三分間の奮闘
ブックマーク、ご感想ありがとうございます。
励みになります。
「山野木!」
先生の怒声が後方から聞こえてくる。
「奴は危険だっ、下がるんだ!」
そんなこと言われなくても分かってる。俺だって本当ならそうしたい。だって怖いし、魔法でちょっと強化された程度の人間が、神に挑んだところで敵いっこないもん。足だって震えている。それに――
――本当は先生にだって怒られたくない……でも……
せめて皆に神紋強化がかかっていれば、大人しく先生の指示に従っていたのかもしれない。
でも皆には身体強化の魔法効果が残っていて俺の神紋強化は弾かれてしまう。つまり強化してやることができない。
「山野木……くぅ……」
ちらりと後方に視線だけを向ければ、怒声を上げている先生の方が、立っているだけなのに辛そうな表情をしている。
他の皆は立つことはおろか、口を開くことさえできていない。まともに動けるのは俺だけ。
――……無理だよ、俺がここを下がったら真っ先に先生が殺されちゃうじゃん。
だから俺は、あえて先生の怒声を無視した。
『ククク、面白いな……』
俺を獲物として認識してくれたのだろうか、それだと都合がいいんだけど、腐神の口が不気味に弧を描く。
――ぐっ……
心だけでも強くあろうとするも、だったそれだけで俺の額に大粒の脂汗が浮かぶ。
――や、やっぱ怖ぇ……
相手は神だ。本気を出されたら一瞬で死ねる自信がある。それでも、どうにかして時間を稼がないといけない。ならば俺はどうするればいいのか。
そんなこと考えるまでもなかった。俺からは動かない、仕掛けない。徹底的に防御に専念して時間を稼ぐことだけに注力する。それしかないのだ。
俺は左腕に嵌めた腕時計をチラリと見た。まだ一分も経っていない。
――しかし、失敗したな……
皆の目に触れることを警戒して壁系魔法を神紋紙に描いてなかったことが今さらなが、悔やまれる。
心のどこかで、創造神の加護がある先生たちが居れば大丈夫。創造神の加護のない俺の出番なんてないだろうと、楽観して、どこか他人事だと考えていたから罰が当たったのだ。
――!?
腐神の右手が少し動いた。
――来るのか!
俺は右手の神紋紙をぎゅっと握りしめる。
『フッ……』
腐神の口角が歪に上がったその瞬間、腐神の周囲で、もやもやとして真っ黒でやばそうな波動が、発生すると、その前方にその腐の波動が収束して大きな球体を作り出した。
――やばいっ!
「火の玉っ!」
そう思った瞬時に、俺は握り締めていた神紋紙を三枚広げて十五個の火の玉を放つ。
こんな俺でもちょっとした望みはあった。それは俺の魔法は神紋を描いて発動した魔法だ。皆が無詠唱で放つ火の玉より数倍強い。はず……
――だから……
火の玉が、大きくなった球体に次々とぶつかり爆発して火の粉を散らす。
――……
フラグが立つと嫌なので、やったか、とは思わない。ただ腐神までは届かないまでも、腐の波動の球体くらいは消滅させたいと思っていた。
――なっ!?
