リアリズム・フィクション
第1章
カフェに入ったふたりが席を確保しようと店内を見まわすと、一階には空席が目立つ。二人のあいだで二階も空いているかもしれないという会話が交わされ、一方が先を行きもう一方がそれに付き従うかたちで階段をのぼっていった。
階上は階下に比べると混みあっていたけれども、といって席選びに困ることはなく、窓に近くて他よりもすこしひろびろとしたテーブル席も空いていて、彼女たちはそのままそこへ歩いてゆき、壁側のソファーか通路側の椅子かですこし譲り合いがみられたあと、それぞれ納得したのか向かい合って腰を下ろしたが、そこはちょうど僕の斜め前の席にあたっていた。
第2章
席に着くと早速、専攻している第二外国語といったところだろう、韓国語の勉強を開始しようと、教科書とノート、筆記用具をふたりして取り出しテーブルに並べてみる。
が、まずはそれで安心してしまったのか、実践への流れはそこで一度断ち切られ、双方スマートフォンをいじりだしてしまう。
で、そのように事が進めばもちろん勉強は後回しとならざるを得ない。
十分ほどそうして場が流れたのち、どちらからともなくテスト範囲の話題がのぼって、一方が難しすぎると焦りと不安をあらわすと、もう一方は範囲が広すぎると不平を鳴らす。
学習開始という目的への進行はいまだ足踏み状態で、彼女たちの手には相変わらずスマートフォンが握られたままだ。
しまいには、ひとりが白っぽい泡の浮く飲みかけのコーヒーカップと教科書を手に持ってポーズをとり、もうひとりの方がその姿をスマートフォンのカメラ機能で写真に収めたりする始末だ。
だが、それでも徐々にではあるものの、しかし確実にふたりはスタート地点へと歩みだしていたように思う。
それ以前の言説は「難しすぎる」や「広すぎる」などの、心情にはぴったり収まりはするけれど、それ以上には意味を成さない抽象的なものにとどまっていた。
しかしそのときには、「どこが」難しいのか、「どれくらい」広いのか、といった具体的な説明へと変化してきていたのだ。
ふたりは互いの主張に感心し、もっともだと言い合った。僕もうなずいた。彼女たちは意見を共有した。それはほとんど自然に行われたように見えた。
そう! 彼女たちは抽象と具体を自由自在に行き来する稀な精神の持ち主だったのだ!
これまでは、各々「難解反対党」と「広範反対党」にのみ属していると思っていたようであったが、実は二つの党派は結託することで巨大かつ完全なものとなることが判明した。今回の合併によって創設される新たな政党は、彼女たちのみならず有権者たちの支持も得られそうなものである。
政党名はその名も「テストは難しいのも広いのも嫌だの会」で、あまりにも主張がむきだしではあるけれど、といってわかりにくくしてお洒落っぽくする理由もないし、僕自身はキャッチーで親しみやすいんじゃないかという印象を持つ。
結託へとスムーズに運んだ経緯には、両者が自らの思想である「難しい」や「広い」を、具体化して相手にプレゼンテーションできたことが大きかっただろう。
実際の選挙や日々の仕事においては具体策の提示が求められるけれども、今回の場合は問題点を提示さえすれば事足りたので、二人にとってもそれほど難事業ではなかったのかもしれない。彼女たちにとってはあるいは簡単すぎたろうか?
次の瞬間にはふたりは笑顔で手を取り合っていた。代表はひとりに絞らず、ふたりで共同することに決まった。
第3章
ここまではほんの冒頭で、このあと二人は話し合いを続けながら問題点を具体的に洗いだしていくことになる。けれどそこまで記す必要もないはずだ。
おそらく「テストは難しいのも広いのも嫌だの会」の主張は、ここまで読んでいただいた方の予想の範囲内にすっぽり納まるものだし、皆が体験として知っているはずのものでもある。
ところで、このあと経過してゆく時間は、下記の叙述に要約できる。
『で、互いに同情が共有されたとみえると、勉強をはじめるのがいよいよ億劫になったのだろう、自然と会話は学校での噂から、流行りのファッションやメイクについて、そして男の話へと、およそテストとは関係のないことへと流れてゆき、貴重な時間がたっぷり空費されていった。』
読んでいただきありがとうございました。