこいつを軽く消し炭に出来るくらい、力を取り戻さないと」
「俺も不本意だが同意だ。この程度の相手に見くびられているようじゃどうしようもない。お前が一小市民かどうかはわからんがな。とんでもない武器を持ってるんだろ」
2人が鞘を収める。それから蜥蜴男が俺を睨む。
「ハッタリよ、それ。こいつ、呼ばれた中で間違いなく最弱よ。最も、私たちもこいつに合わせて弱体化してるからなんとも言えないけど」
するとアリスが種明かしをする。あ、俺死んだかも。
「ちっ、やっぱそうかよ」
俺の予想に反し、蜥蜴男は舌打ち1つしてそれ以上何も言ってこない。ブチ切れそうだったんだが………。
「弱え奴が頭使って強え奴と戦う。俺はそのことを否定するつもりはねえよ。ただ俺はそれすら撥ね退けて上に行く。それだけだ」
蜥蜴男が俺を睨む。
「俺はドラコ。ドラコ・インバーンだ」
「新山 琥南。ま、アリスの言葉は否定しないよ。ぶっちゃけ、みんなが弱体化してる中、1人強化されてるっぽいし。それでどっこい以下だ」
ドラコが名乗ってきたから俺もそれに習う。それからドラコのステータスを確認する。
『ドラコ・インバーン 21歳
レベル 1
戦力 640
内訳
武術 159
魔力 89
体力 210
精神 182』
かなり強い。アリスの異様な魔力がなければ移転組最強じゃないだろうか。口先だけじゃないようだ。レベルは1だけど。てか全ての数字が俺以上とかなんだこれ。
「アリス・レーヴァントよ。よろしく、混ざりものの蜥蜴モドキ」
今度はアリスが名乗る。毒と共に。
「ほう、喧嘩なら買うぞ」
当然、ドラコが額に血管を浮かべる。
「事実よ。第一、既に私相手に詰んでるのに、喧嘩買えると思うの?」
アリスの目が怪しく光る。その光に応じて、地面が爆散した。………チートすぎる、それ。
「だいぶ燃費が悪いわね、これ。魔力減った影響がもろに出てるわ」
もっとも、使用者がふらついていたが。しょうもなさすぎる。
「はっ、だらしねえぞ!」
ドラコが大剣を振り下ろす。ガン、と凄まじ音を立てて地面に深々と剣が突き刺さった。衝撃で俺たちは少し、浮かぶ。どんなパワーしてんだよ。
「ぐぎぎぎ!」
が、それから剣を抜こうとしたら、抜けない。
「ここでも弱体化した影響かよ」
思わず俺はげんなりする。仕方ないので剣に触れ、運動エネルギーを付与して剣を地面から引き抜く。お前らダサすぎだろ。
「くそ、ここまで俺が弱体化してるとは」
ドラコが悔しそうに呟く。こいつら、元はどんだけ強かったんだよ。しかもそれが死にかけるってどういう状況?
「おー、やっぱ苦労してるな」
そこに俺が声をかけたもう1人が現れる。いや、こいつは転移者じゃないんだけど。
「しかしこうも早い段階でレベルが下がってるってよく気付いたな。ほとんどの奴は最後の瞬間まで気付かないってのに」
ガイアだ。偶然会って、事情を説明したら来てくれることになったのだ。
「まるで知ってたみたいな物言いね」
アリスがガイアを睨む。
「ああ、もちろん。これが理由で30人も転移者を呼んでいるんだ。自分の弱体化に気付かず、あっさり死ぬ奴が多いからな。コナンのようなレアケースなら同じ転移者を尻尾切りとしてつけたりする」
「………つまり、私は死んでも構わない、もしくは死んだ方がいい、ってことね」
その言葉を聞いたアリスが爪を噛む。
「吸血鬼は厄介な種族だからな。お前さんがどうだかはわからんが、多くの吸血鬼はヒューマンを餌としか考えていない。そんな奴のために割く予算も、人材もいない」
ガイアの言葉を受け、アリスは俯く。
「それなら厄介払いした方がいい、というわけだ。理不尽かもしれないがな」
「それには俺も同意だ。吸血鬼は血も涙もない殺人種族だからな」
ドラコがガイアの言葉に賛同する。
「俺も多くの仲間を吸血鬼に殺された。俺自身もだ。吸血鬼に殺される寸前だった。弱点は多いが、それ以上に奴らは強すぎる」
ドラコがアリスに剣を向ける。
「私はそんなことしない!私たちは強いけど、それと同時にとても弱い!だから手を取り合うべきだとずっと考えてる!私たちヴァンパイアが守り人となり、その土地に暮らす人を助ける、その代わりに僅かながらの血を分けてもらう。そんな世界を作りたかった!」
アリスはその剣に向かって一歩踏み出す。
「優しいこった。が、俺はお前が吸血鬼である以上、絶対に信用しない。首はとらないでやる。精々コナンの盾となり、死ね」
ドラコは剣を引っ込める。アリスは悔しそうに俯いた。
「色々悔恨があるんだなあ」