甘かった。俺の放った火の玉は球体を消滅させるどころか、半分以上形を残している。
「っ」
俺の攻撃となる神紋紙は、槍系もあるが、そのほとんどが玉系なのだ。
それなのに、あまりにも与える効果が薄い。いや、力の差は分かっていた、でも奴はまだ俺を侮っているように感じた。
だから神紋紙をうまく使えば、三分くらいは時間を稼げると思っていたのだ。
息を呑む俺の目に、その球体が少し膨張し突然破裂した。
「なっ!」
破裂した腐の波動は一番近い位置にいる俺ではなく、ホーミングミサイルのように後方に、動けない皆に向かって飛んでいく。
「くそおおっ!!」
慌てて神紋紙を取り出すが、その際、焦るあまりに数枚の神紋紙を下に落としてしまったが、今は拾う余裕すらない。
素早く広げて、細かくなって飛んで行く腐の波動に狙いを定めて頭に浮かぶ魔法名を唱える。
「火の玉! 水の玉! 風の玉! 雷の玉!」
腐の波動に向かって俺の魔法が次々とぶつかりカラフルな爆煙を散らして腐の波動を消滅させていく。
しばらく腐の波動と俺の魔法はぶつかり合っていたが、俺の展開した魔法の方が数が多かったらしく、過剰に放たれた俺の魔法は、腐の波動という目標をなくし誰もいない地面へとぶつかり消滅した。
咄嗟の出来事だった。けど皆を守れた。その安堵から俺はホッと胸を撫で下ろすも。
――はっ、奴は……
腐神から目を離していたことに気づき、奴に慌てて視線を向けた。いや向けようとして、ガラスが割れるような音と共に右胸に痛みが走った。
「がはっ……」
腐神から伸びてきた右手が俺の右胸を貫いていたのだ。ガラスの破片のように飛んで消えていくのはお姉さんが着装してくれた闘気。
お姉さんは、急所が集まる身体の中心に、分厚く闘気を着装してくれていた。
おかげで急所から逸れてはいるが、激しい熱さと、少し遅れて激しい右胸の痛みが全身をかける。
「ぐぅっ……」
でも奴ならば、すぐに何かを仕掛けてくれば、俺にトドメをさせたはずなのに、そうはしなかった。
楽しんでいるのだろう。奴の右手がスルスルと戻っていく。奴は血濡れた右手を美味しそうに舐めていた。
「はぁ、はぁ……」
俺の右胸から赤い液体が溢れ出したので、慌てて左手で抑えて回復の玉の神紋紙を広げる。
「か、回復の玉……」
すぐに右胸のキズ口が塞がり痛みが引いていく。回復の玉の威力に驚きつつも感謝したが、俺はすぐに絶望感に包まれた。
それは右側の内ポケットに入れていた攻撃用の神紋紙が右胸を貫かれた際に、破れてほとんど使えなくなってしまったのだ。
――これはいよいよ。まずいな……
俺は残り少ない攻撃用の神紋紙を右手握ると、今度はその右手、右腕に痛みが走る。
「ぐぅっ」
速くて見えなかったが、それは腐神の右手の指だった。俺の右腕から右手にかけて、奴の指が五つ全て刺さっている。
俺が抜くまでもなくスルスルと離れて戻っていく。
『お前の血、使徒だけあってなかなかうまいぞ』
やはり腐神は、俺を玩具にして楽しんでいるようだ。でも時間を稼げるならそれでもいい。
「ぐぅぅ……」
俺はすぐ回復の玉の神紋紙を使ったが、それからはもう一方的な展開だった。
両腕でどうにか頭と心臓への直撃を避けているけど、回復すればすぐに身体の何処かを貫かれる。
『ふむ。美味……』
かと思えば、後方へとゆっくりとした速度の遅い腐の波動が飛んで行くので、残り少ない攻撃用の神紋紙で追撃する。
「はあ、はあ、はあ……ぐぅっ」
――まだなのか、まだなのか……
稼ごうとした三分が俺には何十分、何時間にも感じられた。けど、まだ先生たちの様子に変化はない。
身体を貫かれる度に回復の神紋紙を使うが、流れた血液までは回復してくれないようで、だんだんと意識が朦朧としてきた。
――いけない。
俺は頭を振って意識をつなげる。
油断すれば、異世界に召喚された時のことや、先生と田舎の村まで走ったこと、お姉さんに鍛えられ闘気術を学んでいた記憶が走馬灯のように浮かんでは消えていく。
――「勇者様、勇者様には相手を倒すという気迫、闘う気持ちが足りていません」
お姉さんがいっていたな。五感を開き、自分の闘気を感じろと……結局できなかったけど……
「山野木!」
――はっ!
先生の怒声に現実に意識を戻されるが、すでに俺の身体はボロボロ、血が流れすぎてうまく動くことができない。
『つまらんな……』
それに奴も、遊ぶことに飽きたらしく、俺にトドメを刺そうと、今まで以上の腐の波動を収束させて球体を作っていく。
このまま放たれれば後方にいる皆まで巻き込み全滅してしまう。
『くくく、喜べ。お前らはここでは死なん。生きながら腐るだけだ。我の下僕となってな。ヤツの使徒だったお前らは、我の下僕としてヤツの元に送りつけてやる……
くくく、使徒が喰らわれるよりヤツには屈辱だろう。ヤツの手でお前らは葬られるがいい』
――生きながら腐って、ヤツの下僕……しかもその後は、創造神に葬られるって……
やばいだろうとは思っていたが、その効果は想像以上にやばいものだった。
『さあ、我の下僕となるがいい』
避けようがない。大きくなった腐の波動の球体が俺たちに向け放たれた。
――させない……
「そんなこと、させるかぁぁ!!」
俺は自らを奮い立たせ、どうにか身体を動かすと、残り全ての攻撃用の神紋紙を広げ、頭に浮かんだ魔法名を唱える。
「木の玉、氷の玉、水の槍!!」
俺の魔法が向かってくる球体にぶつかり、少しずつ腐の波動を吹き飛ばしてその波動を削っていくが、
――くそぉ足りない。!?
