第85話
怒号の先。
其の男は手にした白銀の妖しき輝きを放つ戦場で唯一の、俺にとっては懐かしさを感じる得物を此方へと向けてきた。
「リアタフテ軍将真田司殿、前に出て頂きたい‼︎ディシプル軍将軍フォール=ロワヨテと撃ち合おうではないかぁ‼︎」
「・・・な⁈」
フォールからの意外な申し出に俺は言葉に詰まった。
確かに開戦時にあった両軍の兵力差は凡そ倍。
未だディシプル軍優勢は変わらないが、其の差は僅かなものになっていた。
(でもなぁ・・・)
差は僅かなもの・・・、然し其れは目の前の戦場の話で、アーム率いる軍とフェーブル辺境伯軍の状況はまだ確認が取れていないし、何より背後には此処よりも多くの兵力を有する連合軍が控えているのだ。
今指揮官同士で戦いもし敗れれば、軍の士気に関わるだろう。
(それとも俺に負けるなんて有り得ないという事か)
「さぁ、返答はどうした‼︎」
「リアタフテの臆病者は尻尾を巻いて逃げたかぁ?」
「それとも幼子の様に、母とはぐれて迷子で戦場に着いてしまっただけだったかぁ?」
「そろそろ、乳が恋しい時間かぁ?」
「ムキィーーーですわ‼︎」
「・・・」
俺に答えを迫るフォールの叫びに、囃し立てるディシプル軍の兵士達。
俺は挑発に身を乗り出すより、考えを纏めたかったが、見事ミニョンが其れに乗っていた。
アームの所の戦況やフェルトが足止めに成功しているかなど、確認したい事は多かったがこのまま返事をしなければ此方の士気にも関わるだろう。
「分かりました。フォール=ロワヨテ将軍。貴殿の申し出を受け入れます‼︎」
「司⁈良いの⁈」
「ああ、ルチル」
驚き意思を確認してきたルチルに、俺は短く答えた。
正直な話、相手が此方の得てない情報を持ち此の提案をしてきた可能性は有る。
其れを考えるとこのまま乱戦を続け時間を稼ぐのが正しい判断と言える。
だが同時に此処でフォールを倒せれば儲けもの。
其れが無理でも時間を稼ぐ事も可能だろう。
乱戦を続けていた両軍の軍勢が道を開け俺とフォールが進み出た。
「行くぞ、少年?」
「ええ、フォール将軍」
フォールの手には白夜が、そして俺の手には細身の剣が握られている。
2人の距離はおよそ30メートル程だろうか?
俺が狩人達の狂想曲の詠唱を始めたのが、開始の合図となった。
刹那・・・。
「な⁈」
「はぁぁぁ‼︎」
空気迄も破裂させた様な爆音が鳴り、振動は腹を突き抜け五臓六腑全てが震えるのを意識した。
だが其れに意識を奪われている場合ではなく、瞬きの間以前にはかなり距離があった筈のフォールが、眼前に迫り刀を振りかぶっていた。
まさに今振り下ろされる其れを俺は自らの得物で受けた。
フォールの幾多の血を吸ってきたであろう其れと、俺の手にする先程人の生を絶ったばかりの其れの打ち合う音は、凡そ生命を感じ無い鋭く高い音であった。
「ぐうぅっ」
「はあぁ‼︎」
フォールとの鍔迫り合いは、片足が無い事を感じさせないもので、此方が押し込まれていた。
(このままじゃやられる・・・)
俺はフォールの突進によって中断された詠唱を再び行い、闇の狼を生み出した。
其れをフォールに跳びつかせると、地面の揺れと先程と同じ破裂音がし、フォールが空へと飛んで俺の視界から消えた。
狩るべき獲物を失い霧散する狼達。
「後ろですわっ、司さん‼︎」
「・・・っ」
ミニョンの声に後ろへ振り返ると、其処にはフォールが居た。
「飛翔将軍・・・」
俺はいつかの学院の食堂での会話を思い出し、誰にでもなくそう呟いていた。