俺は完全に蚊帳の外である。流石に口を出せる状況じゃなかった。アリスは信用したいが、他の吸血鬼を知らない俺に言えることはない。小説とか漫画で知っている吸血鬼が相手だと、とても信用できないが。結局はこれと同じことなのだろう。
「だが、それだけじゃない感じだな。適当に召喚した奴らも間引く。さっき俺はそんな感じにも聞こえた」
ドラコの質問に、ガイアは頷く。
「否定はしない。自分の力量を測れないような奴がいる文明の人間が、この世界に益をもたらす可能性は低いからな。それに予算の関係もある。それならそういった奴らを間引く、ってのが習わしだ。元々死ぬ予定の奴ばかりなんだからな」
ガイアがドラコの質問に流暢に答える。その答えを聞いた瞬間、ドラコはもの凄い勢いで、ガイアに突っ込んだ。振り下ろされた剣を、ガイアは掴むことで止める。すげえ。
「ふざけんなよ………!俺たちのことをなんだと思ってやがる………!俺がいる限り、29人誰も死なせねえ!」
ドラコが熱いことを口にする。力が全て、なんて言っていたが、その力で誰かを守ることを目的としているらしい。権力に目が眩んでいるタイプではなさそうだ。
しかし29人、か。見事にアリスが省かれたな。
「可能ならそうしろ。誰も止めない。俺たちが直接手を下すわけじゃないからな。記録の中には30人全員が残ったものもある」
ガイアはドラコの言葉を否定しない。それはそれで問題ない、ということなのだろう。しかし、あれだけ高いステータスを持っているドラコが簡単に止められるとは。どれだけガイアのステータスは高いのだろうか。俺はこっそり覗いてみる。
『レベル523
戦力 102443
武術 42312
魔力 30428
体力 9851
精神 19852』
ーー次元が違う。なんだよ、このラスボス感。アリスだって、この世界に来る前は200だって言ってたのに、それが500代だなんて。
「いくら異世界組でも来たばかりじゃ、俺には勝てないぞ。血気盛んなのはいいことだがな」
ガイアが軽く剣を押し込む。それだけでドラコは尻餅をついた。
「お、おおっ!」
ドラコは尻餅をついた体勢から剣で薙ぎ払う。ガイアは息を吐き、剣を折るために拳を振り上げ、下す。
俺はその剣と、拳の間に手を差し込んだ。そのまま運動エネルギー反転の魔法を発動させる。ドラコの剣は吹き飛び、ガイアは本人が吹っ飛んだ。
「がっ!?」「がはっ!」
「いい加減にしろよ………。戦う理由、ねえだろ」
ヒートアップを続ける2人に、俺は呆れる。
「てめ、今何した?」
ドラコが手を抑えながら俺を睨む。
「アリス曰く、俺のユニークスキルだと」
「出鱈目すぎんだろ、それ………」
俺がはぐらかす回答をするとドラコがキッ、と俺を睨む。
「武術の塊からしたら相性最悪の力でしょうね。あらゆる物理攻撃を無力化するみたいだから」
アリスが呟く。先ほどの言い合いのせいか、あまり声に張りがなかった。
「マジで出鱈目だな。骨、折れたぞ」
ガイアが転がったまま右腕を上に突き上げる。その腕は、あり得ない方向に捻じ曲がっていた。その形に俺はドン引きする。
「う、うわあ………」
「お前が原因だろうが。とんでもないスキル隠し持ってやがって。下手な魔物相手なら、お前を盾にした方が移転組の生存率上がるだろ、これ」
ガイアがはあ、と息を吐いて座り込む。それから何事か呟くと、その腕が元に戻った。そっちの方が出鱈目だろ。
「リフレクション、と言ったところか。あらゆる物理攻撃をそのまま相手に返す。とんでもねえスキルだ」
「今の折れた骨治す方がとんでもねえだろ………」
どうやったんだよ。骨格とか筋肉の付き方とか知ってれば繋げるかもしれないけど。
しかしリフレクション、か。ちょうどいいし、その名前貰っておこう。
「それと俺から最初にレベルが下がったことに気付いた報酬だ。成長の秘薬。あんま数作れるもんじゃないから一度の召喚で5個までしか用意できないから最初に気付いた5人に配るのが習わしだ。これで多少、自分たちの死からは逃れられるぞ」
それからガイアが3本の瓶を取り出す。それを俺たちに投げ渡してきた。
「………」
俺はその瓶を見る。念のため、魔眼と解析でその瓶の中身を確認した。
『成長の秘薬。飲むことによりレベルを30まで上げることが出来る。副作用なども存在しないが、内容物一本を複数人で分けると効果が失われる』
毒とかは特にないようだ。いまいちこの召喚における転移者の立ち位置がわからない。隷属目的でもなく、異様な強さを秘めている勇者でもない。
ドラコとアリスが一気に瓶の中身を煽る。疑いはしなかったらしい。次の瞬間、二人がシンクロしたかのように噴き出した。
「「まっず!?」」
「ああ、言い忘れてた。滅茶苦茶まずいぞ、それ。効果はばっちりなんだが」