俺はそこで地面に落としていた攻撃用の神紋紙を屈んだまま広げて頭に浮かんだ魔法名を唱える。
「無の玉、風の玉、土の玉、木の槍、風の槍!!」
さらに球体を削り、どうにかバスケットボールサイズまで小さくしたが、もう神紋紙はない。つまり腐の波動に抗う手段がない。
――いや、ある……
俺は未熟な闘気を身体の芯から練っていく。これさえ防ぎ切れば、あとは神装を解放した皆がどうにかしてくれる。左腕に嵌めた腕時計を見てそう思った。
――あと三十秒……なら、防ぐ。俺があれを防ぐ!
――『勇者様には闘争心が足りません』
「防ぐ」
――『全然ダメです。勇者様、何か守るべきものを思い浮かべながら闘気を練ってみるのもいいですよ』
「防ぐっ!」
――『また明日にしましょう勇者様。そうでした、何者にも屈しない不屈の精神を持つことも大事ですね』
「防ぐっ!!」
――『毎日闘気を意識することです勇者様。そうすれば、自ずと見えてくるものがあるのです』
「防ぐんだぁぁ!! 闘気着装っ!」
俺の両手に白いオーラのようなものが纏わり付く。
「でき、た……」
両手のヒラのみという不完全な姿だったが俺はどうにか闘気着装することができた。
慣れないことをしてアドレナリンが大量に出ているのだろう。痛さとダルさがウソのように消えている。身体が動く。
俺は回復の玉と状態異常回復の玉の神紋紙を取り出しつつバスケットボールサイズになった腐の波動に向かって駆けると、その神紋紙を数枚広げて地面に捨てた。
「はああっ!!」
それから俺は躊躇することなく、闘気着装した両手を突き出し腐の波動を弾き返そうと試みた。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
腐の波動に触れてすぐ、両手が熱く弾け飛びそうな激痛が襲ってきた。闘気を纏っていても指先から何かに蝕まれている感覚がある。
「こっ、ぬぉ! 状態異常回復の玉、回復の玉、状態異常回復の玉、回復の玉!」
何度か意識が飛びそうになったが、気合を入れ直し、回復の玉を数回使うと、どうにか腐の波動を弾き返すことができた。
「はは、やったぞ……ぅ!?」
そう思った瞬間、俺の腹部が熱くなり激痛が走った。
『お前、さっきから生意気なんだよ』
俺の目の前に奴がいた。その、奴の右手が俺の腹部を貫いている。
「が、はっ……」
『お前には十分にもがき苦しみ、死ぬ寸前に下僕にしてやろう。くくく、そうするとな、下僕の間はずっと、その痛さが伴う。腐敗していく痛さとは別のな。発狂して使いものにならぬかもしれぬが、安心しろ。数百年ほど楽しませてもらったら、あとはヤツの元に送りつけてやるか……ら……!? 貴様ら!』
歪ながらも愉快そうに笑っていた腐神が何かに気づき憤怒する。
憤怒して俺はゴミでも捨てるかのように放り投げられ地面に叩きつけられたが、不思議と痛みはない。ただ意識が朦朧とするだけだった。
その意識が朦朧とする俺の視界の隅に、ふと黄金に輝くものが入る。そして気づいた。
――……そ、っか……
皆は無事に神装を解放できたようだ。神々しい黄金の鎧を身に纏った皆の背には翼があり、各々が望んだと思われる神武具を手に駆けてくる。
その姿はまさしく神の使い。何もない俺にはとても眩しくもあり、頼もしく思えた。
――よ、かった……これで……
最期に、こんな俺でも役目に立てたのだ。
「山野木!!」
「タロウくん!」
「タロッ!」
「てめぇ、許さねぇ!」
「「「「うおぉぉぉ!!」」」
もう少し皆の活躍を見たかったが、とても眠い。そう感じたのを最期に皆の声がだんだんと遠くなるのを感じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます^ ^