第295話
「・・・」
翌日、俺は再び飛龍の巣へと踏み込んでいた。
「昨日の今日なのも有るが、特段の変化は無いかぁ・・・」
樹海は静寂に包まれ、飛龍達の存在は感じられなかった。
(ただ、まだ数は存在しても不思議では無いし、昨日俺が巣から出て以降、戻って来た奴も居るかもしれない)
「ただ、狩り切ってしまうと、害獣の勢力が増したりしないんだろうか?」
飛龍の主食が木の実や果実とはいえ、此処らの飛龍達を絶滅させて、自然界への影響はどんなものなのか気になってしまった。
「まぁ、そうは言っても任務なのだから、滅ぼせと指示が出ればやるだけだが」
「ふふふ、其れは非道い・・・」
「・・・っ⁈」
俺の独り言に応える、不気味な程高く、囁く様な、然し良く通る声。
背後から聞こえた声に振り返ると、其処には目深なフードと全身を包み込むマントで、其の正体を完全に隠した男が居た。
「・・・」
「ふふふ」
(声の感じは男の其れだな・・・)
枯れた声に不自然な艶を与えた様な其の声は、中性的な雰囲気の魅力よりは、背筋に寒気が走る様な不快感を与えて来た。
「あら、どうかされたのですか?」
「・・・」
「ふふふ、緊張する必要は無いですよ?」
此の状況で緊張しないのは豪胆というより、気が緩み過ぎているだろう。
そんな事を心の中で思いながらも、俺は男を観察した。
(様相はルグーン一派の連中と良く似ているが、そもそも防魔套もしっかり着込むと、皆あんな感じだしなぁ)
それでも眼前の男の慇懃な態度が、どうにもルグーンの其れと重なり、奴等の仲間にしか見えなかった。
仲間といえば・・・。
(此奴、1人なのか・・・?)
俺は男から視線は外さず周囲を警戒したが、仲間の存在を察知する事は出来なかった。
(此の余裕の有る態度だ、仲間は確実にいると思うのだが)
「ふふふ」
「・・・」
「口を聞いて頂けない様なので、失礼して・・・」
「・・・っ⁈」
男が無数の連続通常詠唱を行う。
「ちっ‼︎グッ・・・」
俺が詠唱を中断させる為、剣を放とうとした・・・、刹那。
「ガアァァァーーー‼︎」
「・・・くっ⁈」
唸る咆哮と共に足下が影で染まり、上空に飛龍達が飛来した。
(俺だけを見据えてるっ)
地上に俺と男が居るにも拘らず、飛龍達の瞳は俺だけを捉えていた。
(ちっ・・・、あの魔法かっ‼︎)
俺はディシプルで陥れられた魔法が過ぎり、飛龍達の異変の答えを見つけた。
「翼っ‼︎」
「グオォォォンンン‼︎」
「・・・っ‼︎」
間一髪のところで漆黒の翼を広げ空へと翔けた俺。
俺の寸前迄立っていた位置には、飛龍達の放った炎が降り注いでいた。
「ガッ・・・」
「衣ッ‼︎」
「オオオーーーンンン‼︎」
再び背に放たれて来た炎を、漆黒の衣で払う。
「熱っ・・・」
炎から散る火花が頰に飛び込んで来て、其の熱に俺は眉間に皺を寄せた。
「ふふふ」
「・・・っ‼︎」
「此方からも行きますよ?」
男が先程詠唱した魔法陣から現れたのは、男と同じ様にマントでその姿を覆った者達。
其奴等は既に短縮詠唱に取り掛かっていた。
「大楯ウゥゥゥ‼︎」
「ほお・・・」
俺は自身と地上の間に、無数の漆黒の楯を置き敵の魔法に備えた。
「・・・くっ‼︎」
楯隙間を突き俺へと飛来した火炎の弾を、半身になって往なす。
「ガオォォォンンン‼︎」
「・・・っ、衣ッ‼︎」
俺の躱した弾が飛龍へ向かうと、其れを飲み込む程の真紅の爆炎で飛龍は迎え撃ち、俺は上空へと目一杯、漆黒の衣を広げた。
「っっっーーー‼︎」
漆黒と真紅の衝突の余波に、大地へと墜ちそうになるのを、精一杯踏み止まった俺。
(ちっ、挟まれるのは・・・)
ただ、地上に降りたところで不利は変わらない。
(より、上空に行って・・・)
其れも、地上からの魔法の範囲内な為、樹海の中の死角から自由に攻撃される事になる。
(せめて・・・)
此の状況になり、単独行動の代償が出て来てしまった。
(どうする?やられる前に退くか?)
俺は其れも一つの手だと思った。
手柄を立てたいとはいえ、命有ってのものなのだ。
「・・・」
「ふふふ、観念して頂けましたか?」
男の声色と口調の不快感に、苛立ちが増した・・・、刹那。
「・・・っ⁈」
俺の横を通り過ぎて行く一閃。
「ギャオオオンンン‼︎」
「・・・な⁈」
過ぎた先を見ると、喉元に一矢を喰らい飛龍が墜落するところだった。
「・・・だ」
「ふっ・・・」
樹海の奥から歩み出て来る外套に身を包んだ者。
一瞬、敵と区別が付かず仲間割れかと思ったが・・・。
「助太刀しようか、司?」
外套のフードで隠した素顔を見せると、其処には・・・。
「ブ・・・、ブラートさんっ‼︎」
「ふっ」
褐色の肌に、銀色の髪を持つダークエルフ、ブラートの素顔が現れたのだった。