くっく、とガイアが喉の奥で笑う。わざとだろ、それ。俺はその話を聞き、口の中にわずかに力場を作り、舌と歯に液体が当たらないようにしてから一気に飲み干した。それでも魔法を解くと、とてつもない苦みとか説明しがたい何かが喉の奥からぶり返してきて、俺はむせる。
「げほっ、げほっ」
「………お前はほんとに規格外だな。なんでむせるだけで済むんだよ。大体あの二人のように綺麗に噴き出すぞ」
それはそれでどうなんだよ。せめて味を改良する努力くらいしてくれ。
俺は俺のステータスを確認する。この秘薬で多少、戦力が上がったことに期待したい。
『レベル30
戦力 10521
武術 2231
魔力 3429
体力 1985
精神 2876
』
ぶっ壊れてね?何この急激すぎる成長。それと最後の空欄。これ何よ?今までなかったぞ。
こっそりとアリスのステータスも覗いてみる。もともとぶっ飛んだ魔力を持っていたアリスなら、余計にぶっ飛んだ記録になってそうだ。
『レベル30
戦力 24950
武術 598
魔力 13658
体力 832
精神 9862』
やっぱぶっ飛んでる。魔力が。それと最後の空欄がないな。もしかして俺の本当のユニークスキルがアンロックされたか?ちょっとそっちも確認してみよう。
『ノーマルスキル
翻訳
解析
魔力操作
次元収納
魔眼
刀術
高速思考
魔力変換
魔力耐性
〇▲◆◇
ユニークスキル
ロック』
なんかノーマルの方に文字化け追加されてるし!?怖いんですけど!?
「ふうん、確かにレベルが上がったみたいね。魔力が元に戻ったわ」
アリスが魔力を練りながら呟く。え、まだレベル下がったままよね?前200とか言ってたし。
「俺もだ。体の重さがなくなった。レベルが元に戻ったようだ」
ドラコも同じことを言う。そういうものなのか。俺も軽く体を動かす。………なんの違いもわからなかった。おい。
「レベルは下がったままのはずだ。ただ、異界人はステータスの伸び幅がこの世界の人間と比較すると大きい。そのため、この秘薬を使えばおおよそ同じくらいまで戻せるんだ」
「なるほど。だから異世界人を呼んだのか………」
その説明で俺は納得する。ガイアのような化け物がいる世界でも、それ以上に成長出来る下地がある人なら呼ぶ価値がある。さらにその変化に対応できる人間でなければ意味がない。最初に自分の変化に気付けない人はいらないということだ。残酷だが。つーか俺も変化に気付けない側の人間だよ、おい。レベル上がったのに。
「あのー、俺は変化がまるでわからないんですけど………」
なんとなく挙手して俺は質問する。自分の力の増減なんてまるでわからない。
「お前は………そもそもレベルを上げる意味があるのか?レベル無視したとんでもない力あるだろ」
ガイアが俺を見て、首を捻る。リフレクションのことかよ。確かに相手の力を利用した魔法だから自分の力は必要ないけど、それは物理攻撃に対してのみだ。魔法攻撃に関しては無力である。
「それはあるはずだけど、なぜかレベル30になっても1と差が感じられないんだよ」
俺は軽くシャドーボクシングをやってみる。やはり違いは感じられない。
「む、それはありえないぞ。これだけ急激にレベルが上がれば、通常体の感覚が変化し、違和感を覚えるはずだ。二人は元の感覚に戻っただけだから問題が生じなかったが、この世界の人間がレベル1の状態で秘薬を使うと一週間はまともに歩けなくなる。あまりにも力が強くなりすぎてな。異世界の者も秘薬の強化についてこられなければ同じ結果だ。弱体化も強化も感じられぬとはありえん」
ガイアが俺を見てそんなことを口にする。わからんもんはわからんのだから仕方ない。
「もしかしてコナンは、実はとんでもなく強くてレベルが上がっても、元の強さからしてみたら脆弱だったり?」
「ねえよ。戦ったことすらねえのに」
アリスが意味不明なことを告げる。俺はその一言をばっさり切り捨てた。
「ほんとかしらねえ。正直なとこ、あなただけは底が見えないのよね。まっ平らで底がそもそもないのか、それともあまりにも深すぎて見えないのか」
「まっ平らだろ。第一俺のいた世界にレベルなんてないし、人間の敵は人間くらいなものだ。勝負事も怪我なんてまずしない平和なものばかりだったよ、俺がやってたのは」
だから余計にわけがわからない。本来ならまともに歩けなくなるはずだし、逆に俺のレベルが異常に高く、30になったくらいじゃ差が感じられない次元にいる、ということもない。
「単純になれるのが異様に早いだけかなー」
「それはそれで怪物だろ………」
俺の呟きにドラコが呆れた視線を送ってきた。俺も同意見だ。
とりあえずガイア最強()